味方撃ちOKのスナイパー   作:Damned

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ランクで負け散らかしているので初投稿です。



#12 インビビション

 

 

 

 試合の喧騒が遠のいていく。観客席の声が、昼の温かい風に交じり、溶けていった。

 肌の下に残った戦いの余韻は、冷たいとも熱いとも取れない。あれほど鮮やかで、まっすぐに感情をぶつけられたのは久しぶりだったから。今日一日で、それをどれだけ受けただろうか。

 天成は日常の気軽さで。

 緑谷は決戦の場の鋭さで。

 

 扉が短く二度、叩かれる。返事は、できなかった。ややあって開いた扉の方に視線を向けることも出来なかった。

「ごめん、返事なかったから」

「……天成」

 返事というよりは、呟きに近かった。心操は顔を上げず、握った拳を膝に置いている。天成は隣に腰を下ろし、詰めすぎないように、しかし遠すぎないように彼に寄り添った。

 

 少しの沈黙の後、心操は口を開く。

「俺は……」

 震えていた。始まる前のドライで、しかし温度のある調子ではなく。掠れて、幼い雰囲気があった。

「俺なんかと組んでくれてさ。認めてくれて。作戦だって考えてくれた。……でも、一人じゃこうやって、負けて」

 

 息を吸う音までもが、心操自身の喉を傷つけているようだった。

「俺には、ちょうどいい結果だなって。思っちゃってさ。ほっとしたんだ。……「やっぱりな」って。けど、けど……それでも」

 言葉の端は滲んでいた。視界と同じように。目元を拭っても、止まらない。

「俺は……勝ちたかった……っ」

 

 その一言に、天成の胸が詰まった。心操の声は震えていたが、そこにあるのはみじめさでも諦めでもなく、焦がれるよう悔しさと衝動。

「次こそ……次、勝ちたいよ……。緑谷にも、緑谷だけじゃない……」

 彼は何も言わなかった。いや、言えなかった。心操が絞り出した声が、天成の胸の奥を叩くように響いていたから。握られた拳は白く、今まで感情のままに行動することのなかった彼が、泣いている。

 今まで、どれほどの時間をその〝諦め〟で塗り固めてきたのだろう。届かない、否定されつ自分を受け入れることで、痛みを避けてきたのだろう。

 でも今、漸くその感情に蓋をしなくてもよくなった──のかも、しれない。

 

「……心操。お前の声、ちゃんと届いたよ。少なくとも、俺にも、緑谷にも」

 同じ目線からかけられた言葉に、心操はゆっくりと顔を上げた。

 涙のあとが頬を伝い、瞳の奥にはまだ熱がある。打ちひしがれる敗者の顔ではなかった。確かに悔しさはある、が、それ以上に、そこにはようやく抱けるようになった感情があった。

「……届いてた、のか」

「ああ。確かに〝届かせた〟よ。勝敗じゃなく、お前の声で緑谷の何かが変わった。そうなれたのは、心操の言葉があったから。──ヒーローってのは、誰かの胸に残る残響みたいなものだと……俺は、思ってる。それが響いた。なんて言ってるかは分かんなかったけど、だから緑谷は言えた」

 

 ──僕は、誰かに応える為に戦うんだ。けど、自分の為にも戦う。

 ──度は自分の番だって、僕は思ってる。

 

 彼の言葉が、リフレインする。あの時、自分の声は確かに届いた。届いて、動かした。ほんの数秒でも誰かの心をつかめたのなら、それは何よりも大きな一歩だったはずなのに、どうしてこんなに悔しいのだろう。敗北が悔しいのか、届いたのに届ききらなかったのが悔しかったのか。はたまたそのどちらもか。誰かを動かしたいと思って、それでも及ばなかった。

 観客の声がまだ、緑谷の声の背景にある。誰かが「かっこよかったぞ、心操」「普通科の星だ」「あの個性……対ヴィランに関してはかなり有効だな」──外野の賛辞が混ざったあの音が、確かに会場にあった。

 

 けれど心操がその時受け取っていたのは届いたという一つの確証だった。故に、彼らの声に答えていても、心操には追体験であった。確かに証明ではあったが、本当の手触りはここに残る温度だけ。

 心操の息遣いが震えを増して、謝罪とも弁解ともつかぬ言葉が落ちるたびに、天成は何も言わずそれを受け止めていた。口をはさんでしまえば、その熱が散ってしまう気がしたから。静かな空気の中で一瞬、控室の蛍光灯がちらついた。

 

「なあ、天成」

 心操が、背を伸ばした。涙の痕が目じりに薄く残っているが、その目はもう、潤んでいない。

「俺はまだ、全部には届かないけど、いつか絶対、俺の声で人を救ってみせる」

 彼の誓いには、先ほどまでの湿度はなかった。まっすぐに前を見据えた心操の横顔は透き通っていて、それでいて確かな重さを持っている。

「助けがいる時でも、戦う時でも。その時は、呼んでくれ」

 決意をはらんだ声は、震えも迷いもない。

 天成は、僅かに笑んだ。

 

「……呼んだら、俺のとこにも来てくれる?」

 問いというより確認のような響きだった。心操は一拍、静かに天成を見ていた。

「約束する」

 そこから、静寂が落ちた。遠くのアナウンスも、廊下を歩く職員や生徒の声も、遮音壁の先にあるように思える。

 目を閉じる。胸の中で、心操の言葉がゆっくりと染み渡っていく。約束という言葉がただの関係性の確認でなく、今を生きる為の呼吸のようにも感じられた。あの時、観客席にいた天成にはより大きく聞こえていた。あの小さな世界で、心操の声に答える人々の声が。

 五分にも満たない短い試合で届いたもの。それが今、この約束として実体を持っている。

 

 このまま時間が止まってもいい、と思えるほどの静けさだったが──現実はいつも、不意打ちでやってくる。

「ね~、心操」

「どうし──っうわあああ!?!?」

 天成が手を伸ばして、肩を掴んでいた。

「細っ子いねぇ。ちゃんと食べてんの~?」

「食、っ、て、る、ッッ!! 触んな馬鹿野郎!!」

 全力で抗うものの、ヒーロー科でも薄いとされる天成の肉体でもあっさりと捕まって、心操は思わず「男同士でもセクハラはあるんだぞ!」と叫ぶ。

 

「ヒーロー科来るならちゃんと食べなきゃだめよ〜。明日から体作りね」

「言葉選べよッ……俺は一般人基準では普通だ!」

「いやぁ、筋肉が泣いてるよ? 栄養欲しいって」

「言ってねぇ!」

 

 抗議の声を無視して、天成は胴体に手を伸ばした。

「うーん薄いなぁ。もうちょい肉付けないとよ。背筋と腹筋一日千回ね」

「殺す気か!?」

「嘘ぴょーん。ま、それはそれとして」

「…………なんだよ」

 

 一気に落ちたトーンに、むしろ警戒が勝った。今度はどこをまさぐるつもりだ、この男……。

「ほらお前の武器って声なわけじゃん? さっきのど飴上げたのもそういう理由だし。で、身体はそれ通すための必須パーツ」

「そうだな」

「でね? オペラ歌手とか見てたらわかると思うけど、楽器なのよ。喉じゃなくて胴体──というか、全体的に。その筆頭として肺活量は必須だし、で、肺に密接なのは背筋と腹筋なわけ」

 

 そのどれかが欠けていれば、心操の個性は本領を発揮できない。逆に言えば、これから伸びしろがあるという意味。相澤の〝抹消〟が似た例だ、直接的な戦闘能力のない個性は基本的に、肉体でそれを解決することになる。しかし。

「そもそも、お前も細くないか……」

「んぅ?」

 上半身の体操服が舞う。フリーズしてしまった心操に、天成は一言。

「ほれ」

「脱・ぐ・な!!」

「うーん常識人」

「今のはお前がおかしいだろ!」

 

「はいはい。ってわけで、俺の身体薄いけど、ちゃんと筋肉は付けてるよ。俺のコスの総重量知ってる?」

「知るか! 何キロだ!」

「大体十五キロくらいかねぇ。バイポとスコープあるから重いし、銃だけで六キロくらい? で、マガジン十個で二キロ、スリープダーツ(スリダ)が拳銃込みで一キロちょい。授業じゃなかったらスポドリも増えるよ。そっから服とか色々含めたらちょっと重いかなぁ」

「くそ……」

 

 勝負などしていないはずなのに、謎の敗北感を抱かされた。ヒーロー科の全体がそうなのか、それとも天成がおかしいのか……恐らく後者だ。

「じゃ、トレーニングやろっか。俺も一緒だから安心していいし、最初から高負荷掛けないから」

「……ちょっと腹立つけど、頼む……」

「んふ。素直でよろしい」

 

 さっきまで泣いていたのが嘘のように、心操の声は柔らかい。茶化しているようでその実、天成は優しさを冗談に偽装して差し出す。そういうタイプだと、心操もうっすら察していた。クラスメイトに向けるものと、出力が違うだけで優しさの根底は変わらない。

 そこから具体的な装備などの話をしながら過ごしていると、戦いは早々にやってくる。

 

『えー……ヒーロー科、天成あまり選手。まもなく一回戦第四試合が始まります』

「……早くない?」

「俺が五分で終わったからな」

「誇んなよ。大方、轟も切島も早く終わったんだろ」

 

 軽口を投げ合いながら立ち上がる。心操は涙の痕を拭って、天成に扉を開けてやる。感謝の言葉と共に境界を踏み越えた彼は、階段の方へと歩いていく。

「最初から最後まで、見てて。送ってくれるより、そっちのが嬉しいかも。今は」

「分かった」

「行ってくるね」

「ああ、勝てよ」

「もちろん、勝つよ。──確かめるために」

 

 天成は階下へと駆けていく。〝約束〟がまだ、胸の奥に残っている。届かせたいという気持ちが、自分のどこかにある。しかしそれは今、持ち込むべき感情ではない。結果となって初めて、誰かに届くのだ。

 

 ゆえに一つ、息を吐いた。

 ──確かめる。

 ──あの日、先生に言われた言葉を。

 

 通路の奥。フィールドに繋がる白い光の帯が、天成の琥珀を白く照らした。

 足が一歩、光に染まる。歓声が降り注いでくると同時、天成の呼吸は深く、長くなっていく。

 

 

 

『あのツノからなんか出んの!? ねぇ出んの!? ヒーロー科、芦戸三奈!!』

 彼女は準備体操をしつつ、こちらを見ている。

『バーサスッ! 同級生からのあだ名は〝ばーちゃん〟! 寝かしつけはお手のもの! それでいいのかぁ!? ヒーロー科、天成あまり!!』

 

「よろしく! お互い全力だからね!」

 彼女は拳を突き出してくる。細い腕だが、そこから伝わるエネルギーは確か。拳を合わせて、軽い衝撃があった。

「当然だ。よろしく頼む」

 

 試合開始の合図を待つ間、天成はぴいん、と小さく弾丸を弾いていた。彼にとっては試合に限らず、集中するために必要なルーティーンだった。規則正しく澄んだ金属音は、高鳴る心臓を元のリズムに整える。

『さぁ行ってみようか!! 第四試合、スター―トッッ!!』

 先手を取ったのは芦戸。軽やかに地面を蹴って、滑るステップはさながら氷上のダンスだ。ピンクの髪が風になびいて、足裏で操られる酸のきらめきが陽光に弧を描いている。

 

「っし、行くからね!」

 予告の掛け声より一歩先、芦戸の掌から酸が飛んできた。天成は掌を振って、指先から無色の液体を伸ばす。衝突した液体は白い蒸気とどもに消えて、観客はどよめく。

「今の何? 消えた?」

「後出しで当ててるよ……」

 

 ──正確には、中和。酸を操る性質上、何が起きたのかわかったのだろう。

 両手をこすり合わせて、天成は生み出していた液体を再度、今度は地面に向けた。散らばったそれに靴底を合わせて、天成は体重を乗せた。

 するり、と抵抗なく足が滑っていく。靴が纏った液体でコンクリートの地面をなぞった。序盤から片方の手で合成していた高分子のゲル。それを踏むことで芦戸の動きを模倣した〝疑似スケート〟であった。速度は一定のまま、お互いに円を描くように回り込んでいると、芦戸の顔がほころんでいた。

 

「何々、天成くん、まねっこー?」

「観察だ。そなたの動きは、酸というよりは流体に乗っている。それならば私も、液体の上で踊ろう。リードされるのと、するの。どちらがいいか選んでくれ」

「そりゃもちろん──」

 いつも通りの明るい笑み。

「リードする方に決まってるでしょ!」

 

 芦戸が踏み込んできた。ピンクの軌跡がフィールドに弧を描き、足元から酸の雫が弾けた。それは推進力に変わって滑り、加速し、原則。折り返すことさえ彼女の思うがままだ。

 

『芦戸の酸に対抗して天成も滑るッ! さながら舞踏会だーーーッ! しかしこのままじゃいられない。いったいどうする!?』

 

 天成もすぐに応じる。彼女ほど鮮やかでも華やかでもなく、ダンスの授業でペアを組んだように機械的。両者の動きがフィールド中央で交差して、芦戸がいたずらっ子のように笑んだ。

 

「上手いね、天成くん!」

「光栄だ、レディ。だが、そなたの方が圧倒的に美しい」

 言葉の終わりと同時、芦戸が低く身を沈めた。酸の噴射を逆方向に、急制動を掛けたのに天成は振り返る。

「正面からは来ないか。授業で手札を把握されているな……!」

「当たり前! 卑怯だなんて思わないでよねっ」

 

 芦戸の影が視線をかすめたと思えば、次の瞬間にはまた背後に。授業で主に使用するのは、睡眠針(スリープダーツ)の入った拳銃とライフル。後者は認可が下りなかったが、個性の使用に大きく制限がかかるためダーツガンだけは所持を許されたのだ。腰に下げたままのそれを確かめる。酸で破壊されればコトである。

 右手で拳銃を抜いた。──ここだ。芦戸の酸が眼前にあって、太陽の光に目を焼かれる。それでも天成は、彼女の姿から目を離さない。

 

「そんなんじゃ終わんないよ! いつもみたいに寝かしつけないのばーちゃん!」

「そうだな。そろそろお昼寝の時間か……」

 照りつける太陽の下で、霧みたいに酸が舞いあがているのが見えた。視界を遮るカーテンと共に、未だ滑っている天成へと地を蹴った。

 

「──え」

 そこにいたはずの天成が、もういない。そんな所だろう。熱でも風でもないわずかな空気の揺らぎ、それを感じるより先に、芦戸の身体が背後だと叫んでいた。そしていた。ぬるりと音もなく、影のように。

 目にした瞬間に靴底から酸を吹き出し、反発を利用して距離を取ろうとする芦戸。彼女の軌道を正確に把握し、液体の分泌を逆算して再度天成は回り込む。息を呑むのが聞こえた。

 

 こちらに向いた手を取って、彼女の足をほんの僅か、数センチだけずらす。水に攫われたように下半身が沈んで、驚愕の声を上げる。

 薄く濡れた、透明な残滓。それが、芦戸の靴底を捉えていた。態勢を整えようにも片腕は天成に掴まれたままで、バランスが崩れる。しかし地を這わせるでもなく、ただ絶妙に拘束したままだ。

「夢無き眠りへ」

 声は低く、穏やかだった。苦しむ子供を寝かしつけるような、そんな雰囲気。彼女はそれを、身をもって知っている。──スリープダーツの予兆。息を詰めたその時には、右手がゆっくりと持ち上げられていた。トリガーには指がかかっていて、マット加工の拳銃がある。

 

「ぁ、こ、れ……」

 彼女の身体が傾いだ。掴んだままだった腕から滑らせて、彼女の腰を支える。柔らかい体温が、触れたそこから伝わった。彼女の瞼は閉じられ、そのまま眠りに落ちていった。

 

「芦戸三奈、行動不能。二回戦進出、天成くん!」

『天成二回戦進出ゥーーーーー! イレイザー今の見たかぁ!? 完全に受け流して、最後はまるで眠り姫のお迎えだ! こりゃ芸術点も満点! まるで映画のワンシーンだぜ!』

『天成はそういう奴だ。相手に深く敬意を払う』

 

 ミッドナイトの宣言と、プレゼント・マイクの揶揄するような実況。その中でも、天成の動きには一片の乱れはない。銃のセーフティを掛け腰のホルスターに収めると、芦戸を支えたまま、一礼。

 意識のない芦戸の髪が天成の肩に落ちて、陽光の下で淡く光っていた。

 観客の一部が──否、ほとんどが息を呑み、静まる。

 

『おっとぉ天成、勝利の余韻もそのままにお姫様抱っこだぁ~~!? これは惚れる! 惚れちまうぞ!? リカバリーガールの元へ直接搬送か!? これぞヒーロー、紳・士・的・対・応だーーーーッッ!!』

 

 どっと歓声が沸いた。天成がどういう意図を持とうと、うら若き青少年のそんなシーンを見せられれば声が上がるのも当然。通用口に消えていく背中に、複数の黄色い声が上がった。

「……苦しくは、なかっただろうか」

 それに答えるように芦戸の呼吸は穏やかで、唇はうっすらと笑みさえ浮かんでいる。リカバリーガールの出張診療所へと歩を進めながら、前を向いた時だった。

 

 ぴく、と芦戸の肩がかすかに動く。続けて指先が震え──切れるのが、早いな。授業と同じか、それより薄めに調整したスリープダーツ。最長でも五分続くが、実際には二、三分ほどで代謝によって自然覚醒する。つまり。

「ん……、ぁ……?」

 睫毛が震え、薄く開いていく。光源を探すように数度瞬きを繰り返し。

 

「……え、え? な、なにこれ?????? えぇぇぇ!? ど、どういう状況天成くん!?!?!?」

「おはよう、芦戸。痛いところはないか?」

「そうじゃなくてね!? な、なんで!? え!? 抱っこ!? なんで!?」

「そうだ。姫抱きという奴か。眠っていたのは数分だ、安心するといい」

「寝てた!? っていうか私負けたの!? ねぇ!?」

「残念ながらな。私の勝ちだ、芦戸」

「えぇぇっ!? ちょ、ちょっと待って、下ろして! お願いだから下ろしてぇぇぇ!!!」

 

 芦戸の切実な願いは、天成の善意というの名の辱めによって却下された。

「……暴れると危険だ。一応、リカバリーガールに見てもらうといい」

「うわぁぁぁぁん!! 恥ずかしいってばぁぁぁ!!」

 いたたまれなくなった芦戸は、天成の両肩をぽかぽかと殴り始めた。出張診療所の出入り口にたどり着くまで十メートル。プレゼント・マイクの声が遠く聞こえる中、さらに一言。

 

「落ち着いてくれ。まだ、診療も受けていない」

「診療って言うか精神的ダメージがデカいんですけどぉ!!」

「そうか。なら、精神科を紹介しよう」

「そういう意味じゃなぁーーーいっ!!」

 

 一通り騒いだ後、出入り口に到着した天成は椅子へと向かう。慎重にひざを折った天成は、彼女をようやく解放すると僅かに目を細めた。一方で芦戸は顔を真っ赤にしており、天成を睨み上げている。

 そのままがっつりと力を込めて、一撃。脛にクリーンヒットした。

「いっ゛っ゛!?!?」

「バカ、バカ、バカ!! ほんとに! 人前でお姫様抱っことかこの先絶対ネタにされ続けるって! ねぇ!!」

「……そうかもしれないな」

「絶対写真撮られてたし、全国放送されてた!! もうどうしたらいいのぉ……終わった……」

「……すまない」

「すまないじゃ済まないよおぉ……!」

 

 芦戸は一頻り天成の脛を蹴っていたが、やがて力を抜いて溜息を吐く。

「される側、ほんとに恥ずかしいんだからね」

「なら次は、恥をかかせぬように努力しよう」

「そういう意味じゃないってば……」

 

 遠く聞こえる完成は途切れず、次の試合が部屋のモニタに映っていた。──ハイライトとして、先ほどの一幕が流れている。天成は見なかったことにした。バレたら今度こそ本気で蹴られてしまう。ついでに拳も飛んでくるかもしれない。それでもって、この三年間は根に持たれる。

 

 天成は彼女に背を向け、静かに部屋を出ようとして、はたと気付く。

「ありがとう、芦戸。……いい試合だった」

 率直な言葉に、芦戸は虚を突かれたような顔をした。それから、照れ隠しのように舌を出す。

「次は絶対負けないから!」

「ああ。その時はまた、頼む」

 

 そう告げるテノルはどこか、寂しげでもあった。診療所を出て、逆の通用口へと歩いていく。

 冷たい廊下の中、天成はそっと息を吐いた。誰かを打ち倒すという行為、それがこんなにも喝采を生むのかと、天成は冷静な感想と共に喉を震わせた。別に、それを楽しむ人間を否定しているわけではない。実力を測る場だと、分かっている。

 勝者とは、奪う者。奪ったうえで、何を残したのか。その上で何を残せるのか。けれど、芦戸の腕を取った時、眠りに落ちる瞬間に感じた体温、抱き上げた時の呼吸が、まだ残っている。無力化という形とはいえ、彼女の動きを、夢を奪ったのは自分だ。

 

 ──それの何がいけないの?

 〝俺〟はそう、答えていた。人生とは利権争いで、学生どころか生まれた時からそれは始まっている。でなくても、ゲームのランクマッチと同じだ。人を踏み越えて上に行く。勝利が悪というのならが、世界はとうに滅んでいるし──そもそも、ヒーローという職業自体が悪だ。

 足音がやけに冷たく響いた。届いているはずの声も、天成を震わせることは、ない。

 

 〝俺〟と〝私〟の声が、微かに重なるのを感じた。

 どちらが正しいかなんて、誰も教えてはくれない。ただ、確かめるしかないのだ。

 この手が簒奪者のそれなのか、救済者の声なのかを。

 

 

そういえば相澤先生の抹消使ってる時の色どっちが好き? 原作とアニメでゴリゴリに違うんですけどぉ……

  • 赤(アニメ)
  • 金(原作)
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