キルケーの魔女見てにっこりねっとりしてしまったので投稿します。
一回戦は、あと四試合ある。実質的には五試合だが、
第五試合。飯田くんと発目ちゃんの試合はきっと、この場の誰もを裏切るものだったに違いない。戦いではなく、彼女のサポートアイテムの
『サポート会社の皆さんッ!! この発目明、発目明、発目明を! どうか、どうかよろしくお願いします!!』
「マーケティング、という言葉がよく似合うな」
「いやあれ、通販番組だろ……」
さっきと同じく、尾白の隣に座って見てるけど……こうやって会場で見ると、発目ちゃんのプレゼンテーション能力がよくわかる。尾白の言う通り、通販番組みたいだけど、ただの商品じゃなくてサポートアイテムということもあり、俺も見入ってしまう。
俺は入学より前から、サポートアイテムがなければ本来の力を発揮できない。回復なんてほとんど無理で、ちょっと動き回ったり液体をちゃぷちゃぷ出来るくらい。だから、その重要性を……もしかしたら、ヒーロー科の中でも特に知っているかもしれない。オートバランサーや移動の補助。果ては捕縛用ネットまで。多種多様なそれらを解説しているのを、じっと見ていた。
──そして、十分後。
「だぁぁあああまぁああああしぃぃたぁなあああああ!!!!!」
飯田くんの声が、会場全体に響き渡った。
「……試合に勝って、勝負に負けたな」
「あ、ああ……」
正直なところ、笑いをこらえるのに必死だった。好き放題やられて振り回されてるところは、面白い以外の何物でもない。能力のアピールができなかったのはちょっとかわいそうだけど……二回戦があるから大丈夫だろう。
第六試合は、ヤオモモちゃんと常闇くん。例によって、常闇くんの圧勝。攻防一体のダークシャドウを前にしちゃ汎用性の鬼じゃ勝てないもんな……。正直なところ、よくわかる。潤滑剤生み出すのと違って、回復用の薬剤生み出すのは何倍も時間かかるから。対処が遅れるのは自明の理だ。
最終的に、原典と変わらず場外に押し出して勝利。
第七試合、尾白と上鳴のマッチはなかなかに長引いた。序盤に尾白が近接戦闘を仕掛けて、上鳴くんは放電。真っ向からぶつかり合った勝負だけど、最終的に限界を迎えた上鳴くんが
そして第八試合。展開を知っていても、中々キツいものがある。観客からのヤジには俺がフーリガンになりそうだった。爆豪にもお茶子ちゃんにも失礼極まりないし、相澤先生が代弁してくれてよかったよほんとに……。
大量の瓦礫を空中に蓄えて、爆豪に
第三試合で一旦引き分けになった、個性ダダ被りコンビによる腕相撲。こちらは切島くんの勝利に終わった。他の人達にとっても、この試合は小休止になったに違いない。漢同士のぶつかり合いは大いに盛り上がっていた。
──で、一回戦は終わり。二回戦第一試合は轟くんとデクくんだ。激アツ過ぎて死ぬほど楽しみだ。
最低なことに俺は、自分が誰かを傷付けることには忌避感があっても、誰かがぶつかり合っていることにはそうは思わないらしい。
美しいとさえ、思ってしまった。ぶつかり合う魂に、〝人間賛歌〟というのはこういうものかと。その素晴らしさは、在り様に現れると。障害物競走や騎馬戦とは違う、命のやり取りに近しいそれを、肯定しかけて。
我に返った。誰かが傷つくことを肯定するのは、彼女らしくない。彼女はいつも、何かを守るために撃っていたはずだ。俺の知っているアナ・アマリという狙撃手は、そんな風には絶対に思わない。俺がそれを捻じ曲げる訳にはいかない。
「──ッ」
許されない。そんなことは。そんなふうに思うのは。
ぞっとした。自分がそう、感じたことに。
「すまない。少し席を外す」
尾白にそう告げて、俺は観客席を離れた。真っ直ぐにお手洗いに掛けて、奥の個室で鍵をかける。
「俺は、何を……」
──何を、考えていた?
息が浅くなるのを感じた。暴力の肯定、命の削り合いへの賛美。撃つべき時が来るのは理解している。ここにいる誰もがヒーローになり、ヴィランと戦ったり災害救助を担う。だから、その時に個性は必要だ。けれどそれを、美しいと暴力を評するなんて到底許されない。
個性が目覚めて、転生者であることを自覚して、力を伸ばしながら歳を重ねて。彼女への憧れと信念を抱いてここまで来たはずだった。そして家族の前で無力感に震えて、命を救う為という名目で気が狂う程の研究さえ続けていた、はずなのに。
喉がからからに乾いていた。さっきまで水分を取っていたのに、それを上回って口の中を貼り付かせている。
──目の前が、暗くなった。
心操に見せたのとは違う。人格じゃなく価値観の話だ。嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。違う。それは違う。違うんだ。そんなの彼女じゃない。怖い。俺が俺でなくなることが怖い。抱いた信念も願った在り方も全部が崩れていく。どうして俺は今こんな所で悩んでいる。
彼女と限りなく近い個性に生まれて、彼女のようになりたくて、ここまで来た。アナのように立ち上がって世界のためになればって思ってた。今も思ってる。それを根本から否定したのは俺だ。なんで。こんなことを。
「息をしろ」
頭の奥で、先生の声が蘇った。暗くなった世界が色を取り戻して──それでも、考えることをやめられない。
乱雑に、扉を開けた。誰もいなかったのが不幸中の幸いだ、俺は蛇口を捻って、数度顔を擦る。冷えていた頬がより冷えた気がした。
鏡の向こうに映る自分は、酷い顔をしている。体力はあるはずなのに、気力が無い。そういう目だ。母さんの目を受け継いだはずの色は曇っていて、光を反射しない。
それでも、呼吸を整える。表情筋に力を入れて、眉間の皺は解いて、微笑む。あの日壊れた彼女になる為の〝スイッチ〟を介さなくても、そのくらいはできた。
お手洗いを出て、廊下を歩く。距離があったはずの客席にはすぐに戻れて、皆が迎えてくれた。
「天成くん! 帰ってきたのか! もう試合が始まるぞ」
いつも通りの声で飯田くんは迎えてくれる。その言葉通り、二人は既に向き直っていた。
「何かあったか?」
「いや、少しトイレに。実のところ、爆豪と麗日の試合中、漏らしそうだったからな」
「そこまで言わなくていいだろ……」
「ばーちゃん頻尿かー?」
「そこまで耄碌はしておらんよ」
少しだけ笑いが起こって、「ああ、ちゃんと
風がやんで、張り詰めた空気が全体に広がる。俺はこの試合を、正常な思考で見られるだろうか。
プレゼント・マイク先生の声が遠く聞こえていた。どれだけ人としてまともでいられるか、ずっとそれが頭にあったから。開始の合図と尾白が肩を揺らしたことで我に返った──瞬間、轟くんの氷が吠えた。観客席まで冷気が伝わってきて、青白い者が地面を這ってデクくんの足場を奪おうとするが──氷が砕けて、観客席まで吹き
「……寒いな」
「それで済む風じゃないけど!?」
「真冬も半袖半ズボンで過ごすといい」
「はぁ!?」
やり取りの向こうでもう一度。自損覚悟での衝突は、狂気に似た誠実さを感じさせた。どちらも止まらない。氷は大地を滑って、指弾が空気を裂く。轟くんには一切の無駄がないけれど、肉体が削れていくデクくんはどうしたって分が悪い。痛みの上に立つ戦闘なんて、あっていいはずもない。
──お前は限界まで自分を削って、仲間を援護しようとしている。
──殺さないために自分を危険に晒すのは、英雄じゃなく殉教だ。
──生き延びるために使え。自分が生きる為だ。それができて初めて、他人を救える。
今更になって、相澤先生の言った意味が分かった。身を削る戦いがどれほど愚かしいのか。今のデクくんの〝ワン・フォー・オール〟は、はっきり言って自爆技だ。それ以外の何物でもない。
俺のは「殺したくない」。デクくんは「みんなを助けたい」。そうやって気持ちの違いはあるだろうけど、やってることは同じ。
あれは救助でも、理想でもない。自分に火をくべて、誰かに灯すような戦い。そんなの、長く続くはずがない。分かっているから、目が離せなかった。轟くんの氷はデクくんを食い殺さんばかりに動いているし、彼の指は砕けるたびに音がこっちにまで聞こえるような気がする。
先生の言葉が離れなくて、俺はかぶりを振った。肺が痛い、それでも目を逸らせない。
「次、ばーちゃんとだ。よろしく」
自分に振られた話題に気付いて、俺は振り返る。切島くんだ。そうだった。二回戦は彼だ。
「ああ。切島、よろしく頼む」
言葉を交わしながらも、思考は試合に向いていた。氷が裂けて、霧が立ち上る。轟くんの足元から伸びる氷柱が砕けて、連なる氷風が音にも叫びにも聞こえた。
誰かが、息を呑んだ音がした。尾白か瀬呂か、それとも。俺も、いつの間にか呼吸を忘れてしまっていた。──あれはもう、戦いではなく意志のぶつかり合いだ。
「……君はそれでも、叫ぶのか」
全身が軋んで、砕けた指で拳を握る。彼の腕はもはや、欠片の入った肉の袋と変わらない。動くだけで悲鳴を上げている。
氷が砕ける。指の骨が、砕ける。その繰り返しを、俺はもう数え切れなかった。痛覚が伝染してくるように感じた。無意識に、胸に手を当てていた。冷たくなった指に心臓の鼓動が染み渡って、喉が渇く。
こんなのは、違う。違う、はずなのに。理屈は分かっている。身体の許容量を超えて個性を使うのは愚かだと。命を削ってまで戦うことは殉教と変わらないって。先生が、教えてくれた。だけどなぜか、その愚かさが美しく見えた。
──あの時と同じだ。爆豪とお茶子ちゃんの時も、そうだった。暴力の美しさを感じてしまった時の、あの忌まわしい感覚。
違う。これは間違いだ、俺は観測者だ。そう、見届けるだけでいい。
言い聞かせるのに、胸の奥にある何かが掬って、かき混ぜられたみたいに湧き上がってくる。
「どこを、見てるんだ……!!」
デクくんの声が破壊音よりも鮮明に、耳の奥に刺さる。
「皆ッ……本気でやってる! 勝って目標に近付くために、一番になるために! 半分の力で勝つ!?」
氷が砕ける音と、唸る風が混ざり合って、客席まで押し寄せてくる。轟くんは動かない。きっと彼は目の前のデクくんではなく、エンデヴァーを──父親を、見ている。
「まだ僕は、君に傷一つ付けられちゃいないぞ!!」
叫びの一つ一つが、氷を叩いたみたいに震えている。寒気が増した気がして、俺は両腕で身体を抱く。感情が、揺れている。湧き上がってくる。やめろ、揺れるな。これは戦いで、物語で、観測すべき現象だ。割り切れ。けれど、喉の奥で何かが脈打っていた。
「どうして、……どうして」
彼はそこまでして、誰かに叫ぶ? 自分を、壊してまで?
自分でも、答えは理解していた。
轟くんが走る。動きは重かった。氷を生成する度に体温が奪われていく──個性の性質は、視たし見たから知っている。吐息は白くて、肌は血の気が引いている。デクくんの腕が冷気を切り裂いて、轟くんの腹にモロに入ったのが見えた。身体の限界を超えた一撃に、奥歯が砕けるくらいの力が入った。
なんでそこまで、と発した声が、掠れていた。
「期待にッ……答えたいんだ!」
即座に返したデクくんの声が、破砕音よりも鼓膜を殴打した。
「笑って答えられるような、かっこいいヒーローになりたいんだっ!!」
歓声も風も、何もかもが消えて、二人だけの空間がそこにあった。──あれは、届く。
あの声は、彼の奥底にあるものを、確かに揺らしている。他人の傷を見て、それを見ぬ振りができず、ただ真正面から向き合う。理屈なんてない、ただ届いてほしいという願いだけで。
いつも計算して、効率を考えて、傷つけない方法を選んで。正しさに逃げてきた。彼女のようになりたいと言いながら、誰かの命を奪わないために、
自分が誰かを壊すのが。
自分が、間違えるのが。
だから、俺は。
「俺は……!!」
「全力も出さないで完全否定だなんて、ふざけるなって今は思ってる!!」
轟くんの身体が揺れて、氷の残響が消え──世界が、止まったように感じた。
ああ、そうだ。ここからだと、俺は知っている。この試合の結末を、知っている。けれどその「知っている」という感覚が、胸の中で異物のように膨れ上がった。記憶の中ではただ感動の場面だったはずなのに、今は違う。地と熱と音と、空気の震えが全部、現実の重さでもって震えている。
轟くんの唇が、微かに動いて。
その続きが耳に届く前に。
「君の!!」
空気が、爆ぜた。
「力じゃないかッッ!!」
全身を貫いて、心臓が止まる。観客席にいても、分かる。振動が皮膚を叩いて、呼吸が弾けた。何かが胸の奥で割れる。熱い、痛い、違う、痛いのに、冷たい。分からない。息が吸えなくなる。指が震える。
──轟くんの右半身が、燃えていた。
炎というよりも、太陽みたいだった。
蒸気が立ち上って白と赤が混じり、陽炎が見えた気がする。悲鳴と歓声、温度がここまで届いた。頬を撫でた熱は確かに現実のもので、思考よりも先に涙腺が痛んだ──これは、陽炎じゃない。
君の、力。
言葉の余韻で、肺の奥まで焦がしていく。息をするたびに、胸の奥だけじゃなく手足まで、肌の裏から熱が伝わってきたように感じる。涙の向こうで炎と氷がせめぎ合って、蒸気がうねっている。けれど、見えた。彼が初めて、〝自分の力〟として炎を使った瞬間。
──ああ、綺麗だ。
そう、思ってしまった。最悪だ。分かってる。どれだけ破滅的で愚かでも、それでも美しい。俺の中の何かが叫んで、崩れて、そして。
音が、消えた。
ただ、煙だけが残った。
頬を伝う液体がどっちか、原因がわからない。俺の喉が勝手に鳴って、心臓は無茶苦茶に動き続けている。冷静になれ、見届けろ、自分の願った道を歪めるな。そう言い聞かせても、もう無理だった。
「見ただろう。これが力だ」「違う、これは」「彼の行動を否定するのか? ただ、その人間の力を肯定しただけだ」「力とは救うためのもの」「力とは奪うためのもの」「美しいと思ってしまう自分はどちらか」「俺は違う。絶対に、違う」「俺はただみんなを守ろうと」「俺が願ったものじゃない」「俺はどっちだ」
──今の俺は、破壊の中に救いを見ていた。
「天成、……おい、天成!」
切島くんが、肩を揺らしていた。いつの間にか、上体を折ってしまっていたらしい。
「大丈夫かよばーちゃん。体調悪いなら……」
喉が焼けて、声を出すのに時間がかかった。自分の声が、人の声みたいにかすれていた。
「大丈夫、だ。少し、温度差でやられてな」
笑おうとして、上手くいかなかった。頬が引きつって、表情筋が命令を聞かない。隣から尾白が顔を覗き込んでくる。
「本当に顔色悪いぞ。リカバリーガールに見てもらうか?」
「問題ない」
そう切り捨てるしかなかった。
フィールドでは、もう決着がついていた。土煙が晴れ、デクくんは壁にもたれて一歩も動かない。──三回戦進出、轟焦凍。
「……天成」
また、呼ばれる。
「お前、泣いてるぞ」
指先で触れると、確かに泣いていた。熱くも冷たくもない、温くさらりとした感情の残滓だ。
どうして泣いているのか、自分でも分からない。
「……気にするな。目に、粉塵が入っただけだ」
アナはきっと、こんな時でも笑っていたはずだ。華やかじゃない、けれど人を包む温かさを持って。
でも俺は、どっちにも傾けずに、中途半端。誰の為に撃つかも決められず、けれど俺には、それがお似合いなのかもしれない。
「次は私だ。先に行く」
誰の返答も待たず、通路へ出た。観客席の外はいやに静かで、対流する空気は重い。
──君の力じゃないか。
その言葉の意味を飲み込もうとする度に、胸が痛む。
自分にとってのそれは、誰かの模倣だ。
アナ・アマリの在り方を、理念を借りて、彼女のような力と姿をなぞって、俺は見届けると願ってきた。でも緑谷出久は違う。彼は自分の意思で、自分の行く先を掴みに行った。俺にはそんなものなかった。
それが今、俺のやるべき事なのかもしれない。
風が吹いて、首元の汗が冷えた。
「……違う。〝私〟は、まだいける」
──二回戦、切島鋭児郎。
彼と戦う。そして、確かめる。俺の願った力が、まだ誰かを救えるものか、それともただの模造品か。
そういえば相澤先生の抹消使ってる時の色どっちが好き? 原作とアニメでゴリゴリに違うんですけどぉ……
-
赤(アニメ)
-
金(原作)