味方撃ちOKのスナイパー   作:Damned

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#22 レインフォール

 

 

 普段よりも、シャワーの流れが強い気がする。感覚過敏だろうか。単に他人の家で慣れていないからなのか、それともさっき調子が崩れたのが効いているのか、黒霧/白雲のことを思い出したからか。

 全部かもしれないし、分からない。たださっき、高架の上にいた何者かが引っかかっていた。

 個性ではないか。そういう〝体調不良を誘発する〟ようなものがないとは言えないし、あるいは周囲の空気を操るだとか。個性はその名の通り、同じ物は現れないのだから。

 

「分かんねぇな……」

 鏡に手をつきそうになって、慌てて引っ込める。他人の家でやるのはよくない。

 本当に、何だったのだろう。考えたところでどうしようもないとはいえ、気になるものは気になる。気になったことは何でも聞いちゃう気質ではないけれども。

 

 持参しているコンディショナーとボディソープを纏めて流す。ふわふわの泡が流れて消えていくのを眺めながら、残らないように床を流しきってタオルを取った。生地を顔に当てると水分が吸い込まれていって、ぷは、と思わず声が漏れた。

 服を着て廊下に出ると、ちょうどバイターがいて。「トイレ! 漏れる!」とか言いながら走っていくから噴き出しそうになった。

 

 それから、夕飯と自由時間、就寝が待っていて。部屋に帰ろうとした俺を、彼が呼び止めた。

「ハイレン君さ、模擬戦ならダーツ当てるの抵抗ない?」

「…………はい?」

「午前中空いてるからさ。ないなら見たいなッて」

「いや、是非お願いしたいですが……俺半分の力のあいざ──イレイザー先生にもボコられてますよ。本当に弱いです」

「まあまあそう言わないで。むしろイレイザー相手にそこまで粘れるならすごいと思うけどなァ」

「ええ……」

「安心してねェ。俺も本気出さないよ、流石に年下相手にガキみたいなことしないッて」

 

 ひらひら手を振って、バイターは消えた。そういえばさっきお手洗いに駆け込んできた時は走ってたけど、今度は個性。どういう使い分けなんだ……?

 学校外のプロヒーロー。それも近接戦闘をメインにした人間を相手にどれだけ自衛が出来るのか。将来、どう足掻いても狙われる俺はトレーニングの必要が大いにある。今でも爆豪とか寄ってきたデクくんとかに殴り負けるし。中距離なら阻害弾で抜けばいいんだけどね。

 俺が知ってるのは個性と、細身のナイフを使うってことだけ。防具もほとんどなくて、ミッナイ先生じゃないけどほとんどぴっちりしたボディスーツだけだ。

 

 絶対勝てない。相澤先生くらい強い。それ以上だったら? いやどちらにせよ命乞いします。

 バイオライフルの整備をしながら、ぐるぐる考える。そもそも、スリープダーツって近接戦闘でどうなんだろうと。入学前は間違いなく、アナのそれに寄っていた。だからダーツガンを躊躇いなく選んだけれど。

 確かに短時間の睡眠を伴う薬液で止めるのは正しい。けれど、わざわざあの形状である理由もない──今となっては。

 アナに依存してた、って言えばそれだけ。アビリティの再現だと。けれど、もう少しいい方法があるんじゃないか?

 

 自分の思想が、良くも悪くも実戦に寄り始めた気がした。──それでいい、はずだ。実戦的になるということは、イコール人を傷つける意志ではない。

 少し前までの俺なら、これをどう考えただろうか。「人を傷つける為の最適化」? 皆に見せていた〝私〟の天成あまりなら……否定は、出来ない。

 体育祭、いやUSJで相澤先生に〝バイオティック・ブースト〟を撃ったあの日から。〝私〟は過去の自分をあざ笑うようにあっさりと剥がれていったのだ。

 今となってはもう、恐怖は感じない。取り繕ったところで今更、切島には知られているし、もしかしたら、皆が黙ってくれているだけの可能性だって。だってA組の子たちは、そういう人ばかりだから。

 嘘つきで臆病な俺とは違って。

 

 切島を「見られたくない」というただそれだけの理由で、俺は傷つけたのだ。デクくんや轟くんの見せた信念のぶつかり合いじゃなく。

 だからまだ、〝俺〟を見せるのには、抵抗が強い。

 心操と先生はまた違って。何も考えずに出てしまった。いや、心操に関しては半分意図してるし、〝似た匂い〟を感じてしまったっていうのが大きいかもしれない。自己弁護だって口にしたのは、本当だ。過去の自分を正当化──とまでは言わなくても、環境が悪かったのだと、少しでも思いたくて。半分は心操に、もう半分は俺の為に飛び出た言葉なのだ。

 

 〝俺〟を出していいのは、後は家だけ。〝私〟として喋れているのはきっと、皆のおかげだ。切島は確定で、もしかしたら、耳郎ちゃんも。

 ──あのさ、天成。

 体育祭明け。朝礼の前に、声を掛けられたことを思い出す。結局、「何でもない」と返されてしまって。以降、彼女とは授業以外で話していない。話しそびれたというより、俺が避けていた。本当の自分に確信を持たれたくなかったから。

 

 明日の荷物を確認したら、布団の上に座り込んだ。夏用のシーツとタオルケット。温度の調整用にもう一枚は畳んで置いてある。

「……あとは、マイク先生だよな」

 原因の分からない──今はほとんど見当がついてるけど──眠気。それに負けそうになっていた時、小さく肩を指で叩いてくれて、具合が悪いのか尋ねてくれたのだ。周りに聞こえないし気付かないよう、さりげなく。

 俺は大丈夫だと返したが、きっと気付いてる。音が絡んだ個性だからどうとかじゃなくて、大人だし、先生だし。

 

「……〝俺〟、嫌われないかなぁ」

 嫌われは、しないんだろうけど。実際のところ受け入れられるのは別だ。それが、怖かった。

 

 

 

 

「〜〜〜〜〜ッてぇ!?!?」

 バイターに放り投げられて、芝生の上に転がる。これで通算何回目だろうか。この人、強い。強すぎる。相澤先生に手合わせしてもらった時も似たような感じのボコられ方したけどさ……マジで猫みたいでしなやかで、全然捕まえられないし。捉えたと思ったらぬるっと逃げられて、そういえば猫って液体だったな……とか思う。

 ダーツなし、ナイフなし、生身だけ。お互い好きな服装でいいらしいので、俺はヒロスを選んだしバイターもそうだ。

 

 ──で、叩き潰されてるって訳。

「バイター……強すぎる……」

「出力五割少しくらいかなァ。大丈夫大丈夫、ハイレンくんが弱い訳じャないよ、イレイザーもそうだけど、非戦闘向き個性持ちで前線出ないといけないヒーローは大概こうだからねェ」

「痛み入ります……」

 地面にぺしゃっと崩れたまま、俺は答える。痛くないようにされてるけど、疲れたものは疲れた。

「ハイレンくんもだよ。学生の間に完成させろとか鬼みたいなことは言わないけど、いずれ自分で全部こなさなきャ」

「そうですね。昨日、考えてたんです。ダーツじゃダメだって」

「うんうん。なるほど。それ強いけど、近距離の制圧用としては甘いもんねェ」

 

 直接的に指摘されてちょっと傷付いては──いない。事実だ。オーバーウォッチ(ぜんせ)ではそれとメイン一発が十分な撃退の手段だったけど、現実じゃそうはいかない。当て方、効き方、そしてなにより懐に潜られては銃より拳が早い。こっちの拳は手首掴まれて放り投げられるし、左側弱いの速攻で見抜かれて一生攻められてる。背中に肘打ち食らったり落ちない程度のチョーク食らったり。

 けれど、増強型の個性に対して相性が悪い上にダーツも当てられない、となれば薬液をダイレクトで浸透させるしかあるまい。授業でも、芦戸ちゃん相手にやったことがある。近寄ってこられたらこっちが酸でやられるし、なら無理矢理引き寄せて直接皮膚に浸透させようと考えて。咄嗟だったから最低限の量と効果しか果たせなかったけど、それを派生させればいいだろうか。けれど。

 

「……あんまり、銃触るのに支障があるやり方はしたくないんですよね」

「なんか思いついた? それとも前から考えてた?」

「やれそうなことは見えてるんですけど、落としどころが無いんです。バイターは知っていると思うんですが、俺の個性、生体由来の液体ならほとんど再現できるんです。具体的に何かは言えないんですが」

「むしろ言わないでねェ。危ないよ、何作れるかバレたらヴィランにもそれ以外にも余計に狙われるから」

 

 バイターの言う通りだ。心操には唯一口にしてしまったけれど、俺は多分、脱法ドラッグも作ろうと思えば作れる。そうでなくたって、即効性があるのに体内ですぐに分解される毒が生成できる可能性もあるし、そもそも薬液生成プラントとして()()()()なんてのも見える。ぞっとするが。

「……掌で、なにか出来ないかと思って」

「掌? 個性で作った液体でなにかするッて事?」

「はい。元々、俺の個性は生成したものを唾腺とか、汗腺とか、それ以外も。体液出せる場所ならどこからでも排出できるんです。耐性自体はあんまりないんで、下手なもの出すと俺が傷付くんですが」

「なるほどねェ。でも、弾作ッてるときは影響ないッてことは掌から出すのは問題ないってことでしョ?」

「はい。掌の皮は分厚いので、比較的吸収が遅いんです。目とか顔の皮膚とか、その辺から出すとモロに出ます」

 

 今どきの子の個性ッて凄いねェ、と漏らしたバイターにジジ臭いなと思った。そういえばこの人アラフォーらしいし。それでこんなチャキチャキ動いて、相澤先生と同じかそれより年下に見えるんだから凄い。

「ハイレンくん、俺の事老猫って思ったでしょ」

「ジジくさいとしか思ってません……」

「実際四十近いしねェ。若さの秘訣知りたい?」

「ええ……? 個性の影響とか?」

「よく分かったねェ、正解だね、勘いいね。個性の副作用。俺ッて見られたりられなかッたりするよね? 若い時の無理が祟ッてさァ、俺多分推定二十五くらいなんだよ、肉体年齢」

 

 見たり見られなかったり。つまり、個性でもう一人のバイターと入れ替わっている時間はカウントされないということか。

「若い時は滅茶苦茶動いててねェ。まだミスティにも会ってなかったンだけど、その頃は狂ッたみたいに働いてて、半分は中、もう半分は外。で、()()()の俺がメイン。俺? たまに顔出てたかな? ッてレベルで」

「……そんな事ってあるんですね。いくらヒーローでも、そこまで」

「俺は特別。他の人は多分違うと思うなァ。労働基準法? ないよ。こんな個性全国引っ張りだこ、おかげで個性はここまで伸びたし、俺と向こうの俺はちャんと仲良くなれたんだけどね!」

 

 全く笑えない話だ。由来がまったく地獄すぎるし、彼に限らず強力な個性持ちを使い潰そうとする国にはかなり辟易とした。何でこう……当然のように人を犠牲にできるんだ。

「君もそうなる可能性あるよ」

「え……」

「何作れるかは具体的に言わない方がいいッて。そういう意味だよ。個性はサバ読んで説明するのが、あとの自分を壊さない行動になると思う」

 

 俺は全部ゲロっちゃったからこうなったけどね、とバイターは語る。それでも、やれることを周知しておかなきゃ──

「助けられる人数が減る、ッて考えてる? そんなことない……とまでは言わないけど、人を助けるにはまず自分から。君が壊れても起こせる人は少ないよ」

「そうですけど」

「意外と傲慢だよね。ハイレンくん」

 自分に飛んできた評価が予想外だったせいで、思わず声が裏返った。

 

「……どのあたりが、そう思うんですか」

「自分がいれば救えたはずだ、ッて。そう考えてる節が、他の回復系使える奴に比べて強いんだよ。いくらハイレンくんの高速修復に長けてるッて言っても、限界だッてあるよね。そういうところを言ッてる。瀕死じゃなかッたらパパッと治せるとしても、戦場の命に全部責任持つのは心の底から不愉快だよ」

 気持ちで否定しているように見えて、その実、何もかも正論だった。自分がいればって考える負傷だって多いし、実際にその場合だって沢山ある。けれど、身体という資源も弾も有限で。当たり前だ、物質っていうのはそういうものだから。

 理解できるが故に、「戦場の命に全部責任持つのは心の底から不愉快」という言葉は、杭を打ち込まれたみたいに俺の胸に刺さった。

 

「お前みたいな奴が一番早く死ぬって、先生には言われました」

 自己犠牲精神で囮や人質に惑わされる。どこかでそうなると。

「殉死は美談にならない。全部切り捨てるんじゃなくて、手段を選べって」

「イレイザー? 確かに言いそうだね。俺もそう思うよ。みんな全部背負い(しょい)込んで、すり潰されて、終わり。個性の開示云々じゃなくて、そこが変わんないなら君はそのままだよ」

 

 撃つ覚悟は、できた。でもまだ、自分の前で誰かが死にそうな時に自分の命を擲つ可能性は、否定できない。そこを指摘されている。

「……分かりません。まだ。その時にならないと、抑えられるのかどうかも」

「だろうねェ。頭じゃ理解しても身体が動く、あるある。だから誰か、アンカーがいないと──ッてかごめん、話バチクソに脱線したね。自衛の手段増やす話だっけ? 掌の液体がどうとかッてやつ」

「いえ。改めて口にされて、俺の状況ってほかの人から見てもそうなんだなと。気にしないでください」

 

 さっき口にした、掌に生成した薬液を使った自衛。咄嗟に生成できるのはごく少量、構成の複雑さに応じて速度は大幅に変わる。例えば体育祭で使った塩化ナトリウムの凍結防止剤なんかは比較的速いけれど、回復弾や阻害弾は戦闘中に生成しようと思えばその間に殴り合いが終わる。

 それに掌で触らなきゃ密着しないから通せないし、近接系の個性相手に触れられるなんて甘い考えは通用しない。

 

「……先に考えるのは、使う薬液ですね」

 ダーツと同一の成分、ありだ。針でない分浸透も速い。問題は生成までにやや時間を食うこと。阻害? 論外。家でじっくりゆっくり作るからストックができるわけで、即興で作れる構成じゃない。

 それか麻痺毒とか筋弛緩剤とかそういうの。まあ作れるだろうけど……やりすぎると殺してしまう。けどそれを咄嗟に投げたりできれば。

 ダーツじゃ足りない。でも素手では危険度合いが跳ね上がる。悩ましい。──というか。

 

「すみません付き合って頂いている最中にこんな。失礼しました」

 バイターはヒラヒラと手を振る。

「いーのいーの。若者の成長は嬉しいからねェ。じゃ、もっかいやろっか」

 ──結局、何度地面を舐めることになったのか、二十を超えたあたりから俺は数えるのをやめた。

 

 

 

「──イレイザー、今日も夜の京都からこんばんはァ」

 スピーカーの向こうから、『夜中に掛けてこないでください』と返答。

「今日、ハイレンくんとやりました」

『どうだった』

「いやァ強いですね〜何あの動き。滅茶苦茶? はちゃめちゃ? イレイザー程じャあないですが瞬き少ないですし、狙撃手特有のアレ? 強いねェ。あいなおッかねー子初めて見たよ。半分しか出してねーんでも、押されそうになんだもん」

『……そうですか』

 

 言いたいことがあるんだろう、とばかりのいろが滲んでいる。それは勿論だが、個人的にはこれも話したいことの一つだ。

「で、もう一つ。例の集団ヒステリー、やッぱ事件です」

『兵庫のあれか。確か関西圏で起きていたと聞いたが……京都にも?』

「いや、こッちにはまだ。大阪です。今回は集団でなく単体だけど、ほぼ確実にそいつ」

『……天成ですか』

「はい。多分個性による一過性だとは思うんですが、如何せん数日前までが調子最悪だッたンで。念の為報告。──でも」

 

 あの子、自分で〝撃つ〟こと、覚えましたよ。

 電話の向こうで、相澤が息を呑んだのを感じた。USJでは自分が見捨てたと思いたくないから、相澤に。体育祭では見られたくないから、切島に。授業ではまだ、実戦でないという部分もあって表出しなかった側面は、あの手の切羽詰まった状態で露わになる。

 その最悪の結果が、あの日から一昨日まで続いていた。

 

『……ほとんど賭けでしたが。貴方に任せて正解だった』

「お褒めに預かり光栄で〜す。まァあそこまで行ったらハウンドドッグでも無理だし? あのままなら死体が喋ッてるみたいになるし?」

『理解してます。選ばせなかった責任は取るつもりだった』

「まァ杞憂だッたけど。入口見つけただけなんで、ここから進むのはハイレンくん次第だね」

『いいえ。それだけでも有難いです。……情けないことに、俺を含めた雄英の人間では、どうすることもできませんでした』

「いやァあれはムリだよ、ムリ。たまたま俺とミスティがいたからよかったけど、いなかったらあのまま──……」

 

 そこで、声が止まる。相澤の方も察したらしい、追求はしなかった。

「……ともかく、そういう事で。断言はできないですけどねェ」

 それからは、先の事件や天成の状態の詳細、先の話。十分ほどの通話の後に、バイターは屋根の上から飛び降りた。

 

 

そういえば相澤先生の抹消使ってる時の色どっちが好き? 原作とアニメでゴリゴリに違うんですけどぉ……

  • 赤(アニメ)
  • 金(原作)
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