降ってくる刃がバイターを断つ前に、ステインの身体が吹っ飛んだ。
「緑谷っ」
「なんか普通に動けるようになった!」
時間制限か、違う。最後にやられたのは緑谷だ。彼が着地すると同時、そばにいたバイターを持ち上げて。そこに流れる氷が割って入った。
考えられるパターンは三つ。
一つ、人数制限。
二つ、摂取量。
三つ、血液型。
ネイティブはB、飯田はA、バイターはAB、そして緑谷はO。見事にばらけている。
血液を取り入れて動きを奪う。テキストにすれば大したことのない個性だが、それ以上にステインの生身の性能がずば抜けている。
ステインによって、三つ目であると答えが告げられた。
人数は変わらず二対一。有利とはいえないし、倒れている三人を抱えて撤退したいところだが、先ほど同様、撤退は許してくれない。
緑谷が前衛、轟が後方から支援。他のヒーローが来るまで時間を稼ぐのが最善手であると。同様の策でバイターが落ちたとはいえ、それ以外の選択肢が現状、思いつかない。壁を蹴る。途中で方向転換。バイターとはまた別ベクトルの高機動でもって近接を仕掛ける緑谷と、そのカバーに入る轟。戦況が好転するどころが押されていくのに、飯田の感情はめちゃくちゃに乱されていた。
バイターはまだわかる。それが仕事だから。割り切れた。でも、二人が立ち上がって、傷が増えていくのを見て、飯田は血を吐くような声で懇願した。
「やめてくれ……」
もう、僕は。
「やめてほしけりゃ立てッ」
爆発的な炎が、路地裏に満ちる。
「なりてえもん……ちゃんと見ろ!」
その声が、鐘が鳴ったように全身へと波及した。それを呼び水として、思い出す──自分の
──お前の言う通りだ、ヒーロー殺し。
──未熟者だ、足元にも及ばない。
──それでも。
──今ここで立たなきゃ、二度と。もう二度と彼らに、兄さんに、追いつけなくなってしまう!
鈍い身体を叱咤して、濡れた地面を踏みしめて。唸るエンジンと共に、飯田は風となって突き抜けた。重い蹴りが衝撃を生み出し、防御の上からステインの刀をへし折り二人の間に立ちはだかる。
「飯田くん!」
「解けたか……!」
着地した体勢のまま。飯田は二人の名を呼んだ。
「もう、二人にも、誰にも。血を流させるわけにはいかない」
誰かに感化されようとも、人の本質はそう易々とは変わらない。分かっている。私欲を優先させ
時代錯誤な原理主義? そうかもしれない。思想犯の言葉だと言われていても、自分にヒーローを名乗る資格がないのは間違いない。それでも、折れる訳にはいかない。
「──……俺が折れれば、インゲニウムは死んでしまう」
論外。
ステインは即座にそう、断じた。
坂を転げ落ちるように凄まじい戦闘が始まった。炎と氷の入り混じるなか、それでもステインは動き続ける。どうやってでも飯田とネイティブ、そしてバイターを殺そうと、妄執を燃料として。〝狂っている〟と表現するのがふさわしい。
その中で、エンジンが鈍く、調子が落ちていくのに気付く。先程の蹴りでラジエーターが故障したらしい、が、思い至ったように飯田は轟を呼んだ。
「温度の調整は可能なのかっ」
「
「俺の足を凍らせてくれ、排気筒は塞がずに!」
その意味を察したか、それとも単に飯田が邪魔だったか、投擲されたナイフが飯田に迫って。
「っらァ!!」
金属音が耳を劈いた。ナイフを弾いたのは飯田ではなく──復活したバイターだった。
「やれ!」
もう一本のナイフがバイターを地面に縫い付けて。その間に、轟は作業を完了していた。凍った脚部は排気の熱で解けるが、それで十分だった。
跳ね上がるようにして踏み出した飯田と、同じく復活した緑谷。唸るエンジンと緑の残像。空中はバイターの範囲外であり、手を出すことも出来ないまま二人の脚と拳を見上げることしかできず。
挟まれての一撃だけでは足りない。
「お前を倒そう、今度は犯罪者として……ヒーローとしてッ!!」
意地に近しい蹴りが、叩き込まれた。
轟が落下してくる二人を受け止めている中で、バイターはナイフを握り直している。
「油断するな、まだ」
逆手。寄ってくることを前提として、転がったステインから視線を外さない。妄執で留まり、複数人を相手にしあれだけ粘った相手だ、これで終わるとは思えない。
予測に反して、ステインは微動だにしなかった。安堵はしない。バイターは太腿のポーチから取り出したナイフを投擲し、ステインの首元を五ミリほど切り裂いた。え、と声が上がるのに首を振る。
「麻痺毒だ、命には関わらない。先に拘束する」
「で、でも、その状態じゃ」
「武装も解除する。応急手当をしろ」
跳ねのけるに近い言葉で切って、バイターは拘束用のコードを引き出した。後ろ手に縛り、残ったナイフは着用していたフーデッドポンチョに全て包み込む。手元に仕込んである刃物も。
それぞれの怪我の度合いを確認している裏で、バイターは何の感慨も宿らぬ挙動で拘束を完了し、表の通りに置く。
「ば、バイターさん……で、いいですよね。腕……」
「──ああ……大丈夫だよ。結構痛いけど手当てすれば後は病院行ッて何とかなるし! 糸と針あるしそこまで心配しないでいいから、ね?」
突然上昇気流に見舞われたような勢いでもって温度を取り戻すバイターの声に、緑谷は一瞬身じろいだ。
「それよりみんな大丈夫? だいぶ負傷してたと思うけど」
「……とりあえず、は。ネイティブさんも一応動けるようにはなりましたし」
「どッちかというと緑谷くんの方が気になるんだけど。それ歩けないよね」
言葉の通り。緑谷の脹脛には一筋、深い切創が走っていて。歩けばより出血するのは明確だ。
「だいぶ痛いよ。消毒だけね、アレルギーない?」
腰のポーチから引っ張り出されたガーゼには、すでにアルコールが染ませてあって。大丈夫だと首を振ったのに、バイターは容赦なく傷口へと布を当てた。悲鳴をかみ殺している緑谷に短く、「これ終わったら流水で流して止血して。病院行くから関係ないかもだけど」と告げる。
「じゃあとッとと引き渡しに行くよ。ネイティブさん、緑谷くん背負えます?」
「了解です。というかナイフ刺さったままのあなたが彼の次に重傷ですよ……」
「大丈夫だッて、ヘーキヘーキ。飯田くんと轟くん、ステイン連れてくのお願いしていい? この腕じャさすがに持ち上げられないや」
バイターの左腕には未だ、ナイフが刺さったままである。抜いたほうが悪化するため仕方のないことであるが。
「なっ……何故お前がここにっ?」
背負われて、疲労も相まってぼんやりとしていた緑谷に声がかかった。
「グラントリ──」
「ぶべっ!?」
「新幹線で座っとれって言ったろ!」
緑谷の顔面に足の裏がめり込む。小柄な老人。知らないヒーローであるが、彼の職場体験先だとバイターが結論を出したと同時、緑谷が肯定する。
「でも、なんで……?」
「いきなりここに行けと言われてな。まぁよう分からんが、とりあえず無事ならよかったよ」
ごめんなさい、と口にする緑谷。続々と集まってくるヒーローたちの中、誰かの声でようやくステインの姿に気付いたようだ。そのうちの一人に声を掛け、バイターは事後処理の依頼と救急車の手配を依頼している。……自分に刺さったナイフを完全に無視しているのを「貴方も休んでいてください!」と怒られ、しょぼしょぼと隅に歩いていく最中。
「伏せろッ!!」
ふいに上がった警告に、バイターは空を見据える。飛行型の
「くそっ」
「血が……! やられて逃げてきたのか!」
「偽物がはびこるこの世界も……」
見上げるバイターの腰が、外的な要因で揺らいだ。
「なっ──」
「いたずらに力を振りまく犯罪者も……」
腰のナイフが抜き取られる。捕縛用のロープはそれにあっさりと切り裂かれて、ヒーローの集団を突き抜けていった。取られた。麻痺の機構は生きていないが武器としては十分で──振り向いた先では、個性を食らったらしい、脳無が墜落しつつあって。
「粛清対象だ……!」
それを突き落としたのはステインだ。粉塵の中から立ち上がりながら、抉り取るように脳無からナイフを引き抜いた彼が、絞り出すようにして発した言葉は。
「全ては、正しき社会の為にッ……!!」
その迫力に、言葉を発することすら一瞬、躊躇う。
「少年を助けた?」
「馬鹿、人質取ったんだ! 躊躇なく殺しやがったぜ……!?」
「いいから戦闘態勢取れっとりあえず!」
「何故一塊に突っ立っている? ヴィランが逃げてきたはずだが」
割り込んだのは、先程まで別のエリアを担当していたはずのエンデヴァー。そちらの対処は終わったようで、ヒーローたちの視線の向こうに目を遣った彼はステインの姿に気付く。バイターはもう動いていた。
誰にも見えていない影に転移、背後に立った刹那──ステインの個性を食らったように、重圧が彼を捻じ伏せる。
「偽物……!!」
「正さねば……」
「誰かが、血に染まらねば……!」
「
「……来い。来てみろ、偽物共……ッ! 俺を殺していいのは……」
「本物のヒーロー……オールマイトだけだ──ッ!!」
その声に、月光さえ赤く見えた。唸り吐き出す言葉に、誰もが動けずにいた。
そういえば相澤先生の抹消使ってる時の色どっちが好き? 原作とアニメでゴリゴリに違うんですけどぉ……
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赤(アニメ)
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金(原作)