青山くんの誕生日なので投稿します。
期末試験開始の数週間前。一堂に会した教師陣。期末テストの内容、特に実技試験のペアについての打ち合わせの中で、相澤が口にした。
「天成あまりは単独での試験。先に言ったハンデもつけませんし、ルール自体も別にします。相手は俺が。ルールを変えること含め、理由は入学当初からの精神性によるものです」
まず、USJとその予後の言動。職場体験で多少変わったようだが、それを加味しても天成の精神状態はけしていいとは言えない。
天成が〝大人〟の
「それがなかったら、数十人単位での試験にしたい……そういう顔をしてるわね」
ミッドナイトの発言も、間違ってはいない。しかし、それでは規模が大きすぎること、状況によってはのちに著しい悪影響を及ぼすため却下。
仲間が傷つくことへの異常なまでの忌避感、ヴィランへの徹底的な不殺、ステインの回帰論に近しい自己犠牲精神。そして、一番の危険要素は。
「先月会議に上げた〝ハイバネーション〟。これを平然と提出してきたのを見るに、精神状態はともかく精神性はさして変わっていないと見るべきでしょう」
「……書類の内容を見た時は、目を疑いました」
週に二度、保健室にて行っている練習。許可が出たのはひとえに、「一人でやって死ぬ可能性が非常に高いから」。ただそれだけ。
天成は成績優秀、
体育祭で五指を砕いた緑谷出久? あれは自覚して馬鹿をやる。
素行に問題がある爆豪勝己? 緑谷が絡まなければ比較的マトモ。体育祭での一件も、轟が全力を出さなかったのが原因だ。
では、天成あまりは? 彼は、無意識に出てしまう、というのがまずい。
USJでは重傷の相澤を救った。それ自体は問題ない。しかしその後も前線を張ったことにより全治一週間──リカバリーガールの個性を含めたものでありながら──の重体。ここであらわになった精神性と脆さ。
体育祭では二回戦で突如、試合後に過呼吸ののち気絶。それから、会話の著しい齟齬が生じたり、二日明けてからは抑うつ状態に近しかった。職場体験以降回復しているように見えるが、トレーニングのメニューも含めて自傷に近い行為を平然と行っている。ヒーローコスチュームと同様の重量である十五キロのウェイトを付けての十キロメートル走がデフォルト? 論外だ。あれのおかげでテストで使用するハンデについて固まったが、それとこれとは別問題。
ならどうする?
別の内容を課すことで現状を見る。
天成の知らない場所で、その異常性が何よりの危険だと認識されていた。
「期末テストまで残すところ一週間だが……お前らちゃんと勉強してるだろうな。当然知ってるだろうが、テストは筆記だけでなく演習もある。頭と体を同時に鍛えておけ」
林間合宿の話が出て数週間。プリントを集めて、「以上だ」と締めた相澤先生は出ていった。
あれから、俺の練習もトレーニングも進んで、ギリギリ実戦に突っ込んでもいい内容になった。テスト期間だから、しばらく練習できないけど。
「まったく勉強してねーーーー!!」
「まったく勉強してなーーーーい!!」
上鳴と芦戸ちゃんの声がきれいに重なった。
「体育祭やら職場体験やらで全く勉強してねぇ……!!」(上鳴電気:中間テスト21/21位)
「(軽いノリでの大笑い)」(芦戸三奈:20/21位)
「確かに、行事続きではあったが……」(常闇踏陰:15/21位)
「中間は……まぁ入学したてで範囲狭いし特に苦労なかったんだけどな……」(砂藤力道:13/21位)
「(頷く)」(口田甲司:12/21位)
「それ以上に、やはり期末は……」
「演習試験もあるのが辛ぇところだよなぁ……!」(峰田実:10/21位)
頬杖をついて峰田がキメ顔してる。そうだったこいつ思ったより上位になってるんだった。芦戸ちゃんと上鳴は「こっち側だと思ってた」とか「お前みたいな奴は馬鹿で初めて愛嬌が出るんだろうが」とか言ってるけど、うん。気持ちわかるよ。俺もビビったもん。
「芦戸さん、上鳴くん、頑張ろうよ! やっぱ全員で林間合宿生きたいもん!」(緑谷出久:05/21位)
「うん! 俺もクラス委員長として、皆の奮闘を期待している!」(飯田天哉:02/21位)
「普通に授業受けてりゃ赤点は出ねえだろ」(轟焦凍:05/21位)
「言葉には気を付けろォ……!!」
上鳴の心にガン刺さりしている。善意と正論って怖いね。
ヤオモモちゃんが「座学なら力添えができる」と挙手。クラス一位は伊達じゃない。下二人組だけじゃなくて耳郎ちゃんとか瀬呂とかに声かけられてて、張り切ってるのがほほえましい。爆豪と切島は「教え殺す」「頼むわ」と物騒な発言を流れるようにスルーして答えている。
「天成って何位? めちゃくちゃ上位のイメージあるけど」
「三位だ。合っている」(天成あまり:03/21位)
「てめェ同点かよババア……」(爆豪勝己:03/21位)
「そうだったのか。光栄だ」
殺しそうな視線で見られた。仕方ないだろ、俺は破壊力出す試験で致命的に力出せないんだから筆記で補うしかないんだよ。それにこんなところでも同率じゃなくていいだろ。入試でおなかいっぱいだ。
「煽りか、それともガチで言ってんのか分かんねェこというんじゃねェ」
「勿論、本気だとも。必死に勉強した甲斐があったさ」
ここでの俺は、忘れていたのだ。
天成あまりは原典に存在しない、二十一人目であるということを。
試験がロボ相手の試験だと知って安心してる下位二人だったり、爆豪がデクくんと轟に牙を剥いたり。俺は放課後、被ってる科目を心操と教え合っていた。文系科目強すぎでしょ。俺が得意なのは理系科目。個性の性質上ね。
俺だけはこっそり知ってるけど、実技試験は昨年までの対ヴィランロボじゃない。それぞれが二人一組になって教師陣と行う。確か、手錠掛けるか脱出するかだったかな? 誰か一人あぶれるけど、難易度はさして変わらないんだろう。カスみたいな話だけど、俺は相澤先生と当たりたいし、三対一でお願いしたいなぁ……。だって俺抹消効かないし、あーでもやっぱ、個性に対して不利な相手の方がいい。試験に合格することじゃなくて、この先やっていけるかどうかが大事だから。
そもそも相澤先生とは個性効かなくたって捕縛布と体術にボコされるんですけどね!!
だから、単純に個性だけ見た時の話だ。
じゃあ誰が不利かって? 相澤先生とミッドナイト先生以外全部。帰ります。このルールじゃどうしても近距離戦になるし、脱出しようにも機動力が俺はオワオワリだ。助けてくれ。
イマジナリー相澤先生が聞いてくる。
「期末試験、俺と当たったらどうする」
「命乞いします」
当たり前だ。っていうか先生と当たるってことは俺が轟とヤオモモちゃんのところに捩じ込まれることになる可能性が高いけど。勘弁してください。
三日間の筆記試験は無事クリア──多分だけど──した俺たちは試験最終日、ヒロスに着替えて演習場に集められた。キャッキャしてるメンバーにこれから、内容の変更という絶望が待っている。ハンデがあるとはいえ、先生と生徒デュオでの実技試験。発表されていくペアの中、俺は呼ばれるのを待っている。
「──以上が、十組のペアと試験の内容だ」
え。
質疑応答の後、誰かが「そういえば、天成呼ばれたか?」と口にする。そうだよ、俺忘れられてんの? どこ入るんだ。相澤先生だからミスったりとかしないだろうし、複数の人間通してるから全員が現場猫でもない限り気付くはずだ。だからミスじゃない……と、思う。
しんと会場が静まった。え、マジで俺忘れられてるって事?
「いいや、ミスじゃない。二十一人だから余ったってわけでもない。今から説明するが、天成には別の内容が課される」
…………は?????
待ってくれ俺だけ別? なんで? なんで? 俺なんもしてないよな?
皆も困惑している。「天成君だけ別とは……」「一人で先生と戦うってことだよな?」「普通に地獄だろ」「ペアがいると正確なテストにならない、とか?」どれも否定できない。だって俺人がいて初めて成立する能力多いし……。けど、そこまでする個性じゃないだろ。やめてくれ。
「先生、質問をよろしいでしょうか」
さすがに納得できないでしょそれは。教えてください、ほんとマジで。
「私だけ別である理由を、聞かせていただけませんか」
相澤先生は頷いて、
「テストの後に教えてやる。今言うわけないだろうが」
ぴしゃりと一蹴。ソウデスヨネー。
「で、さっき言った試験だが。内容は〝生存〟。名前の通り、敵の本拠地へと潜入したお前は、救援が来る制限時間いっぱいまで捕縛されないこと。三十分間、決められたエリアであればどこにどう隠れても問題ない。試験の開始十分前に、天成には移動時間を設ける」
げぇ……機動力皆無の人間にそれも止めるの酷じゃないですか?
「それから」
相澤先生がすっと指を立てる。
「〝バイオティック・ブースト〟及び、それに類する薬液は使用禁止。アドレナリンやノルアドレナリン、ドーパミンといった成分の生成は許可するが、細胞分裂と代謝を著しく向上させる作用を持たせるものの使用が確認された瞬間、テストを中止して血液検査を行う。バイタルはGPS込みで確認できるようにしてあるから、そこんところ頭に入れておくように。検査の内容によっては合否が確定するから、変なことするなよ」
バイオティック・ブーストって何だっけとか使ってるところ見たことないとか言われてる。表で使ったのUSJの一件だけだし。ちょうどいいから言っとこ。
「有り体に言えば、瞬時の回復と身体機能の著しい向上を為す特殊な弾丸だ。デメリットも大きいがな。オフレコで頼むぞ。……して、先生。何故そこまでの制限を?」
「これもテストが終わった後に話してやる。それはそれとして、あの弾は生成も学内での使用も禁じたいレベルだ。手を出す場所を間違えてる」
そこまで言う!? 俺が必死こいて作ってきたのに……いや、そうだよな。瞬時に重傷治して身体能力の超強化が十五秒前後。ダメだろそれはって性能してるのは分かってる。
「それに、あれは常用するものじゃないだろ。違うか」
まったくもってその通りでございます。
「それじゃ最後に。相手は俺だ」
え、先生なんだ。逃げろって言うからハウンドドッグ先生かと思ってた。それに抹消効かないし。
「そしてハンデもなしだ」
俺の試験以外では身体に体重の半分の錘を付ける、とオールマイトは口にした。マジ? 俺先生にタイマンかつ全力で隠れ鬼させられるわけ?
「サレンダーで」
「天成ちゃん、諦めがはや……いえ、潔いわね」
無意識に口にしてしまっていたらしい。
「さすがに、全力の相澤先生相手には勝負にならない。全力で逃げろという事だろう。どういう真意があるのかは分からないが……全力で挑むしかなかろう」
そこからは作戦会議だったり、観戦であったり。ソロでのテストの俺は、モニタールームに来ていた。
装備の入ったケースを開いて、バイオライフルを確認する。一度解体して、汚れが付いていないか確認する。銃の構造は分解してしまえば単純、だからと言って俺一人で整えるのは難しい。パーツも含めて。事前にパワーローダー先生に確認してもらうのがルールになっている。前日に済ませてるってさっき聞いてたし、使用前のチェックさえ終えれば問題なし。
分解、組み上げ、トリガープル、セレクタ、作動音。問題なし。マガジンは回復と阻害で合計五本。今回は阻害が四本で回復が一本。テスト前提のものだけど、妨害をメインで構成するのは当たり前だ。
短時間のテストであることもそうだけど、マガジンの数減らしたりハイドレなくしてるからおよそ十キロ。普段より軽い。授業の時の十五キロの標準装備じゃなくていいと判断した。作戦もすでに立ててある──通用するかは別で。
モニタの向こうで、試験が進行していくのが見える。速攻で終わった砂藤・切島ペア。いや~~セメントス先生つっよいな……市街地なら敵なしでしょ……。梅雨ちゃんと常闇、飯田と尾白、轟とヤオモモちゃん。それぞれ多分、大筋は変わんないんじゃないかな。13号先生VSお茶子ちゃん&青山くんはうん、これがテストでよかったね……。整備も終わったしスリングを肩に掛けて、行儀悪くも胡坐をかいた状態で見ている。
試験が終わって、一部のメンバーは部屋に来ているけれど咎められはしなかった。梅雨ちゃんが「天成ちゃんでもそんな姿勢をするのね」って言ってたくらい。
次はデクくんと爆豪だ。いや、最悪の相性だね。目の前で繰り広げられる口論──というより一方的な発言──は、見ているこっちも痛い。
ダーツガンの整備も終えて、ホルスターに収める。鬼ごっこなのに必要かって言われると怪しい……というよか、ハンデなしの相澤先生に追い回されるのとかマジでさあ! なんでだよ! 来世でゲーム始めた時にレート高い場所に置かれる呪いかけてやる!
内心怒鳴ってたら賢者タイムがやってきた。……何でそこまでされる必要あったんですか?
いいや、関係ない。逃げてみせる。相澤先生に限らず、移動能力の高い個性持ちともいずれ当たるし、遠距離が本領ってのもあってそのうち先に落とされる頻度が大幅に上がるはずだ。自衛できると言っても限度があるし、生きて帰るまでが仕事だ。自分が生き延びるために自分の命を使って、それができて初めて人を救えるんだって。誰が撃つんだって。生きてるうちはやれることがあるって。そう言ったのは先生だし、そのためにやれることをずっと考えてきた。
だからこの試験は、俺にとってそれが正しいかどうかの証明にもなるだろう。ウェイトを付けてない相澤先生相手、それで逃げられなければ俺はこの先、足を引っ張る可能性が非常に高い。
「……今だけは」
使うことを、許してくれないか。
いつの間にかやることのなくなっていたルーチン。戦場での〝アナ〟に切り替える為の手段だったそれを使うことを、今だけは許してほしい。彼女にはもう、ならない。けれど、精神集中の一環として。
火薬の入っていない弾丸を弾いて、澄んだ金属音を聞きながら考える。まず、どこに隠れるか。近寄ってきた場合の択は。最終手段として何を使うのか。複数枝を伸ばしているけど、段々と不安になってきた。ダメだ、不安を増やすな。不安は迷いに繋がって判断力を落としてしまう。けれど。
俺が相澤先生から逃げ切れるビジョンが、どうしても見えない。
もちろん、テストだし雑魚狩りをしてしまってはいけないから、どういう手段を取るのか見てはくれるだろう。だからどうにかなるかといえば、無理だと断言できた。ダーツもグレも切れた状態で格上のトレーサーと対面してる時みたいに。瞬殺だ。
不安が、消えてくれない。USJの時とも、体育祭の時とも違う形容しがたい感覚が足元を包む。
──デクくんと爆豪の試験が終わったらしい。二人がゲートをくぐったのを見届けて、俺はモニタに背を向ける。
「天成君、健闘を祈る!」
「ありがとう、飯田。私の持ちうる全力で持って相澤先生から逃げてみせよう」
「だっせぇなその言い方……」
「逃げるのは恥だが、役に立つ。そういう言葉もあるからな」
それでは、と手を振って部屋から出る。七月なのに、通路の空気はやけにじっとりとして感じて。
「……やる」
今回も、この先も、俺は生き延びてみせる。
十分設けられた隠れる時間。それを利用して、俺は地形把握に勤しんでいた。広いけど、住宅街と大型ショッピングモールを模した建物がある単純なものだ。救助訓練を想定していたのかいくつか崩れている場所があるけど、このあたりも使える可能性があるし記憶しておこう。屋内施設に関しては地下二階まであるらしい。ここも候補か。
家だとここか。いくつかじゃなくて住宅街は結構崩してるところ多いな。俺としてはありがたいけど。
開始まで残り一分の知らせが聞こえる。そろそろだ。定位置に着こう。
『天成あまり、演習試験──レディ・ゴー』
索敵とハイドを繰り返しながら、可能な限り先生から遠ざかる。──まず十分間は。
走る。隠れる。音を殺して別の遮蔽に移る。それを繰り返して数分。
「──思ったよりも分かりやすく逃げるな、天成」
「ひえっ……」
電線にミノムシよろしくぶら下がった相澤先生が百メートル先に見える。そうだよな動いてたら先生にとっては分かりやすいよなわかるよ先生!! だから逃げる。音も視線も恥も外聞も全部落としていく。全力だ。
建物の隙間は通らない。一直線の場所は確実に詰む。だからぐねぐねしてる道とか住宅の塀とか、障害物が多いところを移動していく。
「もうちょっと手加減してくださいよ俺一人なんですよしかもハンデなし!!」
「ヒーローに手加減するヴィランがいるか。応援が来るとしても、偵察として情報を持ち帰らせるわけにはいかないからな。ここでやる」
「いやあああ!!!」
角を二回曲がって逆側に。それから今度は右だ。めちゃくちゃな道だけど、先生は基本的にこのエリアは足で追う事しかできない。樹もなければ電線もない。ここなら比較的追い回されても問題ない。
「なるほど、考えたな。ここなら俺も捕縛布が使えない。──が」
まだまだ離れているところを鑑みるに、先生はそこそこの音量で喋っているはず。普段静かだから余計怖い。くそ、抹消のせいで生成が一瞬途切れた。
「スタミナと速度、俺が上回ったらどうする」
「命乞いします! だから何でも許してください!!」
「今回に限っては捕まる以外の選択肢を許すわけにはいかない」
「遠慮します!!」
口も足も動かす。数度道を移動したあと、出たのは大きな道路だ。そこを二百メートル全力で走れば、ショッピングモールを模したエリアに到着する。
「逃げる場所を間違えたのか?」
「そうですね!? 地形把握が足りてませんでした!」
モール内に入って、二階への階段を駆け上がる。先生絶対手加減してるだろそこジップよろしく捕縛布引っかけて先回りできるもんね!? ならこれ一択俺は飛び降りて地下に行く!
「……はあ」
ここまでは、順調だ。十分間の派手派手なチェイスの後、一般的によくある大型施設に転がり込む。三分割した時間の一つがこれだ。地下三階から地上四階まで。ところどころ崩れているが問題はない。むしろ、それが狙いだから。
走りながら生成していた液体と、すでにマガジンから出していた弾丸の具合を確かめる。左手の人差し指を壁に擦り付け、ぐっと弾丸も押し付けた。OK、問題なく張り付いている。もともと、期末試験で使うことを考えていた増粘剤をメインとした液体だ。保持力はそれなり、揮発性の溶媒を混ぜて作ったから長くて二分くらいしか持たない。速乾のローションに近い。風通しや湿度含めた環境によって効能が不安定だから、こうやって実技じゃないと試すタイミングがない。
それを複数通路に置いてから二階に降りる。遠くで薬莢が落ちる音がした。大体一分ちょい。分子構成は間違ってない。あえて言うなら、もう少し水分を増やしてもいい程度か。誤差だ。
地下のコンクリートの上、遮蔽でパッと見では分からない場所に寝転がる。近くには柱とエレベーターのみ。耳を地面に当てて、音を確認する。足音はまだしない。空気を循環させるための機械の音がちょっとうるさいくらいだ。相澤先生の索敵は聴覚と視覚がメインで、ちょっとした痕跡を辿るのにも神経を使うはず。
分かりやすく逃げたのも、命乞いも、ショッピングモールに出たのも、全部計算の範疇。モールに行ったのはギリギリ推測されないかもしれないが、前二つは意図的なものだとすぐに気付かれるだろう。
また一つ、弾丸が落ちる音が聞こえた。それから小さく足音らしきものが。近い。目算二十秒。
立ち上がって、遮蔽から飛び出す。遠くに相澤先生が見えた、タイミングに問題なし。左手とは別の薬液を生成していた右手を振りぬいて、周囲に薬液をぶちまける。事前に呼び出していたエレベーターの中に飛び込んで、三階と四階を押す。俺が下りるのは三階、一瞬でも迷わせるためだ。
廊下を駆け抜ける。相澤先生は、床や壁の濡れた場所には絶対に触れない。俺が仕掛けたトラップの可能性があるから。それを踏まえて、特に意味のない液体も複数設置している。普段より多めに水分摂って、こういう置き方ができるように準備してきた。
……チーム戦で使えるように組んできた液体のプリセットは半分死んでるけど。それでも、こうやって役に立つものもあるし無駄ってわけじゃない。
脱出シュートの位置は確認してある。こんなところまで法を定めてるのか……いや、これも一応建物だからだろうか。十分間の移動時間で、その辺りも含めて大急ぎで確認したのだ。あるなら使えると。
機動力で詰めてくるなら、こっちは別の機動力を外から足すしかない。それが、俺の出した結論だった。幸運にも垂直式だったから、外から見ない限りは相澤先生にも分かるまい。わざわざそれを確認するにしたってフロアの隅まで行かなきゃならない。そこからまた階下に、崩れた瓦礫の多いエリアへと向かう算段だ。
先生がそれを推察できないわけがない。もともとアングラ系ヒーローだったって知ってるし、それがなくてもガキがその場で考えた作戦なんざお見通しだろう。
そろそろ口内が気持ち悪くなってきて、マフラーを下ろして吐き出す。唾とか吐瀉物じゃない──いや、ある意味吐瀉物ではあるか? たんぱく質の短鎖と糖鎖を引きずり出して、脂質の断片と組み合わせて絡めた粘弾性の緩衝材。踏んだ瞬間の振動を熱に変えて逃がす。それが、今吐き出したものの正体だ。
ナノセラムを最短で使用するための器官は口だ。材料も用意できるし、唾液腺がきちんと仕事をする。血管も多いから、足りない分の調達も早い。どうしても残ってしまう分は飲み込んで、マフラーを締める。
「……う、」
液体を踏んだ瞬間、目の前が一瞬眩んで、壁に手をつく。一歩間違えば転んでいた。この液体の機能が持つのは二分、いや速攻で組んだ液体だから、もっと短いかもしれない。ともかく、予定していた場所のどれかに手早く移動しなければ。
その間も、次に使う予定のプリセットを組み上げていく。不運にも一人での試験、その一方でこれは千載一遇のチャンスでもあった。味方に迷惑をかけないということは、俺がどう動こうがルール内であれば咎める人間がいないということ。
先月からずっとやってきた。週に二回、先生とリカバリーガールについてもらうっていう条件付きだったけど。ほとんど完成しているし、あとは平常時の成功率を百パーセントにするだけのところまで漕ぎ着けている。現在俺の身体にはバイタルと位置を確認するための機械が付けられているのだ。そしてこれは、試験から生きて帰るための最善手の一つ。
父さん。
母さん。
李羽。
先生。
俺は生きる。生きてまた撃つ。そのために今、俺は死ぬ。
そういえば相澤先生の抹消使ってる時の色どっちが好き? 原作とアニメでゴリゴリに違うんですけどぉ……
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赤(アニメ)
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金(原作)