味方撃ちOKのスナイパー   作:Damned

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投稿しないとお前のブリーチ失敗させるぞって言われたので、投稿します。



#31 コンフィデンス

 

 頭上からデクくんの声が降ってくるけど、口が動かない。あんまり動いてないと人を呼ばれてしまう。床にべしゃっと倒れた状態で、何とか腕を持ち上げたけど手が届く前に落ちた。

 

「迷走神経反射、とか?」

 個性の話となるとIQが著しく上がるデクくんらしい。俺の状態を一瞬で見抜いて、小さな声で聞いてくる。俺はゆっくりと頷いた。

「皆に言いたくないんだよね。……言わないよ」

 気遣い、心の底から痛み入る。数分回復位のままでいると、身体の感覚が戻ってくる。その間もデクくんは付き添ってくれていて、さっき股間を蹴飛ばされていたことをもっと気にしてほしい。

 

「ごめんね。気付かなくて……あんなに天成くんに助けて貰ってたのに、天成くんの様子見てなかった。身体の成分で液体を生み出すんだから、水分とか血中成分とか、偏るはずなのに」

「いいや、気にするな緑谷。そなたの分析力は目をみはるものがあるな」

「いやいやそんなことより……」

「回復終わったかよクソ医者」

 

 爆豪の声も降ってきた。

「てめェこの前言ってたこと分かっとらんのか、とは言わねェよ。自分でライン引いてたンだろ。感謝くらいはしといてやるから水分補給してとっとと来やがれ」

 それだけ言って、大部屋から出ていく。……マジか。あの爆豪が? 感謝?

 ゆるゆると状態を起こして、出入り口を見つめる。それから、さっき飲もうとしてた普通のスポドリを取って、蓋を開く。ボトルを傾けるといつもよりも美味しく感じて、ああ、本当にまずい状態だったんだなと悟る。

 

「……もう大丈夫だ。あとは食事で事足りる」

 ボトルを持ったまま、デクくんと食堂に歩いていく。信じてくれたのかは分からないけど、今は何も言わないみたいだ。

 食事から入浴まで流れるように終わって、就寝の時間。いや正確には風呂では覗き寸前の騒ぎはあったんだけど。布団を敷いて、俺だけ夜でも個性の使用の許可をもらってるから寝る前に休憩所に出ていくことにした。

 

 

 

「天成。どうしたんだ?」

「日課だ。先に寝ていてくれ」

 空の薬莢が入ったケースを持ったまま出ていこうとする天成に、轟が声を掛ける。消灯時間までおよそ三十分、各々が布団に潜ったり雑談したりしている中で一人消えていくのが引っ掛かったのだ。

 

「……ついて行っても、いいか」

「特に大したことでもないが、それでもよければ」

 天成は静かに頷いた。誰かがいることに問題はないし、その程度で乱れるレベルの精神性は持っていない。

 天成について行く轟は興味というより、気遣いに近い視線を向けている。相澤によって事前に定められた場所に腰を下ろして、天成はケースから白い布を広げた。そこに普段、バイオライフルで使用する薬莢と消毒用アルコール、使い捨てのプラ容器とスポイトを用意する。慣れた動作でのそれを眺めている轟に、天成は口を開く。

 

「話しかけてもいい……ぞ」

 一瞬詰まった言葉に、「集中しないといけないとか、ないのか」と口にしてしまう。が、彼はなんともないように手を濡らしたガーゼで拭いて。

「いい。寂しがりな婆さんの雑談に付き合っておくれ」

 掌と指を擦り合わせるように、天成は右手を握った。数度開いたり閉じたりもしながら、じわりと染み出してきたのを確認する。

 

「……そういうの、なんか苦しかったりしないか」

 心の底から案じている声だった。期末試験の一件が尾を引いている者も多く、A組のメンバーは定期的に、天成を心配するような態度を取るのだ。轟とてその一人である。

 天成はさらりと答えた。

「苦しくはないな。ざっくりと説明したことはあるだろうが、私の個性は「体内の電解質バランスと生体合成経路を再構成し、液状の化学物質を生成する」ものだ。主に血中成分が偏ることになるが、取り込んだ食物で調整している。そうして、生成した薬液を口内や掌といった部位から排出する」

 このように、と示されたのは平たい容器に滴った、うっすらと黄みを帯びた液体。ややとろみのあるそれはやがて生成の速度を増し、数分経った頃には半分ほどが満ちていた。

 本来なら、疲労困憊となった今日こそ休むべきなのだろう。それでも天成は、土下座するような勢いで「作らない状態で一週間を過ごしたくない。少量でもいいので作らせてくれ」と頼み込み、一日で合計十発──普段の三割ほど──を作ることを許されたのである。

 

「色ってどうやって付けてんだ、それ」

「主に食用色素から、だな。故に私は、琥珀糖や外側に色のついたチョコレートに目がなくてな。こうやって染めている」

「……今日、個性使ってたよな。緑谷とか爆豪とか。配合変えて」

「そうだな。あそこで使用したのはざっくり言えば、生食──生理食塩水を基盤にした液体だな。緑谷や飯田、砂藤のようなよく動くメンバーには、酸素供給を誘導させる成分などを配合することで乳酸の蓄積を抑制する」

「頭いいな、天成」

「そうでもない。八百万には圧倒的に及ばないさ。薬理学や臨床医学、代謝学や生化学、栄養学……毒物の管理も覚えねばならない。その他にもあるが、どう足掻いても個性の性質上必要だったからな。この個性で幼少期、生き抜けただけでも幸運だ」

 

 薬液をスポイトで吸い上げ、詰めていく。定量まで注いだら蓋をする。それを五度済ませた天成は右手を拭いて、今度は左手を別のプラスチック容器の上に差し出した。日課で作るこの薬液であるが、成分が大きく違う、例えば回復弾と阻害弾の場合は必ず手を使い分けている。

「暴走したら、最悪死んじまうってことだよな」

「そうなる。幼少期は定期的に身体を壊していたな。特に私は、肉体面はほとんど一般人と変わらない。薬も毒も、それなりの耐性はあるが例えば芦戸、彼女のように高い耐性はないし、負傷や事故で逆流すれば行動不能になるダメージを負う可能性だってあるだろうな」

 

 左手から排出する薬液は、ごく薄い紫。阻害用の薬液は意図的にそう付けている。危険性が目視で分かる色。当然、生成する薬液の影響は天成も受けるのだが、弾を食らうよりはごく小さく、こちらも五発分生み出した後は薬莢に詰めていく。当然、別のスポイトだ。

「……ふ、」

 天成の想定したより数段、疲労が蓄積していたようで一瞬目の前が白く飛んだ。主に生成回路を酷使したためか、身体が重たく感じられた。思わず目を細めたのに、轟が名前を呼ぶ。

「大丈夫か」

「阻害弾は、生物の毒素を模倣したものを使うからな。神経伝達を阻害したり、鎮静剤を使用したり。それらを混ぜて作る……。中枢・抹消・自律神経に作用するように。その副作用さ。拮抗剤は合成してるから、心配なら会話を続けてて」

「分かった。何か、できることあるか」

「……ない、よ。時間経過で抜けるし、十分くらいあれば立てるようになるし。いつもの事だから、()の事あんまり心配しないで」

 

 阻害弾の生成後、天成は一時的な感覚の鈍麻、反応速度の低下、脱力感、自律神経への悪影響。それに伴った判断力の低下。性質上、拮抗剤はすべて作り終わった後でないと生成も投与も出来ず、必然的に十分から二十分、天成は副作用──もとい、効能に苦しまされることになる。普段よりも少ない量で起きているのは、昼の疲労が蓄積しているためだと断言できよう。

「耳郎ちゃん(・・・)にも、上鳴にも」

 短く、出された二人の名前。

「……分からないとか怖いとか。心配されてるのは分かるけど(・・)、なんであんな風に言われてるのか、まだ理解できないんだよ」

 

 そこにある違和感を拾えないほど、轟は鈍感ではなかった。平時よりずいぶん若返った声、否、普段が大人び(老成し)過ぎているのだ、聞いたことのない声色に口を噤む。

「だって、ちゃんとマージン取って、復帰のシステム組んで、それでも皆心配してくれてる。合理性とか理屈じゃ駄目で。なんでかなぁ……」

 明らかに平常時と違う天成の状態に、しかし轟は踏み込むことはなかった。

 天成が言いたいのは恐らく、こうだ。

 責任は自分にある。失敗する確率も低い。仲間と同じように、最適解を選んでいる──だから、そこまで心配する必要はない、といったところなのだろう。故に、このような言葉が出る。

「なんで皆がそこまでしてくれるのか、分かんないよ……」

 幼く、ただ、分からないことを分からないと発しただけの、年相応の少年の言葉。轟にも理解ができなかった、普段の天成とかけ離れたその姿を。それでも言えることは。

「相澤先生もお前も合理性って言うけど、お前のはちょっと違うと思う」

「……違う? どうして?」

 轟()、俺の合理性を否定するのか? そう、言いたげな視線だった。違う、自分が言いたいのは否定ではないのに。それを伝えるすべを、轟は持っていない。

 

「……分かんねえ。けど、怖いって言われた理由は、少し分かる」

「そうお……? 教えて……」

 椅子に凭れたまま、天成は問うた。

「あいつは……緑谷は、折れない。折れるとしても、分かりやすく折れるし立て直せる。でも天成はぱっと見分かんないだろ」

「副作用でへろへろになってる時ならわかりやすいでしょお……?」

「そうじゃなくて、なんていえばいいか分かんねえ。俺は……」

 

 言葉に、詰まった。「違うと思う」も「怖い理由が分かる」も、天成のフィルタを通せば「役に立たない」になる。役に立つ、生き残る、次に繋がる、それらすべてが重なって存在している。故に、先にあった行動を許容されると思っている──否、許されねば自分の存在意義がなくなると。そう、考えているのだ。

 否定が、不要であるという判定になる。誰かが身を案じることも、止めることも、合理性がないのであれば全て必要性が薄れたというサインである。

 合理であれば耐えられる。

 正論であれば飲み込める。

 しかし、感情で発される言葉はすべて、存在否定へと直結する。今の天成は、そうできている。相澤がいたらそう言語化したであろう、言葉。

 

 ──役に立てないのならば、存在する意味がない。それが彼の中には前提としてある。思考ではなく。

 そして天成には自覚がない。自覚がないものを修正できないし、止められない。今止まっているのはひとえに、「皆を心配させない為」というだけだ。合理が上回るタイミングがくれば、天成はまた、躊躇なくそれを踏み越えるだろう。

 これらを「なんとなく分かる」でまとめてしまえる程度の、ふんわりとした回答しか出せないのは、轟が悪いわけではない。一つの事案に対して詰まっている情報量が圧倒的に多いのに、過酷な幼少期を経ているとはいえ十六年しか生きていない子供がどう発せよう。

 

 言葉を探したまま過ごしていると、先より張った声と固い口調の天成が、生成に使ったキットを片付け始めていた。

「見ていられない姿を晒してしまっただろう。私は手を洗ってくるから、先に戻っていてくれ」

 そう、何もなかったように発して。事実、天成は覚えていなかった。普段よりも弱った肉体が、椅子に身を預けて休んでいただけだと認識するほどには、副作用のスケールを間違えていたのだから。

 

 

 

 

「あ゛あ゛ぁ゛……」

 合宿二日目。

 本格的に始まった個性伸ばし訓練の中で、俺はひたすら決められたメニューをこなしていた。こんなん知らない。聞いてない。ランダムに組まれた多種多様な運動や姿勢制御の訓練の中で、俺は個性を併用する地獄の訓練をしていた。一つこなすごとに水分摂取をループ。タイマーが鳴ったら切り替え、今度は呼吸制限付きのスクワット……なあ、個性伸ばし訓練って出力器官を鍛えるか、耐久上げるか、感覚に慣れるかのどれかが多いんじゃないの……?? 技術じゃなくて底を上げるんだよな……? 俺がやってるこれって技術面じゃないの……?

 

 時は、朝五時半まで遡る──

 それぞれの個別メニューが発表されて、渡されたプリントを覗く。その中に記されていたのは一枚でギリギリ埋まるくらいの内容だった。

「ランダムに組まれた複数運動を一定時間ごとに切り替えながら薬液生成」

 見出しにはそう書かれている。

 中身をざっと覗く。何するんだ……。

 

 以下をランダムにおこなう。別記ない限り個性を使用すること。

・反復横跳び(五分)

・上体起こし(三分)

・シャトルラン(五分)

・不安定な足場での静止(十分)

・軟式ボールの壁当て(十分)

・呼吸制限付きのスクワット(五分)

・暗算しながらの生成(十五分。ペンは三種類用意してあるため順番に使用すること)

・botに読み上げてもらうタイプのかるた(五分)

・午前中限定:昼食の準備(三十分。必ず手袋を使用すること。午後は同様の時間でランダムなあやとりに差し替え、十分ごとになる)

・洗濯物の整頓(十分)

・休憩とは別途、二時間に一度以下のメニューを使用すること(三十分)

 先の暗算(午前)・あやとり(午後)に加え、生成する薬液を阻害液とその拮抗剤とし、効能を抑制する。

 

「ああ……」

 理解はできた。 即興での生成に難があるから、それを解消するためと……あと、考えながら動きながら作るための癖付けだろう。いや、そうなんだけど。こういうのって普通の訓練でやって生成量上げるみたいな拡張するもんじゃないの? ヤオモモちゃんとか砂藤とか似たようなことする個性ある訳だし、そっちと同じ系統じゃないのか。

「質疑応答があればその都度でいい。始めろ」

 先生は俺にぽい、とスマホくらいの端末を放り投げた。画面を覗くと、タイマーと運動の内容が書かれている。なるほど、便利だ。ついてたストラップで首から掛けて、落ちないようにポケットに押し込む。

 

 あ、マンダレイさんが寄ってきた。今日の昼ごはんは鶏肉使ったガパオライスらしい……メニューを渡された。

「下ごしらえしてくれれば大丈夫だから。昼になったらみんなで調理始めてね」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

 

 ピーマンとパプリカ、玉ねぎを一センチのダイスカットにする。

 しょうがはみじん切り。

 鶏むね肉は一口より少し小さめに切る。

 目玉焼きは一人一つ。

 

 ここまでやったらいいらしい。肉用の包丁は別でね、と指を指されて頷く。およそ五十人分……小規模な給食くらいだ。で、これを俺一人でやれって? 鬼かよ。

 一応、最後までレシピは載っているので確認する。普通によくある内容だけど、バジルじゃなくて大葉が使われている。現地じゃしょうがじゃなくてニンニク使うはずだし、和風ってことかもしれない。

 手袋も置いてあって、ああこれ本当に俺一人で準備させられる奴だ……。

「確認終わったらお前も行け」

 ぴぴ、と電子音がして。奇遇にも今回は調理だ。とっとと手を洗って取り掛かることにする。

 

 

 で、今はシャトルラン。生成するのは昨日使った生理食塩水ベース+酸素供給誘導+重炭酸調整の基礎液に加えて、条件分岐を増やしながらのものだ。走りながらだから地面がべちゃくちゃになる可能性を危惧してたけど、、ピクシーボブがたまにこっちを見てくれているのかそんなことはない。手のひらが常にびしゃびしゃだけど、ふやけたところで大して肌荒れもしないので放置だ。

 ちょっと離れたところにいる虎から声が飛んでくる。あの人めちゃくちゃ声通るんだよな……。今度は糖の比率の変更だ。こうやって、不意打ちで成分の変更を言ってくれてる。めちゃくちゃだ。声を張って返さなかったらさらに別の成分に変更するよう言われるし、いやそれはいいんだけど。

 

 合計で五時間。二度目の休憩という名の脳を酷使する作業が始まった。解けば解くほど難易度が上がっていく暗算と並行して作る阻害液と拮抗剤。今のところ、手先の震えとか思考能力の低下は見られない。そういえば、屋外で勉強したことはない気がする。新鮮だ。

 風に煽られて、ペンが地面に落ちた。拾おうと席から立つと、俺より先に拾った誰かが差し出してくる。顔を上げた先には、金髪とブルーグレーの瞳の男子の姿があって。

「……助かる、物間」

「ひえっ」

「えっ」

 シュバ、という効果音がよく似合いそうな速度で距離を取られた。なぜ。

 

「何故私と距離を取る、物間寧人」

「ききききき君が前にしたこと忘れたのかなぁ!? いや何も怖かったわけじゃないけどねぇ!? あははは!!」

「……した事? 何かあっただろうか?」

 この間も暗算は続けているし、物間はべしゃっと崩れると地べたからこっちを見上げている。

「君が食堂でやったことかなぁ!? それと何かやりながら僕と話さないで欲しいなぁ! A組ではそんなことも許されるのかい!?」

「やかましいぞ物間。これも訓練の一環だ、貴様こそどうした」

 

 あー……そういえば、USJ終わった後に思わずキレちゃったな。忘れてた。忘れられてたことに憤慨するでもなく物間は答える。

「いったん休憩だよ!? それよりなんでここで書き物やってるんだい、君の個性って体内から液体合成するんじゃないのかな!? 補習の一環かなぁ!?」

「残念ながら余裕のクラス四位だ。細かい作業をしながら体内で薬液を合成する訓練だからな、こうして暗算をしている。それから物間」

 俺は一旦席を立って、物間に手を差し出す。

「起きろ。そのままでは邪魔だ」

「──君の力を借りなくても立つくらい余裕だからねっ?」

「知るか」

 

 雑に自分が座っていた席の向こう側へ置いてやる。若干顔が青いけどまあ大丈夫だろう。ああでもちょっと悪戯っ気が起きた。

「私の個性、〝コピー〟してみるか? ……合成の内容を間違えれば筋繊維が焼けるし、知識を含めた習熟にはおよそ十年かかるだろう」

「は!? 何それ怖死地確定の教本なし個性……!?」

「その間、生死を彷徨う覚悟をしておいて欲しいが」

 にんまり笑って、手を握ってやる。さっき体内で生成しておいた阻害薬からすでに切り替えてある。物間の掌は生ぬるい液体でべしゃべしゃだろう。中身はさすがにただの水だ。ちょっと粘性を高めただけの。

 

「ひ……ぇ」

 物間がフリーズしたと思ったら、別の方向から拳藤ちゃんが来ていた。回収係助かります。

「ごめんねーいつも。こいつほら、合宿で余計におかしくなってるみたいで」

「気にするな。それと「手はきちんと洗え」と伝えておいてくれ」

 物間を引きずっているのを見たあと、俺も作業に戻る。そろそろ三桁の暗算に乗りそうだ。鬼か。俺が暗算できなかったらどうするつもりだったんだろう先生。いや、暗算ができない中高生とかいないだろうけど。

 予想の斜め上で来た練習に、俺はひたすら励むしかなかった。昼食になって、すでにカットされている材料を見て「あれ……?」みたいな顔をされたけど、梅雨ちゃんが察したようで「個性伸ばしの一環なのね」と口にする。

 

「レシピは頂いている。あとは米だけ炊けば大丈夫だろう」

「分かったわ。ありがとう、天成ちゃん」

「訓練の一つだ。気にすることはない」

「え、これ天成くんが全部……? ざっと五十人分はあるよね!?」

 感謝と恐怖が混ざっている。量はめちゃくちゃ多かった。実際、鶏肉は半分終わってないし。ちょっと申し訳ない気持ちでカットしながら会話を続ける。

「あと十枚ほどで終わる。すでに分けている分の肉と野菜をお願いしてもいいか。……あと大葉だな。まだ触っていないのだ」

 

 お茶子ちゃんが踵を返して大葉を置いてる方に向かってしまった。俺も鶏肉を均等に切ってボウルに移した。今回はさすがに面倒なので目玉焼きにする。フライドエッグ作れとも書いてないしね。あっちのがガリガリしておいしいけど。

 

 

 

 で、翌日。今度は卵焼き……だけじゃなくてだし巻き卵もかよ!! 甘いのしょっぱいのだし巻きの三つ、特に砂糖入ったのは焦げる可能性あるから難しいんだよな。だし巻きなら自信ある──というか、普通の卵焼きを作ったことがない。

 若干不安を覚えながらやっていくが、一発目。はい甘いの焦げました。余裕で食べられる範囲だけどやっぱ綺麗に作るって難しいな……。そうやってるうちに十分経過して今度はしょっぱい方だ。砂糖で培った経験が生かせたけど、卵焼きってこんな難しかったっけ? 体内で薬液作りながらだから余計そう感じるんだろうか。

 このあとやっただし巻きは余裕だった。覚えてる動きに若干、身体が追い付かないのは体内生成のせいだろう。合計三十分が経って、今度はシャトルラン。あんまり動いてなかった分、落差で心臓が爆発しそうだ。五分後は反復横跳び、さらにスクワット。今回連続で足にくるの多すぎないか。壊れるわ。

 

 ボールの壁当てをしながら、俺は考える。今日は合宿三日目、肝試しがあるらしくみんな楽しみそうだ。けど俺は知っている。この夜に起きる地獄を、重傷になる人間や拉致される人間を。それがどうしても、恐ろしかった。

 合宿の日からずっと、それが胸の中にもあって。動いている最中は忘れられていたのに、今日起こる事案だと思うとじわじわと身体の中央から手足に恐怖が這い回ってくる。

 俺は、助けてもいいんだろうか。誰かを動ける状態にしててもいいんだろうか。

 正史から、少しでも変えていいんだろうか。

 あちらから踏み込んでこない限り未来が変わるような行動はしない──それが、俺の定めたルールなのに。感情が先立って行動するんじゃないかって。USJ以降で初めて、全員に命の危機が降りかかる事案だから。

 

「ぶべっ」

 変な方向に跳ねたボールが、俺の顔面に落ちた。直撃した制で鼻はツンとするし、転がっていったボールは結構離れたところまで行ってしまった。歩いていく俺を、半分悲鳴みたいな声でデクくんが呼んだ。

「どうした?」

「鼻血出てるよ! ティッシュ貰ってきなよっ」

「……あ」

 鼻に手を当てると、生暖かい液体が垂れていることに気付く。

 

「はい、これボール。なくしたら困るかなって」

 そう渡されて、俺はぐいぐい押されるようにして救急キットが置かれているところに移動することになる。俺が暗算やってたところの隣で、ガーゼを取って鼻をつまむ。そういえば、怪我したのって久しぶりだ。もちろん、これも治そうと思えば治せる。けど、これを治すってことは自分の痛みを無かったことにするような気がして──治療はしない。応急手当だけ。ここは合宿所で、まだ何も起きていなくて、死にに行く場所じゃない。

 なら、こうやって個性を使わずに治療するのが正解のはずだ。痛みを忘れたらダメな気がした。

 

 




ちなみにこのガパオ普通においしいんでおすすめしときます。

そういえば相澤先生の抹消使ってる時の色どっちが好き? 原作とアニメでゴリゴリに違うんですけどぉ……

  • 赤(アニメ)
  • 金(原作)
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