味方撃ちOKのスナイパー   作:Damned

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一日なの忘れてたので初投稿です。


#32 アップヒーバル

 

 夕飯も食べて、ひんやりとしてきた夜。肝試しのペア分けの中で、急速に心臓を掴まれるような感覚が強くなっていく。

 ──どうしよう。

 ──俺は、どうしたらいい?

 誰もいなければ、身体を折ってしまっていただろう。そう思うほどの恐怖と焦燥が、天成の中にはあった。この先の展開も結果も知っている、けれどその展開を歪めて誰かを救ってしまえば、むしろ犠牲になる人数が増えてしまう可能性があるのだから。否、その可能性の方が高いのだと、天成は判断している。故に下手な行動をすることは許されない──震えた手でくじを引いた。

 

 記されている数字は、緑谷と同じもの。かくして八組が揃った。まずは常闇・障子ペアから。天成・緑谷のペアは最後である。

「よろしく、天成くん!」

「よく考えれば、そなたとは実技で組んだこともなかったな。よろしく頼む」

 例によって、プロテインの薄めたスポーツドリンク割りを傾けて。腰のカラビナにかけた天成は、緑谷に向かって微笑んだ。どことなく、午前中から彼には元気がない。

「天成君、大丈夫?」

「……何のことだ?」

 

 首をかしげたのも一拍、遅れている気がした。理由は分からない。自分の勘違いかもしれない、純粋に鼻血が後を引いているだけとも、合宿の疲労ともとれる──緑谷はそう、結論付けた。

 出発していくメンバーを見送りながら、とりとめのない会話をしていた中で、ピクシーボブがすん、と鼻を鳴らす。緑谷の鼻にもその臭気が感じ取れて、焦げ臭いと認識した瞬間、動いた。

 天成が。

 

「きゃっ」

 小さな悲鳴が耳に届くが、それに構っていられる余裕はなかった。彼女を庇いながら地面を転がっている最中、糸に引っ張られたように二人が向こう側へと浮いたのをさらに緑谷が掬って樹の幹へと掴まる。

「天成くん、ピクシーボブ!」

「助かったっ」

「動かないで!」

 ほとんど同時に吐いた言葉、蠢いた土流が引き寄せてきた方向に襲い掛かる。

「な……なんで、万全を期したはずじゃ、何でヴィランがいるんだよ!?」

 ここにいる全員が思ったことを、峰田が代弁した。

 

「潰すのに失敗しちゃったわねぇ。なら──」

 巨大な棒のようなものを抱えた男が、嗜虐心と苛立ちの混じった表情を浮かべている。

「ご機嫌宜しゅう雄英高校、我らヴィラン連合・開闢行動隊! ──お前」

 す、と指を指したのは、一般的な異形型個性だろう、リザードマンのような容姿の男。その先にいるのは飯田で。

「君だよ、眼鏡くん。保須市にてステインの終焉を招いた人物」

 彼はスピナーと名乗り、ステインの思想を継ぐ者だと語る。

 

「虎ッ指示は出した、生徒たちの安否はラグドールに任せて、私らは二人でここを抑える! けして戦闘はしないこと、皆行って、委員長引率!」

 焦りの滲んだ声でマンダレイが端的な指示を出した直後、緑谷は踵を返して走り出す。

「僕知っています!」

 主語はないが、彼女は何のことか理解したようだ。それに彼一人に割く時間もなく。そして何より、同時に走り出した天成がいて。

 

 自制は、できなかった。どうしようもない焦りが、天成の箍を一発で破壊した。

 原作を破綻させることは、この先待つ未来を大きく変えてしまう可能性を秘めている。未来が壊れ、犠牲が増え、世界の歪みが加速するかもしれない。そんなものは分かっている!

 それでも守りたいのは〝原作〟ではない。制度でも歴史でも物語の整合性でもない。目の前で息をして、笑って、怯えて、生きようとしている人間の営みだ。心の準備よりも「身の回りの誰かが潰される光景を見たくない」という衝動の方が、今は勝っていて。

 合理性ではない。正義感でもない。もっと個人的で、幼稚で、折ることのできないもの。ずっと前から、未来を守るために今を切るべきだという思考と、今を守らずに未来だけ守ることへの生理的拒絶が、天成の中でこの二つが殴り合っていた。

 

 今回は、後者が勝ってしまった。

 目の前の悪意が、具体的すぎた。

 ガス。

 窒息。

 意識障害。

 仲間が倒れる未来が、どうしようもなく鮮明だった。

 想定の破綻より、確実に起きる苦痛を耐えることが、天成にはできなかった。エゴだとは、分かっている。正義でも合理でもなく、自分が絶えられないことでの行動。かすかに残った理性が、USJの時と同じだと主張してくるのを叩き潰す。

 先にガスの個性持ち落とさないとまずい、そこだけ無力化するのであれば問題ない早いか遅いかの違い、それだけでも俺はやらなければそれなら何も問題ない。銃も何もない俺ができるのは支援だけ、なら戦闘は避けて救出を優先。俺ならあのガスも問題なく無力化できるなら行く。

 本来なら知らない情報でもって動く天成を、余裕のない戦場では止められる者はおらず。

 

 心中に反して、息の乱れはない。僅かに見えるガスの一部を浅く吸い込んで、咀嚼するように口内で受け止める。どこにどう効能を発揮するのか。揮発性・脂溶性か水溶性か・粘膜透過速度・神経抑制の主な作用点は。それから肺に落として、僅かに発揮されたガスの効果を確認。拾った内容で拮抗剤を組む。

 軽度の中枢刺激・受容体への競合阻害・アセチルコリン系の維持で中枢神経の抑制を物理的に遅らせる。呼吸器系にはガスの溶解を阻害・呼吸数を下げる薬液。吸わず、溜めず、回さず。短時間ではあるが、ガスマスクの代替をやる。

 長時間は持たない。完全に相殺するのは危険。恐ろしい速度での判断と生成でもって、天成は複数の成分を全身へ循環させていた。もちろんこの最中、呼吸を封じた状態で。全て回ったら、天成は全速力で駆ける。ここまで、飛び出してからおよそ十分。

 

 ガスの主たるヴィラン〝マスタード〟がどこにいるのか、天成は推測しかできない。段々と濃くなっていくのを確認しながら足を動かす。

「クソ……」

 普段の天成なら、ほぼ吐かない言葉。クラスメイトに見せる〝天成あまり〟の皮を被っていられる余裕が吹き飛んでいるのだ、自制を破壊するほどの焦燥の中、そんなものを維持するリソースなどない。

 耳に届くのはマンダレイのテレパス。イレイザーヘッドの名において個性の使用を許可する──それだけ聞いてあとはシャット。続いた言葉は原作通り爆豪が狙われているという文言だと知っているから。

 少しずつ濃くなっていくガスの中に突っ込んだ瞬間、勢いそのままに誰かに衝突した。互いに苦悶の声を上げた後、声を張ったのはB組の生徒──鉄哲徹鐵で。

 

「お前、天成! お前連絡聞いてたか、()()()()()()()!」

「悪い話してる余裕ないから俺お前らもそいつ探しに来たんだろ!」

 人がギリギリ聞き取れるほどの速度で口にした天成を呼んだのは拳藤。ガスマスクを渡そうとしているらしいが、天成はいらないと吐き捨てて二人の前を走っていく。止めることは出来ないし、何より一人で行かせてしまってはより危険である。A組とかB組とか、そんなことに構っていられるほど二人の精神性は腐っていない。

 何より天成は、マンダレイのテレパスを全て聞いていなかった。狙われたのは爆豪だけでなく、天成もだと。そう周知されているのに。前方を走り続ける天成に、拳藤が叫んだ。

「鉄哲には言ったけど、ガスが渦巻いててその中心にいるんだと思う!」

「OK」

 

 短く告げる間にも、ガスの濃度はより高くなり始めていて。その先に待っていたのは、学ランとガスマスクというミスマッチな装いの小柄な少年だった。

 銃声がガスを引き裂いた。

「……外したか。よくやるね、銃持ってるなんて思ってなかったでしょ」

「そうか」

 二度目のトリガーが引かれるよりも先に。

 踏み込んだ天成が、その首筋を捉えていた。

 

「……え……?」

「今、何……」

 何が起きたのか、分からなかった。踏み込んだ先ではすでに、ヴィランの首に天成の腕が巻き付いていて。拳銃を握っていない方の腕は必死にそれを剥がそうとしているも、力の入らぬ体ではどうしようもない。

 気道を塞いでいる、訳ではない。天成の腕は、彼の頸動脈を的確に圧迫しており──最後のあがきとばかりに引き金に指にかかった銃だけが残った。この間およそ五秒、血流を遮断された彼はあっさりと崩れ落ちる。

 

「ガスじゃなく油の乗った舌だったな」

 スリーパーホールド。

 拳藤にも、鉄哲にも、どうしたのかは分かっていても、彼が暴力的手段(それ)をノータイムで選ぶとは想像もつかず立ち尽くしている。

「武器外して拘束頼む俺よそ行くから」

 今度こそ止める間もなく、天成は森の中に消えていった。ガスの薄れつつある中、ともかく、と声を発したのは拳藤で。

「こいつ捕まえて合宿所戻るよ、鉄哲」

 二人の目には、一切の躊躇なく叩き伏せられた少年が映っていた。

 

 

 

 晴れたガスの中で、体内生成をやめた天成は再び走る。途中ですれ違ったメンバーはガスマスクのおかげか問題なさそうで、すれ違いざまの情報交換で済ませる。耳郎とか葉隠がまだ見つからない。それから青山。同時に回収できるのは、天成の筋力では二人だ。葉隠と耳郎を優先しつつ周囲を見回る。

「耳郎ちゃん、葉隠ちゃん、青山! 返事できるか!?」

 天成の耳がいかに鋭敏であろうと、風が生み出す葉擦れの中では感じ取ることなど不可能。故に声と痕跡から追うしかないのだが。

 

 見つからないように、しかし全方位を確認しながら探す。誰も動いていない。歩いた後もない。耳郎ちゃんはどこだ。募っていく焦りの中、こつ、と何かがつま先に当たったのを感じて──そこで、気付いた。

 葉隠を庇うようにして倒れた耳郎に。

 ただでさえ浅かった天成の息が、引き攣るようにして一気に心拍数を跳ね上げた。

「大丈夫か、聞こえるか」

「う……ぁ……?」

 わずかな反応が、返ってきた。しかし意識があるというには弱すぎる反応。まず耳郎を、次に葉隠を肩に抱えて、今出せる最高速度で走る。青山は後回しだ、今は先に見つけた二人を移動させるしかない。

 回復用の薬液を投与するか──ごく一瞬過るが、それで回復するかで言えば否だ。自分に回す分には先の成分だけで問題ないが、他人に使用するのは危険性を加味して使用不可。

 

「クソ俺はどうすればいい……!」

 情報を得ていないから分からないが、B組のメンバーにもそれなりに被害が出ているはずだ。二人を送り届けてまた戻る。ブラドは絶対に止める、と天成は理解している。故に、止められる前に走り出す必要がある。

 合宿所までの距離がひどく遠く感じた。小さく毒づきながらも、ただひたすらに走る。方向は間違っていない、灯りが遠くに見えたのにわずかな安堵が広がった。

 樹の向こうから戦闘音がする。広場の方向、かつ特徴的な口調の男性の声からするに、あそこでマンダレイや虎が交戦しているのは間違いない。

 

「天成くんっ」

「合宿所行く、何かやらなきゃいけないことあんだろ!」

「わかった!」

 すれ違った緑谷とはそれだけ交わして、合宿所に飛び込む。いたのはブラドと補習組、先に避難した飯田たちで。天成は二人を下ろした後、すぐに元の場所へと走り出す。

「すいません先生俺出ます耳郎と葉隠頼みます」

「行くな天成──」

「俺じゃないと多分間に合わないみんな死ぬ、ナノペンあるから負傷しても問題ない!」

 

 天成の背中が、森の中へと消えていく。

 誰も知らない。知るはずがない。例え、天成であろうとも。

 この一日で、彼の命は失われてしまうということを。

 

 

 

 

「……ウンターハイレン、だな」

「──っ?」

 背後から。

 ぬるりと溶けていた影が実体を持って、ひたりと首に何かを当てた。反射的に振り返るのを制して、身体を静めて蹴りを放つ。当然のようにバックステップで回避されたのに、先に回していたアドレナリン・ノルアドレナリンに加えて血管の収縮を促すものを回す。

 暗色のパーカーに自分よりに十五センチ近く高い身長。フィジカルでは圧倒的に不利。相手の得物は既に確認している。ナイフ。刃渡りはおよそ二十センチ未満の片刃、ならば近接戦闘は悪手。しかし、現状の天成はスリープダーツもライフルもない。ポケットに入れたナノペンこそあるものの、武器にはなりえない。回復の自己投与が可能なだけであり、天成は負傷を前提として躊躇なく二十二ゲージの針を首筋に突き刺した。最速で回るよう、太い血管に。

 

 刺突、袈裟懸けからの振り上げ、水平に。踏み込んできたのを蹴飛ばすがあちらも体術に秀でているようで、僅かに揺らぐだけだ。足を掴まれる前にめちゃくちゃな体勢での膝蹴りを叩き込むが、浅い。

 再び距離を取った時には、男が口を開いていて。

「レイエス・レイス。──それが、俺の名前だ」

 きらり、一つ。その顔の前に置かれたナイフが月明りを反射したときには、天成は吐き気がするほどの感覚に身体を折っていた。

「あ……ぁ……?」

 

 視界が歪む。何が起きているか、分からない。何を思ったのか。違う。これは恐怖だ。何故。何が起きている? そうか。

「……おまえの、個性か」

 答えはない。レイエスの振るうナイフが頬を引き裂き、追撃を半身で流して腕を掴もうとするのを、もう一度。対抗策を練りつつあっても間に合わず。ドーパミン、迷走神経抑制剤。何を入れようとも、脳内に回らないのであれば意味がない。

 引き攣る呼吸を無理矢理現実へと引き込んで、天成は何とか立っていた。恐怖を操る個性か、と推測を立てたのだ。やれる、間に合う。自己暗示の補強でもって恐怖心を和らげる。

 この感覚を、天成は知っている。どこかで食らったことがある。いつだったか。答えを出すのを待ってくれるほど、眼前の男は甘くはない。

 

「いい……動き続けろ……。俺がやらなきゃダメなんだ、俺が立たなきゃ皆傷付く、だから立つんだよ、動くんだ、それでいい、それがいい……」

 聞こえるか聞こえないか、ぼそぼそと呟きながらも戦闘は続く。ナイフと素手、圧倒的不利な中でも対等にやりあえているのは天成が脳内物質を操っているため。けれどあくまで〝対等〟なのは回避主体で攻め手を持たないからだ。そしてこちらに得物があったとて、勝てる自信はない。

 再び溢れ出る恐怖を自己暗示で圧縮して放り出す。心の隅に張り付いたそれからフォーカスを外しつつ、も。

 

「はぁ、ッ……」

 ぶつりと皮膚が破れる感覚がした。退きながらの薬液の自己投与。青白い光が全身から淡く立ち上り、夜闇を僅かに晴らした。

 バイオティック・ブースト。十六秒間だけ身体能力や代謝、耐久性を大幅に向上させる薬液。天成自身には効き目が遅く弱く、しかしその時間は二十七秒まで伸びる。

「投与、完了」

 言い聞かせるように呟いて、その時にはもう、レイエスには天成を追うことは出来ていなかった。背後から叩き込まれる拳が肩に入り、微かな呻きが耳に届く。──いける。あと十五秒でカタを付けて、こいつを縛って戻る。それでいい、のに。

 

「ッ、ひ、ぁ、あ……!」

 脳内物質を弄っても自己暗示をかけようとも、それを上回る恐怖が天成に膝をつかせた。怖い。苦しい。何で。心が、頭が痛い。張り裂けそうなほど。だめだ。ブーストの時間が終わってしまう。そうなれば、俺は立てなくなる。()()に、負けてしまう。

「やるか、よ……っ」

 震える身体も力の入らない膝も強引に動かして、天成は立ち上がった。

「まだ、立ち上がるか。……過換気症候群になる程度には()()()つもりだったがな」

 舐め腐っているのか、他に理由があるのか。黒い瞳が天成を見下ろしていた。

 

「……お前のような存在は」

 心の底から苛立った声音だった。

「俺にとって、最も嫌悪すべきものだ」

 跳ね上げるようにした蹴りを最後に、青白い光が溶けるように消えていく。およそ三十秒の絶対時間は終わった、その状態で戦い続けるのには、天成では著しく状態が悪かった。

 仲間を失う恐怖。

 この男の強さへの恐怖。

 自分が役に立てない恐怖。

 それらすべてが、天成の全身を縛っていた。

 

「や、めろ……」

「だから、俺はお前を殺さない。拉致もしない」

 身体が、縫い付けられたように動かない。目の前に存在するナイフを見ても、避けることも出来ず、ただ見ていることしか、出来ない。

「何も出来ないまま、救えないまま、ただ、目の前で失われていくものを見ていろ」

 

 ──あれ。

 ──暗い?

 熱い。

 寒い。

 なに、かが。

 

 




いやだなぁもう七月だなんてしんじられないなあ

そういえば相澤先生の抹消使ってる時の色どっちが好き? 原作とアニメでゴリゴリに違うんですけどぉ……

  • 赤(アニメ)
  • 金(原作)
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