夏が胸を刺激するって感じなの
で投稿します。
何かに揺られているのに気付いて、目を開ける。重苦しくて澱んだ空気と、薄く色のついた何かが、目覚める前の記憶だった。
風になびく自分の髪と、荒っぽい言葉がやけに鮮明だった。
「クソ俺はどうすればいい……!」
それが誰のものか、最初ウチは気付けなかった。聞いたことがない声だったから。
「拘束は拳藤と鉄哲がやってくれてる」「自分以外に不安定な物質投与できねぇ」「どっちにしろ昏睡ルートだからってする訳ねぇだろふざけんな」──B組の生徒かと思ったんだ。でも。ウチはこの声を、知ってた。
「……あま、なり」
声は、出なかった。力が入らない状態で、思わず呼んだ。聞こえるはずがない。身体がぴくりとも動かない状態で、天成に抱えられている。普段使わない一人称に、語尾に、声音に。別人みたいで、でも今まで聞いてた天成の音と、合っていた。
自分の事は後回しで、皆の事ばっかり考えて、全部助けようとする天成。皆のおばあちゃんみたいであったかい、天成。今聞こえてるのは、子供みたいに荒っぽい言葉を吐きながら走る天成の声。別人みたいだけど、行動だけは変わってない。だから、これは天成だ。
体育祭のころから、分かってた。天成の〝音〟がどこかズレてて、違和感があった。追求しなかったのは、口にしたら天成とその周りの関係が壊れちゃう気がしたから。
怖い、とか怒ってる、とかじゃない。ただ怖かった。いつもの天成は、体育祭で壊れちゃって。それを今日まで、無理矢理くっ付けて使ってたんじゃないかって。ウチらが望む〝ばーちゃん〟を見せる為に。
揺れてるのが、止まった。うっすら開いた瞼の中に、白い光が入ってくる。誰かに抱き留められたのが分かって、「耳郎」って呼ばれて、上鳴だって分かる。
あの時。
──耳郎好きなんだっけ?
上鳴がそれを言った時、ウチの胸は変に熱くて、痛くなった。
帰ってきたのは困惑に近い声での「は?」で、そこで一気に冷や水を掛けられたような気がして、心に身体があるのならヒートショックで死んでいたかもしれない。
そこでジャックを引き抜いた。続きを聞くのが怖くて。
理由は分からない。けれど、それを聞いてしまえば決定的に何かが変わる、そんな予感がしたから。
聞いとけば、よかったのかもしれない。こんなことになるなら。後悔と安心と不安が混じってるのを、また、天成の声が揺らした。
「俺じゃないと多分間に合わないみんな死ぬ、ナノペンあるから負傷しても問題ない!」
足音が、遠くなっていく。焦点の合わない中でウチが思ったのは、一つだけ。
──ああ。
──あれが、天成の本当の音なんだ……。
冷たくきらめく。それは、壊すことしか考えないものだった。
鋭く走った銀の光。何も見えないフードの奥。
飛び散る髪が夜の闇に溶けて、向けた視線が俺の
魂を失った瞳をケアを怠らなかった唇が渇いていくのを潰れた何かを記憶に刻み付けておくことしか、許されなかった。
それを掘り起こされてしまえば容易に心が傾いた。どうして自分だけが生き残ってしまったのだろうか。どうして救えなかったのだろうか。
どうして、あの時に〝バイオティック・ブースト〟が生まれていなかったのか。
分かっている。それは禁断の薬に等しいと。ごく短時間、超回復と強化を行う薬液など、世に出してはいけない。だから自制していた。それがこうやって世界に裏切られると思っていなくて、教訓にして、生み出した。それでも届かなかった。
怖い。家族と同じ終わりが待っているのが。
怖い。誰かが傷つくのが。
怖い。自分が何もできずに終わるのが。
怖い。目の前でナイフを煌めかせたあの男が。
それでも、自分の中に対抗策なんてない。どんなに脳内成分を弄っても、怖くないと言い聞かせてもそれを上回る恐怖が塗りつぶしていく。恐ろしい。怖い。
怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい痛いこわいこわいこわいこわい誰かこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい助けてこわいこわいこわいこわいこわいこわい俺がこわいこわいこわいこわい死ねばこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわ
自分の悲鳴が鼓膜を劈いて、消毒液や清潔なシーツがここが病院だと伝えてくる。何で。俺は合宿所にいて、耳郎ちゃんと葉隠ちゃんを助けた後は──そのあと、どうしたんだっけ?
曖昧な記憶の中で、俺は身体を起こす。左腕には妙な感覚があって、視線を向けると点滴の針が刺さっている。どうやら病院に運ばれていたらしい。じゃあ、あの二人は? それ以外のみんなはどうしている?
衝動的に点滴スタンドを掴んで立ち上がろうとして、右手が空振った挙句ぺたんとベッドにへたり込んだ。
「いや……だ……」
誰かが死ぬのは、怖い。
差し込んだ光が目に痛く、涙が零れた。ふらふらと立ち上がって、俺は病院のドアを開く。ただの病院の、ただの廊下。誰もいないのが、喉の奥で舌が膨らむみたいに息を詰まらせた。
「あぁ……」
ただ、意味の無い音を発しながら、俺は歩き続けた。ここが何階かなんて知らない、けど俺は皆の安否を確かめなきゃ。みんながどうしているのか、知らなきゃ。
「ちょっ……!? ちょっと、何をしてるんですかっ!?」
看護師さんの一人と鉢合わせた。彼女は慌てた様子でどこかに連絡を取ると、病室に俺を連れていこうとする。
「まって、ください。俺はみんなの……あいつらの……」
「先生と親御さんが来ますから、それまで待ってください。すぐに終わります」
俺の力が弱いのか、医療従事者特有のパワーかは分からないけど。引きずられるようにして病室に戻された。
ベッドに座ったまま、ぼうっと天井を見上げる。視界がいやに狭くて、寝起きだからしょうがないか、と結論付けて医者と親御さん──親御さん? 何を言ってる? 俺には家族がいない、ああそうか。相澤先生が保護者欄に記入されてるんだ。こういう時に必要だから。
からりと扉が開いて。視線を向けると、いつもの格好をした相澤先生だった。肩で息をしていて、慌ててきてくれたんだと分かる。
「……先生」
「天成。あいつらは大丈夫だ」
俺が聞きたかったことを、真っ先に把握したのだろう。先生はそう口にした。
「……よかった」
「むしろ、お前が一番の重傷だよ。
「右目? 何言って──」
ぺた、と両手で頬を触って。右側に感じたのは、布の感触。なんだろう。目を瞬かせていると、お医者様がはいってきた。
自分の名前がわかるかとかここがどこかとか、生年月日だとか、よくある質問をされて。俺の容態の話に移った。
「……落ち着いて、聞いてくださいね。貴方は今──」
何を言われたのか、分からなかった。
「医学的に、回復は不可能です。……残念ながら」
「……はは」
乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。
「冗談言わないで下さいよ。俺の目が──ッ、」
思い出す。月明かりを背にした黒い影を。言われた言葉を。何も出来ないまま、救えないまま、ただ、目の前で失われていくものを見ていろと。そんなのは嫌だ。目の前の何かを掴もうとして、手が空を切るのが鮮明に見えた。
「ぁ、う、……っあ……」
誰かに抱きしめられて、温かくて。心臓の音だけが、聞こえていた。怖い。何も出来なくて、救うこともできなくて、仲間が死ぬのが、怖い。嫌だ。何も出来ないのは、もう嫌だ。笑って、泣いて、しょうもないこと話して。そんなんじゃないと、わかんない。
ねえ、俺どうしたらいいの。母さん。父さん。李羽。またあの時みたいに、助けられないの。そんなの、やだよ。
大丈夫だって、誰かが言ってる。大丈夫な訳ない。みんな傷ついて、地獄みたいな夜を過ごしてて。今日が何日なのかは分かんないけど、それでも。
涙が頬を伝って、でも右側は濡れてすらいなくて、目だけじゃなくて涙腺も無いんだと気付いた。
「……そっか。右目、なくなっちゃったんですね」
包帯の巻かれた右目をなぞって、俺はそう答えた。
「左目は、特に異常ないですか」
お医者様は一瞬、目を見開いたあと答えた。
「じゃあ、左目は問題ないんですね。退院っていつですか?」
何かおかしい事を言っただろうか、今度は相澤先生が怖い顔をしている。なにか言うわけでもなく、俺が問診を受けているのを見ていた。
お医者様が出ていったあと、ややあって、相澤先生は口を開く。
「……俺の責任だ」
「え」
「お前の右目が無くなったのは、俺のせいだ。いくら連中に狙われていたとしても、だ」
「待ってください」
狙われていた? いつ、どこで。目標は爆豪じゃなかったのか。マンダレイのテレパスで戦闘許可と、ああ俺、そこから先無視したんだっけ。原作と同じだろって。
だとしたら、どうして俺は片目だけで済んでるんだろう?
「何で、俺だけ拉致されなかったんですかね……?」
「爆豪のことか。聞いたのか?」
まずい。起きたばかりで、周囲の把握さえ出来ていない状況なのに、知らないことを知っていると自白してしまったのだ。警戒のいろが強くなった先生の視線を耐えながら、俺はそれっぽく続ける。
「敵の狙いは爆豪だって聞いたので。てっきりそうだと……」
「ああ、そうだ。が、もう救出された。安心しろ、ほかの生徒も全員目覚めた、耳郎と葉隠もな」
「……よかった」
本当に、よかった。あそこで間に合っていなかったら、俺は俺である意味が無くなってしまう。ただでさえ今、右目が──狙撃手の命が、取られてしまったのに。その上で、誰も救えていなかったら。
それからは、誰とやりあった結果なのか、その個性は。話を続けている間にニュースの記事を見せられて、息が止まる。
「──うそ、でしょ」
クロムブラックの髪に、深いグリーンの目。引き延ばして掲載された画像。
この顔を、俺は見たことがあった。
「どうした、天成」
「俺……俺、は」
嫌われていたのか。心の底から嫌悪されていたのか。
「……俺、あったこと、あるんです」
「こいつとか」
「京都、で。いや、人違いかもしれない。だって世界には同じ顔が三人いて、それにあそこは京都から離れてるし、そもそも嫌いならわざわざ接触してくることもなくて、いや、だから違うんです、きのせいで、そんなことあるはずなくて」
「落ち着け。……一旦、この話は止める。お前が混乱するだけだ」
端末をしまって、先生は話を切った。でも、と口にしたけど、先生は駄目だと返すだけだ。そんな。俺が知ってるとしたら、操作で役に立つはずなのに。
「捜査協力がどうとか考えてるだろ。そんなもんお前の精神状態が落ち着いての話だ」
「落ち着いてます。だから話せます」
「落ち着いてる奴が過呼吸起こすわけないだろ。また今度だ」
それ以上、相澤先生は何も言ってはくれなかった。
あれから数日たって、俺は退院の許可が出た。視神経が不可逆的な損傷を負って、眼球自体は的確に抜かれていたみたいで処置も比較的楽だったらしい。
家のドアを開けながら、尋ねる。
「そういえば、俺の事拾ったのって誰なんですか?」
先生は一瞬迷った後、
「B組の拳藤だ。あいつから俺が受け取った」
「……そうですか。あとで拳藤ちゃんにお礼言っとかなきゃ」
上がってください、と先生に言って、俺は靴を揃えたら二階の階段を上っていった。久しぶりに帰る家はいつも通りの匂いと温度を保っていて──突然、身体が傾く。え? どうして?
「手すり使え、片目見えないんだから」
「……ああ」
忘れてた。いつも通り階段を上がろうとして、距離感をミスったんだろう。踊り場から落ちそうになったのを先生が受け止めてくれた。
「これからお世話になるうえにすみません……」
「なら三度はやるな。それだけでいい」
「ワカリマシタ……」
退院は許されたけど、病院も学校も依然として俺を経過観察の対象として見ているらしく、親がいなけりゃ親戚もいない俺は相澤先生のところで預かることになったらしい。そこまでしなくていいのに……と思ったけど、さっきみたいな事象もあるし、精神的に負った傷も深いだろうからって。先生の邪魔になると思うのに。
でも、「今のお前を一人にする判断は俺もしない」って言われたら、俺に拒否する権利なんてない。
医者と学校の判断で、一時的なもので、拒否権はないって言われたら。決定事項っていうのはよっぽどのことがないと覆らないし、その〝よっぽど〟を考え付くほど俺の頭は賢くなかった。
部屋のドアを開けて、必要な物を引っ張り出す。合宿の荷物は回収されてるらしく、すでに相澤先生の家にあるって言われた。必要なのは、荷物に入れてなかった日常的に使うものだけだ。あとは学校の課題とか。リストアップしてくれたものも含めて、その辺りを適当に詰めたら終わりだ。部屋を出て、ゆっくりと階段を降りる。
荷物を玄関に置いて、仏間を空けた。皆の写真が、いつも通り置かれていた。日常的に掃除してるおかげで大して埃は溜まっていないけど、少しだけハンディモップで掃除してから線香を上げる。腰を上げて、蝋燭を消す前に先生が声を掛けてきた。
「天成」
「はい?」
「俺も上げていいか」
何の、と聞かなくても分かっていた。俺は頷いて、座っていた座布団をぽんぽんと示す。
「……両親も、妹も。喜ぶと思いますから。こんないい先生なら俺を任せても大丈夫って……思ってくれるんじゃないですかね」
「……そうか」
先生を置いて、俺はリビングに歩いていく。普段カウンターに立てている写真が無性に恋しくなった。画像は手元に残ってる。けど、写真がどうしても。最後に撮った家族での一枚が、形として。
このくらいなら、持って行ってもいいだろう。写真立てを畳んで、ガスの元栓だけ確認したら廊下に出る。
「火は消したが。大丈夫だったか」
「はい。ありがとうございます」
大したサイズじゃない荷物を肩に掛けようとして、先生に攫われた。どうやら持ってくれるらしい、施錠を済ませて俺はまた助手席に座ろうとして、あれ? なんで相澤先生がこっちに立ってるんだ? 助手席じゃ……いや、間違えたのは俺の方だ。先生が僅かに顔を顰めているのを見て、慌てて向こう側へ歩く。あー、これ。完全に疲れてるな。
ドアを閉めて、シートベルトを着ける。ゆっくり走り出した車のシートに、僅かに身体が沈んだ。
「……お前だけだ」
「え?」
「雄英が、全寮制になる。これまでのことを鑑みてだ」
「そうですね。四月から続く連合の襲撃とか、いろいろ。なら、こっちで全部見た方が安全ですし」
今回の合宿は、決定的だったんだろう。原作から推察するに、死人は出ていなくても相応の負傷者はいるはずだ。
「選択肢はある、が……いずれにしろ、管理下に置かれることになる。雄英を退学しない限りは、な」
「選んで、いいんですか」
「少なくとも今は俺の家だがな。近いうちに寮になる。どっちも一人じゃない。選べ」
同じ道に繋がる選択肢だ。そのくらい、俺でもわかる。それでも選ばせてくれたのは、相澤先生のせめてもの誠意だったのかもしれない。どっちにしろ、俺の答えなんて決まっている。退学は、俺の選択肢にない。
「……じゃあ、寮に。その言い方だと、しばらくかかるんですよね」
「ああ。大体一週間くらいか、どこかのタイミングでまた荷物を纏めることになる。今のうちに考えておいてくれ」
「わかりました。言っても、俺は大して荷物なんてないですけど。本くらい、かな……」
それと、これから長期間家に帰れないって言うならキーパーさんも頼まないといけない。頻度は高くなくていいから、庭木の剪定とか部屋の掃除とか、そういうので帰らせてはもらえない気がする。
「先生」
「どうした」
「これから、外出も許可制になるんですか」
「なるだろうな。少なくとも、前のように自由じゃない。お前だけでなく、生徒全員がな。家の事か」
「……そうです」
「お前が気にしないのなら、こっちが費用を出す。ハウスキーパーさんが必要なんだろう」
俺は首を振った。
「いや、それはいいです。責任がどうとかじゃなくて、俺が。自分の手で人を選びたいし、自分の手元から出したいんですよ。皆のいる場所だから。……まあ、そのお金って家族の遺産ですが」
「そうか」
それきり、先生も俺も、喋らなかった。ドラッグストアでガーゼとかいろいろ買って、まっすぐ先生の家に向かう。知らない道に出て、知らない景色を見ながら、揺られてるせいか段々眠気がやってきた。
「寝てもいいぞ」
「いや……さすがに、送ってもらってるのにそれは、申し訳ないですよ……」
「寝ろ」
また静かになって、耐えられなくなった俺はいつの間にか眠っていたらしい。先生に声を掛けられて、俺は目を覚ました。
「おはよう……ございます」
「多少は眠れたか」
「多分。すみません、運転してもらってるのに」
「そんなこと求めるほど狭量じゃない。上がれ」
やっぱり荷物は持ってくれて、部屋に入る。なんだか意外だった。学校に泊ってる……とまでは言わなくても、先生からは全然生活臭はしなかったから。最低限の物が置いてあるのも不思議に思ってしまう。冷蔵庫あるんだ……。
「……なんか失礼なこと考えてないか」
「いや、その」
奥の部屋に案内された。そっちは畳で、布団が畳んで置いてある。
「好きに使え。よっぽどマナーが悪くない限り何も言わん。普通に起きて飯食って寝ろ」
なんで声量も筋肉量も増えてるんすか兄貴
そういえば相澤先生の抹消使ってる時の色どっちが好き? 原作とアニメでゴリゴリに違うんですけどぉ……
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赤(アニメ)
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金(原作)