最近暑すぎて死にそうですが投稿します。
夜中、不意に言葉で表せない程の感情に襲われて、漏れ出そうになった声を咄嗟に口を塞いで抑える。
「──ッ」
先生に気取られる訳にはいかない。起こすのは申し訳ないし、心臓が早鐘を打って、息が浅くなるだけだから。
連日迷惑をかけている先生を起こしてしまうくらいなら、個性でも何でも使って、いつも通りを装う方を選ぶ。足元から絡みつくような感覚があっても、右目の奥が痛んでも、先生には気付かれたくない。運動した時と大して変わらないんだから、問題だってないはずだ。
俺にとって先生は、これ以上迷惑をかけたくない存在だった。ただでさえ家にお世話になっているのに、こんなことで起こしてしまうわけにはいかない。USJからここまで、ずっと先生の手を煩わせているんだから。
大丈夫大丈夫何も感じない大丈夫。耐えることには慣れている。痛いのも苦しいのも。身体の半分が車のフレームに挟まれた時だってそうだったじゃないか。これが終わったら、また〝ちょっと傷が深いだけ〟に戻れるはず。医者が処方してくれる薬でも足りないのが面倒だった。自身の寝間着の裾を噛みながら、身体の中で抑制剤を組む。ドーパミンの微調整で抑えつければ、何とか思考を維持しながら乗り切れる、と思う。事実、昨日まではそうやってできてた。
多少眠れなくなるかもしれないけど、昼間にちょっと寝たし。これからしばらくは学校にも通えないんだから、課題をこなす間に仮眠を挟めば問題ないだろう。
「……おい」
暗がりの中で、襖が開く音だけがやけに鮮明に響いた。
「何してる」
声は、静かだった。けど、ちょっと怒ってるようにも感じる。
「隠すな。……壁越しだっていっても、気付かないわけないだろ」
怖いなら怖いって言え、と先生は口にする。……怖い? 何が。
「迷惑でも何でもない。勝手にそうやって決めつけられる方が迷惑だ」
「…………っ、う」
「個性、使うなよ。ただでさえ怪我で身体に負担かかってるんだ、感情出すのよりお前の我慢の方が優先だと思ってるんなら間違いだ」
先生が畳に膝をついて、俺の布団を少しだけ捲る。顔を見せたくなくて、俺はその奥に潜った。
「……なあ。どうして、誰にも頼らない」
頼ってる。そう口にしようとしたけど、口が縺れて上手くいかない。薬液の配分を間違えたのかもしれない。
「俺はここにいるだろうが。担任でも、ヒーローでもない。今はお前を見てる大人だ」
その大人に、迷惑をかけてるのは俺だ。ブラド先生の制止も無視して突っ込んだ挙句勝手に右目なくして、先生の家にこうやってお世話になって。
「自分の感情に嘘つくな。薬回したら後できついのはお前だぞ」
それならそれでいい。先生が毎日学校に行っているのは聞いてたから、その間に何とかすれば大丈夫だ。なのに。
「俺を起こすのが申し訳ないとか、考えてるんだろ。お前が勝手に思ってるだけだ。だから、隠して耐えるな。怖いなら怖い、痛いなら痛いで。大丈夫じゃないなら、教えてくれ。言わなくてもいいから」
直接触れるでもなく、先生は小さい子供に言い聞かせるみたいに布団に手を添えている。意を決して噛んでいた服から手を放すと、決壊したみたいに腹の底から声が漏れた。
「ゔ、ぁ゛……ッ、」
もともと間違った配合でやってしまったからか、身体を折り曲げた状態で心臓のあたりを掴んでも心拍は跳ね上がったままだ。昨日までと違って胸の中心から手の先まで張り裂けそうなほどだった。
「こ、ゎ、い゛……ッ、あ、ぐ、うぅ、ぅく……、や、だっ、ぁ……」
足元からどんどん絡みついてくるみたいな恐怖と吐き気がやまない。なんで。俺は。こわい。どうして。たすけて。怖いのはいやだ、いやだ、
身体の芯から広がる痛み? が突き刺してくる。
苦しいとかじゃなくて頭が真っ白に? わかんない、口が閉じられなくて、敷いてたタオルが濡れてる、きがする。
「……もう、隠すな。隠さないでいい」
息が上手くできなくて、喉の奥が引きつって。なんていえばいいのか、分かんない。ただ、背中に回った手が、あったかくて。
「泣いてもいい。声出してもいい。俺以外ここにいない」
か細い声だった。
「なんで、おれ、いきてるの……?」
問いではなく、迷子の子供が暗闇で伸ばす手に近い。言葉の芯に、既に犠牲が基準になった生活の歪みが透けている。
「みんながいて、まもれて、たすけられて、そんなんじゃないと、わかんない……」
「ねぇ……助けてよ、先生……」
その声には、理屈も体面もなく、ただ〝限界を越えた子供〟だけがいた。
相澤はすぐには返さない。鼓動の早さ、呼吸の浅さ、薬液の影響。そして――三年間に加え、この半年で積み重なってきた精神の負担。
「分からなくていい。今は、考えなくていい」
なぜ生きているのか。「お前は必要だ」「命は大切にしろ」「ご家族も悲しむ」。そんな綺麗事で何とかなるような世界に、相澤も天成もいない。
この問いは、論理で止まるものではない。そして意味を与えれば、余計に天成を追い詰めるだけだ。故に、今必要なのは理由ではなく止血であると。相澤はそう、判断した。
やることは、一つしかない。生きている理由を与えないまま、生きていてもいい時間を作ってやること。
「だから、ここにいろ」
状態がめちゃくちゃなのは、天成自身も分かっている。相澤も分かっている。だから、こうすることしかできない。
家族の死から生じていた心の亀裂を強引に、外に見せる人格という箍で押し潰し、何年間も生きてきた子供のそれが保てなくなった。家族の喪失という子供が背負うにはあまりにも重い物のせいできっと、彼は自身の耐久力を見誤っていて──誰も、気付けなかった。
家族の喪失で、彼は子供でいては壊れることを理解した。
壊れないために、〝誰か〟の皮を被っているのだと。
それが体育祭の一件で致命的に崩れ、そして職場体験で緩和されたのだと。
けれどまだ、本当の自分を出すのが怖いのだと。
それだけだと思っていた。しかし彼は。
天成はそれを、定期的に圧力をかけることで気付けなくしていた。結果、まだ持つ、まだ耐えられる、そう、認識してしまった。彼はあの時点で本来ならば必要だったのだ。泣く時間が、立ち止まる時間が、誰かに委ねる時間が。しかし天成はやらなかった、正確には、できなかった。そこは恐らく、天涯孤独であることも影響しているだろう。
代わりに役割を、合理という名の自己犠牲を、先程は個性による感情制御を。それらを、圧力として使用していた。USJも、体育祭も、合宿も。何度も内側からの圧力で悲鳴を上げていても、外側は箍として機能していて。
ゆえに、心の傷は見えなかった。見えなくなっていただけだ。垣間見え、結び付いたのを観測していた相澤でも、気付けないほどに圧縮されていたから。
そして今回がある。
右目を失い、恐怖を全身に刻まれ、助けたのか助けられなかったのかの線引きが崩れ、
胸元にかかっていた天成の力が、急激に抜けた。最初は緊張がほどけたのかと思ったが、違う。変わったのは重さで。〝自分で支える〟という意識が完全に消えた時のそれだ。
「……天成」
返事は、ない。顔が肩に沈むように傾いた。浅かった呼吸は細くなり、一定のリズムだけが残る。──眠っているのだと気付くのに、数秒かかった。意識の脱落ではなく、反応の低下でもなく、睡眠のそれに。
十分ほど経っただろうか。呼吸の安定が続いたのち、相澤は姿勢を変えた。ゆっくりと布団に横たえ、優しく布団をかけてやる。義眼の入った右側に負担をかけないように。
僅かに、天成の手が動いた。
「り……ぁ」
喉の奥の音は、掠れている。手探りで動く右手はやがて、相澤の服の袖を捉えて、小さく握りこんだ。振りほどけない力ではない。けれど、軽く触れただけで二度と剥がれない面ファスナーのように。
ご先祖様に挨拶を済ませてから、手袋をつける。散っている葉っぱや雑草を抜いて、袋に放り込んでいく。今年は思ったよりも草が少なくて、一回り少ない袋でもよかったかもしれない。墓石に水をかけて、スポンジで洗って、磨いて。花立とか香炉とか、その辺りもきれいにしたら、タオルで拭いて終わりだ。
花を添えて、線香を上げる。一瞬、刺す場所をミスしそうになった。
「……今年は、迎えに行けなくてごめん」
治療が優先で、外に出られなかった。それ自体はよかったけど、皆には申し訳なかった。毎年やってることだったから。
隣にいる先生を横目で見て、顔を上げる。朝早くとはいえ、すでになかなかの気温の状態でも、相澤先生はついてきてくれた。墓参りだけでもさせてくれ、付き添いもこっちでお願いするからって言ったけど、先生が送ってくれて。
昔からある墓地ってこともあって、足元が悪かったり変な設置の仕方がされている。控えめに言って、足元が物理的に悪い。今みたいに調子が悪い状態で、かつ初見だったら転んでいただろう。袋だけ持って、俺は出口へと歩いていく。
「……李羽ちゃんの、お兄さんですよね」
駐車場で、声を掛けてきた女の子がいた。レッドブラウンのショートボブに、黒縁の眼鏡。どこかで見たことある気がするけど、どこだったか。
「ええと……はい。そうですが」
「私です、
ああそうか、と合点がいった。李羽の同級生で、特に仲良くしてくれていた子だ。今まで鉢合わせたことがなかったから、およそ三年ぶりだ。前にあった時はロングヘアで、今と違って前髪もパッツンだった。
「ごめんね、すごい成長してて気付かなかった。芽衣ちゃんか。……毎年、来てくれてるの?」
「はい。ご迷惑……でしたか?」
「そんなことないよ。李羽も喜ぶから。……ああ、この人は俺の担任の先生で。付き添ってくれたんだ」
それからは、学校がどうだとか、他愛もない話をして。最後に「さっき掃除したから、線香だけ上げたげてね」と締める。
「……妹さんの同級生、か。愛されてるんだな」
「みたいですね。俺は李羽の交友関係とかあんまり知らないですけど、あの子はよく見ました。すごく、仲良くて。葬式で、たくさん泣いてて」
覚えている。直視することすらできないような遺体を、それでも見てくれた数少ない人。沢山泣いて、棺には綺麗な折り紙を沢山入れてくれた。
「……毎年、来てくれてるなんて思わなかった。もう俺しか、いないんだって。そう、思ってた」
だから、嬉しかった。
初盆を思い出す。先生たちがやるべき事を手伝ってくれて、縁のあった人達がたくさん来てくれたことを。あの時の俺はまだ身体を動かすのもやっとで、大人の力を借りるしかなくて。
だからせめて、心配されないようにしようとしていた。アナだったらどうするか。それを人としてのエミュレートにまで落とし込んで、彼女の思想だけでなく言葉と人格を借りたんだと思う。あのあたりの記憶はあやふやで、そのくらいしか覚えていない。
それが歪んで、こうなった。人にも迷惑をかけた。USJの比でないほどに。
「先生」
「どうした」
「本当に、ありがとうございます。忙しい中で、付き合ってもらって」
「……いい。必要なことだからな」
先生はどこか、遠くを見ていて。風になびく黒髪だけが、印象的だった。
「……殺せっつったよな、レイエス」
苛立ちを露わにした声に、彼は平然と返した。
「殺しただろう。狙撃手としての人生を」
「そんな程度で済むと思ってんのか? 命を奪うって言葉の意味が分かんねぇのか」
「……殺すよりも」
「ああ?」
僅かに、レイエスの唇がつり上がる。
「有効な、方法がある」
「それが右目だって? 個性自体は残ってんだろ、関係ねぇよ」
「あいつは、戦線に立たないことをよしとしない。むしろ、役に立たない自分を追い込む。……そういう人間だ」
「
皮肉を交えた言葉を吐いて、死柄木はスピナーを一瞥する。そんな者がいたのかという視線に眉を顰めた。
「……価値のない命は見捨てられてしかるべき、だ」
「今日はずいぶん喋るな、ご機嫌かよ」
「ゆえに、助けられる価値のない者を救う事すら罪。だから、右目を奪った……その目で、捉えることしかできないようにな」
「酷いなアンタ、いや正確なやり方だよ!」
トゥワイスの反応に、「黙れ」と短く切り捨てた。
「あわよくば勧誘したい、そういう意図があったのは理解している。だが、アレがそういうタマだとはどうにも思えん。ならば、
強烈な恨みと絶望が、深い緑のなかに澱んでいた。
申し訳ありません、諸事情で投稿がしばらく遅れます。
一ヶ月〜二ヶ月で復旧するとは思われますので首を長くして待っていただけると助かります。
そういえば相澤先生の抹消使ってる時の色どっちが好き? 原作とアニメでゴリゴリに違うんですけどぉ……
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赤(アニメ)
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金(原作)