STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~   作:明治アル蜜柑

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パタン、というドアの音がパーテーションの外で聞こえた。

 

「ん?教授かしら?」

 

『あの大きな足音はそうじゃないでしょうか?』

 

確かに、室内を歩き回る派手な音が聞こえる。そして、ドンドンドンという大きなノックとともに、ブースの扉が豪快に開いた。

 

「リンターロ!」

 

り、リンターロ⁉

 

教授は大きく腕を開きながら中へ入って来ると、俺の手をガシッと掴み、ぶんぶんと振り回した。

 

この人、思った以上にフランクだな。おそらく握手をしているつもりなんだろうが、教授にそれをやられると、巨大なプロレスラーに技でもかけられているような気分になってくる。

 

「Hey, boy! What`s up!?」

 

「えっ?あっ、えっと、アイムファインセンキュー、アンド、ユーっ?」

 

『……岡部さん。ひどい英語ですね』

 

「だ、黙れ、クリスティーナ!」

 

『クリスティーナ?』

 

「うぐっ……⁉」

 

しまった。教授に気を取られて、ついその呼び方を…!

 

「何でもない、気にしないでくれ」

 

『気になります。なんで私がクリスティーナなんですか?』

 

「だから何でもないというのに…」

 

『何でもない割には、動揺してますよね』

 

「しつこいぞ。クリスティ——紅莉栖」

 

『ふむん』

 

「ふうん…」

 

2人がそろって考え込んだ。

 

「クリスティーナって呼んでいたのね」

 

ニヤリと笑いながら俺を見てくる。

 

「き、君もそこに食いつくな!」

 

これ以上詮索をされるのはゴメンだ。教授も来たことだし、なんとか『Amadeus』の記憶の仕組みについて、話を引き戻そう。

 

「あの、教授。『Amadeus』の記憶を外部から改ざんする事は、可能なんですか?」

 

しかし、俺の質問を教授は聞いていなかった。さっきから落ち着きなく、自分の服のポケットをまさぐっている。そういえば、耳に例の翻訳機が付いていない。

 

『私の記憶の改ざんですか?理論上は可能です』

 

教授はまだ時間がかかると見たのか、“紅莉栖”が代わりに答えた。

 

『たとえば、私が自分の名前をクリスティーナであると思い込む。そう仕向けることも出来るでしょう。ただ、普通のデータと違い、記憶データはとても複雑です。今のところ、改ざんに成功した例はないと認識しています。仮に改ざんに成功した場合でも、私がそれに気づいて、自分で修復してしまうでしょう。私は、私以外アクセス不可の領域に、ログを取っていますから』

 

誰もアクセスできない領域?

 

『つまり、秘密の日記、ですね。その日記と現在の記憶との間に不自然な齟齬があれば、私は高い確率で疑問を抱きます。さらに言えば、私の記憶データは定期的にバックアップされています。自己修復が不能なほどに改ざんされたとしても、復旧する事ができるんですよ。最終バックアップから改ざんされた時点までの記憶はなくなってしまいますが』

 

「ふむ。そっか……」

 

議論の内容はともかく、妙な気分だった。“紅莉栖”をロードする前に真帆が言っていたことは本当だった。だんだん、本物の紅莉栖とチャットをしているような気分になってくる。科学の話になると、こちらが口をはさむ余地がないくらい饒舌になるところなど、あいつそのものだ。

 

「しかし、興味深いな。君は自分の事を“機械”として客観的に語る事が出来ている小説や漫画でよくあるパターンだと、自分は機械ではなく人間だ、とか言い出しそうなものだけど」

 

『それは全くナンセンスですね。人間そのものが、自分をハードウェアとソフトウェアの組み合わせとして語るじゃありませんか、医学とか心理学とかそういう名においてね。それとどこが違うんです?』

 

「なるほど…」

 

「さすが、屁理屈なら誰にも負けないわね。この子」

 

それを聞いた“紅莉栖”は、クリっとしたCGの目で、比屋定さんを見つめた。

 

『ねえ先輩。余計なお世話かもしれませんけど、口が悪いのを少し直した方がいいですよ。せっかく春が来そうなのに、嫌われたらどうするんです?』

 

「なっ?だからその話に戻るのはやめなさい!」

 

『けど、私にとっては今、一番興味があります』

 

「一番どうでもいいことでしょう、そんなの!」

 

『…これが人生最後のチャンスだったらどうするんですか?』

 

「あなたこそ、その口を改めなさい!」

 

完全にからかわれているな。あの紅莉栖に、こんなにも親しく話せる知り合いがいたなんてな。先輩後輩の関係だが、こんなにも楽しそうに笑う紅莉栖はほとんどみたことがない。まぁ、真帆は一方的にやり込められているのだが。

 

「Hahahahahahaha!」

 

「は、はは…」

 

手を叩いて笑い出した教授につられるようにして、俺も苦笑するしかなかった。

 

その後も、教授を含めた3人で、“紅莉栖”と他愛のない話や専門的な話など、さまざまな対話をした。気が付けば、1時間くらいが経過していた。比屋定さんに、ここまでにしようといわれたときには、寂しさすら覚えた。たった1時間で、違和感は完全に消え去り、もはや完全にに紅莉栖と話している感覚になっていた。

 

 

 

 

 

帰る前に、教授に話があると言われた。

 

「テスターをやる気はあるかな?」

 

翻訳機を通した教授の言葉に、俺は首を傾げた。

 

「『Amadeus』には対話サンプルが少なくてね。うちの研究室の子たちを総動員してはいるのだけれどね」

 

「とはいえ、『Amadeus』はまだ研究段階だし、誰かれ構わず接触させるわけにはいかないわ」

 

「そこで、クリスの友人だったリンターロに、ぜひとも協力してほしいんだ」

 

「私と教授はしばらく日本に滞在する予定なの。だからテスターをお願いするのは、その間、ということになるわね。あなたにしてもらいたいのは、とにかく“紅莉栖”と対話を重ねてもらう事。具体的なノルマのようなものはないわ。気が向いたら話をするぐらいでいい。ただ、月に2回程度は私と教授にテスト経過の報告をしてほしいの」

 

「それと、申し訳ないんだが、報酬は出せないんだ。そこも含めて、考えてみてほしい」

 

「俺は……」

 

「亡くした友人をそっくりそのまま再現したAIと話をさせる……。それは君にとって、とても残酷なことだとは、理解しているつもりだよ。乗り気でないのなら、断ってくれていいからね」

 

それは確かにある。わずかな会話で、人工知能であることの違和感が消えた。俺は“紅莉栖”を本物の紅莉栖だと受け入れてしまっている。

 

そこに言い得ぬ恐ろしさがある。

 

だが、今はまだそれも飲み込むことが出来ている。俺たちの中ではテスターを引き受けると決めている。今さら断る理由だってない。

 

だが。

 

裏に何かがある。俺の勘がそう告げている。

 

この1時間の会話で、2人に裏の顔などないと信じたくなった。俺にテスターを依頼するのだって、俺が紅莉栖の友人であり、研究者としてではない視点から“紅莉栖”と向き合うことを期待しての事だと。

 

根拠はない。だが、何か……。

 

「俺が対話することになるのは、“紅莉栖”……なんですよね?」

 

「うん?私たちはそのつもりだよ?それとも、リンターロは“マホ”の方が良かったかな?」

 

「あ、いえ……そういうわけでは」

 

「マホ!リンターロは君と話したいようだ。よかったねぇ。君にもようやく春が来たというわけだ」

 

「教授まで“紅莉栖”と同じようなことを言わないでください!」

 

この研究室はスイーツ(笑)しかいないのか……?

 

「ハハハ!そんなにムキにならなくてもいいだろう。マホのことは娘のように思っているんだ。リンターロは好青年だ。君にとっても悪い……」

 

「教授!」

 

大人が子供……それも幼女に叱られている構図だ。どうやら教授も比屋定さんには頭が上がらないらしい。

 

「あのね、岡部さん。あなたに“紅莉栖”との対話を依頼するのには理由があるのよ。私の『Amadeus』ではダメな理由がね」

 

「ダメな理由……?」

 

「厳密にはダメ、というわけではないわ。でも、“紅莉栖”と“真帆”では役割が違うのよ。“紅莉栖”の方が、8か月前……今年の3月までの記憶を持っていると言ったでしょう?それに対して、私の方は1月に1度は記憶を更新しているの」

 

「……対照実験というやつか」

 

「そう。人間の記憶を移植してすぐの存在と、人間から派生した存在の比較。記憶の持ち主から離れて、どのように派生するのかを調べたいの。教授もおっしゃったように、基本的に対話するのは研究室の人間だけ。だから紅莉栖の友人であったあなたと対話することで起こる変化を見てみたいのよ」

 

理由として文句のつけようはない。筋が通っている。嘘をついている様子もない。

 

……これ以上突っ込んだことを聞くべきではなさそうだ。怪しまれるのは避けたい。

 

「分かりました。ぜひ、俺にやらせてください」

 

俺は引き受ける事を決めた。

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