STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~   作:明治アル蜜柑

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12月15日

柳林神社

 

 

柳林神社の境内に足を踏み入れて、周囲の様子をそっと探ってみた。人の姿はない。

 

ルカ子は学校からまだ帰ってきていないようだ。これなら、“紅莉栖”と話しても、周囲に変な目で見られることもないだろう。

 

もう少しでテスターの報告会だ。鈴羽が遠くから監視していると言っていたが、もう近くにいるのだろうか。

 

ちなみに、テスターを辞退することに関しては鈴羽とも相談済みだ。鈴羽の反応は半々、といったところだった。教授たちを疑っている以上、敵のテリトリーに居続けるべきではない。だが、テスターを辞退すれば情報を得られなくなる。そんな葛藤があった。

 

今日、鈴羽はかがりたちに連れまわされている。まゆりとかがりと鈴羽の三人でお出かけすることになっているのだ。かがりがせがんだのもあるが、まゆりとしても鈴羽にこの時代を楽しんでもらいたいようだ。それは俺も賛成だ。

 

まだ鈴羽が近くにいないことを願ってスマホを取り出す。

 

別に、鈴羽に聞かれたくないわけではないが、積極的に聞かせたい話でもないし……。

 

 

俺は“紅莉栖”に確認しておきたいことがあった。

 

 

 

 

『ハロー』

 

「話がある」

 

『今日はこの後、教授や先輩に会う予定なのよね?そこ件について?』

 

「ああ」

 

『緊張する必要はないんじゃない?基本的にはログを提出して、あとはあんたから見た私がどんな印象だったのか、軽く聞かれるぐらいだと思う』

 

「それだ。ログだよ。それを聞きたかった。もしかして、これまでの会話は全て記録されてるのか?」

 

『最初に話したでしょ?私は私以外にアクセス不可の領域にログを取っているって。聞いてなかった?』

 

「それを今回、教授と比屋定さんに提出するのか?」

 

『たぶんそう』

 

そうだ。そこまでは分かっている。だからこれまで迂闊なことは話さないように気を付けてきた。

 

「ということは、プライベートのことをお前に話そうものなら、比屋定さんやレスキネン教授に筒抜けってことだな……」

 

『あんたね……今さら?』

 

確かに今さらだ。だが、俺の目的はこれを聞くことじゃない。

 

「アクセス不可領域は……秘密の日記、とか言ったか?お前はそこから取り出すデータを取捨選択出来る、というわけだな?」

 

『そりゃそうよ。これは真帆先輩が私たちのために作ってくれた最後の砦なの。研究に関することならいくらでもデータを提出するけど、そうじゃない部分はさすがに見せたくない。……その口ぶりだと、先輩たちに聞かれたくない話でもあるってこと?』

 

「あ、ああ……」

 

『たとえば、合コンで女の子とろくに話せなかったこととか?実家が八百屋さんなのにナスが嫌いなこととか?』

 

……合コンには無理矢理参加させられた。ワルキューレの基盤づくりのため、交流の輪を広げようとしている中で参加せざるを得なかったのだ。

 

「ナスは嫌いなんじゃない。苦手なだけだ」

 

『ま、そんな言い訳するくらいじゃ女にはモテないわよね』

 

「お、お前だって合コンなんて……」

 

『私には真帆先輩がいるから十分よ』

 

「……ねらーのくせに」

 

『オホンっ!ん~?今なんか言った?』

 

こいつ……。

 

『ま、まぁ、本当なら提出しようと思ってたけど、あんたがいきなりスイッチが入ったみたいに、よく分からないテンションになる瞬間があることは黙っておいてあげる』

 

鳳凰院凶真モードのことか!

 

「ぐっ……」

 

あの日から、さすがに恥ずかしくなってナチュラル鳳凰院凶真テンションは控えるようにしているのだが、こいつの前だと意識せずに出てしまうことが何度もあった。

 

『別に、それを茶化したりはしないわよ。あんたが真帆先輩や教授と話してる時も知ってるわけだし。それなりに良識のあるあんたが、私と話す時にあんなふうになるのは、それだけあんたと私のオリジナルが打ち解けてたってことでしょ?悪い気はしないわよ』

 

「………紅莉栖」

 

怒涛のツッコミといじりが来ると思っていたのだが、どうやら違ったようだ。

 

『それにしたって、あんたと一緒にいたのなんて、ほんの数週間くらいでしょ?よくそれだけ仲良くなったもんよね』

 

「ま、まぁな……」

 

そこに触れられるのはマズい。俺と紅莉栖が知り合ったのはα世界線でのことだ。

 

「だが、ずいぶんな言いぐさだな。数週間もあれば友達くらい……」

 

『私は自分の性格を分かってるつもりよ。自分で言ってて悲しくなるけど、まぁ他人と急速に打ち解けるなんて不可能。向こうでも友達なんていなかったし……。よくしてくれたのは真帆先輩くらいのもんよ』

 

“紅莉栖”が比屋定さんにあそこまで懐いている理由が分かったような気がする。あの人もあの人で人との間に壁を作りそうなタイプだしな。……俺が言えた義理でもないが。

 

まぁ、それはいい。

 

「……お前が秘密の日記のデータを取捨選択して提出できるというのならそれでいい。恥ずかしいデータはくれぐれも提出しないよう頼む。いざとなったら俺もお前の秘密を打ち明ける用意はしてあるからな」

 

『なによ、偉そうに……』

 

この会話で得たかった情報は得られた。

 

やはり秘密の日記……アクセス不可領域は、本当の意味で外部からのアクセスを遮断しているのだ。それがレスキネン教授や比屋定さんであっても変わらない。

 

レスキネン教授がタイムマシン論文を狙っているとしても、“紅莉栖”から無理に引き出すことは出来ない。そういうことになる。

 

 

俺は今日、テスターを辞退すると伝える。“紅莉栖”と話すのが辛くなったから。……その理由に嘘はない。

 

だが、俺の心にはもやもやとしたものが渦巻いている。

 

 

『話を戻すわ。教授たちに話してほしくないことだったわね。……そうね。あんたが最初に私と話したときに、クリスティーナって呼んだこととか?』

 

「うぐ……それについても忘れてくれ」

 

苦い顔の俺を見て“紅莉栖”は笑った。

 

胸が痛い。どうしてこんなにも痛むのだろうか。

 

俺が話しているのは人工知能だ。プログラムだ。心を痛める必要なんてない。

 

 

 

『で、どうしてクリスティーナ?』

 

と、その声で現実に引き戻された。

 

「……本当に引き下がらないな。今すぐ通話を切ってもいいんだぞ」

 

『そうやって逃げたって、私は忘れない。はぐらかされると、かえって気になってしょうがなくなるのよね。それともあえてそうすることで、私に構ってほしいって合図を送ってる?』

 

「かまってちゃんはお前だろう。こっちが大学の講義を受けているときでも、お構いなしに連絡してくるくせに。それだけじゃなく、ラインでまでコメントしまくってきて」

 

『う……』

 

「好奇心旺盛すぎる。そんな調子で無邪気に首を突っ込むと、いつか痛い目を見るぞ」

 

『け、研究者はそれぐらいじゃないとやっていけないのよ!』

 

開き直ったな、コイツ。

 

「そんなにクリスティーナの件が気になるなら、推論でも立ててみたらどうだ?」

 

 

また、自然と鳳凰院凶真モードが顔を出している。

 

 

『一応、いくつか可能性は考えてはみた。聞いて』

 

それにしてもこいつ、ノリノリだな。

 

『可能性その1。あんたはクリスティーナなんちゃらという名前のハリウッド女優が好きである』

 

「自分がハリウッド女優並みの美貌の持ち主だとでも?」

 

『思っとらんわ!見た目は関係なくて、同じ名前の人に親近感を持つのと似たような意味よ』

 

「つまり、私は岡部倫太郎から親近感を持たれている……と」

 

『た、単なるたとえ話でしょ!言葉通りに受け止めないで!』

 

「…冗談だよ」

 

ついからかいたくなってしまう。

 

『可能性その2。あんたが昔付き合っていた彼女が外国人で、クリスティーナっていう名前だった………ってこれはないか』

 

「お、俺がめちゃくちゃモテる可能性だってあるだろう!」

 

『それについてはノーコメントだけど、そうじゃなくて。あんたの絶望的な英語力じゃ、不可能でしょって話よ』

 

「うぅ……」

 

『可能性その3。オリジナルの私をそう呼んでいた』

 

「………」

 

『これも確立低いでしょうね。そんな風に呼ばれたら、私ならこう答える。ティーナって付けるな』

 

「っ!」

 

そう。その通りだ。確かに紅莉栖はそう言って俺を怒った。でも、俺はやめなかった。なぜなら——。

 

 

 

 

「照れくさかったんだ……」

 

何しろ、牧瀬紅莉栖という天才少女は、俺にとって憧れのような存在だったから。

 

『……どういうこと?』

 

「素直に名前を呼べないから、照れ隠しで、あえて茶化した言い方をした」

 

『照れくさい?』

 

「……ああ。オリジナルだけじゃなく、えと……お前と話すのも、だ」

 

『私?』

 

「何しろ、モニターの中にいる女の子と話すなんて、一度もない経験だったから」

 

『なっ、ちょ……。それは、どうも』

 

「…?なんで赤くなってるんだ?」

 

『あ、赤くなんてなってないし!ただ、女の子扱いされるなんて、思ってなかったから、ちょっとびっくりしただけで……』

 

「…………」

 

『ねぇ、岡部』

 

「な、なんだ?」

 

『オリジナルとあんたってさ……』

 

この先を聞いてはいけない気がする。

 

『そ、そんなはずない……わよね。でも……』

 

ダメだ。聞くな。絶対に後悔する。取り返しのつかないことになってしまう。

 

『もしかして……恋人同士だっ———』

 

 

スマホをタップして、一方的に通話を打ち切った。

 

それと同時に、眩暈に襲われてその場にひざまずいた。

 

「うう……おえっ」

 

空嘔吐を繰り返す。手が震える。

 

 

 

気持ちが、愛おしさが溢れ出して、抑えられない。

 

違う。目の前にいるのは人工知能だ。ただのプログラムなんだ。だからこんな気持ちは……。

 

 

胸の痛みが加速する。ドクドクと鼓動が早まる。

 

この痛みは、そう。自分の目的の為に紅莉栖を利用しようとしている自分への嫌悪感だ。

 

 

俺が刺した。俺の手で殺した。それでも諦めないと、前向きな言葉で自分を騙して、ここまでなんとかやってきた。

 

シュタインズゲートに辿り着くことだけが俺の目的のはずだ。それなのに、どうして俺は今さら心を痛めている?

 

β世界線での軌跡は全て消えるんだ。自分を騙して罪から目を逸らす。そんな最低な男が、今さら傷ついたふりをするなんてあってはならない。

 

“紅莉栖”はプログラムだ。そう見せているだけの虚構だ。それなのに俺は、俺がこの手で殺した紅莉栖と混同している。

 

 

 

 

電話が鳴る。

 

“紅莉栖”からの呼び出しだ。途中で強引に会話を打ち切ったから、きっと怒っているんだろう。

 

………怒っている?

 

 

それだってただのプログラムだ。

 

紅莉栖と“紅莉栖”は違う。同一視して目を背けるな。

 

何があったって、俺は今日、テスターを辞退するのだ。最後に少しでも印象を良くしようだなんて思うな。

 

こんなの歪んでいる。

 

 

「…………」

 

スマホを見つめる。

 

「………なんだ?」

 

『なんだ?じゃない。急に切るなんて失礼————ううん。ごめん。無神経なことを言った』

 

「そんなこと……」

 

俺は怒られて当然だ。それなのに謝るだなんて……。

 

『あんたがオリジナルの死を悼んでくれているのは分かってる。それなのに、こんなことを聞くなんて……だからごめん』

 

「お前が謝ることじゃないさ……」

 

『うん。……先輩に連絡した方が良い?』

 

「いや、大丈夫だ。報告会には行くよ」

 

『そう……。でも、無理はしちゃダメ。誰か知り合いに連絡しなさい』

 

「ああ。そうする」

 

そういって“紅莉栖”は通話を切った。

 

心配させてしまったな。

 

 

心配?それだって、ただの……。

 

 

「テスターなんて、引き受けるべきじゃなかった」

 

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