STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~ 作:明治アル蜜柑
(1)
12月15日(水)秋葉原
『うん。もう少しでバイトも終わるよ。終わったらラボに顔出すつもり。かがりちゃんが待ってるし。オカリンはこれから大事な用事なんだよね?』
「あ、ああ」
『ラボにはしばらくいるつもりだから、もし用事が早く終わったら、ラボに来てくれるとうれしいのです』
「分かった。必ず行く。だから待っていてくれ。一緒に帰ろう」
通話を切る。
……まゆりは無事だった。
世界線が変動する様子もない。
「さっきのは何だったんだ……?」
ラインを立ち上げ、再びあのメッセージを見る。
マッドサイエンティスト
『世界は欺ける』
『可能性を繋げ』
『世界を騙せ』
「Dメール……いや、Dラインか?」
送信日時は2011年。メールアドレスは以前見たことのあるものだった。……見れなかったムービーメールを送ってきた未来の俺と同じ。つまり、これは間違いなくDラインだ。
「おじさん!」
と、そこで鈴羽がやって来た。
フブキとカエデの元から立ち去った後、鈴羽にはホテル近くにすぐ来てくれるよう頼んだのだ。
俺は会話中にDラインが届いたことを鈴羽に説明する。
「……世界線は変わってないんだね?」
そう。世界線は変わっていない。
というより、俺はこれまでDメールを送る側ではあったが、受け取ったことはほとんどない。
Dメールに従って俺が行動を変えた場合、世界線は変動するだろう。だが、
「具体的な指示は全くないね……」
それが問題だ。
Dメールは18文字を3通に分けて届く。書き込める情報量はあまりにも少ないが、それでも未来を伝える手段としては十分すぎる。
それなのに、世界を騙せ、なんてあまりにも抽象的だ。
行動を変えようにもどうすることも出来ない。
世界線が変動するのは、俺が確定した未来から外れた行動を取った瞬間だ。だが、俺は何も行動していない。
……未来の俺は何がしたかったんだろうか?
俺はこのDラインに従って行動を変えるべきなのか、このまま何mおしないでおくべきなのか。
「まゆねえさんの友達とは何を話してたの?」
夏に俺の様子が変わった事、まゆりを心配してくれている事。そして、
「俺の好きな人は誰か……」
Dラインが届いたのはフブキがそう口にした瞬間だった。
「おじさんの好きな人……?」
俺の好きな人。それは……紅莉栖、だ。
あの瞬間にもあいつの姿が頭に浮かんだ。
「……はぁ。そっか。そういうことか」
「鈴羽?何を言ってるんだ?」
「送信日時は2011年の12月。今から一年後か……なるほど」
「お、おい。1人で納得するな。どういうことだ?」
「時間がないから簡単に説明する。フブキって人の質問。おじさんの好きな人は誰か?それに答えさせないようにすることが目的だったはずだ。答えることで未来で問題が起きる。それを防ぐためのDラインってことだよ」
「……問題とは?」
「それはあたしにも分からない。でも、確実なのは、その問題は既に解決されたって事」
こいつは何を言っているんだ?
俺は何もしていない。行動を変えていないんだぞ?
「何もしないこと。フブキからの質問に答えない事。それこそがDラインの指示だってことだよ。おじさんは本来ならその質問に答えてた。でも、Dラインが届いたことでそれに答えなかった。おじさんの行動は変わったんだ。だから大丈夫」
「…………」
さっぱり分からん。
なんだかはぐらかされたような気がするが……。
「俺はこのまま報告会に行くべきだと思うか?」
フブキの質問とテスター報告会の関係を見いだせない。鈴羽の言うとおり、フブキの質問に答えさせない事が目的のDラインなのだとしても、報告会については判断できない。
「もちろん報告会は行くべきだよ。テスターを辞退する。それは変えるべきじゃない」
テスター報告会に行かせたくないのであれば、Dラインにそう書けばいいわけだしな。鈴羽の言うとおりかもしれない。
「おじさん、牧瀬紅莉栖のAIと話していて、あの日のことがフラッシュバックしそうになったんでしょ?精神衛生の面からも、テスターはこれ以上続けるべきじゃないよ。何を話してしまうかも分からないし」
つまり予定に変更はない、ということだ。
「詳しい話は報告会が終わった後にしよう。もう時間もないでしょ?」
「あ、ああ……」
「最後に一つだけ。比屋定さんは敵じゃない。疑うべきはレスキネン教授だけ。根拠はまた話す。でもそれだけ覚えておいて」
「………了解した」
ホテル
「テスターに乗り気でない理由は何かな?『Amadeus』と話すのが、辛くなったかい?」
「いえ…逆です」
「…逆?」
「はい。『Amadeus』と…“紅莉栖”と話すのは、とても楽しいんです。でもそれが…怖くて」
「怖い…とは?」
「紅莉栖と“紅莉栖”を同一視している自分が恐ろしいんです。紅莉栖が…あいつが、生きているような気がしてしまって…」
「やはり、君に負担をかけてしまったね。本当に済まない。ただ、君のその反応は本当に興味深い。研究者ではない目線で『Amadeus』をとらえているという意味で、私も勉強になるよ。こんな言い方、感じ方になってしまうことを許してほしいなにしろ根っからの研究者なものでね」
「いえ…こっちもワガママ言っているのは分かっているんです…」
ホテルの一室で、俺はテスターに乗り気ではないと伝えた。
比屋定さんは見るからに不機嫌だ。無責任だと詰られもした。当然と言えば当然だが。
フラッシュバックしたことやDラインのこと。それらがあったのに落ち着いて話すことが出来ているのは、今の俺の言葉に嘘がないからだ。
隠し事はあっても嘘はない。
その教授の反応と言えば……。
「そんな気持ちを抱えているのに、かなり頻繁に話してくれてありがとう。ログをざっと見た程度だが、やはりおもしろい反応が出ているね」
「おもしろい反応?」
「研究室で我々が相手をしていた頃とは“クリス”の話し方がだいぶ違う。人は社会的な生き物だ。相手と状況によって言動を変える。“紅莉栖”は日本人的な上下関係を大切にしている子だったからね。それを『Amadeus』でも再現できていると見ていいだろう」
「なるほど……」
「テスターの在り方については君の望むとおりにしよう。ただ、アクセス権は君のスマートフォンにそのまま残しておいても構わないかな?たとえ頻度が低くても、君と“クリス”の会話は非常に興味深いからね」
「えっと」
「今後、『Amadeus』と話すのも話さないのも、君の自由だ。“クリス”の方からは、君に連絡しないように言っておくから」
「………」
「私たちと君との関係を、今日これで終わりにしたくはないんだ。せっかくできた日本の友人だし、それに——」
教授はチラリと真帆の方を見た。
「マホも、寂しがるしね」
「教授!」
「ハハハハハハハ!」
積極的、とは言えないまでも、やはり俺を引き留めようとしている。研究者であれば当然とも言えるが。
一度怪しいと思うと、それ以外には考えられなくなる。……よくない傾向だ。
だが、直前に鈴羽が言ったことが気にかかる。怪しいのは教授だけ。比屋定さんは信じても大丈夫だと。
……今これ以上を考えても意味はない。決めた通りの展開には一応なっている。首尾は上々と言ったところか。
「ありがとうございます!」
比屋定さんへの謝罪という意味も込めて、俺は深くお辞儀をした。
そのとき、レスキネン教授のスマホに電話がかかってきた。
「おっと失礼。ちょっと電話してくるよ。マホ。その間にリンターロと仲直りしておくようにね?」
いたずらげにウインクして、教授は部屋を出ていった。