STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~   作:明治アル蜜柑

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俺と比屋定さんの二人きりになる。

 

「はぁ……」

 

これみよがしな……いや、自己嫌悪のため息か?

 

「ごめんなさい。さっきは怒鳴ったりして」

 

「いや…」

 

「教授の言う通り、こちらがお願いしている立場なのに。『Amadeus』は今の私にとっては姉妹……ううん、子供みたいなものだから。それを投げ出されたように思えて、つい………」

 

「君が怒るのも当然だ。俺がもっと気持ちを強く持っていられれば……」

 

「そんなことないわ。……それこそ、最初にあなたに注意したのは私だというのに。紅莉栖たちを混同しているのは私の方かもしれないわ」

 

最初の忠告、と言えば……。

 

 

 

『つまり、これから会うのは、あなたの友人だった牧瀬紅莉栖ではない、ということ。ま、これもこのシステムの問題点のひとつなんだけれど、往々にしてこちら側——つまり人間の方が混乱してしまうのよ。まるで、本当の紅莉栖と、今この瞬間にチャットでもしているような錯覚に陥るから……』

 

 

『共有できていない記憶の齟齬に関して、こちらの脳がついていけなくなってしまうのね』 

 

 

本物ではない。どこまでいっても『Amadeus』はプログラムでしかない。

 

彼女の忠告通りだった。どこまでも精巧に人間というものが再現されている『Amadeus』。このシステムは残酷だった。

 

 

「そんなことないさ。俺はたった2週間だが、君はもっと長い時間を“紅莉栖”と過ごしているんだろ?……それこそ、辛くないのか?」

 

ATFで彼女が見せた涙や、今見せた表情。

 

彼女がこれを研究として割り切れているとは思えない。

 

聞くべきではないかとも思ったが、何が彼女を突き動かしているのか知りたかった。彼女が白であることを証明するためにも。

 

「最初は……ね。あの子が亡くなったって聞いてから、数週間は『Amadeus』を立ち上げることさえ出来なかったわ。あの子がもういないなんて、信じられなかったし、信じたくなかった。でも……」

 

そう言って、彼女は拳をギュッと握りしめる。

 

「紅莉栖のお母さんにね、紅莉栖の遺品を貰ったのよ。形見分けって言うのかしらね。紅莉栖の持っていたノートPCとHDDなんだけど。それを貰った時に、紅莉栖はもういないんだって、受け入れる事が出来たの。納得なんて出来てないし、乗り越えられたなんて強がりも出ないけど。でも、だからこそ、紅莉栖の意志を継いで、あの子の残したこの研究を完成させないと、と思えるようになったのよ」

 

「…………」

 

強い、な。

 

この人は、自分自身の力で立ち上がれたのだ。

 

俺は、まゆりのおかげでなんとか今、ここに立っていられる。それだって、強がっているだけだ。紅莉栖の死を受け入れるなんて出来ていないし、自分が犯した罪に向き合う事だって出来ていない。

 

「ごめんなさい。湿っぽくなっちゃったわね」

 

「そんな、構わないさ。君はすごいんだなと感心していたところだ」

 

 

そう言いつつ、俺はあることが気になっていた。

 

紅莉栖の遺品。ノートPCとHDD。それを彼女は紅莉栖の母親に貰ったと言った。

 

それ自体も気になるが、紅莉栖の母親と聞いて思い出したことがある。

 

 

「…なぁ、聞いていいか?紅莉栖の……母親のこと」

 

「……?」

 

「前にセミナーのとき、君とレスキネン教授が話しているのが偶然聞こえたんだ。紅莉栖の家に、その、なにかあったって」

 

「あぁ、あのこと…」

 

真帆はすぐ思い当たったらしく、うなずいた。

 

「紅莉栖のお母さんから電話があったの。家に放火されたんですって」

 

「……大丈夫なのか?」

 

やはり放火で間違いなかったようだ。そしてネットでは相当情報が規制されていたらしい。こうして当事者の話を聞かなければ分からなかったことだ。

 

「ちょうどその日は留守にしていたから、大丈夫だったそうよ」

 

ホッとした。紅莉栖の母親の立場を考えると、これ以上の不幸には見舞われてほしくないと、心の底から願わずにはいられない。

 

「私、紅莉栖のお母さんには結構可愛がってもらっていたの。休日に、家にもよく招待してもらってね。だから心配だわ。変なことに巻き込まれていなければいいのだけれど」

 

「…変なこと?」

 

その言い方に引っかかった。背中にぞくりと悪寒が走る。

 

「ただの放火じゃないのか?」

 

「それが……」

 

真帆は俺に話すか逡巡しているようだった。

 

「比屋定さん」

 

少し促すような形で声をかける。それで彼女は軽くうなずいてくれた。

 

「それが、最初は地元の警察が捜査してたらしいのだけれど、そのあと、FBIを名乗る人たちが来たらしくて」

 

「FBI?」

 

「ええ。FBIが出てくるような事件ではないのに、よ。それと、放火した犯人を隣の住人が目撃していたそうなんだけど、、その証言によると、犯人はただの放火犯には見えなかたって」

 

「……というと?」

 

「複数犯でね……なんだか特殊部隊みたいだったって。ほとんど何もしゃべらず、火を着けたらすぐ、近くに泊まっていた車に乗り込んで去って行ったそうよ。こんな言い方が正しいのかどうか分からないけど、手際がすごくよかったみたい。火の回りも、異常なほど早かったらしいわ」

 

ただの放火犯ではなく、プロの犯行、とでも言いたいのか?

 

…そんなバカな、と笑い飛ばすことはできない。この世の中にはそういう人間たちが存在することを、俺は実際に知っているから。

 

「それと——」

 

「それと?」

 

「その犯人たちが、ロシア語を話していたって…」

 

「ロシア語っ?」

 

ロシア——。

 

 

 

イヤでも連想してしまうのは中鉢のことだ。半年前、ヤツは紅莉栖から——自分の娘からタイムマシンに関する論文を盗み、それを手土産にロシアに亡命した。それと関係していないとは思えない。

 

「それともうひとつ。紅莉栖が亡くなったばかりの頃、私たちの研究室でもおかしなことがあったの。地元の警察と一緒に、日本の刑事という人が来たのよ。日米合同捜査で、紅莉栖の事件を調べているって。もちろん私たちはできる限りで協力したんだけれど、何日か経って大学が警察に問い合わせをしたら——そんな刑事が日本から来た事実はない、って言われたわ」

 

「じゃあその日本の刑事は偽物だった……?」

 

「それだけじゃないの。地元警察も私たちの研究室を捜査した事実はないって。つまりね、日本の刑事どころか、警察と称してやって来た人たち全員が……」

 

偽物……。

 

 

「そのことがあってから私……」

 

彼女はそこで、かすかに身を震わせ、自身の腕を抱きしめるようにした。

 

「私、紅莉栖の死には、なにか裏があると疑っているわ。別に、陰謀論者ではないけれど」

 

「………」

 

「何かもっと別の理由で紅莉栖は殺されて、それが闇に葬られてしまったんじゃないかと、そう考えているのよ」

 

「………」

 

紅莉栖を殺したのは、俺だ。その事実は表沙汰にはなっていない。今後もなることはないだろう。タイムトラベラーによる殺人なんて、誰にも証明できないのだから。

 

表向きには外国人窃盗団が侵入し、目撃者である紅莉栖を殺害した、とされている。現在、海外逃亡中の為、国際手配中ということになっている。

 

鈴羽曰く、あの現場には相当な圧力がかかっているらしい。それもロシアやSERNの仕業と考えれば納得だが。

 

 

「このままじゃ紅莉栖は浮かばれないわ。真実を知りたい……」

 

「真実?」

 

思わずギクリとして、彼女の顔を見てしまった。

 

「真実を……知りたいって?」

 

危険だ。そんなことをしたら、彼女は間違いなく危険にさらされる。

 

———夜のとばりを引き裂いて襲撃してきたラウンダーたち。

———凶弾に頭を撃ち抜かれ、腕の中で息絶えた大切な幼馴染。

———その後に、無限と錯覚するほどに繰り返した、悪夢のような時間のループ。

 

α世界線で理不尽に襲い掛かってきた事実の数々が脳裏によみがえってきて、俺はうめき声を上げそうになった。

 

「でも、それは……警察に、警察に任せておいた方がいい……」

 

真の犯人は俺だ。……それを言うつもりはもちろんない。後ろめたさはある……。自分のことは棚に上げて言うが、それでも彼女は首を突っ込むべきではない。

 

敵に回してはいけない存在、というのは確かにいるのだ。

 

「…そうかしら?」

 

「……少なくとも、自分でどうにかできるなんて、思わないことだ。人間ひとりの力なんて、あまりにもちっぽけなものだから」

 

彼女に探りを入れている俺に言えた義理ではないが、それでも……。

 

だが、そこまで言ってしまってから、余計なことを口走ってしまったと後悔したが、後の祭りだった。

 

「………」

 

鋭く、射貫くような真帆の視線。

 

「あなた、もしかして……なにか知っているの?」

 

「………っ」

 

核心を突かれ、動揺が表に出そうになる。とっさに両手で自分の顔を覆った。

 

「そんなはず、ないだろ……」

 

これで納得してくれるとは思えない。

 

顔を覆う手が震えだすほどに力がこもる。

 

「……そう。変なことを言って、悪かったわ」

 

だが、真帆は引いてくれた。

 

 

 

 

「私、紅莉栖のことになると、ついムキになってしまうの。彼女のこと、本当に好きだったのね」

 

「俺も、だよ」

 

「ええ。あたなのことを見ていれば、分かるわ」

 

「………」

「………」

 

俺たちの間に、重い沈黙が満ちる。

 

何か言わないと……と焦燥感にかられていると、さいわいなことにレスキネン教授が戻ってきてくれた。

 

「2人とも、よかったらこれから食事でもどうかな?」

 

俺と真帆はうなずき、ソファから立ち上がった。

 

「岡部さん。また、こちらでの紅莉栖の話を聞かせてくれる?」

 

「ああ、いつでも」

 

俺はかろうじて真帆に笑みを返すことができた。

 

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