STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~ 作:明治アル蜜柑
12月16日(木) 朝 ラボ
「オカリン、傷はもう大丈夫?」
まゆりが心配そうに俺の顔を覗き込む。
左の側頭部、銃弾がかすめたあたり。そこに貼られたガーゼを見ながら、泣きそうな顔になっている。
「大丈夫だ。心配ない。ちょっとかすった程度だからな」
血も止まり、痛みもない。まだ傷は完全には塞がっていないが、日常生活を送るのになんの支障もない。幸運だった、というべきだろう。
「すまないな。結局連絡も出来ずに……朝まで待たせてしまった」
テスター報告会の後、ラボに顔を出すつもりだった。そしてまゆりと共に家に帰るはずだったのだが。
「そんな、まゆしぃは全然大丈夫だよぉ!それよりもオカリンの方が……」
こいつは自分のことよりも他人の心配をする奴だからな。安心させるために、俺は軽く頭を撫でてやる。
「お前も無事でよかった……」
そうだ。俺がラボに戻ろうとしていたのは、まゆりの無事を確かめるため。Dラインが届いたことで、世界線が変動していないか、まゆりが殺されてしまうのではないかと不安だったのだ。
「え?まゆしぃが?」
「いや、なんでもないよ」
こうして無事なのだからもう大丈夫だ。
まゆりは結局、俺が帰ってこないからそのままラボに泊まったようだ。かがりとしてはママがいっしょにいてくれて嬉しかっただろう。
俺は警察から解放されてそのままラボにやって来た。かがりはまだ寝ているようだ。
ダルはバイトらしい。ハッキング関係の危ないバイトのようだ。ラボには帰ってきていない。
「でも、どうしておじさんたちが襲われたんだろう?」
「どうなんだろうな……。俺たちを襲った男はATFのセミナーで見たことがあった。『Amadeus』……人工知能に反感を持っている人物だった」
「だからレスキネン教授や比屋定さんを狙ったってこと?」
「まず思い当たるのはそれだろうな。もしかすると、その他にも何か理由があるのかもしれないが」
それにしてもあの男は異常だった。何か恨みがあって殺そうとするのはまだ分かる。だが、一切ブレーキを踏まず突っ込んできて、内臓が飛び出るほどの事故を起こし、挙句、自分が死んでしまうなんて……。
精神状態が普通でなかったのは確かだ。
「あたしが近くにいれば……」
鈴羽が悔しそうな顔をする。
鈴羽はホテルの近くで話した後、すぐにラボに向かってもらったのだ。まゆりの安否が気になるから、鈴羽に近くにいてもらいたかった。
「俺がそうしてほしかったんだ。鈴羽の落ち度じゃないさ。それに、教授たちに鈴羽の姿を見せるのは避けたかったしな」
あの男の襲撃があって、俺のレスキネン教授への疑いは強まった。男がただの『Amadeus』アンチであるとは考えにくい。あんな行動を起こす裏には、絶対に何かがある。
「話を整理したい」
「待って!ねぇ、オカリン。一回家に帰った方がいいんじゃないかな?おばさんだって心配してるよ?それに、オカリンぜんぜん寝てないでしょ?」
「む、それはそうだが……」
Dラインのことや、比屋定さんとの話の中で分かったことについて共有しておきたいのだが……。
それに、親に昨夜のことを何と説明すればよいのか分からない。銃で撃たれかけました、と素直に打ち明けたとして、信じてもらえるだろうか?
「おじさん。ねえさんの言うとおりだ。一度帰った方がいい」
鈴羽はちらりとまゆりを見る。
「鈴羽……」
どうやらまゆりにはあまり聞かせたくない話があるようだ。だから日を改めて、というわけか。
「分かった。そうしよう。かがりは……?」
起きた時にまゆりがいなくなっていたら慌てるんじゃないだろうか。
「大丈夫だよ。まゆしぃが学校に行くのは分かってるから」
「おじさんが帰って来るまで起きてる、って言って聞かなかったんだ。騒いだとしてもあたしが言う事を聞かせるよ」
「そ、そうか。あまり怒ってやるなよ?」
姉の立場は難しいのだろう。かがりが俺たちに迷惑をかけないように、と鈴羽は厳しく躾けようとしている。甘やかしてやりたいが……鈴羽の顔を見るにそれも無理だ。
「その間に父さんと話せることは話しておくよ」
「頼む」
「ねぇオカリン」
「うん?なんだ?」
電車の中、まゆりが不安そうな顔で聞いてきた。
「あめでうす……だっけ?」
「いや、『Amadeus』だ」
「うん、それ。それの研究で、レスキネン先生と会ってたんだよね?」
「そうだな」
「オカリンが危ない目にあったのって、それが関係してたりするの?」
「…………」
関係しているのは間違いない。だが、それだけが理由であるとも思えない。
「まゆしぃはね、難しい事は分からないけど、オカリンに危ないことはしてほしくないなぁ」
「っ……」
やはり心配させてしまっているな。
そういえば、フブキにも無理をしているみたいだと言われた。俺はそんなに分かりやすいのだろうか?
まゆりはそういうのに敏感だ。これ以上心配をかけたくない。
「大丈夫だ。『Amadeus』の件は断って来たんだ。だからもう危ない目に会うことはない」
「……本当?」
「あぁ、本当だ。お前にはいつも心配をかけてばかりだな……悪い」
「ううん。みんなが頑張ってるの知ってるから……。でも、オカリンもダルくんも、スズさんも……あの日からずっと頑張りっぱなしで……倒れちゃわないか心配なのです」
「まゆり……」
「まゆしぃにも何か手伝えることがあったらなぁって。まゆしぃだってラボメンなのに……」
今のラボが維持できているのは、間違いなくまゆりのおかげだ。自分の時間を削って、献身的にかがりの面倒を見てくれている。この歳で母親として振舞うなんて、想像しただけでも大変だろうに。
「お前は俺たちの助けになってるぞ。だからそんなことを考えなくていい。お前は十分にやってくれている」
まゆりにこんな顔をさせるのは、鳳凰院凶真としての本意ではない。人質の管理はマッドサイエンティストの仕事だ。
「それならばお前に一つ任務を与えよう」
「任務?」
「ラボを盛り上げるためのミッションだ」
4か月が経ち、鈴羽もずいぶんラボに馴染んできた。かがりは最初から馴染んでいるが……。
ダルとの関係も良好。だが、鈴羽はやはり一歩引いたところから話しているように思える。あいつの立場と性格上、心から楽しむ、というのは無理だろうが。それでも何か楽しめるイベントがあってしかるべきだ。
「鈴羽とかがりが喜ぶようなイベントを企画せよ!」
「イベントかぁ……」
「そうだな。もう年末……クリスマスパーティなんていいんじゃないか?」
「あ!それいいねぇ」
「金は俺とダルでいくらでも出す。それと……フェイリスを巻き込めば潤沢な資金を得られるぞ」
「あ、オカリンだめなんだよ!フェリスちゃんはお金持ちだけど、そういうふうに言っちゃいけないんだよ!」
だが、フェイリスのことだ。誘えば惜しみなく投資してくれるだろう。それに、俺やダルが金を出したとしても、鈴羽はきっと遠慮する。鈴羽もフェイリスが途方もない金持ちであることは理解しているだろう。あいつもフェイリスになら遠慮しないような気がする。
と、こんな思考も含めてフェイリスには既にバレているような気がしないでもないが……。
「とにかくだ。クリスマスパーティを完遂する事。それがお前のオペレーションだ!いいな?」
「うん!」
まゆりを中心にラボは回る。鈴羽もそれなら巻き込まれずにはいられまい。まゆりには絶対に勝てないからな。
そうこうしているうちに最寄り駅に着いた。俺はおふくろになんて説明するか頭を悩ませながら、帰路に付いた。