STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~ 作:明治アル蜜柑
12月19日(日) 夕方 秋葉原
「具合悪いのか……あたし」
立っていられないほどの眩暈に襲われた鈴羽は、あれこれと考えていた。
岡部の言うリーディングシュタイナーの能力が自分にも発現したのではないか、など。冷静であれば考えないようなことまで考えていた。ぐにゃぐにゃと景色が歪んで見えたのだ。
実のところ、熱が出ていただけだった。
ふらつく体に鞭を打って、なんとかラボに帰還しようとする。
未来では、大怪我を負って昏睡状態になるような経験は幾度もしてきた。だが、タイムトラベラーとなってから——この時代に来てからは、こうした状態になるのははじめてだった。
だが、ラボは遠い。
アレクシス・レスキネンを監視するために、今日は和光市のオフィスまで足を運んでいたのだ。父に知られてしまうと、危ない事をするなと怒られてしまう。だから誰にも言わずに一人で出かけていたのだが。それが仇となった。
「早く帰らないと……」
街中で倒れて騒ぎになってはまずい。この時代に身分を持たない自分が倒れて病院にでも運ばれたら大事になる。
「あの、大丈夫ですか?」
と、後ろから声がした。だるい体に鞭を打って振り返ると、見たことのある小さい女性がいた。
「…………あ」
比屋定真帆だ。
だが、その隣にもう一人いた。
「るかにいさん……」
「鈴羽さん!すごく顔色が悪いですよ!」
今にも倒れそうな鈴羽をるかが支える。
「どうしてにいさんがここに……?」
るかと真帆。一緒にいるはずがない組み合わせだ。そしてなぜか、るかは巫女服を着ている。
「ラボに用事があったんですけど、途中で比屋定さんが道に迷っていらしたんです」
「比屋定さん……?」
鈴羽は真帆を知っているが、実際には初対面だ。あえて知らないふりをしておく。
「あ、私比屋定真帆です。漆原さんに駅まで案内をしてもらってて……って、それよりもあなた、大丈夫?漆原さん、この人と知り合いなのよね?」
るかはこちらの事情を全て知っている。鈴羽が至の娘であることも、人前では妹を名乗っている事も。
「はい。鈴羽さん。このままラボに帰られますか?僕が送っていきます!」
「るかにいさん……あたしは大丈夫。1人で帰れるよ」
そう言いつつるかから離れようとして、そのまま頽れた。
「あ、鈴羽さん!」
「痛ったぁ……」
「だ、大丈夫!?」
どうやら一人では立つこともままならないらしい。
「比屋定さん。僕は鈴羽さんを送っていきます。駅への案内は……」
「そ、そんなの大丈夫よ!それよりも、救急車を呼ばなくていいの?彼女、かなりしんどそうだけど……」
「それは……大丈夫。ちょっと熱があるだけだから……」
頑なに介抱を拒否する鈴羽を訝しく思いながら、真帆は身を引く。
「すみません。鈴羽さん、立ち上がれますか?ボクの肩に手を回してください」
「ごめん、るかにいさん」
「あの……にいさんって?漆原さんって、女の子よね?」
真帆はるかがずっと自分のことを僕と呼んでいるのも気にかかっていた。巫女服を着ているのも不思議だが、秋葉原ならそういうものなんだろうと納得していたのだが。
「あ、えっと……僕、男です」
「……はい?」
真帆はるかの全身を見渡す。
どこからどう見ても女だ。線が細く、どこまでも女性的なライン。自分よりもはるかに女の子らしい見た目。
「……比屋定さん。にいさんは男だよ」
「うそ……」
真帆には気づかれていないだろう。せっかくるかに案内をしてもらっていたのに、申し訳ない事をしてしまったが。
そんなことを考えつつ、るかに肩を貸してもらいながらラボまで戻って来た。二階に明かりが灯っていることを確認して、父がいることに安心した。
よたよたと歩く鈴羽を見かねて、るかはおぶろうとしてくれたが、線の細いるかには無理だと断った。この時代のるかは、こんなにも華奢な事に鈴羽は改めて驚いていた。未来ではすごかったのに……。
「こんばんは」
るかがドアを開けると、それに気づいた至が驚いた様子で駆け寄ってきた。
「鈴羽!大丈夫なん!?」
るかが事前に至にラインで知らせてくれていたのだ。
「スズさん大丈夫!?」
そしてそれに遅れて——。
「おねーちゃん!」
かがりの声もした。
至はるかから鈴羽を受け取ると、その巨体でお姫様抱っこをしてソファまで連れて行った。
それを見たるかは、自分の体を見てがっくりとしていたが、それはいい。
「父さん。恥ずかしい」
「馬鹿!そんなこと言ってる場合じゃないだろ!早く横になれって」
突然の父親らしい行動に鈴羽が少し照れていると、まゆりがやって来た。
「スズさん。おでこ、貸してね」
まゆりは前髪をかきあげて自分のおでこを出すと、鈴羽のそれにピタリとあてがった。
「あ………」
鈴羽は戸惑いを隠せなかった。
遠い記憶。母にこういうふうにされた覚えがある。
「すごい熱!大変だよぉ!」
「橋田さん、お薬ありますか?」
「うん。もう用意してあるお!今からまゆ氏がおかゆ作ってくれるって」
キッチンの方を見ると、鍋が用意されている。
「スズさん、すぐ用意するから待っててね!」
まゆりまで心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あぁ、平気平気。こんなのすぐに治るから」
適当にあしらおうとした鈴羽を、至がものすごい剣幕で見つめてくる。
「ちょ、無理すんなって!」
さすがに従わないとと思い、横になって目を閉じた。
「かがりちゃん、濡れタオル用意してあげて!」
「あ、それは僕がやるよ!それよりもかがりちゃんはお着替えを」
「うん!分かった!おねーちゃんの服用意してくる!」
ルカとかがりが慌ただしくする中、至が鈴羽もとに来た。
「無理し過ぎだって」
「そんなこと……」
「どうせ言っても聞いてくれないだろうから、あんまり言わんけど。今日から3日は安静にしとくこと。いい?」
「……うん」
こんな顔をされてしまっては弱い。
「ボクちょっといろいろと買って来るから、まゆ氏とルカ氏の言う事ちゃんと聞くんだぞ?」
「分かった…」
なんとか鈴羽を着替えさせようとするかがりにあらがいつつ、結局は押し切られて服を脱がされた。るかは慌てて部屋から出て行った。別に気にしなくてもいいのに……
ぐっしょりとかいた汗も強引に拭き取られてしまう。体に力の入らない鈴羽はされるがままだった。
こうしていると、未来のことを思い出す。母がこうしてくれたことを。
この時代に来て、父にはすぐに会えた。だが、母には会えない。まだ2人が出会う時期ではないからだ。会えないのは少し寂しいが、それでよかったのかもしれないとも思う。
母がいれば、きっと自分は甘えてしまうから。
父には何だって言える。今日はこんな体たらくだが、いつもはほとんど鈴羽が説教をしている立場だ。だが、母相手ならそうはいかないだろう。
そしてそれはまゆりにも同じことが言える。
未来で、母が死んでから、まゆりが自分の母親代わりをしてくれていた。どれだけ辛い状況でも笑顔を絶やさない。甘える鈴羽を受け入れ、抱きしめてくれた。
きっと今でもそうだ。今はかがりの相手で忙しいが、それでも自分が甘えれば、絶対に甘やかしてくれるという確信がある。まゆりは今の自分よりも年下だというのに。
だから鈴羽は今日まで出来る限り甘えないようにしてきた。
この時代に馴染んでしまうことが怖かったのだ。シュタインズゲートに到達するために来たのに。
この時代に留まるのも悪くない。そんな風に思ってしまう。
「みんな、優しいな……」
「たたいまだおー!」
買い物から至が帰って来た。ちらりと目をやると、冬だというのに汗だくだ。
「はぁ、ふ、ひぃ、疲れたー」
かなり息切れしている。わざわざ走って行ってきたらしい。このタイミングで何を買いに行く必要があるのか。
「………」
普段から運動しないからその程度でバテてしまうんだ、と内心呆れた。
けど…そんな父の息切れしている様子が嬉しいことに気づいて、あわててかぶりを振った。
至はまゆりやるかといくらか話すと、鈴羽のもとへと寄って来た。
「具合はどうなん?」
「……良くない」
「やっぱ疲れがたまってたんだなぁ。鈴羽が休んでるとこ見たことないし」
心配そうに鈴羽の顔をのぞき込む至。
「……我ながら情けないよ」
普段、ふざけてばかりの至が、父親の顔に急変わりする。ごまかすように自嘲気味にそう言った。
「もう薬は飲んだん?おかゆは食べれた?」
自分と同い年なのに、こうして父親としての役目をさせてしまっている罪悪感に胸がチクりと痛む。だからだろう。こんなことを口走ってしまったのは。
「あたし…ここにいない方がいいかもしれない」
「ええ?」
「どこかで気が緩んでたんだ。父さんがいて、まゆねえさんがいて、ルミねえさんがいて、るかにいさんがいて……」
至は黙ったままだ。
「この温かい時間がいつまでも続くんじゃないかって、錯覚しそうになったり…。このまま戦争なんて起きないんじゃないかって、ふと考えてしまったり…。普通の女の子と同じような暮らしに……憧れてしまいそうになったり……」
一度口に出すと止まらなくなる。使命の仮面を被って、気を強く持って戦ってきた。だが、そんな鈴羽を受け入れてくれるこの温かい空間が、まるで罠に誘う悪魔のように、鈴羽を堕落させる。仮面を外してしまいたくなる。
「それにさ、ノートPCとHDDが手に入ったでしょ?それで気が抜けちゃったんだ。一秒だって、気を抜くなんて許されないのに……」
そう口にしたところで、至はわざとらしく大きなため息をついた。
「それのどこが悪いって言うん?」
そう答えた至は、先ほどから見せる父親としての顔よりも、さらに凛々しくまっすぐに、鈴羽の目を見ていた。
「ここを出て、どこへ行くつもりなんだよ?」
「それは、マシンの中とか……」
強いまなざしにおもわずたじろいでしまう。
「あんな所に、ずっといられるわけないだろう?」
「でも……」
「あんな所に……娘をずっと置いておけるわけ、ないだろう?」
「父、さん……」
一瞬、涙ぐみそうになった。それをこらえるため、必死に毛布を内側からギュウっと握りしめる。
と——。
「うぉっと!なんかマジレスしちゃったお」
凛々しい父親の顔から一転、ダメな橋田至の顔に戻った。
「とにかく、ボクは可愛い子と一緒にいられるのが嬉しくて、こっそりハァハァしたりクンカクンカしたりするのが楽しみなのだぜ。特に、風邪で汗まみれになってる女の子は大好物です」
「う……やめて」
鈴羽の反応を見て、至はにやけた顔を引き締める。
「だったら早く治すといいお。ボクにハスハスされるのがイヤだったらね」
「………分かったよ」
こうまで言われては引き下がるしかない。
「お?もしかして今のボクの言葉でトラウマ解消しちゃった?好感度アップ?」
頼もしい父の姿にうるっときたとたんにこれだ。
「バカなこと言ってると、治ってからひどい目に遭わせるよ」
「ブーツ履いて、ゴリゴリ踏んづけるとかそういう?」
なぜそう言いつつ嬉しそうなのだ…。
「指とツメの間にいろいろ刺す」
「それだけはマジで勘弁してくださいスミマセン………」
そんな話をしていると、キッチンの方からいい匂いが漂ってきた。おかゆができたのだろう。
「な、鈴羽。鈴羽がずっと、いつでも気を張っておかないと落ち着かないってのは分かるよ。でもさ、鈴羽の言う通り、目的のものが手に入ったんだ。ちょっとくらい喜んだっていいじゃん。それこそ、鈴羽の任務はまだまだ続くんだ。ペース考えずに走り続けるとか、それこそ鈴羽らしくないっしょ?」
「………」
「ボクもオカリンも、みんなもいる。誰にだって頼っていいんだ。1人で抱え込んでたって、絶対うまくいかないって。な?」
「……うん」
「かがりもいるよ!」
ひょこっと顔を出したかがりに、鈴羽は思わず苦笑する。
「おねーちゃん、しんどくない?」
「あ、うん。ありがとう、かがり。楽になった」
「えへへ。おねーちゃんがお熱出してるのなんて初めて見たよ。かがりがお世話するからね」
強い鈴羽ばかりを見て来たのだろう。弱っている鈴羽が新鮮なようだ。お姉さんぶりたい年頃である。
「ああ。頼むよ、かがり」
「かがりたん頼もしいお。そうそう。今冷却シートとかいろいろ買ってきたから、かがりたんが貼ってあげて。それと……」
至はニヤリと笑う。
「アイス。庶民では買えない高級なヤツ。いっぱい買ってきたから2人で食べるといいお」
「え……?」
「ダルおじさん。それって……」
2人の目に光が灯った。
「たまには贅沢したって罰は当たらんっしょ?可愛い娘たちのためならこのくらいなんでもないのだぜ」