STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~ 作:明治アル蜜柑
ラジオ会館、屋上
鈴羽はこの時代に来てからのことを考えていた。
2036年から旅立ったとき、すぐそこまで敵が攻めてきていた。未来の父とまゆりは無事だろうか?
そんな状況から始まったミッションだから、もっと過酷なものになるのだと思っていた。いや、別に余裕があるわけではないが、それにしてもゆったりとした時間が流れている。
「かがり…」
あの時、かがりは泣いていた。大好きな母と離れ離れになるから。……自分も少し泣いた。
だが、そんな悲しみも、すぐに癒してくれた。この時代のまゆりは、かがりを未来の娘だと受け入れ、至も自分のことを受け入れてくれた。
かがりはすぐに泣かなくなった。今ではまゆりにべったりだ。
それくらい、この時代は居心地がいいのだ。
「鈴羽?どしたん、ボーッとして?もしかして、まだ体調悪い?」
「え?」
至の声で我に返る。鈴羽の顔を覗き込み、手に持ったボトルを差し出してきている。
「ああ。ごめん…大丈夫」
ボトルを受け取って水を一口飲む。
つい先日まで、鈴羽は体調を崩していたのだ。少し熱が出たくらいだが、至は大騒ぎして岡部になだめられていた。看病はまゆりとかがり、るかがしてくれて、今ではすっかりと体調も戻った。
父はおおげさなのだ。
「…………」
至は見るからに不満そうな顔をしている。体調が悪いのを隠しているとでも思っているのだろう。もう問題ない。だがきっと、何を言っても心配させてしまうだろう。
至は…鈴羽の父はそういう人なのだ。
寒風吹きすさぶラジオ会館の屋上。ライトに照らされながらタイムマシンの背面、動力部分に頭を突っ込んでメンテナンスをしている鈴羽のまわりを、さっきから至がウロチョロしている。
タイムパラドックスを考慮して、普段は絶対に至をタイムマシンには近づけさせないのだが、今日はどうしても一緒に付いて来るといって押し切られてしまった。
『病み上がりの娘を心配しない親はいないっつーの!』
そんなふうに言われれば弱い。この時代の至は、まだ親としての自覚もない……こともないかもしれない。いや、むしろ積極的に受け入れてくれている。
……どうしてそんなにあっさりと受け入れてもらえるのだろうか。
心構えは鈴羽の方が出来ていないくらいだ。
鈴羽は、きっと自分は受け入れてもらえないだろうと思っていた。岡部が全ての事情を知っているとはいえ、それでも突然現れた異物を受け入れられはしないだろうと。
だからこそ、あまり至に甘えないようにしようと決めていたのだ。
だというのに、たびたび見せる父親としての顔にドキッとさせられる。
体調を崩した日もそうだ。自分を諭す至の姿は、未来の父そのものだった。
「なぁ。時空間の転移とか重力制御とか、ヤバそうな装置は絶対にいじらないからさ、ボクにも手伝わせてくんない?」
「…駄目」
「機械のメンテなら、たぶん鈴羽よりボクの方が詳しいのだぜ?」
「それは分かってる。けど駄目」
「うう…」
背中越しに、至がしょんぼりしているのが分かるが、鈴羽は相手にしなかった。
「なぁ鈴羽―?そろそろパーティの時間だお。今日はもう暗いしさ、寒いしさ、続きは明日にするべきだって。そろそろ帰ろう?」
「パーティまではまで時間がある。父さん一人で帰ればいい。あたしはまだやることがあるから」
別に今日、メンテナンスをしなければならないというわけではない。
ラボでは今ごろクリスマスパーティの準備が繰り広げられている頃だ。このパーティには鈴羽も参加することになっている。もちろん、楽しむためではなく、ある目的のためにだ。
だから準備段階から手伝うべきなのは分かっているのだが……。
(あの空気……苦手だな)
ラボの空気はまゆりを中心に作られている。まゆりを中心に回っていると言ってもいいだろう。岡部と至ではどうしても男臭く、ラボが穏やかな雰囲気を保てているのはひとえにまゆりの気遣いによるものだ。
鈴羽はまゆりが大好きだ。だが、まゆりと一緒にいるとただでさえ居心地のいいこの時代を、もっともっと好きになってしまう。
あまりにも楽しくて、居心地が良いから、ときどきミッションを忘れそうになるのだ。
そんな気も知らずに誰も彼も優しくしてくれるものだから……。
先日、父に言われたことを思い出して、甘えてみてもいいのかもしれないとも思う。だが、そう思うことまでは許せても、実際にそうすることは憚られる。やはり、この時代になじんでしまうことが怖いのだ。
「つーか、さっきからずいぶん苦戦してね?」
「締めにくい角度にボルトがあるんだ」
「どれ?ボクが代わるお。それくらいならいいっしょ?」
「…うん」
鈴羽は動力ユニットから頭を出す。
「顔中、油だらけじゃん。せっかくの美人が台無しだ」
「…そういうことは母さんに言ってあげなよ」
「まだ顔も名前も知らないわけだが…」
至は機械と機械の間に顔を入れ、中を調べ始めた。
「このタイムマシンってあまりにもメンテのこと考えてなさすぎじゃね?配管があまりにもぐちゃぐちゃっていうか、無理矢理詰め込んだ感」
それを作ったのは未来の自分自身なのだが……。鈴羽はそう言いかけてやめた。
文句を言いつつも、至は楽しそうに作業をしていたからだ。その背中を鈴羽はじっと見つめていた。
子供の頃を思い出す。鈴羽は父がタイムマシンを作っているのを眺めているのが大好きだった。懐かしい気持ちになる。だからだろうか。つい、隠していた本音がこぼれたのは。
「……父さん?」
「うん?どしたん?」
「あたし……最近、なんだか、自分でも自分が理解できなくなってきてさ……。この間、父さんに言われたことをずっと考えているんだ。その、こんなこと考えるなんて…おかしいんだけど……。この世界をなくしてしまって、本当にいいのかなって」
至は作業の手を止めて振り返ろうとしたが、鈴羽はそれを制止する。顔を見て話すのがなんだか恥ずかしかったのだ。至はしぶしぶ作業に戻る。
「あたしのミッションが成功するとさ、牧瀬紅莉栖は死なずに、シュタインズゲートへの門が開くんだ」
「うん」
「そしたら、今のこの世界……父さんも母さんも…まゆねえさんもルミねえさんも、るかにいさんも…オカリンおじさんも。みんなみんな、なかったことになってしまう」
「…うん」
「今のあたしが、今の父さんに会ったことも……なくなってしまう……」
「ん?これって告白シーン?セーブしとくべきとこ?」
「…………」
無言の圧力。
「真面目な話をしてるんだ。今度ふざけたら、蹴るよ?」
「フヒヒ。サーセン」
そう言いながら至が振り向いた。
「…迷ってるん?」
「…………」
至の顔を直視できない。怒られるんじゃないかと不安になる。
「ま……その、なんだ。別にいいんじゃね?」
「え?」
「“今”が消えても、いいんじゃね?だってこの先、おおぜいの人が死ぬんだろ?そんなのイヤじゃん」
「父さん…」
「鈴羽はいろいろと考えすぎなんだお。戦争なんてイヤだ、だから世界を変えるんだ——そのくらい単純でいいんと違うん?つーかさ、ボク、戦争なんて行きたくないし。鈴羽と違ってこんな人間だから、戦場なんかに連れて行かれたら3日ももたないね」
「だらしないな……幻滅だよ」
鈴羽はため息をつくと、そのまま背中を向けて歩き出した。
「あれ?どこ行くん?」
「顔、洗ってくる。油でべたべただ。……そのボルトを締めたら、カバーも閉じておいてくれる?父さんの言う通り、今日はここらへんで切り上げるよ。パーティに遅れちゃう」
「お!それがいいお、一緒に帰ろう!」
「……うん」
鈴羽の返事に、満面の笑みを見せる至。
「父さん」
「うん?」
「幻滅とか……嘘だから」
「お、おう…」
「父さんは、銃を持って戦争する人じゃない。未来でもそうだった。いつもいつも、逃げ回るのが仕事」
「ええ?未来のボク、ダメ人間すぐる」
「けど、それでいいんだ。父さんには“別の戦い”があるし、そのためにあたしたちが付いてるんだから」
「鈴羽…」
「だから、父さんこそ、変に頑張ろうとしないで…。日本は安全だなんて思い込みは捨てること。この前、オカリンおじさんだって襲われたんだ。いつ、父さんが標的になってもおかしくない。戦争前夜なんだよ。今はね」
「…オーキードーキー」
鈴羽が顔を洗いに行ったのを見届けて、至はふとため息を吐く。
「鈴羽……」
まだ顔も名前も知らないが、至は将来結婚して、鈴羽が生まれてくる。それはβ世界線の収束であり、確定している。
鈴羽のような可愛い娘が出来ることはこの上ない喜びだ。自分にはもったいないくらいの娘であり、至の自慢だ。まだ出会って数か月でしかなく、親子だというのに同い年だが、それでも至はそう思っている。
「でも、背負わせちゃうのも決まってるんだよな……」
今の鈴羽のように、将来生まれてくる鈴羽にも同じ運命を背負わせなければならない。鈴羽は自分に慕ってくれているし、持ち上げてくれるが、そんなに立派な人間ではない。
「こんな世界、絶対に変えないとな」
岡部のように、リーディングシュタイナーがあれば、と思わずにはいられなかった。