STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~ 作:明治アル蜜柑
俺たちがやって来たのは、ラジオ会館だった。
あれからも、ラジ館には何度も来ている。昨日、ラボでの話が終わった後、様子を見に来たのだ。バッテリーの問題をどうにか出来ないか、改めて話し合ったが解決策は何も浮かばなかった。それはいいとして、だ。
8階の、現場となった倉庫には、あれから一度も行っていない。行く気にはなれなかった。もうフラッシュバックが起こる事はほとんどなくなったが、紅莉栖の死んだ場所に足を運ぶなんて、とてもじゃないが無理だった。
「大丈夫?ずいぶん顔色が悪いけれど」
「………」
「紅莉栖のこと、思い出してしまうの?」
「そう……だろうな」
「辛いなら、ついてこなくてもいいわ。私一人で行くから」
そう言いつつ、彼女も顔色が優れない様子だ。彼女にとってもそこに行くのは辛いことなのだろう。
それでも、比屋定さんは、紅莉栖の死と向き合おうとしている。
「いや。一緒に、行くよ」
「ここだ…」
8階。イベントホールの奥。
照明が点いていないせいか、薄暗く、ジメジメとしている。当時と違い、今はさすがに倉庫には施錠されていた。
「そう……こんな場所で」
変な感じだった。血染めの紅莉栖が倒れていた運命の場所なのに、そんなことなど何もなかったように、素知らぬ顔をして日常が営まれている。
そして、俺もまた、大切な人が死んだのに、その場所をこうしてまた訪れている。
——死んだ?殺したの間違いだろう。
………ダメだ。ここに来ると気持ちが後ろ向きになってしまう。
俺は乗り越えたはずだ。
———————違う。お前は目を逸らしているだけだ。
俺は紅莉栖を救うために諦めないと誓ったんだ。
———————何をしたって過去は変えられない。話をすり替えるな。
俺は紅莉栖を……。
———————殺しただろう?お前自身のその手で。
「っ……!」
いつまにか握りしめていた拳が白くなっている。手のひらに爪が食い込んで血が出そうだ。
「もどかしいわ」
「え?」
自責の念に飲み込まれそうになった俺を比屋定さんの声が引き戻した。
「私は物理学者ではないから、相対性理論のことを詳細に理解しているわけではないけれど……。時間と空間が同列だと言うのなら、なぜ空間と同じように、時間も容易に移動できないのかしらね」
「………」
「今、私たちは、空間的には“紅莉栖の死”と同じ軸上にいるのよ。なのに、時間軸がほんの少しずれているというだけで、手出しすることすら叶わない」
「………」
「あなた、この前“紅莉栖”に——ああ、『Amadeus』の方だけど——面白い質問をしたわよね。タイムマシンは作れるかどうかって」
「……ああ」
「ぜひ、研究してみてほしいわ。真っ先に私が有人テストに名乗り出るから」
冗談とも本気ともつかぬ口調でそう言い、寂しそうに笑った。
———タイムマシンなら存在しているよ。しかも、俺たちのすぐ真上に。
そう言ったら、どうするだろう。自分が過去へ跳ぶと言い出すだろうか?
「岡部さん。紅莉栖が亡くなったときの状況について、教えてくれない?」
「俺だってろくに知らないよ。前に、そう話さなかったか?」
「でも、アメリカにいた私よりは詳しいはずでしょう?」
「………」
「紅莉栖が亡くなった日、今日みたいにそこのホールではイベントが行われていたそうね。ニュースで見たわ。中鉢博士。去年の夏、ロシアに亡命して、タイムマシンに関する論文を書いた、って」
「………」
「その論文の内容は、それはひどいものだったらしいけど。ただ、それでピンと来たのよ。アメリカの紅莉栖の家に放火した連中も、ロシア語を話していた。これ、偶然かしら?」
頭の中に警鐘が鳴り響く。
「私は、なんらかの関連性があると思う。だから、中鉢博士について調べようと思ったんだけど、不思議なことに、驚くほど情報がないのよ。ネットで検索しても、本名すら出てこない。ねぇ、いったい紅莉栖の回りで、なにが起きていたの?もしかして、今もまだ、それは続いているの?」
危険だ。これ以上は危険だ。
「あなたは……何を隠しているの?」
真実を追い求める、純粋な目。紅莉栖もよく、そんな目をしていた。
だが——。
「好奇心で、足を突っ込まない方がいい……」
いずれ彼女のことは巻き込んでしまうことになるだろう。だが、今はまだその時ではないはずだ。
準備を整えて、彼女の安全を確保してから……。そうでなければ彼女に待ち受けるのは凄惨な未来だ。今だって、紅莉栖のノートPCのことで狙われているのだから。
「今更だわ。私は、片足を突っ込んでしまっているのよ。それに考えてしまうのよ。この前襲われたのも、もしかすると私のせいじゃないかって」
「君のせい…?狙われる理由があるのか?」
まさか、感づいているのか?
「橋田さんに依頼したノートPCとHDD。あれは紅莉栖の形見なの」
「…………」
マズいな。
「驚かないのね」
「……何を驚けって言うんだ?別に紅莉栖のPCを持っていたくらいで。それを持っている事は以前にも聞いたよ。それとも、その中には何かとんでもない物が眠っていると?」
もし、タイムマシンのことを察していないのであればいい。だが、察しているのなら……。
そこで俺のスマホが鳴った。
着信は鈴羽からだった。
「……もしもし」
鈴羽から掛けてくるなんて珍しいにもほどがある。話を中断して電話に出たことに、比屋定さんは怪訝な目をしていたが仕方ない。
こんなときは、何かが起こったに違いないのだから。
『おじさん!今すぐ父さんのアジトに来て』
「アジトだって?どうした?何があった?」
『連中が動き出してるんだ。もしかするとおじさんたちも危ないかもしれない』
俺たちを尾行しているのだったな。何か不審な動きがあったと。
「比屋定さんはどうする?さすがに放っておくわけには………」
『一緒に連れてきて!あたしもすぐに行くから!』
アジトの場所を教えてもらい、電話を切った。
「どうかしたの?」
話を切られて不機嫌そうだ。
「悪いが、一緒に来てもらいたいところがある」
もう、彼女を巻き込むとか巻き込まないとかの話ではなくなった。何よりも身の安全が第一だ。
「詳しい事は後で話す。今は急いでくれ」