STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~ 作:明治アル蜜柑
鈴羽に教えられた場所は、同じ秋葉原。ここから歩いて5分もかからない場所だった。
中央通りからほんの数本、路地を外れただけで、とたんに人の気配は消え失せる。
うらぶれた雰囲気が漂う、そんな小さな路地に建つ古臭い雑居ビルの7階。そこにダルが指定した店があった。
『コスプレメディア@秋葉原店♪』
『営業中だヨ!お気軽にどうぞ!』
と、萌え絵付きのPOPが引っかけられていた。
「………」
「………」
2人して押し黙る。秋葉原には慣れているが、こういうアングラな感じの店に入ったことはない。…興味もない。
さすがはダルといったところか。見た目そのままの趣味とバイトだ。
中に入ると、所狭しとコスプレ衣装が並んでいた。無難なコスプレから制服、スクール水着や競泳水着など、多種多様だ。女子向けのコスプレ衣装が中心だが、どう見ても女の子がお気軽にドアを開けられるような雰囲気ではない。
俺は顔が引きつっていた。比屋定さんはなおさらだ。
「君はここには来たことが?」
「いいえ。前に会ったときは、別の雑居ビルだったから。同じような怪しいお店だったけれど」
「そ、そうか…」
俺1人ならまだしも、彼女を連れて歩いているのはまずい気がする。言えば怒るだろうが、真帆のような背格好の人向けの……いや、やめておこう。
「おーい、オカリン。こっち」
さっきまでどこにもいなかったのに、ダルが突然店の奥に出現した。
「真帆たんもすまそ。急に連れて来ちゃって」
「その真帆たんというの、やめてくれないかしら」
「えーなんで?かわいいじゃん」
「バカにされてる気分だわ」
「そんなことより、ダル、お前、どこから出てきた?」
カウンターにいる店員は咎めてこない。ダルがここにいることは店から了承済みということだ。
「とりあえずこっち」
アイドル系のコスプレ衣装が大量に陳列されているハンガーラックの一つがずらされ、その裏側にカーテンが見えている。その奥に『STAFF ONLY』と書かれた扉があった。
「まるでニンジャ屋敷ね…」
男心をくすぐる仕掛けだ。まるで秘密基地のようで…。
扉の奥は狭苦しい事務所になっていた。マルチディスプレイのPCが置かれていて、フィギュアやグッズ、ゲームなどが大量に積み上げられている。それに、ゴミなのかも分からない箱やビニール袋があちこちに散らばっている。足の踏み場もない。
「まぁ適当に座って」
座れる場所なんてない。目で訴えると、ダルは散らばっている箱などを雑にどかし、パイプ椅子をふたつ置いた。
「はいどぞー」
ダルはこういったアングラ系のバイトを掛け持ちしているらしい。そして、裏のバイトのために、こうして事務所を個人的に使わせてもらっているらしい。こいつ、実はとんでもない男かもしれない。
「っ……!」
そのとき、俺のスマホに着信があった。“紅莉栖”からだ。
テスターを辞退して以来、“紅莉栖”の方から俺に掛けてくることはなくなった。“紅莉栖”とは和解したが、俺に気を遣ってくれている。約束を違えることはないはずだ。
「うん?電話出ないん?」
俺は画面をダルに見せる。
「あ……。うん。やめといたほうがいいね」
比屋定さんはなんだか分からないという顔をしていたが、俺は着信を無視した。
「鈴羽は?」
「もうちょっと様子を探るって。危ないからやめてほしいんだけどね」
「そうか……。ノートPCはここにあるのか?」
「ほれ」
かたわらのラックに設置されている鍵付きの耐火ボックスを開け、その中からノートPCを取り出した。
「狙いはこれだな。……どうする?ここで破壊するか?」
「ちょ、ちょっと!何を言っているの!?」
俺の言葉に比屋定さんが反応する。
「さっきも言ったでしょう?それは紅莉栖の残したノートPCなのよ!急に破壊するだなんて……」
「知ってるさ。君に打ち明けられる前からな」
「え……?」
「これは君の言うように、紅莉栖の残したものだ。世界中の人間がこれを欲しがっているんだ。この中には、とんでもないものが眠っているからな」
ダルの方をちらりと見ると、ダルはそっと頷いた。
こうなってしまったら仕方がない。比屋定さんには全てを話すべきだ。
「とんでもないものって……」
「タイムマシンだよ」
彼女の目が点になった。まぁ、そうだろうな。
「……馬鹿にしているの?」
「馬鹿にしてなんかないさ。君もさっき言っていただろう?タイムマシンを作ってほしいって。俺たちはまさにタイムマシンを作ろうとしているんだ。………牧瀬紅莉栖を救うために」
「紅莉栖……を?」
俺は紅莉栖が死んだときの状況以外はすべてを説明した。
説明途中、彼女は終始困惑した表情を浮かべていた。
信じられるはずがない。だが、そんな嘘をつくために、ここまでの茶番を用意するはずもない。そんな顔だった。
「それ、本当の話なの?作り話ではなく?」
俺ではなくダルを見た。
「まぁね」
こんな話を、はいそうですか、と信じられる方がどうかしている。
だが——。
「やっぱり、信じられないか?」
「べ、別にそういうわけじゃないわ。ただ、私の予想とあまりにもかけ離れていたものだから、思考が追い付かないの」
「予想?」
彼女の予想は、『Amadeus』の軍事転用だった。記憶を人間に書き戻すことができる以上、別の人間の記憶を入れることだって理論上可能だ。例えばそこで、百戦錬磨の兵士の記憶を別の人間の脳にぶち込めば?
一瞬で最強の兵士の完成だ。
また、レスキネン教授の『脳科学研究所』の隣、『精神生理学研究所』には、国防総省の人間ではないかと疑うような連中が出入りしていたらしい。そして紅莉栖は精神生理学研究所によく出入りしていたようだ。
そこでその実証実験の証拠を偶然知ってしまったのではないか、ということだった。
その話を聞くだけでも、レスキネン教授への疑いは強くなる一方だ。
「でも、まさかタイムマシンとはね…」
彼女は紅莉栖のノートPCを手に取った。
「いずれにしても、それはすぐに破壊した方がいい」
「中身を確認もせず?あなたが言う論文が入っているとは限らないわよ?」
「中身はもう関係ない。紅莉栖が残した遺産がこの世に存在している。それだけで、戦争の火種になり得るんだ」
まだ、納得できていないようだった。
「でも、これは紅莉栖が生きていたという証、紅莉栖が残した意志なのよ。それをあっさり葬り去るなんて…」
PCを破棄するということに納得はしていないまでも、タイムマシンの話を荒唐無稽だとも言わなかった。やはり紅莉栖という存在が大きいのだろう。あいつは天才だ。傍でずっと見てきた彼女には分かるのだ。紅莉栖なら、タイムマシンを作ることも不可能ではない、と。
「残念だが、君は既に狙われている」
「……どういうこと?」
「さっき鈴羽から俺に電話があっただろう?この近辺で怪しい動きがあったんだ。……ダル」
「うん。いくつかの集団がこの近辺を捜索してるっぽい。オカリンと真帆たんの動きに合わせてね。だからとりあえずここに来てもらったんだ」
「…………」
彼女はPCを優しく抱きかかえた。
「了解したわ、岡部さん。今、起こっている事態そのものは理解した。まだ頭の整理はついていないけれど。…このノートPCは破棄しましょう」
「…ありがとう」
分かってもらえて、助かった。
「タイムマシン…ね。紅莉栖が関わっていることですもの。頭ごなしに否定はできないわ…」
自虐気味に笑った。俺の予想通り、紅莉栖という存在はあまりに大き過ぎたのだ。
比屋定さんの『Amadeus』のIDはSalieri。
天才たる、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトへの嫉妬に狂った人生を送った人物。
Amadeusである紅莉栖とSalieriである真帆。
彼女の心の内を思うと、俺は何も言えなかった。
「で、依頼料はどうするん?」
話がまとまったところでダルがそうつぶやいた。
「…?まだ解析できていなかったんだ。返せばいいだろう?」
「いやぁ、実は真帆たんにもらった分さ、今月末発売のエロゲ予約で使っちゃったんだよね……」
「お前、最低だな…」
逆にブレていないとも言えるわけだが。
「いいわ。お金を返してだなんて言わないわ」
「い、言っとくけど、あと3日あったらパスワード解析してたから!これはガチ」
「そういうことにしておくわ」
彼女はクスリと笑うと俺の方に向き直った。