STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~ 作:明治アル蜜柑
「ちなみに、一応証拠は見せて欲しいのだけれど」
「証拠?」
「どこかに置いてあるんでしょう?その——タイムマシン。それと、鈴羽さんに一度話を聞きたいわ」
「それは、どうだろうな」
「ダル。それについてもお前に頼む——」
と言いかけたところで、デスクの上にあるインターフォンから音が鳴った。
イヤな予感がする。
ダルは受話器を取って会話をしながら、監視カメラのモニターを操作する。画面がパチパチと切り替わり、奇妙な男たちの姿が映った。店内店外を合わせて5か所。それぞれ4人ずつくらいの男たちが不自然な様子で立っている。立ち話をするでもなく、無言のままだ。
「オーキードーキー。ここは放棄するわ。君もテキトーに逃げるといいお。ほんじゃ」
ダルは店番をしていた人と話していたらしい。インターフォンを置くと俺と真帆を見た。
「つーわけで逃げるべ」
俺と比屋定さんの反応を待たず、ダルはリュックを引っ張り出してきて、乱雑に物をを詰め込みだした。
「そのノートPCプリーズ」
呆けている彼女からノートPCを受け取ると、それもリュックに詰め込んだ。
「あいつらは誰だ?」
狙いは紅莉栖の遺産か?だが、ダルは首を横に振る。
「さぁ?ラウンダーかロシアか、それ以外か……。鈴羽との合流場所は決めてあるから、そこまで急ごう」
ダルはこういうことには慣れているようで、脱出の手際は非常によかった。
店の方には戻らず、裏手にあるガラスの引き戸を開けてベランダに出た。そこから隣室との境に設置してあるボートを取り外し、ビルの端の部屋まで移動。そこから非常用のハシゴで2階上へ。カムフラージュ用に借りている部屋に入ってバスルームの窓から隣のビルの空き部屋へと窓越しに飛び移った。
まるでスパイ映画さながらの脱出劇だった。
こいつは何者なんだ、と俺は心の内でツッコんでいた。比屋定さんは終始驚きっぱなしだった。
隣のビルに移った時点で、コスプレショップにあの男たちが突入してきたという連絡が来て背筋が寒くなった。
急いでそのビルの非常口から脱出を図る。
だが、甘かった。
ビルの外、狭い路地裏に出たところに、そいつらは待ち構えていた。意表を突かれた俺たちが逃げるより前に、比屋定さんがそのうちの一人に捕まった。そうなると俺たちは抵抗もできず、俺もダルも組み伏せられてしまった。
ただ、襲ってきたのはビルを包囲していた連中とは別だった。全員がフルフェイスのヘルメットをかぶり、ライダースーツや革ジャケットを着ている。彼女を取り押さえているヤツは明らかに女だ。その出で立ちはあいつを思い出させた。
「……大声を出さないで、言うことを聞いて」
こんな格好で襲ってくる女なんて、こいつしかいない。
「桐生…萌郁…!」
ここでこいつとは……。
「さもないと…彼女の命はない」
萌郁は左腕で比屋定さんを押さえつけながら、右手で軍用ナイフを取り出し、それを首筋にあてがった。
「……っ!」
「よ、よせっ!」
俺の脳裏に、身の毛もよだつ忌まわしい記憶がよみがえる。別の世界線とはいえ、大切な幼馴染を奪った無慈悲なあの声が、今、またここにある。
『椎名まゆりは、必要ない』
俺はギシギシと軋むほどに歯を噛みしめ、ライダースーツに身を包んだ女——桐生萌郁を睨みつけた。
「欲しいものなら渡してやる。だから、やめろ…っ!」
絞り出すように言うと、萌郁は首筋からナイフを離した。そのまま比屋定さんの拘束を他の男に任せる。そしてヘルメットを脱いだ。
「あなたは…!」
比屋定さんが萌郁の顔を見て反応した。ATFのときに取材していた。あれも今思えば、こうして紅莉栖の遺産を手に入れるためだったのだ。
「どこに、あるの?」
感情というものが全く存在しないような目。
「まず…手を離せ!これじゃ、ちゃんと、話もできない……」
捻りあげられた手の痛みをこらえながら、唸るようにそう言った。
「…………」
萌郁がかすかにうなずくようにして、仲間たちに合図を送ると、拘束が緩くなった。
ダルも同じように拘束を解かれていた。だが、比屋定さんは拘束されたままだ。
「比屋定博士と……交換」
こいつら、どこまでも……っ!
「ダル、リュックを貸せ」
「あ、うん」
ダルが背負っていたリュックを降ろそうとした。
「だ、ダメよ!渡しちゃダメ!」
「比屋定さん!おとなしくしててくれ!そいつは本当に君を殺す。脅しじゃないんだ!」
「でもっ…!」
「自分の論文のために君が死んで、それで紅莉栖が喜ぶのか?」
「う……」
まるで子供の泣き顔のように顔が歪んだ。
俺は萌郁を睨んだまま、ダルのリュックからPCを取り出した。
「これだ…」
「リュックごと渡して」
「……先に比屋定さんを解放しろ」
「…………」
萌郁は応じようとしない。でも、そうでもしないと彼女は確実に殺される。
……イチかバチか、ハッタリを仕掛けるしかない。
「復号化するパスワードを知りたければ、俺たちを出し抜こうとするな」
俺はノートPCをリュックに戻すと、リュックごと萌郁の方に向かって突き出した。声が震えないように、必死で気力を奮い立たせる。
「こいつは、パスワードがなければ絶対に起動することが出来ない。世界中のハッカーがさじを投げたシロモノだ。俺たちの安全が保障されたら教える。こいつを渡した途端に殺されたんじゃ、たまらないからな」
当然、パスワードなんて知らない。それがバレれば全てが終わりだ。
「…確かに、そうね」
よし。乗ってきた。これなら——。
「それじゃあ……誰か一人、私たちと来てもらう」
「二人は今すぐに解放する。その後、パスワードが正しければ、残り一人も解放する」
クソっ!それじゃあ逃げきれない。
「それは駄目だ。残る一人の命の保証がない」
「なら、三人とも来てもらうだけ」
「…くっ」
俺とダルはおそらく死なない。俺は2025年まで、ダルは2036年までは確実に生きている。収束がある。だが、比屋定さんはどうだ?彼女も未来で俺たちと合流するはず。だから死ぬ事はないはずだが………。この状況でそんな楽観的にはなれない。
打開策が見つからないまま睨み合いが続く。
その時、萌郁の仲間の一人が、腕時計を気にした。
萌郁もそれに気づいたらしい。
こんな白昼堂々の拉致劇なんだ。時間をかけすぎていることに焦ってきているのかもしれない。
「……誰か、殺してみせれば、いい?」
萌郁の仲間は比屋定さんの首筋に再びナイフをあてがう。
「きゃっ…」
「やめろっ!」
萌郁を睨みつけると、今度は俺の首にナイフが当てられた。
「……っ!」
「オカリン!」
ナイフの冷たい感触が伝わってくる。だが、急激にリアリティが失われていく。唐突すぎる死の予感に、感覚が麻痺してしまっているのだ。
それに——。
どうせ俺は死なないんだろ?
そんな言葉が脳裏をよぎった。
意志とは裏腹に頭が急速で回転する。
本来、俺たちを狙っていたのはSERNのラウンダーではなかった。監視カメラに映っていた連中はおそらく米軍関係者、もしくはその他のアメリカの勢力のはず。ビルに突入したのに、俺たちを見つけられていない。
…これは時間を稼ぐべきだ!
「パスワードを知っているのは俺だけだ!俺を殺せば絶対に手に入らないぞ!」
「っ……!」
萌郁が歯噛みする。
「誰かを殺しても同じだ。俺は絶対にパスワードを吐かない。俺たちを三人とも解放するのなら、PCはお前たちにくれてやる!」
祈るようにまくしたてる。
その時——。
狭い路地の先、別の道と交差するT字路をふさぐような形で、黒塗りのバンが急停車した。スライドドアが開き、中から自動小銃を携えた数人の男たちがバラバラと飛び出してくる。
「……⁉」
全員、グレーのミリタリースーツに目出し帽を着用している。見た目は完全に軍隊の兵士だ。明らかに日本人ではない体格。
即座にこれは現実だと察した。
あの銃は本物で、今この瞬間にこの場で戦闘が始まるのだと理解した。
「全員隠れろ!」
俺は叫んだ。敵も味方も関係なかった。萌郁は俺が声を発すると同時に反応していた。
闖入者たちの姿を確認し、躊躇することなくかたわらの建物の陰に飛び込む。他のラウンダーたちも一斉に周囲に散った。解放された比屋定さんが道の真ん中でキョロキョロしていた。
「馬鹿!真帆、伏せろ!」
俺を押さえつけていた男だけ、反応が遅れた。
ダダダダダダダダダダダダダッ!
鋭い音とともに、その男の頭がヘルメットごと撃ち抜かれた。地面に転がるその男に巻き込まれ、俺の身体も足元に叩きつけられる。
その衝撃で、ダルのリュックを手放してしまった。
路上に投げ出されたそれを、別のラウンダーが掴み上げ、バンとは逆方向に走り出す。
バンから降りてきた指揮官と思われる男が、ロシア語らしき言葉で鋭く叫んだ。
逃げたラウンダーの背中に向けて、兵士たちが銃を構える。
再びの銃撃音。ラウンダーの身体が跳ね上がり、手にしていたリュックごと、破裂するように裂けた。
リュックの中の物がばらばらと砕けて、アスファルトに散らばった。
それらひとつひとつに、執拗なほどに銃撃が浴びせられる。紅莉栖のノートPCは、ほんの数秒で原型を失い、残骸と化した。
兵士たちは周囲を警戒しつつ、無言のまま残骸を回収し、ラウンダー2人の死体を抱え上げ、すぐさまバンに戻っていく。俺たちは一瞥しただけで見逃された。
バンが現れてからわずか数分の出来事だった。
「助かった……のか?」
全身から力が抜ける。何とか生き残る事が出来た。
俺たちは呆然としていたが、しばらくして遠くからパトカーのサイレンの音が近づいてきて、それでようやく我に返った。
「ダル。ラボへ急ごう」
腰が抜けてしまっている真帆を背負って、俺たちはラボへと急いだ。