STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~ 作:明治アル蜜柑
「リンターロはどこか、具合でも悪いのかい?治療でここに?」
老医師が去った後、思い出したように教授は聞いてきた。俺に会えたことがよほど嬉しかったらしい。
「あ、いえ。違います。入院している友人の見舞いで」
「あぁそうか。それは良かっ——いや。その友人にとっては良くないね。申し訳ない」
「あ、いえ…。それで、教授こそ、日本の病院で何を?」
先ほどの老医師はこの病院の院長だったらしい。そんな立場の人と話しているとなると、特別な何かがあるのだろうか。
……この人は脳科学者であって医者ではない。
突然の出来事に動揺してしまっていたが、ようやく落ち着きを取り戻してきた。
この人はどうしてここにいる?
日本で何かをするつもりなのか……?
先ほど、医院長と新型脳炎の話をしていた。新型脳炎……間違いなくリーディングシュタイナーだ。
「君も知っているだろう?例の新型脳炎だよ」
教授は周囲に聞こえないように、ぐっと顔を寄せてそう言った。
「アメリカ政府の依頼で、精神生理学研究所が治療法を研究していたんだが、手詰まりらしくてね。私も調査に加わるよう、大学から命じられた、というわけさ」
「そ、そうですか。レスキネン教授が新型脳炎を…」
アメリカでも流行しているわけだから、脳科学者である教授がその担当になっても不自然ではない。だが、彼がこの場にいることに、何の裏もないはずがない。
真帆からもこんな話は聞いていないのだ。
「それで、リンターロは?」
俺は入院している友人が、新型脳炎の疑いをかけられていると説明した。
「もしかして、その友人というのはナカセ・カツミ?」
「え、どうしてそれを……?」
「君と同世代くらいとなれば、カツミくらいしかいなくてね」
「なるほど……」
「カツミは私にも何度か噛みついてきたよ。どうしてまた入院させられるんだ、私は元気なのに、ってね」
それもしょうがないことだが、と教授は笑っている。
「リンターロから伝えておいてくれないかい?もう少し、協力的になってくれると嬉しいと」
「は、はぁ…」
「我々も日本の医師団も研究を進めてはいるんだけどね、どうにも解せない検査結果ばかりで困り果てているのさ。最初は誰も、こんな難解な病気だとは考えていなかったんだ…」
「…………」
病気、か。
「うん?リンターロ。どうかしたのかな?」
「あ、いえ…」
「何か気になる事でも?」
これは探りを入れられている。こんなものが偶然であるはずがない。だから俺は何も言わない。
だが、どうしてこのタイミングなんだ?
新型脳炎患者が増えている、というのは理解出来る。かつて俺はα世界線で、何度も世界線を変動させた。だが、その時には新型脳炎患者は増えなかった。当たり前だ。俺が改変した現実は、俺の周りの小さなことに過ぎない。一個人の生き死になんて、世界には影響を与えない。
今、患者が爆発的に増えているのは、ロシアがあまりにも衝撃的な過去改変を行ったからだ。あんな戦争に巻き込まれれば、嫌でも記憶に残る。夢だったと処理できなくなるほどに。だから今になって患者が増えているのは分かる。
だが、それならアメリカでもよかったはずだ。わざわざ日本に来てまで調査する必要はないだろう?
「ところで、リンターロはクリスマスに倒れたようだが、その後は何もなかったのかな?真帆から話を聞いた限りでは問題ないとのことだったが、君ももしかすると新型脳炎に罹ってしまったんじゃないかと心配してたんだ」
俺はロシア世界線に飛ばされていたから記憶がないが、ダルや鈴羽の話によれば、俺は必死に新型脳炎の疑いを晴らそうとしていたらしい。
「患者たちはこぞって、ソ連、戦争などと口にするんだ。まるで戦争を経験したかのような口ぶりでね。君はそんな夢を見た、ということはなかったかな?」
「っ……」
俺が新型脳炎……リーディングシュタイナーを持っていると疑っているのか?
「ソ連、ですか。俺は特には……」
「それなら良かった。だけどねぇ…私もプロジェクトに参加して驚いたんだが…確かに、この病の特徴として、多くの患者が夢を共有する不可思議な現象が起こっているんだ。集団幻覚に近いのかとも思って、今、調べているんだけどね。…どうなんだろう。こんなことは初めてでね。脳科学的には今のところ、解が導けない」
「…………」
「正直、非科学的、という言葉が一番しっくりくるくらいだよ。平行世界とか前世の記憶、とか、そんなオカルトなことさえ頭によぎってしまう。科学者としては失格だけどね」
「そんなこと……」
「君も、カツミからいろいろと話を聞いてくれると助かるよ。医者には言えない事でも、友人になら話すだろうしね」
これで一応話はまとまった、のだろうか。
誤魔化せた自信はないが、フブキだけが変な疑いをもたれることもないだろう。だが、教授が新型脳炎を病気ではないかもしれない、と疑い始めていることには驚いた。リーディングシュタイナーが世の中に知られる日も、そのうちやって来るのかもしれない。
「さて、リンターロ。それはそれとして、確認だ。君のガールフレンドたちは、キュートなお嬢さんばかりだねー」
教授は俺の背後に目を向ける。
「え?」
振り向くと、まゆりとカエデがソファから立ち上がり、こちらを見守っている。教授の視線に気付くと、軽く手を振ってきた。
「あの2人のどちらかが恋人がだったりするのかい?それとも、カツミがそうなのかい?」
「なっ!?」
思いもかけないことを言われ、絶句してしまった。
「いやぁ。別に無理に聞かせてくれとは言わないよ。君のプライベートを詮索する気はないからね。まぁ、ただ、可愛い教え子に、ちょっとした土産話でも、と思っただけさ。Hahahahaha!」
大きな声で笑うと、教授は俺と、後ろのまゆりたちを一瞥した。
「ではリンターロ。私は院長ともう少し話さなくてはならないからね。これで失礼するよ」
「は、はい…。またお会いできれば…」
「ああ。時間を見つけたら連絡するよ」
教授は最後に俺の背後に目を向けると、踵を返し去って行った。
大きな背中を見送っていると、まゆりたちが近づいてきた。
「今の人、レスキネン先生?」
まゆりには教授のことを話してあるから覚えていたようだ。カエデは誰だろう、という顔だ。
「今の方、新型脳炎の研究をしていらっしゃるんですよね?オカリンさんって、そんなすごい人とお知り合いなんですか?」
カエデが尊敬のまなざしで俺を見ている。
「……は、はは」
そう言われると、ただの大学生の俺があんな立場の人と知り合いというのはものすごい事なのかもしれない。
愛想笑いしつつも、俺は動揺を隠せないでいる。
レスキネン教授……。何が目的なんだ?