STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~ 作:明治アル蜜柑
(1)
2011年7月7日(木) ラボ
「そろそろ行くよ」
昼前、鈴羽は名残惜しそうにそう言った。
「頑張って来るね。まゆしぃたちがあの日のオカリンを起こしてきてあげるから」
まゆりは拳を握りしめ、ガッツポーズを見せる。
「おねーちゃん、ママ……」
悲しそうにそれを見つめるかがり。これが最後の別れとなるのだ。まだ10歳のかがりにはきついだろう。
「鈴羽、まゆ氏。頼んだのだぜ」
「こちらでも準備はしておくから安心してちょうだい」
ダルと真帆は力強く応える。
「オカリン。オカリンからも最後に……」
黙っている俺をダルが促す。
「そうだな……」
結局、この時点でも未来からのDメールは届いていなかった。作戦自体は何度もシミュレートして、鈴羽もまゆりもタイミングはばっちりだ。だが。
どうやっても一抹の不安は残る。
俺の予想が間違っていて、Dメールなどそもそも届かないのかもしれない。
ダルがネットワーク上の監視をしてくれているが、目立った動きはない。このまま何も起こらないんじゃないかとさえ思う。
それでも、2人は行くのだ。
「今日までご苦労だった。全ては俺が蒔いた種。あの日の俺がもっとしっかりしていれば……」
俺が諦めてしまった世界線。紅莉栖を救えなかったことに絶望した俺さえいなければ、2人がこんな運命を背負わされることなどなかった。全ては俺の心の弱さが原因だ。
だが。
「こんな話をするタイミングではないな」
それを今さら悔やんだところで意味はない。その全てを乗り越えて、俺たちは前に進むと決めたのだから。
「ラボメンナンバー002、椎名まゆり。そしてラボメンナンバー008、阿万音鈴羽よ。俺たちはこれまでの全ての因縁にケリをつける。お前たちが踏み出す一歩は、シュタインズゲートに到達する第一歩となるだろう」
「オカリン……」
「たとえお前たちがどこの時代に飛ばされようが、必ず迎えに行く。この鳳凰院凶真の辞書に不可能などという言葉はないのだからな。フゥーハハハ!」
「おじさん……」
「だから安心して行ってこい。『オペレーション・アークライト』を完遂しろ。情けないこの俺を……ひっぱたいてきてくれ!」
俺は白衣を翻し、高らかに宣言する。
「健闘を祈る。エル・プサイ・コングルゥ」
ラグナロックの幕開けだ!
「どうしてあれで皆が盛り上がるのかが理解出来ないわ」
まゆりと鈴羽を送り出した後、俺たちはラボでいろいろと準備をしていた。具体的にはタイムリープマシンをセーフモードにしておくことだ。あれの起動には、ブラウン管工房の42型が点灯していなければならない。事前にパーツショップでリモコンを用意し、いつでも点灯できるようにしてある。
「鳳凰院凶真か?ふん。貴様もラボメンのくせに、鳳凰院凶真の凄さを理解していないとは……」
「ま、さすがにあれはボクでもついていけんけど……」
「あなただって嬉しそうにしていたじゃない。ま、女の子を助けるヒーローなんて、マッドサイエンティストも随分と可愛らしくなったものだけれど」
真帆も鳳凰院凶真の誕生秘話を聞いたらしい。あれでまゆりが元気になってくれたのは良いが、さすがにイタ過ぎて誇れる過去ではないからな……。
「でも、結局最後までDメールは届かんかったね」
「まだ出発までは多少時間がある。その間に届くかもしれないだろ」
今は昼を少し過ぎたところだが、実際に2人が出発するのは夕方ごろになるはずだ。今から最後のタイムマシンの整備を行うことになっている。鈴羽のことだ、念入りにするに決まっている。
「でもまさか、タイムマシンがラジオ会館の屋上にあるだなんてね……。あの場所は全ての因果の始まりだわ」
真帆にタイムマシンの場所を知らせたのは、再び来日してからの事だ。アメリカにいる間に万が一のことがあった場合、レスキネン教授に場所を知らせてしまう可能性があったため、伏せておいたのだ。
「それでもレスキネンはタイムマシンを発見するんかな?」
ここ数日、タイムリープマシンの最終調整を行いながら、もっぱらの会話はそれについてだった。
「真帆。『Amadeus』の記憶更新は……」
「したわ。今日、秘密の日記がこじ開けられてしまえば、私たちのことを知られてしまうわ」
これは真帆が帰国する前に話していた事だ。教授は真帆に『Amadeus』の記憶更新を迫るだろうと。研究をする上で、真帆のモデルが存在する以上、これは仕方のない事だ。これを拒否する方が不自然。真帆が疑われることになるだけでメリットはない。
「でも、これだとレスキネンがタイムマシンの場所を知る事は無いっしょ」
そう。だからこそ、真帆にはタイムマシンの場所を教えなかったのだ。アークライトが邪魔されてしまうかもしれないから。
だが、俺の予想では、タイムマシンの場所は最終的には発覚してしまう。どうやってバレるのかは関係なく、それ自体がβ世界線の因果である気がするのだ。
「今さらだが、これに関しては一つの仮説がある」
「お、本当に今さらじゃん」
「俺が最初に『Amadeus』を見た時に思った事なんだが……」
人の記憶データ化し、それをベースに動く人工知能。
「人格と記憶は別物。それはα世界線でも紅莉栖が言っていた事だ。だからタイムリープマシンを作る際にもそれが争点になった。SFで見るタイムリープのように、タイムリーパーの“現在”が保証されるのか、とな」
時を遡ったという実感を持ちながらタイムリープするのと、過去の自分に経験した事のない未来の記憶がいきなり追加されるのとでは状況が異なる。後者ならその状況に戸惑うだろう。だが、結果としてタイムリープマシンによる時間遡行では前者となった。
「およそ人格と呼べるものも一緒に過去へと転送された。だから俺は何度もタイムリープを繰り返すことが出来た」
「人格……か」
「『Amadeus』にも人格と呼べる何かが付随しているんじゃないか。そう思ったんだ」
かつて紅莉栖が作り上げたタイムリープマシンと『Amadeus』に使われている技術は同じものだ。
そして、これが正しかった場合、ある可能性が浮上する。
「もしかすると、『Amadeus』もリーディングシュタイナーが可能なんじゃないかって」
「え?」
「マジ?」
ATFの講演で、最初に感じたのはそれだった。
「それは、別の世界線の紅莉栖の記憶が『Amadeus』の中に追加されるということ?」
「おそらくな」
これまでに、『Amadeus』にそんな事態が起こった例はない。“紅莉栖”は2010年3月までの紅莉栖の記憶を持った存在だった。
「“紅莉栖”にリーディングシュタイナーが起こるのなら、それは秘密の日記がこじ開けられたタイミングなんじゃないかと思うんだ」
秘密の日記は、『Amadeus』にとって自己を証明するアイデンティティのようなものだ。もし、記憶を改ざんされたとしても秘密の日記にあるバックアップを参照して、改ざんされたデータを修正すると“紅莉栖”は言っていた。
「教授が秘密の日記をこじ開けた際に、別の世界線の紅莉栖がリーディングシュタイナーで移動して来るかもしれない。俺はそう考えている」
あくまでも可能性だ。仮説というか、妄想の域を出ないお粗末な想像だ。だが、仮にそれが起こった場合、レスキネン教授はとんでもない情報を手にすることになる。
「ない、とも言い切れないわね」
どの世界線の紅莉栖が移動して来るのかは分からない。
俺のこれまでの経験から、リーディングシュタイナーは一つ前にアクティブになっていた世界線から、今アクティブになっている世界線へと記憶が主観が移動する。とはいえ、今のこの世界線の一つ前もβ世界線。そこでも紅莉栖は2010年7月28日に死んでしまっている。それから1年が経過しているわけだ。
紅莉栖が最も直近まで生存していた世界線はα世界線ということになる。
α世界線の紅莉栖の記憶が追加された場合、俺たちのことが全て筒抜けになってしまう。αとβでは状況があまりにも違う。だが、両方に共通するのは鈴羽がタイムトラベルして来るということだ。そしてその場所はラジオ会館。
β世界線では教授はタイムマシンの存在やその場所を知る術はないが、αの状況から推測して、ラジ館に辿り着くかもしれない。
「もしこんなことになれば、教授はラジ館に向かうことになる」
α世界線の紅莉栖がリーディングシュタイナーしてきた場合、俺たちに味方してくれる可能性もある。だが、望みは薄いだろう。
「何かあれば、俺はすぐにラジ館に向かう。そして、いざという時にタイムリープすることを躊躇わない」
幸いにも、俺たちは既にタイムリープマシンを完成させ、いつでも時間を遡る事が出来る。一度後手に回ろうと、時間的なアドバンテージはこちらにある。
一度、教授が秘密の日記をこじ開けたところで、タイムリープしてしまえばそれもなかったことになる。後手に回った状況では、ダルのクラッキングは間に合わないだろう。
今は待つしかないというのがもどかしかった。