STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~ 作:明治アル蜜柑
ラジオ会館
「ふー。まだ暑いな」
時刻はそろそろ18時。夏至を過ぎている太陽はようやくビルの彼方へと姿を隠そうとしているが、依然、夏空は一部だけが茜色で、あとはやや汚れた青色を保っていた。
鈴羽はこの数日、ラジ館屋上にあるタイムマシンの整備を念入りに行っていた。
今日、過去へと跳ぶことになる。マシンの整備にもおのずから力が入るというものだ。
本来なら少しくらい汚れていても構わないパーツ類までピカピカに磨き上げてしまうほどだった。
(気負い過ぎてるかな。……やっぱり不安なのか)
整備を終えて工具類の入ったボックスを片付けると、鈴羽はそれをタイムマシンのコクピットの中へ収納した。そのままマシンの操縦席に座って、バッテリーの残量を改めて確認する。
8月21日へと跳ぶには十分な量が残されている。整備も万端。問題なくタイムトラベルすることが出来るだろう。問題は、そこからもう一度跳ぶ方だ。
(二度目のフライトで、この時代に戻って来ることは出来ない。正確に戻れないのなら、この時代に戻るのは危険だ。この日以前に不時着してしまったら、『オペレーション・アークライト』以前にタイムマシンが見つかる可能性もある)
この一年間で、もう一台のタイムマシンが現れるという事象はなかった。つまり、一年前にやってきた鈴羽も、この時代に戻ろうとはしなかったということだ。
(跳ぶならさらに過去……。でも、それだとねえさんは元の時代には戻れない……)
どこまでも、鈴羽はまゆりのことを心配していた。
自分は任務のために訓練を受けてきた。命を捧げる覚悟もある。だが。
(まゆねえさんは違う。まゆねえさんは普通の女の人だ。あたしみたいな人生を背負う必要はない)
未来において、ワルキューレの精神的支柱だったのはまゆりだ。まゆりがいたから、誰も諦めずに2036年まで戦い続ける事が出来た。
もちろん、鈴羽もそうだ。
母を失い、失意の底にあった鈴羽を、まゆりは一晩中抱きしめてくれた。かがりを養子として迎え入れてからは、かがりに構うことが増えたが、それでも、もう一人の娘として自分を支え続けてくれた。
(何があっても、まゆねえさんだけは絶対に守る……!)
そう、決意を新たにしたところで、視線を感じた。
「……まゆねえさん、どうしたの?」
まゆりがこちらをじっと見つめていたのだ。
「えっとね、タイムマシンを整備してるスズさんが格好いいなぁって思ったのです。それに、なんだか機械をいじってるダルくんに似てるなぁって。やっぱり親子なんだねぇ」
父に似ていると言われるのは嬉しいようでなんだか複雑だ。
あんなだらしない体をしている至に似ているとは言われたくない。だが、親子だと言われるのはやはり嬉しい。
この世で最も尊敬する人なのだから。
「そ、そんなこと……ないよ」
「照れなくてもいいのに。スズさんってダルくんの……お父さんのこと、大好きだもんね」
「なっ……!」
そんな直球で言われてしまうと照れてしまう。
「本当は、離れたくないよね……」
「え?」
にっこりと笑っていたまゆりの顔が、どこかで見たような悲しげな顔に変わった。
「まゆねえさん?」
「まゆしぃのためにね、スズさんがダルくんと離れ離れにならないといけないの、嫌だなぁって。本当なら、まゆしぃが1人で行けたらいいんだけど………」
「っ……そんなの、まゆねえさんが気にすることじゃないよ。これはそもそも……あたしのミッションだ」
「うん。でもね、考えちゃうのです」
鈴羽にこんな運命を背負わせなければならないこの世界が許せないのだ。
「オカリンはまゆしぃを助けるためにずっと苦しんでた。オカリンの紅莉栖さんへの気持ちも知ってる。それでも、オカリンはまゆしぃを助けてくれた」
「っ!?それをどうしてまゆねえさんが?」
α世界線でのことはまゆりには伏せていたはずだった。大体の流れは説明した上で、紅莉栖とまゆりの真相については言わなかった。
「オカリンにね、教えたもらったんだぁ」
「オカリンおじさんが!?」
それを伝えるのを最も嫌がっていたのは岡部だ。その岡部がまゆりに伝えたなんて、鈴羽は信じられなかった。
「みんながまゆしぃのためにずっと黙ってくれてたの、分かってたから。『おぺれーしょん・あーくらいと』に行くって決めた時に、まゆしぃが聞いたの」
「そう……なんだ」
「もうこれ以上ね、オカリンが苦しんでいるところを見たくないから」
岡部は残酷な運命に巻き込まれただけだ。それなのに、岡部はもがき苦しみ、誰のせいにするでもなく、自分自身を責めた。
「もう一つの世界のスズさんのことも聞いたよ。そっちのスズさんは、まゆしぃのこと、まゆねえさんって呼んでなかったんだって。どんな感じかなぁ。想像できないね」
α世界線でも苦しんで、β世界線にやって来てもまた、苦しんで。
「きっとね、全部まゆしぃが悪いんだって思ったの」
「……馬鹿な事を言うな。まゆねえさんは何もしてないだろ」
「ううん。きっとね……まゆしぃが彦星さまを雲の向こうに隠しちゃったのです」
「っ……!」
1年前、もう1人の自分と話してからずっと、考えてきたことだった。
オペレーション・アークライト』は彦星を復活させるためのミッション。
復活させるという事は、一度は諦めてしまったという事。
「オカリンは絶対に途中で諦める人じゃないもん。それでも、紅莉栖さんを助けられなくて諦めちゃったのは……」
人質という立場に甘えて、狂気のマッドサイエンティストを殺してしまったせいだ。
もう一人のまゆりは、それをどれだけ悔やんだことだろう。自分の選択によって、たくさんの人が苦しまなければならなくなった。
「違う。違うんだ。まゆねえさんにそんなことを思ってほしくなかったからあたしは……」
「うん。それも知ってるよ。だって、この作戦の名前、付けてくれたのはスズさんでしょ?まゆしぃの……私の気持ちを知ってるスズさんが……誰よりも優しいスズさんが付けてくれた名前」
アークライトは織姫。雲の向こうに隠れてしまった彦星と、もう一度会えるようにと願いを込めた。
「私はね、これを自分への罰だ、なんて考えてないよ。償いだとか、やらなきゃいけないとか、そんなのじゃない。これはね、まゆしぃがやりたいことなんだ。なれないって分かっていても、織姫様になりたいって思う私の気持は本物だから。なかったことになんてできないから。これは、私のわがままだから」
まゆりの願いを叶えるために、鈴羽は全てを捨てる覚悟で挑む。そんなこと、まゆりには耐えられない。
「私は大丈夫だよ。だから、1人でいなくなろうとしちゃダメだよ。私たちのことは絶対にオカリンが迎えに来てくれる。もし、何かがあったとしても、その時は私も絶対に一緒にいる」
「まゆねえさん……」
「行こう。スズさん。あの日の私に会いに」
その、瞬間だった。
鈴羽の携帯電話が、これまでに聞いた事の無い、はじめての音を響かせた。
「っ⁉……こ、これは……っ⁉」
それはムービーメールが着信した音。そこに書かれた発信者名と件名を見て、鈴羽は思わず息を呑んでいた。
差出人はバレル・タイター。件名には、オペレーション・アークライト。そして添付されたムービーファイル。
「これ……未来からのムービーメール……」