STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~ 作:明治アル蜜柑
(1)
2025年 ワルキューレ本部
「よし!全員、下がれ!これよりオペレーションを開始する。なお、作戦名は−−−」
「『彦星作戦(オペレーション・アルタイル)』とする!」
マシンのハッチが閉じ、オゾンが漂う。同時に耳をつんざくようなエンジン音が響き渡る。皆が口々に何かを言っているが、俺には届かない。
おおかた、俺への声援だろう。ふっ。心配せずとも俺は完璧にやり遂げて見せるさ。
何度もシミュレートした操作を再現する。マシンは順調だ。トレーサーが弾きだした時代へと問題なくジャンプできる。
家出娘2人に思いを馳せていると……。
『………リン』
ダルらしき声が聞こえた。
『…………………とか、んな事、どうでも…………やっぱ……………戻って来い!』
そして、真帆の声も。
『……………待ってるからっ!私も……………絶対に帰…………さいっ!』
俺は恵まれているな。
俺の事を惜しんでくれる仲間がいる。
帰ってこい、か。悪いが、その期待には応えられないな。
これは俺の独善。わがまま。望み。選択。
迎えに行こう。
家出娘2人は必ず連れ戻す。
1975年 秋葉原 ラジオ会館
「オカリン!」
「おじさん!」
本当は、高笑いをしながらポーズを決めて降り立つと思っていたのだが、現実はそううまくはいかない。まさか1975年に跳ぶとは思わなかった。
俺の乗るタイムマシン試作機、C193型は50年もの時間遡行に耐えられるほどの機体ではない。
俺は2人に応える間もなく、詰みこんできた予備のバッテリーを取り出す。かなりの小型化には成功したが、それでもまだ大きい。
なんとかマシンの外に運び出すと、俺は鈴羽を呼んだ。
「鈴羽。命令だ!まずはこいつを取り付けろ!」
いきなりの怒号に戸惑った顔をしていた鈴羽だったが、命令という言葉に機敏な反応を見せた。さすがは元軍人。
「取り付け次第、転移先を2025年にセット。電気系統を確認してくれ」
俺の言葉に従い、鈴羽はバッテリーを軽々と運ぶ。
メンテナンスの事を考えていないタイムマシンだが、バッテリーに関しては別だ。オペレーション・アークライトのことを考え、設計段階でバッテリーの換装だけは後からでも出来るように設計した。それは鈴羽の機体、C204型でも同様のはずだ。この先、ダルと真帆はそれが出来るように設計するはず。
「おじさん!これならいけそうだ!」
よし。ここまでは順調だ。これなら2人をあの時代に連れ戻すことが出来る。電気系統ごと壊れてしまっていたら詰んでいた。
少し余裕が出来たところで、俺は改めてまゆりと鈴羽に向き合った。
「まゆり……」
「オカリン……」
泣きそうな……もう泣いてるな。まゆりは。
「よくやってくれた。お前たちのおかげで俺は復活した。『オペレーション・アークライト』は成功だ!俺たちはタイムマシンの研究を続け、ついにここまでやって来たぞ」
鈴羽は作業をしながら、声にならない声を上げている。まぁ、叫び出したい気持ちになるのも頷ける。
「オカリンっ!」
「うぉっ!お、おいまゆり!いきなり飛びつく奴があるか!」
ものすごい勢いで飛びついてくるまゆりを必死で受け止める。
「オカリン!オカリン!オカリン………」
俺の胸に頭をうずめるまゆりを、俺は優しく撫でてやる。
「よくやったな、まゆり。お前のおかげで俺は立ち上がる事が出来た。お前はこの過酷な任務をやり遂げたんだ」
「うん。うん……。よかった。よかったよぅ………」
14年もの苦難の日々も、この顔を見られたのなら報われるというものだ。ここまで諦めずに戦い続けてよかった。心からそう思う。
さて、感動の再開もここまでだ。俺にはやらねばらないことがある。
まゆりを落ち着かせ、俺は鈴羽の元へと向かう。まゆりには危ないから待っていろと告げた。
「鈴羽……」
「おじさん。重力制御も問題ない。これなら2025年まで戻れる。この時代に来た時よりも、かなり安定して跳べそうだよ」
1936年から1975年、1998年、2000年、2010年。そして再び1975年と、実に100年以上もの年月を超えてきたというのに、問題なく跳べるとはさすがはC204型だ。試作機とはレベルが違う。
「鈴羽。喜んでいるところ悪いが、お前には言っておかなければならない事がある」
鈴羽はそれだけで何かを察したようだ。
「俺の乗って来た機体は既に壊れている。俺はもう、2025年には帰れそうにない」
「…………」
鈴羽に驚いた様子はない。ある程度は予想していたのだろう。
「2025年の収束……これはそういうことなんだね?」
「そうだな。そういうことになる」
β世界線における収束。岡部倫太郎は2025年に死ぬ。鈴羽によれば、強盗からまゆりを守って死ぬそうだが、実際にはそうはならなかった。ワルキューレの戦士たちのおかげもあって、俺が強盗と鉢合わせるような機会はそもそもなかった。それに、2025年にはまゆりはいなかったからな。そんな事態は起こりようがない。
だが、俺の死が収束というのなら、俺は2025年から存在事消えてなくならなければならない。
この『オペレーション・アルタイル』はそういうことなのだ。
タイムトラベルによって俺は2025年から消えた。2025年の者たちからすれば、俺が死んだのと同義。C193型が壊れてなかろうが、俺が2025年に戻る事は無かった。
「やっぱりそうか。……おじさんは後悔してないんだよね?」
「ああ。ダルたちにはさんざん言われたがな。俺はこれでいい」
「そっか。おじさん、強くなったんだね」
「ふん。お前に言われるのは癪だがな」
お互いに笑い合う。鈴羽のこの笑顔が見れたのなら、これが鳳凰院凶真の最後でふさわしいだろう。
「あはは……。でもさ、あたしもおじさんに言わなきゃいけない事があるんだよね」
「うん?どうかしたのか?」
鈴羽の顔に陰りが見える。だが、後悔はない。そんな顔。
「無茶なジャンプをしたせいで、乗り込める定員は1人になった」
「っ……!」
「だからあたしはこの時代に残るよ」
鈴羽を押しのけ、操作パネルに触れる。
「無駄だよ。さすがに無茶させすぎちゃったんだ。でも、あと一度だけなら跳べる。まゆねえさんを送りかえすことは出来るんだ」
「馬鹿を言うな!お前も戻らなくては意味がない。俺は新たなミッション、『オペレーション・アルタイル』を背負ってここまで来たんだ!お前が戻れないなんてこと……」
そんなことが許せるはずがない。鈴羽の帰りを待っている奴らがどれだけいると思っている。
「俺が……」
「無理だよ。おじさんが乗って来たマシンは1人乗りでしょ?未来で父さんが言ってたんだ。最も改良に苦労したのは、2人乗りにすることだって。……今のおじさんじゃ絶対に直せない」
「そんなこと……っ!」
必至で操作し、破損個所を確認する。
「……………………」
頭が真っ白になる。何だ、これは……。
性能が違いすぎる。
試作機を完成させた今なら分かる。C204型の桁違いの性能が。
俺の持てる知識を総動員しても、どうすることもできない。
「あたしはこの時代に残るよ。それに、おじさんだって分かってるでしょ?」
「それは……」
それはずっと考えていた事だ。
まゆりは絶対に連れ戻さなければならない。まゆりにはまだ使命が残されている。2032年に、かがりを養子として迎え入れること。かがりの母となるまゆりがいなければ、確定した事象が変わってしまう。
だが、鈴羽はどうだ?
2025年には、すでに幼いかがりが存在している。同じ時代、同じ瞬間に、鈴羽が2人いること。それがどんな事態を引き起こすのか。
「あたしが戻ることでタイムパラドックスが起こりかねない」
「だが………っ!」
例えそうだとしても、これではあまりにも報われない。
「オカリン。スズさん……?」
なかなか出てこない俺たちを不思議に思ったのだろう。まゆりが開いたハッチから覗き込んできた。
「みんなで一緒に帰れないの……?」
まずい。
未来に帰れるのがまゆり1人だと知れば、まゆりは絶対に躊躇する。まゆりまでこの時代に残ると言い出すに決まっている。
一瞬前まで、鈴羽を未来に帰す事を考えていたのに、俺の頭は瞬時に切り替わった。
「まゆり……」
「まゆねえさん。落ち着いて聞いて」
だが、俺よりも先に鈴羽が動いた。
「無茶をさせたせいで、このタイムマシンにはもう1人しか乗れないんだ。だからあたしはこの時代に残る」
「スズ……さん?」
「それに、おじさんが乗って来たタイムマシンの方も壊れてる。だから、まゆねえさんが1人で未来に帰るんだ」
「そんな……そんなのって……」
まゆりの目に涙が溜まっていく。
「そんなのって、ダメだよぅ!スズさんもオカリンも一緒じゃなきゃダメなんだよ!」
「まゆり……」
「ダルくんが待ってるんだよ?真帆さんも、るかくんも、フェリスちゃんも……。みんなスズさんを待ってるんだよ?それなのに……」
声を震わせてまゆりは叫ぶ。
「それなら……それなら私が……」
「それはダメだ!」
言わせてはならない言葉を、俺は上から被せて遮った。
「オカリン……?」
「それはダメだ。お前は……お前だけは2025年に帰らなければならない。忘れたか?お前にはまだ使命が残っているだろう?」
「でも……」
「でもじゃない。お前がかがりを迎え入れてやらなければ、かがりはどうなる?あいつは母親と……お前と会えなくなるんだぞ?」
「でもっ!」
「甘えるな!行って帰って来るまでが『オペレーション・アークライト』だ。途中で投げ出すことは許さん」
これ以上は言わせまいと、俺はまゆりをマシンの中に押し込む。
「それにな、俺は1人になるわけじゃない。鈴羽もいる。だから大丈夫だ」
あれほど鈴羽を帰そうとやっきになっていたのに、こうも容易く切り替えられる自分が嫌になる。だが、せめてまゆりだけでも連れ戻さなければ、オペレーション・アルタイルは完全に失敗してしまう。
「それならっ!それなら私の気持はどうなるの?私は……私はオカリンのことが……っ!」
「シュタインズゲート!」
「え?」
「シュタインズゲートでまた会える!お前が2025年に戻り、しっかりと使命を果たせば、俺たちはシュタインズゲートに辿り着けるんだ!だから問題ない!この世界線はシュタインズゲートへと還元され、俺とお前がもう一度会える世界が再構成される。だから……」
お前だけでも、未来へと帰ってくれ。
「まゆり」
もう一度、名前を呼ぶ。
「オカリン……」
優しく抱きしめ、そっと口づけを交わす。
「頼むよ。まゆり……」
俺は卑怯だ。
織姫の願いを、聞き届けてやれない。最低の彦星。
「……うん」
唸るような音が、マシン全体を包み込んだ。騒音や振動が大きく、建物そのものがわずかに揺れる。
マシンの分厚いハッチが、ゆっくりゆっくり閉じていく。やがて鋭い気密音が響き、俺たちとまゆりとの間に、永遠の隔絶の時が訪れた。
ハッチの閉じたマシンは、その全身に虹のような霧をまとい始めた。
マシンはゆらゆらとその姿形を失っていき−−−−。
目もくらむような閃光を発したかと思うと、1975年から、遥かなる2025年へと跳躍して−−−−消えた。