STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~   作:明治アル蜜柑

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2025年 ワルキューレ本部

 

 

「まゆりさん……落ち着いた?」

 

開発室に顔を出した真帆が申し訳なさそうにそう言った。

 

「うん。なんとかね」

 

まゆりの帰還から2日。全員に慰められ、至との会話を経てまゆりはようやく落ち着きを取り戻していた。一方で真帆はというと、タイムマシントレーサーから得たデータの解析に終始していた。帰ってきたタイムマシンは試作機のC193型ではなくC204型。2036年から鈴羽とかがりが乗って来た機体だ。C193型は一度の時間遡行で故障してしまったらしい。1975年に辿り着いて以降、反応が途絶えてしまった事から、岡部が機体を解体したのだと推測される。

 

あんなものを放置しておくと、騒ぎになるのは間違いない。岡部もいざとなったら解体すると言っていたのだ。

 

「ごめんな真帆たん。解析、ほとんど任せちゃって」

 

「こちらこそ悪かったわ。私、まゆりさんにどんな言葉をかけていいのか分からなかったから」

 

真帆とまゆりの関係は長いようで短い。初めて会ったのは2010年の年末。クリスマスパーティーの時だ。それ以降も数回顔を合わせたくらいで、2011年の7月に真帆が再び来日したときに数日。ほとんど話す機会はなかった。誰とでもすぐに仲良くなれるまゆりだ。真帆とはすぐに打ち解けていたが。

 

「……辛かったでしょうね」

 

岡部が乗るC193型には予備のバッテリーが積み込まれていた。もともと燃料が尽きかけていたC204型には、『オペレーション・アークライト』のために短時間で二度のジャンプをさせてしまった。本来2人乗りだったはずのC204型にまゆりだけが搭乗して帰ってきたということは、燃料以外にも大きな負担をかけてしまい、正常な動作が出来なかったということだ。

 

「大丈夫。まゆ氏ならきっと乗り越えてくれるよ」

 

投げやりではなく、信頼の籠った言葉に真帆は安堵する。まゆりのことはリーディングシュタイナーで移動してきた岡部から聞かされていた。岡部が諦めてしまった中、最後まで諦めずに自らオペレーション・アークライトに志願した。自らの手で鳳凰院凶真の目を覚まさせるのだと誓ったまゆりの決意はどれほどのものだっただろうか。真帆には想像できない。

 

「そうね……」

 

安堵と共に自嘲にも似たため息が出る。まゆりに比べて自分はなんと弱いのだろうか。そんなことをこの2日間は考えていた。

 

岡部が旅立つ前、自分は岡部の事を引き留めようとしていた。どんな言葉を投げかけたところで、岡部が首を縦に振らないことなど分かっていた。困らせるだけだと分かっていながら引き留めようとしたのだ。

 

岡部がいなくなって、自分がいかに岡部に依存していたのかを知った。

 

データの解析に没頭していたのも、そんな自分の弱い心と向き合うのを避けるためだ。

 

「真帆たんは強いよ」

 

「っ……」

 

そんな真帆の心を見透かしたのか、至は優しい声でそう言ってくれた。

 

「そんなこと……」

 

至は真帆の気持ちを知っている。絶対に言葉にはしないが、真帆の気持ちを理解した上で寄り添ってくれている。

 

「シュタインズゲートでまた会えばいい。それでいいんだよ」

 

シュタインズゲートへと至る道筋は立った。そこにもう疑いはない。既に送信したムービーメールには、この14年間の研究の集大成が詰まっている。あれがあれば、必ずシュタインズゲートに到達できる。

 

その代償として、今いるこの世界線は可能性となって消える。そのことが真帆の救いだった。

 

こんな後ろ暗い気持ちを抱えた自分もまた消えるのだから。最後まで岡部に知られることなく送り出せたのだ。……もしかすると岡部は全部分かっていたのかもしれないが。

 

「さて、タイムマシンの話をしようぜ」

 

思考の沼に沈んでいきそうになっていた真帆を至がさりげなく引っ張り上げてくれた。

 

鈴羽が帰ってこなかった。それをもっとも悲しんでいるのは至だろうに。そんなことはおくびにも出さず、明るく笑ってみせる。

 

ワルキューレの中で最も強いのは、橋田至に違いない。

 

そんな至の顔をじっと見て、真帆は気持ちを切り替えた。いつまでも引きずってなどいられない。解析を終えたデータを提示する。

 

「トレーサーはしっかりと作動していたわ。すずちゃんとまゆりさんが飛ばされた1975年に至るまでの流れを完璧にトレース出来ている。燃料が切れかけていたとは思えない程、安定したジャンプが出来ていたわ。試作機とは比べ物にならない程にね」

 

C204型の本来の挙動からすれば、あまりにも不安定なジャンプだと言えるだろう。だが、それでも万全の状態の試作機でも考えられない程安定していた。あと11年の間に、そのレベルまでタイムマシンを改良しなければならないということだ。これでまだ折り返し地点だというのだから嫌になる。真帆たちの闘いはまだまだ続くのだ。

 

「うわ。すごい数値だ。どうやったらこんな安定するんだよ……。ボクらって、本当にこんなもの作れるん?」

 

思わず至が不安になるほどの性能の違い。たった一度のジャンプで壊れてしまった試作機との圧倒的な差を見せつけられて絶望しそうになっている。

 

「帰ってきた試作機を調査するのは……ダメよね」

 

「うーん。深刻なタイムパラドックスが起きるかも。でも、あれはぜひとも調べたいんだけどなぁ」

 

2010年時点でもそうだったが、目の前に最高傑作が存在しているのに、それを調べられないというのはあまりにも歯がゆい。あと11年で完成させられるのかという不安よりも、メカニックとしての血が騒ぐのだ。見たこともないようなマシンを前にして、興奮しない奴はいない。

 

「2036年の私たちも、こうやって帰って来たC204型を調べて完成させた……という線はないかしら?それだとパラドックスは起こらないはずだけど……」

 

「うわ。絶妙なラインを突くじゃん。どうなんかなぁ……。あぁ調べたい!調べた過ぎる!」

 

これまでのタイムマシン開発は、順調とは言えないことが多かった。ワルキューレという組織とはいえ、所詮は民間人が個人で立ち上げた組織だ。資金力には限界がある。だから至はあえてタイムマシンの情報を流し、他の勢力が研究したデータをハッキングしてかき集め、タイムマシンを改良してきたのだ。

 

ストラトフォーや米軍に中鉢論文が渡るのは防いだため、アメリカという国家はタイムマシン競争で後れを取る形になった。だが、ロシアは中鉢論文を手にしていて、順調とまでは言えないまでも、開発を進めている。そしてSERNはその圧倒的な情報収集能力を遺憾なく発揮し、ロシアに並び立つ程に研究を進めていた。

 

それを横から掻っ攫ってきたのが至なのだが。

 

そんな中、試作機であるC193型は任務を遂行した。無事に1975年まで跳ぶことが出来たのだ。それ自体は嬉しい限りなのだが、たった一度で壊れてしまうとあってはショックを隠せない。そこに完成形とも言えるC204型が現れたとなればもう……。

 

「どうするかについてはこれから話し合いましょうか。まずは解析データから改良の余地がある部分を洗い出さないと……」

 

とりあえずC204型は放置、という形になるだろう。

 

「それにしても不思議よね。倫太郎がいなくなっても世界は続いていくなんて」

 

「どういうこと?」

 

「この世界の未来を決めるのは神の目……リーディングシュタイナーを持つ倫太郎の観測によるわ。現に私たちは倫太郎にシュタインズゲートを観測させようとしているし、倫太郎がこれまで観測してこなかった隙間を見つけて抜け道を探してきた。その倫太郎がいなくなったら、この世界線は可能性として消えるんじゃないかと思っていたのよ」

 

「ああ。なるほどなぁ」

 

2025年に岡部が死んでしまうことはずっと前から聞かされていた。それから11年後に、鈴羽とかがりがタイムマシンに乗り込んで2010年へとやってくる。その事実があるわけで、倫太郎の有無は関係ないと言えば関係ないのだが、真帆がそんなふうに思うのも至には理解出来た。

 

「全部、オカリン中心に回ってたんだよなぁ」

 

「何も出来ない所長だったのにね」

 

こんなことを言ってしまっては形無しだが、岡部倫太郎は割と無能な人間だ。発想がひねくれていて、常人には理解出来ない思考回路を持つ。33歳にもなって、まだ大学生のような感性をしているし、専門的な技術も知識もない。タイムマシンの開発において役立ったことはほとんどないし、シュタインズゲートの観測方法、紅莉栖の救出方法についても、その大半は真帆と至が担っていた。

 

ハッキリ言って、役に立っていなかったのだ。

 

「そんな人間が、α世界線からずっと大立ち回りをしてきたのよね。幼馴染を助けるために孤軍奮闘して、紅莉栖を救うために人生の全てを捧げて……」

 

狂気のマッドサイエンティストを名乗りながら、誰よりも情熱的に戦い続けてきたのだ。

 

「そんなオカリンに、シュタインズゲートを見せてあげられないのは辛いよな」

 

タイムマシンを除き、全ての準備は整った。シュタインズゲートを観測するための条件。第三次世界大戦を引き起こす中鉢論文には全て対処した。『Amadeus』、紅莉栖のノートPCとHDD。そして椎名かがり。

 

リーディングシュタイナーで移動してきた岡部から聞いた話だが、かがりはレスキネンの手によって洗脳されていた。『オペレーション・アークライト』は、かがりをレスキネンの魔の手から解放するための作戦でもあったのだ。

 

そして、鳳凰院凶真は完全に復活した。

 

あとは紅莉栖の生存を確保することさえ出来れば、シュタインズゲートの門が開く。

 

だが、それを観測するのはこの世界線の岡部ではない。

 

「α世界線から戻って来たばかりの、何も知らない倫太郎が、シュタインズゲートを観測する……」

 

ここまで来たのだ。そのことについては今さら何も言うまい。この2日間で真帆はそう決めていた。岡部のいない11年間を過ごし、可能性となって消えて行く。その虚無を、受け入れる覚悟をしたのだ。

 

真帆が気にしているのはそこではない。

 

「贅沢な悩みなのだけれど、シュタインズゲートに到達してからの問題があるわ」

 

これまでは一度も口にして来なかったことだ。そんな余裕はなかったし、岡部の前でする話でもないと考えていたから。

 

「問題?」

 

「シュタインズゲートは狭間の世界線だけれど、β世界線の延長線上にあると言ってもいいわ。おそらくだけど……」

 

「β世界線のしがらみは残ってるってことか」

 

例えば、α世界線でもβ世界線でも、SERNがタイムマシンの開発を行っていたのは事実だ。β世界線からシュタインズゲートへと分岐するのは2010年。未来からの影響によって過去で行われたことは消えてしまうが、そうでないものについて、2010年以前に起こっていたことはなかったことにはならない。

 

「β世界線をほとんど知らない倫太郎は、SERNやロシアのことは分かっても、ストラトフォーや米軍のことは分からないわ。まして、『Amadeus』のことなんて絶対に」

 

シュタインズゲートにおいても、紅莉栖がタイムマシン論文を書き上げることは変わらない。β世界線と同じようにノートPCで書き上げ、HDDにもバックアップを取ってある。そして、紅莉栖の記憶は『Amadeus』の中にも保存されているだろう。

 

「紅莉栖のことだから、タイムマシン記者会見の後、ノートPCとHDDについては自分で処理すると思うのよ。父親に殺されそうになった事実は残るわけだし。でも」

 

「『Amadeus』までは対処できないってわけね」

 

β世界線において、レスキネンが中鉢論文のことを知ったのは、中鉢がロシアに亡命して以降のことだ。ここ以前の世界線では、洗脳したかがりを通して把握していたようだが、それも今となっては不可能。……中鉢の亡命が失敗するのだから、シュタインズゲートではレスキネンは中鉢論文の存在を知る事はないはずだ。だが、レスキネンがストラトフォーのエージェントであることは変わらない。

 

『Amadeus』の中にタイムマシン論文が眠っている状況が続けば、遅かれ早かれレスキネンはそれに気づくだろう。そうなったとき、何も知らない岡部では対応できない。そもそも、岡部自身、『Amadeus』のことさえ知らないだろう。

 

「レスキネンの暗躍に気付けるかどうか……」

 

至は至で、シュタインズゲート到達後のことをある程度考えていた。それは『Amadeus』を含めたタイムマシン論文のことではない。

 

紅莉栖はタイムマシン記者会見で出会った白衣の男が父親と揉めている現場に颯爽と現れる、ということになる。中鉢を追い払い、スタンガンか何かで紅莉栖を気絶させたうえで、サイリウムセーバーの血糊の上に寝かせる。うまくいけばそうなる手筈だ。

 

目覚めた紅莉栖は警察の対応をした後、アメリカに帰国するだろう。

 

さて、ここで問題が一つ。

 

その後、岡部と紅莉栖は再会するだろうか?

 

父親に殺されかける事態になって、紅莉栖がもう一度日本へやって来るとは思えない。11月になって、『Amadeus』のセミナーをATFで行うかどうかも分からない。岡部と紅莉栖の再会という事象が起こるかどうかが全く分からないのだ。

 

β世界線ではレスキネンは岡部から情報を仕入れるために日本に来たが、シュタインズゲートではそんなことをする必要もない。そうなると、紅莉栖はもちろんとして、真帆と出会う可能性も低くなる。

 

だからこそ、至はここまで真帆にこの話をしていなかったのだ。『Amadeus』に辿り着く以前の問題だ。

 

「鈴羽にさ、ある程度事情を説明するってのはどう?」

 

紅莉栖や真帆と再会する可能性が低い、ということは伏せたまま、至はそう提案する。もうムービーメールは送信してしまった。シュタインズゲートに到達する岡部に何かを伝えるには、鈴羽を介してしか不可能だ。

 

「それしか方法はないわね。でも、α世界線から戻って来たばかりの倫太郎に、必要以上の情報を与えるのは……」

 

オペレーション・アークライトがあるとはいえ、あの当時の岡部の精神は擦り切れる寸前だ。これ以上負荷をかけるのは避けたい。紅莉栖の救出と中鉢論文の消去以外のことに思考を割いてほしくはないのだ。

 

「もし、伝えるのなら紅莉栖を無事に救出して、帰りのタイムマシンに乗っているタイミングしかないわね。それでも、何かしらのリスクがあることは否めないけれど」

 

シュタインズゲート世界線がアクティブになるのは、紅莉栖を無事に救出し、タイムマシンで8月21日へと戻った瞬間だ。その瞬間、死んでいるはずの紅莉栖が生きており、ロシアに持ち込まれるはずの中鉢論文が燃えてしまったという事実を岡部自身が観測することになる。帰りのジャンプ中ならば……。

 

「いや、でもやっぱ無理か。鈴羽は本当に何も知らされてない状態で2010年にやって来た。その状況を崩してしまうと、思わぬ方向に世界線が変動してしまう可能性がある……」

 

岡部がこれまでに観測した過去を変えず、結果のみを変える。紅莉栖の1度目の救出に失敗したところまでを踏襲し、その上で新たな未来を創造する。それがこの『オペレーション・スクルド』なのだ。

 

「歯がゆいわね。あれこれ考えても、結局何も出来ないなんて……」

 

リーディングシュタイナーを持つ岡部でさえ、シュタインズゲートに到達できる岡部とそうでない岡部に分かれると言うのに、リーディングシュタイナーを持たない真帆たちにはどうすることも出来ない。改めてその事実に気付かされる。

 

結局のところ、2人に出来るのはタイムマシンを改良することだけだ。岡部のいないこの世界で。

 

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