STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~ 作:明治アル蜜柑
数日後 ワルキューレ本部 居住区
「まゆ氏ごめんなぁ。鈴羽の面倒見て貰っちゃって。鈴羽、まゆ氏に迷惑かけてない?」
「あ、おとうさん。うん!鈴羽、いい子にしてたよ~!まゆりおねーちゃんとあそんでたの」
至は鈴羽の頭を優しく撫でる。
「えへへ~。スズちゃんはお利口さんだねぇ」
まだ幼い鈴羽は、まゆりに褒められて嬉しそうだ。
「ありがとう、ダルくん。おかげさまで元気になったよ」
「そんな、ボクは何もしてないって。まゆ氏が自分で元気になったんだお」
「だお?おとうさん、なんだかはなしかたがへんだよ?」
「ふふ。やっぱりダルくんは優しいなぁ」
帰還して1週間。まゆりはすっかり元気になっていた。立ち直れたとか、吹っ切れたとか、そういうわけではないだろうが、少なくとも、目を腫らして泣く事は無くなった。
少しでも気晴らしになればと思って、鈴羽と遊んでもらったところ、鈴羽が異様なまでに懐いたのだ。まゆりが子供の目線に立って全力で遊んであげるからなのだろうが、意外と人見知りな鈴羽はすぐにまゆりが好きになった。
自分より年上であった鈴羽がこんなにもちっちゃくなっていることに驚いたし、まゆねえさんではなく、まゆりおねーちゃんと呼ばれるのはくすぐったかった。だが、何かを考える余裕もないほど走り回る鈴羽の相手をしていると気がまぎれた。
「おとうさんもいっしょにあそぼ!」
ぴょんぴょんと父の元にかけよると、腰あたりに抱き着いて上目づかいで至を見上げる。
「うっ……鈴羽、いつそんな技覚えたん?我が娘ながら恐ろしい才能だ」
わずか8歳にしてすでに魔性の女の気質がある。
「えっとねぇ、るみおねーちゃんがこうやったら、ぜったいにおとうさんがあそんでくれるっていってたよ!」
下手人はフェイリスだったようだ。
「あはは。フェリスちゃんらしいねぇ」
こんなことを言われてしまっては、断りづらくなってしまう。だが、至はまゆりと話があってここに来たのだ。
「鈴羽、ごめんなぁ。父さんはちょっとまゆ氏とお話があって、一緒には遊べないんだ」
「えぇ!?どうして?それだったらすずはもいっしょにおはなしする!」
開発に忙しい至は、鈴羽に構ってやれる時間がほとんどない。普段は由季に任せっきりだ。至としても、時間が取れる時には鈴羽と遊んでやりたいのだが……。
「鈴羽。わがまま言っちゃダメよ。お父さんとまゆりちゃんはこれから大事なお話があるんだから」
と、そこに由季がやって来た。
「あ、由季さん」
「まゆりちゃん、ありがとう。鈴羽と遊んでもらって」
「ううん。私もスズちゃんと一緒に遊べて楽しかったですよ」
突然の母の登場に、鈴羽は頬を膨らませる。至やまゆりだと鈴羽を甘やかしてくれるが、由季にだけは絶対に勝てない。幼いながらに鈴羽はそれを理解していた。
ワルキューレにはたくさんの研究員がいるのだが、その頂点に君臨するのが由季なのだ。誰にでも優しく、柔和な態度を崩さず、常に笑顔を絶やさない由季だが、怒らせると誰も逆らえない。顔は笑っているが目は氷のように冷たい。至など、当然由季には頭が上がらないし、真帆に至っても同じだ。私生活のだらしない真帆の母親のような立ち位置でもある。誰も由季には逆らえないのだ。
「鈴羽。また今度遊ぼうな」
「……うん。ぜったいだよ?」
由季に手を引かれながら、鈴羽は至にもう片方の手を伸ばし、小指を立てる。指切りげんまんだ。
あまりにも愛おしくて抱きしめたくなるのを至はなんとか堪える。
「父さん、嘘ついたら針千本飲むって約束する!」
「うん。でも、ほんとうにのんだらケガしちゃうからダメだよ?」
「っぁあああああ!可愛すぎるんだが!?ウチの娘、世界一可愛いんだが!?」
たまらず叫んでいた。
「ごめんねダルくん。忙しいのに時間取らせちゃって」
「そんなことないお。ちょうど研究も一段落したところだったしね」
それが嘘だと分かるくらいには、至の目の下には隈が出来ていた。あまり寝ていないのだろう。まゆりが帰還してから、タイムマシンの改良にかかりきりだ。
「あのね、ダルくん」
まゆりはいきなり神妙な顔になった。至はゆっくりと言葉を待つ。
「スズさんを、連れて帰ってこれなくてごめんなさい……」
それは何度も聞いた言葉だった。
帰還後、まゆりは何度も何度もそれを繰り返した。岡部と鈴羽を置いて、自分だけがこの時代に帰ってきたことを悔いていた。
「私なんかがいても、何も出来ないのに……」
立ち直ったように見えていたのは、相当無理をしていたらしい。人前で取り繕うことさえ出来なかったのだから、それに比べてマシになったと言えるかもしれないが。
「こっちこそごめんな。まゆ氏に鈴羽の相手をさせるなんて、しんどい事させちゃったな……」
鈴羽が急激にまゆりに懐いてしまったため、なし崩しでという形になってしまったが、配慮が足りなかったと反省する。
「ううん。スズちゃんと遊ぶの、楽しかったから。でも……」
まゆりにはかがりを養子として迎え入れるという使命がある。とはいえ、それを強調したところでまゆりは納得しない。それを分かっていたから、これまで至はそのことを言わなかった。ただ、傍にいて、まゆりの思いの丈を吐き出させていただけだ。だが、今日はその話をすると決めていた。
「まゆ氏。鈴羽とオカリンがここに戻って来れなかったのは残念なことだ。でも、それはまゆ氏が背負うべきことじゃない。君には重大な使命がある。それは、君も分かっているはずだ」
「……うん」
「オカリンも鈴羽も、ここには戻らない、きっと戻れないと覚悟してたんだ」
「え……」
「オカリンのことは……まゆ氏が一番分かってると思う。あいつはそういう奴だ。ボクも真帆たんも、ずっと覚悟はしていた。……格好良く送り出すなんて、出来なかったけどさ」
岡部の乗ったタイムマシンが消える瞬間、我慢できずに至と真帆は叫んでいた。使命なんてどうでもいいから戻ってこい、と。
「でも、スズさんは……」
「鈴羽がね、最後の夜に言ってたんだ」
至は遠い昔のことを思い出す。
14年前、2011年7月6日。
最後の夜を至は鈴羽とラボで過ごした。明日に備えて早く寝るべきだったのだが、緊張と興奮が入り交じって、朝方まで寝られなかった。いつもなら真面目な雰囲気を恥ずかしがる至だが、その日ばかりは真剣に鈴羽と向き合っていた。
「最悪、自分は戻れないかもしれないって。でも、まゆねえさんだけは絶対に連れて帰るってさ」
「っ……」
「きっとまゆ氏はそんな鈴羽の考えを見透かしているだろうなって思ってた。鈴羽はまゆ氏が大好きだから、まゆ氏に言われたらきっと迷うだろうともね。だからボクは引き留めなかったんだ」
「ダルくん……」
「もう会えないのは寂しいけど、ボクは鈴羽の覚悟を尊重してあげたかったんだ。本当は戻って来て欲しいけど、戻って来られないのならそれでもいい。シュタインズゲートに到達するって、その使命のために人生を捧げた娘を誇りに思うって。……格好つけながら言えればよかったんだけどさ。情けないことにボクは震えちゃってた」
ははは、と笑って誤魔化す至。
「それにね、あの子はまゆ氏のことを絶対に守りたかったんだ」
鈴羽にとって、まゆりは希望だった。
戦争によって荒廃した地球。太陽は鈍色の雲の向こうに隠れ、最早人の住める星ではなくなってしまった。そんな中でも、まゆりは暖かく光り続けていたのだ。
「出来ればさ、まゆ氏も鈴羽の想いをくみ取ってあげて欲しいんだ。無理に笑おうとしなくてもいい。でも、鈴羽がまゆ氏のために犠牲になったなんて考えはやめるんだ。鈴羽が託した希望はしっかりと繋がってる。君がいたから、鈴羽は希望を失わず戦い続ける事が出来たんだ。その光が、もう一人の鈴羽を照らしてくれるはずだ」
「スズちゃん……」
「かがりたんにはもう会ったんだろ?」
「あ、うん……」
まだ10歳だったかがりは、今年でもう25歳になっていた。今のまゆりはまだ17歳。まゆりよりも年上だ。
「かがりたん、喜んでたっしょ?」
かがりは普段、こことは違う場所で暮らしている。ここは研究をメインとした施設。かがりがいる場所は食料の確保や治安部隊といった様相で、戦闘の最前線に立っている。まゆりが幼いかがりを養子に迎えるまでにはまだ7年もの歳月が残されているが、かがりは自らここにはあまり顔を出さないようにしていた。
幼い鈴羽とあまり顔を合わさないためだ。
鈴羽にとって、かがりは妹だ。それなのに、自分より年上のかがりがここにいては混乱させてしまう。出来る限り、かがりに鈴羽が懐かないよう、あえて距離を取っているのだ。至としては、そんなことを気にせずに、鈴羽と一緒にいてやってほしいのだが、かがりは頑なにそれを拒んだ。
「かがりちゃんの方が、私よりもお姉さんになっちゃってたけどね」
「そんなのは些細な事だって。ボクもまゆ氏も、いろんな年齢の娘と会えるんだ。これって貴重な経験じゃね?」
何事も悲観的に捉えるよりも、前向きに捉えた方がいい。歪な家族関係になってしまっているが、それもまた至たちらしさだと言える。
「まゆ氏はさ、自分なんて何の役にも立たないって言ってたけど、これだけまゆ氏のことを待っている人がいるんだ。もっと胸を張ってもいいんじゃね?ボクだって、まゆ氏が帰って来てくれてめちゃくちゃ嬉しいのだぜ?」
『オペレーション・アークライト』『オペレーション・アルタイル』の価値は十分にあったのだ。失ったものを数えるよりも、掴み取ったものを数えるべきだ。
「ま、つーわけで、これからもよろしくなのだぜ。まゆ氏がラボメンナンバー002。この中の一番の古株なんだ。最早リーダーと言ってもいいかもしれない。これからはまゆ氏にワルキューレを引っ張っていってもらいたいのだぜ」
「ダルくん……」
まゆりと由紀が、ワルキューレの母として並び立つ姿が容易にイメージ出来る。研究者肌の至や真帆では出来ないことだ。皆を包み込むような器と優しさが必要なのだ。
「さ、これにて真面目な話は終わり!それよりもさ、ボクのこと褒めて欲しいわけで。まゆ氏がいなかった14年間、かがりたんの成長記録をちゃんと残してあったのだぜ!写真見る?」
どこから取り出したのか、至の手には二冊のアルバムがあった。
「かがりちゃんと……スズちゃん?」
「ぶったまげるほど可愛いお!」
至につられてまゆりの顔には次第に笑みが増していく。
アルバムをめくると、徐々に大きくなっていくかがりの姿が散りばめられていた。
「あはは。かがりちゃん、可愛いなぁ」
鈴羽の方のアルバムも開くと、生まれたばかりの鈴羽が映っていた。
「うわぁ、スズちゃんも可愛いのです!ダルくんと由季さんにそっくりだねぇ」
ページをめくりながら、まゆりはかがりと過ごした最後の日を思い出していた。
至と鈴羽がラボに泊まるという事で、親子水入らずにしてあげようとかがりは外泊を決めた。いつもなら漆原家に泊まるのだが、最後ということもあって、椎名家にお泊りすることになったのだ。
さすがに両親にかがりのことを打ち明けるわけにはいかず、綯のお友達という事にして、最近仲良くなったのだと説明した。両親はかがりをすんなりと受け入れ、一緒にお風呂に入って、夕飯を食べ、一緒のベッドで眠った。
かがりはおじいちゃんとおばあちゃんに会えたことをとても喜んでいた。厳しそうな見た目の祖父だったが、かがりにはデレデレで、何度も頭を撫でてくれた。祖母の方はまゆりとそっくりで、母親がもう一人増えたような感覚だった。
「かがりちゃん……」
この時代に戻って来て、再会したかがりは立派な大人になっていた。るかと共に最前線に立ち、在りし日の鈴羽に勝るとも劣らない戦士になっていた。小さかったかがりが、まゆりの背丈を超えて、まゆりを見下ろすようになっていた。
自分を希望だと至は言った。
オペレーション・アークライトのために、鈴羽とともにタイムトラベルすることに迷いなどなかった。かがりを残していくことには後ろ髪を引かれる想いがあったが、かがりは同じベッドの中で、いつまでも待っていると言ってくれた。
その言葉を聞いた時に、嬉しさと同時に胸が痛んだ。呪いになってはいないかと、心苦しくなったのだ。
かがりには、幸せな人生を送ってほしかった。自分になど捕らわれず、もっと自由に……。
「シュタインズ、ゲート………」
絶対に辿り着くべき場所。辿り着かなければならない場所。それは分かっている。
だが、シュタインズゲートに到達すれば、こうして過ごした日々もなかったことになる。かがりは戦災孤児だ。第三次世界大戦が起こらないシュタインズゲートでは、かがりと出会えるかどうかも分からない。リーディングシュタイナーを持たないまゆりには、そもそもかがりのことを覚えていられる保証もない。
まゆりは、必ず会える、とは言ってあげられなかった。
「かがりたんさ、今でこそずっと戦ってくれてるけど、まゆ氏と鈴羽が行ってからはずっと、ボクたちの研究を手伝ってくれてたんだ」
「かがりちゃんが?」
「そ。リーディングシュタイナーのことを特にね」
「リーディング……シュタイナー」
まゆりの胸の鼓動が早くなる。
「オカリンも言ってたんだけどさ、人間は誰しもがリーディングシュタイナーを発現する可能性を持ってるんだって。世界線が変わったら、ボクらは皆忘れちゃう……っていうか、なかったことになるから覚えてないんだけどさ。状況が噛み合えば、思い出すこともあるんだって」
るかやフェイリスなどがそれだった。
「あれこれ考えたってボクらにはどうにもできないからさ、ちょっとでも鮮明に記憶に焼き付けられるように、精一杯今を生きるべきなんだと思うんだ。楽しかった記憶はいつまでも残るじゃん?」
「ダルくん……」
「それにさ、ボクらには無理でも、オカリンがいる。狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真に不可能なんてない。あいつならきっと、必ずやってくれるよ」
親子ではなくなるかもしれない。戦争なんて起こらない世界では、本当の両親に囲まれて、幸せに過ごしているのかもしれない。でも、それでも……。
「まゆ氏とかがりたんなら大丈夫。絶対に会えるよ。それに、かがりたんはボクの娘でもあるわけで、鈴羽とも出会ってもらわなくちゃいけないからさ」
「……うん。そうだね」
包み込むような至の優しさが、14年もの歳月が経過したことを実感させる。皆が大人になったのだ。言葉にしないだけで、辛い事、悲しい事、苦しい事がたくさんあったのだろう。だが、誰一人としてやつれた様子もなく、笑顔を維持したままだった。
まゆりは自分もそうありたいと思った。
数年後に出会うことになるかがりの、母親になるのだから。
「私、頑張るよ!」