STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~   作:明治アル蜜柑

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1975年 秋葉原 ラジオ会館

 

「まゆねえさん、行っちゃったね……」

 

鈴羽は何もない空間をじっと見つめながらそう呟いた。覗く横顔には、どうしようもないやるせなさと、やりきったのだという達成感の両方が見て取れた。複雑な気持ちになるのは理解できる。

 

「さっそくだが鈴羽。こいつを解体するぞ。話したいことは山ほどあるが、これが見つかっては騒ぎになる」

 

感傷に浸りたいのを我慢して俺はそう告げた。

 

『オペレーション・アルタイル』は成功した。気持ちとしては成功したとは言えないが、あえて言おう。ミッションは成功だ。後は騒ぎを起こさないように速やかにこの場を去らなければならない。

 

「あ、ごめん。あたしにも分かるかな?」

 

そう言いつつ、鈴羽は即座に対応し、タイムマシンC193型に近づいてくる。

 

「この子か。懐かしいな……」

 

鈴羽が乗っていたC203型とはかなり構造が違っているはずだが、鈴羽は問題なく解体作業をこなしていく。

 

「懐かしい?」

 

手際よく解体しつつ、鈴羽は郷愁にかられたような顔をしている。鈴羽がタイムマシン大好きっ子なのは知っているが、それはあくまでも自分が乗って来たものに限るのだと思っていた。

 

「あたしはまだ小さかったけどさ、父さんとクリスとおじさんがこの子を造ってるのをずっと見てたんだ。って、ついさっきまでおじさんはその現場にいたんだよね」

 

まだ幼い鈴羽は、開発室に忍び込んでは由季さんに怒られていた。邪魔をするな、と。だが、それでも由季さんの目をかいくぐり、鈴羽は懲りずに何度も忍び込んできた。俺や真帆はそれを咎める事はなく、作業風景を見せてあげていたのだ。

 

大好きな父の背中を見せてあげたかったから。

 

そんな想い出のタイムマシンを解体させている現状に胸が痛くなる。仕方ない事とは言え、どうにか出来なかったのかと後悔が募る。

 

「おじさんがそんな顔する必要はないよ」

 

そんな俺の心の内を察したのか、何かを言い出す前に釘を刺されてしまった。

 

「あたしはさ、これでよかったと思ってるんだ。まゆねえさんにはまだやらなきゃいけないことが残ってる。幼いあたしと……かがりにはまゆねえさんが必要だからさ」

 

 

 

 

結局、タイムマシンの解体には丸2日を要した。解体しやすいように設計してはいるものの、作業員が俺と鈴羽の2人だけとなれば時間もかかる。騒ぎにならなかったのは幸いと言えるだろう。怪しまれることなく解体作業を終え、屋上からパーツを少しずつ運び出した。

 

「まさかこんな高値でパーツを買い取ってくれるとはね」

 

このまま野垂れ死ぬわけにもいかず、解体したパーツは売り払った。1975年と言えば、1972年の石油危機によって高度経済成長が終わりを迎えて間もない時期だ。主要金属の価格は軒並み高騰しており、そのおかげもあって俺たちは大金を手にすることが出来た。

 

鈴羽をボディガードとして裏の世界に足を踏み入れ、身分の偽造にも成功した。おかげで安い賃貸を借りる事も出来た。当面の暮らしは安泰である。

 

鈴羽との二人暮らしというのも不思議な感じだ。だが、これも悪くない。

 

「さて、ようやく落ち着いて話が出来るな」

 

「この時代にはIBN5100を手に入れるために立ち寄ったけど、2010年ともかなり違うよね。レトロって感じ」

 

「趣があっていいだろ?俺もまだ生まれていない時代だからな」

 

必要な家財道具は一通り揃えた。俺のよく知る2010年からしても骨とう品と思えるような家電製品が多かったが、それも味だと言えるだろう。

 

「今さらなんだけどさ、この時代でこんな風に過ごして大丈夫なの?未来に変な影響を与えたりしない?」

 

「おそらくだが問題ない。そして、改めて聞け鈴羽。俺たちはシュタインズゲートへの道を見つけたぞ!」

 

「っ………!」

 

「お前に『オペレーション・アークライト』のムービーメールを送ったのと同じころに、2010年7月28日の俺に向けてムービーメールを送信した」

 

「それじゃあ、あの日のおじさんはそのメールを……」

 

「間違いなく見ることが出来る。実際に確かめられたわけではないが、ムービーメールさえ見られれば紅莉栖を救うことが出来る」

 

俺はせがむ鈴羽に、紅莉栖救出の方法を説明した。

 

 

 

「なるほど……。確定した過去を変えない、か。すごいねそれ」

 

鈴羽はいたく感動してくれた。この答えに辿り着くのに14年。苦労の甲斐があったというものだ。

 

「その話に関連して、先ほどのお前の質問に答えようか」

 

この時代で俺たちが生活して、未来に影響はないのか、という質問だ。

 

「未来に影響はないはずだ。この世界線の確定事項として、いくつかのDメールを受信する、がある。7月28日のムービーメール。そして8月21日の『テレビを見ろ』のDメール。最後に、『オペレーション・アークライト』のムービーメール。これら一連のDメールが未来から送られてこなければならない。その未来に収束していかなければならない事を考えれば、この時代でどう過ごそうが大した影響はないはずだ」

 

これについてはダルや真帆とも話し合った。

 

そもそも、俺が2025年に戻る事は想定していない。β世界線に共通する事象として、岡部倫太郎は2025年に死ぬ。だが、2025年になっても俺は死ぬ気配がなかった。物理的な死ではなく、2025年から俺という存在が消え去ることを意味しているのだと考えた。

 

つまり、俺がその時代に存在する事がβ世界線にとって都合が悪いということだ。ならば、タイムトラベルして消えてしまえばいい。残された者たちにとっては、俺が死んだことと差はないのだからな。

 

そこで問題となるのは、俺がどの時代に飛ばされるのか、だ。鈴羽たちがどの時代に跳ばされたのかは、俺が実際にその時代に行ってみるまで分からない。結果として1975年だったわけだ。俺が死なないのであれば、俺はその時代で暮らすことになる。未来に影響が出ないのかどうかは何度も検証した。

 

「リーディングシュタイナーを持つ俺が、能動的に行動を起こすのは控えるべきだが、普通に暮らすのなら問題はないと結論付けた。ダルと真帆のお墨付きだ。心配する必要はないだろう」

 

それでも、鈴羽をあの時代へ帰してやれないのは悔しい限りだが。

 

「俺たちの足跡は、シュタインズゲートがアクティブになると同時に全てなかったことになるはずだ。シュタインズゲートがアクティブになるのは2010年8月21日。紅莉栖の救出に成功した俺が、元の時代に戻った瞬間だからな。俺たちはこの時代で慎ましく生きればいい。……その相手が30を超えたおっさんだというのは申し訳ないが」

 

「あはは。別にそんなの気にしないよ。あたしにとってはこの年齢のおじさんの方が当たり前だし。若いおじさんと父さんと一緒にいる方がよっぽど違和感があったよ」

 

そう言われればそうかもしれない。今となって考えれば、鈴羽が俺をおじさんと呼ぶのも納得だ。小さい頃からずっと傍にいたおじさんなんだからな。

 

「おじさん。ずっと聞きたかったんだけどさ……」

 

「どうした?」

 

「おじさんって、2011年7月7日に……」

 

鈴羽の言いたいことが分かった。

 

「ああ。お前の予想通り、俺はお前の知る世界線の俺ではない。一つ前の世界線からリーディングシュタイナーで移動してきたからな。悪いが、俺はお前とかがりと一緒に過ごした一年を知らないんだ」

 

もちろん、ダルから話は聞いている。俺と鈴羽の仲が険悪ではなく、幼いかがりがまゆりと幸せな時を過ごしていた事を。

 

そして鈴羽が、俺が上書きされてしまうことを気にしていた事も。

 

 

 

リーディングシュタイナーによって上書きされる、という感覚が俺にはない。俺はこれまでずっと、上書きする側だったからだ。世界線を移動した瞬間は、周囲との記憶の齟齬に悩み、取り繕うことばかり考えていた。2010年7月7日に移動してきた時、俺が移動して来る事を予想し、すぐに受け入れてもらえた。

 

そんな経験は初めてだった。

 

世界線変動の幅がかなり広かったのだ。『オペレーション・アークライト』は一年も前に干渉した。変動するまでの期間が長く、いろいろと不安にさせたことだろう。

 

「お前が心配してくれていた事もダルから聞いている。お前にはいつも負担をかけてしまっていたな」

 

「そんなことは……」

 

上書きされてしまった俺は、とっくに覚悟を決めていたようだった。移動して来る俺に、少しでも情報を残すためにダルと真帆に出来る限り話を通してくれていた。しっかりと準備をしていてくれたおかげで、俺はずいぶん助けられた。自分自身に言うのも変な話だが、感謝しかない。

 

「おじさんこそ、状況があまりにも違っていて大変だったでしょ?」

 

「……まぁな。『オペレーション・アークライト』がもたらした変化はあまりにも大きかった」

 

変化は大きかったが、それはことごとく良い方向への変化だった。

 

鳳凰院凶真を復活させる。一言で言えばアークライトはそれに尽きる。俺はダルや真帆、鈴羽やまゆりの想いを知って再び立ち上がったが、鳳凰院凶真が復活することの意味を理解出来ていなかった。

 

結果として、『Amadeus』の消去、かがりの解放が成り、シュタインズゲートの門前に立つことが許された。残酷な運命を背負わされた鈴羽やかがりに、少しでも幸せな時間を過ごせてやれたのならばそれだけでも意味があったのではないかと思う。

 

 

それからも色々な事を話した。

 

俺がいた世界線の状況。かがりがレスキネンの手によって洗脳されており、悲しい最期を迎えた事。だが、この世界線の2025年では、かがりは立派に育ったこと。リーディングシュタイナーの研究において大きな成果を残し、今ではルカ子に次ぐ最強の戦士として日々戦い続けている事。

 

 

「あはは。それならもう、思い残すことは何もないね」

 

「お前な…。そんな言い方は……」

 

「ごめんごめん。別に死ぬつもりはないよ。そうじゃなくてさ……」

 

まるで憑き物が落ちたような顔だ。

 

「これでようやく、あたしの……阿万音鈴羽のミッションを終えられる」

 

阿万音鈴羽のミッション。それはタイムトラベラーとして過酷な運命を背負うこと。そして、シュタインズゲートに俺を導くこと。

 

「あたしがおじさんをもう一度あの日に連れていけなかったのは悔しいけどさ、それは次のあたしに託すとするよ。強がりじゃない。あたしはこれで満足なんだ」

 

「鈴羽……」

 

「シュタインズゲートに辿り着いたらさ、これまでのことは全部消えちゃう。でも、想いは残っていくって、そんな気がしてるんだ。それなら、最後に残すのは苦しいとか辛いとか、そういうものじゃなくてさ。やり遂げたんだって、そんな明るい気持ちであってほしいんだ。何も思い残すことなく、希望だけを繋げたいんだ」

 

希望という言葉を、鈴羽から聞くとは思わなかった。

 

本心からの満ち足りた顔。

 

シュタインズゲートでは、鈴羽のこんな願いを、幸せを、当たり前に享受できる未来を望む。

 

鈴羽は任務を全てこなしてみせた。ならば、最後に労ってやるのが所長の務めというものだろう。

 

「ご苦労だったな、ラボメンナンバー008、阿万音鈴羽よ」

 

 

 

人生の最後の締めくくりが、この時代になるとは想像さえしなかった。だが、それでも俺は1人じゃない。鈴羽がいる。

 

1975年と言えば、俺にとっては因縁の年だ。α世界線。過去にしか行けないタイムマシンで、鈴羽は1人、この時代へとやって来て孤独に戦い続けた。俺たちがここまでやって来られたのも全て、あの鈴羽の勇気と覚悟があってのことだ。

 

 

 

まゆりは今ごろ泣いているだろうか。かがりは喜びと悲しみが半々といったところか。

 

鈴羽を送りかえしてやれなくて済まなかった。

 

 

 

ルカ子は何も言わず、今も戦い続けているはずだ。フェイリスは気丈に振舞って、皆のまとめ役を担ってくれているだろう。

 

お前たちがいれば安心だ。

 

 

 

 

そして真帆。

 

俺たちが14年かけて作り上げたタイムマシン試作機、C193型はたった一度のタイムトラベルで壊れてしまった。出来ればこいつを送りかえして、データを余すところなく調べ尽くしてほしかったのだが。だが、お前なら問題ないだろう?トレーサー経由で収拾したデータがあれば十分だ。お前なら、きっとC204型を完成させてくれる。

 

シュタインズゲートはあるのかと聞いたな?

 

大丈夫。シュタインズゲートは必ず存在する。そこに俺を導くのは、他でもない。お前だ。お前が戦い続ける限り、俺たちは絶対にシュタインズゲートに辿り着ける。

 

 

 

 

最後に、ダル。

 

お前には何も言うことはない。この鳳凰院凶真に代わり、ワルキューレを率いるのはお前だ。鈴羽のことは安心しろ。俺が最後まで必ず守り抜く。

 

 

 

 

さぁ、勝利宣言をしようじゃないか。

 

 

 

「勝利の時は来た!」

 

 

「この俺はあらゆる陰謀に屈せず、己の信念を貫き、ついに最終戦争(ラグナロック)を戦い抜いたのだ!」

 

 

「この勝利のため、我が手足となって戦ってくれた仲間たちに感謝を!」

 

 

「訪れるのは、俺が望んだ世界なり!」

 

 

「我が未来ガジェット研究所のラボラトリーメンバーたちよ。健闘を祈る」

 

 

 

「エル・プサイ・コングルゥ」

 

 

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