STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~ 作:明治アル蜜柑
(1)
2010年11月23日(火)
駅前にそびえ立つ秋葉原の新しいシンボル。UPX。その4階のホールで行われるATF(アキハバラ・テクノフォーラム)。
俺の通う東京電機大学も産学連携機能の一環として参加しており、関連ゼミの学生はセミナーに参加してレポートを提出しなければならない。
もちろん俺も参加している。単位のため、というのもあるが、今日講演する井崎准教授の手伝いをしているからだ。そして今は受付で学生の出欠チェックをしているところだ。
以前の俺からすれば考えられないような勤勉さだが、これも新たな目標の為と思えば頑張れる。
ヴィクトルコンドリア大学。紅莉栖のいた大学。
井崎はそこの大学との共同研究をいくつも行っている。人脈も多い。彼の助手を務めることが目的の第一歩だと考えたわけだ。
今回のコンペティションではヴィクコンの講演が開かれる。それにももちろん関心がある。なにせ俺はヴィクコンの持つVR技術。それを手に入れなければならないからだ。
「ちょっと、そこの方?」
そんなことを考えていると、ロビーから声が響いた。
こちらへと歩いてくる少女。
背も体格もなにもかも、とにかく全体的に小さい。思春期を迎えないと現れない女性特有の色気が少しは感じられるので、さすがに小学生ではないだろう。まぁ、ぎりぎり中学生といったところか。
せっかくかわいらしい顔つきをしているのに、ずいぶんとやぼったい。髪はぼさぼさで、背中で適当にまとめただけ。服装のセンスだって、俺から見ても皆無だ。なんというかジャンガリアンハムスターみたいな…。
「ごめんなさい。スタッフルームってどこかしら?」
「えっと、ここはATFのセミナー会場だけど…?」
小学……いや、中学生の来る場所ではない。
「そんなの分かっているわ。何度同じ話を繰り返せば気が済むの?」
「いや、今初めて言ったんだけど……」
「私にとっては4回目よ!ここに来てからね!」
少女は懐からゲストカードを取り出した。コンペの招待者に配られているもので、所属機関や名前がプリントしてある。
「え…?」
ヴィクトルコンドリア大学脳科学研究所、と書いてある。
「あ、なるほど。落とし物か…!拾ってくれたん——」
「その話も4回目よ!」
うんざりしたように少女は写真入りのIDカードを見せつけてきた。ヴィクトルコンドリア大学のもののようだ。
かつて紅莉栖に見せられたことがあるようなデザイン。
「え、え…?」
「ひやじょう・まほって読むの。比屋定真帆。漢字でもローマ字でも一度で読んでもらえたためしが無いから、先に言っておくわ」
「えっと…ヴィクトルコンドリア大学の中学生?」
「寝ぼけるなら夜にして!大学に中学生がいるはずないでしょう!これでも成人済みよ!ここを見なさい!」
IDカードには1989年生まれと書かれている。つまり現在は21歳…?
「し、失礼しました…俺より年上だとは……」
ダルに紹介でもすれば、合法ロリktkrとでも言って喜ぶだろう。
「まぁいいわ。世界中どこに行っても同じ目に遭っているから」
「も、申し訳ない…」
「今更かしこまらなくていいわよ」
とはいえ脳科学研究所。紅莉栖と同じ所属だ。もしかして、紅莉栖のことを知っているのだろうか?
「………」
俺はいろいろと聞いてみたい衝動をぐっと抑え込む。
ヴィクコンの講演は今日のコンペのトリ。この人が登壇するのだろうか?
「今日は君が登壇を?」
「いえ、私は助手として来たわ。あと通訳も兼ねてね」
リーフレットを見ると、アレクシス・レスキネンという名前があった。脳科学研究所主任研究員とある。
「テーマは人工知能革命、か。うん。面白そうだ」
「時間があったらぜひ聴いてみてほしいわね」
「そうさせてもらうよ。…あ、スタッフルームだったな」
俺は順路を誘導した。
「ありがとう」
そのとき、エレベーターの扉が開いて、中から女が一人降りてきた。
「なっ………萌郁…」
聞こえない程度の声量でよかった。
叫びだしたくなるのを必死で抑えた俺を褒めてやりたい。
桐生萌郁。お前はこの世界線でもSERNのラウンダーなのか?SERNの指示か?それともたまたまここにいるのか?
いや、大丈夫だ。落ち着いている。俺は落ち着いている。ここはβ世界線。萌郁はまゆりを殺さない。
「………?」
目が合った。相変わらず何を考えているのか分からない。
俺は必死に目を逸らす。萌郁は少し首を傾げたが、すぐに比屋定真帆のそばへと寄って行った。
「あぁ、えっと…雑誌社の方でしたね?」
「お約束通り、取材を…」
萌郁の声はぼそぼそと聴きとりづらい。
「レスキネン教授はまだなんです。少しお待たせしてしまいますけど…」
「はい」
「それまで私でよければシステムの概要でも…」
「お願いします…」
そこまで話すと、二人は連れ立ってスタッフルームへと消えていった。
「はぁ……はぁ、はぁ……」
荒くなった息を整える。
イベントが重なりすぎだろう。立て続けにこんなことがあっては心臓が持たない。
「桐生萌郁……」
奴がSERNのラウンダーであるのは間違いない。α、βの分岐に関係なく、あいつはラウンダーになることが確定している。だが、このβ世界線において、あいつは俺たちの敵にはならない。
俺たちの存在はSERNには露見していない。だからまゆりが狙われることはない。
あんなことがあったとはいえ、俺は一度萌郁を許した。あいつにもあいつなりの苦悩や葛藤があってああなったのだ。それを今さらとやかくは言わない。ただ、警戒を怠る愚は犯さない。
「あいつの目的は……」
比屋定さん……ヴィクトルコンドリア大学の関係者への取材。そういえば、アークリライトとかいう名前の編プロで働いているんだったか。取材だと言っていた。
「人工知能の取材か?」
そんな生易しいものではなく、何か裏がある。そう勘繰ってしまうのは俺の考えすぎだろうか?
だが。
「人工知能革命……か」
井崎の手伝いをする中で、ヴィクコンの脳科学研究所が人工知能の研究をしていることは知っていた。脳の仕組みを解き明かす学問なのに、人工知能の研究とはどういうことかと疑問に思っていたのだ。
俺が求めているのはVR技術。そして紅莉栖の研究成果である脳波マッピング。もしかすると、俺が期待するものではないのかもしれない。
だが、萌郁の取材がラウンダーの指示によるものだった場合、そこには何かとんでもないものが眠っている可能性がある。SERNが求めるような何かが……。
とにかくこれはチャンスだ。
井崎に引っ付いていれば、こうした機会に恵まれるかもしれないと思っていたが、こんなチャンスが舞い込んでくるとは幸運だ。
比屋定真帆。もしかすると彼女は紅莉栖を知っているかもしれない。講演後には懇親会が開かれるらしく、俺もそこに潜り込めるよう井崎にはお願いしている。彼女と話す絶好の機会だ。
逸る心を押さえつけながら、俺は受付業務に集中した。
数時間後。
ヴィクコンの講演の時間になった。俺は時間に余裕をもって会場に向かおうとしていた。そんなところで、スタッフルームから比屋定真帆がやって来るのが見えた。
やたらと背の高い外国人の男性と一緒にいる。あの人がアレクシス・レスキネン教授だろうか。アメリカ人の名前ではない気がする。紅莉栖と同じ他国からの移住者か、その末裔なのかもしれない。
聞くつもりはなかったが、二人の話声が聞こえた。英語だったのであまり聞き取れなかったが。
聞き取れたのは『紅莉栖の家が火事』『牧瀬夫人は無事』『強盗』『警察が捜査中止』『なぜFBIが来た?』『奇妙だ』といったところだ。
FBI?紅莉栖の実家に何かがあったのか?いい予感はしない。
話を聞いてみるか、と意を決したところで、2人の姿は廊下の角に消えて行った。
クソっ……気になって仕方がないが、講演の時間だ。俺はしぶしぶ会場へと向かった。