STEINS; GATE ~存在証明のレジスタンス~ 作:明治アル蜜柑
会場内は熱気に包まれていた。ヴィクコンは近年、『サイエンス誌』に何度も論文が掲載されている。単位目的の学生でなく、専門家が多く来ているのだろう。そこには先ほど見た萌郁の姿もあった。
やはりSERNの差し金か?
なんとか席を見つけ、腰を下ろしたのと同じタイミングで壇上にレスキネン教授が現れた。
割れるような拍手と歓声。だが、それは徐々に教授の隣に立っている小さな白衣の少女に向けられていった。比屋定真帆。彼女を見る観衆の目は少し怪訝なものに変わった。だが彼女もそんな反応に慣れているのだろう。ときに気にした様子もない。
「Ladies and gentlemen……」
「みなさん。本日は私のセミナーに集まってくださって感謝します」
教授が英語で話し出したのに追従して、比屋定真帆が同時通訳を展開する。
「ヴィクトルコンドリア大学、脳科学研究所のアレクシス・レスキネンです。専門は、脳信号処理システムおよび、人工知能理論になります」
よどみのない通訳。彼女への疑り深い視線も次第に和らいでいった。
「では、さっそくですが私たちの最先端研究の一端をご紹介します」
そうか。脳科学と人工知能の関りを見いだせないでいたが、脳信号の処理、という観点で考えれば人工知能を研究することで解き明かせるものもあるのか。
俺は自分がこのテーマに引き込まれていくのを感じていた。
それも彼女、比屋定真帆の雰囲気が、どことなく紅莉栖と似ているからかもしれなかった。
*****
ある程度進行したところで、開発中の人工知能デモンストレーションを行うことになった。その起動までの間に、研究の概要が説明される。
『側頭葉に蓄積された記憶に関する神経パルス信号の解析』
俺は息を呑んだ。
俺はそのタイトルをよく知っている。
紅莉栖。
彼女が書き上げた論文のタイトル。
人の記憶をつかさどる神経パルスのパターンをすべて解析し、記憶そのものをデジタルデータ化することに成功した。かつてα世界線において、タイムリープマシンを作るのにも、この技術が使われた。忘れることなどできないテーマだ。
そして今、俺たちが最も欲しているもの。
「……………」
その後もいろいろな説明が展開された。
医療分野への応用。記憶障害や認知症、アルツハイマーなど。記憶のバックアップデータを取り、必要な時に書き戻す。到底、実現不可能に思える技術を紹介していた。
聴衆のなかには、いや、その多くがこの説明に懐疑的で否定的だった。それに対して俺はイライラするのを抑えられなかった。この研究には紅莉栖が関わっていたんだ。その実証性を一番よく知っているのは俺だ。それを頭ごなしに否定する輩を許せなかった。
だから叫んでしまった。
「異議ありっ!」
どこの裁判だと言わんばかりの言葉で。
「やってみもしないで、なにが分かるっていうんだ?最初は無理だと思われてた技術なんて、この世にいくらでもあるじゃないか。でも、それを克服した研究者がいたからこそ、今があるんだろう?ただ批判するだけじゃなにも生まれない!」
「あなた…」
壇上で比屋定真帆が俺を見て呆然としている。
レスキネン教授の方は、目が合った俺に、ニーッと白い歯を見せてきた。
「Awesome! He`s really something!」
そう言って嬉しそうに拍手をくれた。
恥ずかしんだが…?
「すばらしい。彼はなかなか大したヤツだ…ですって」
英語が理解できていない俺に、比屋定真帆が通訳してくれた。
「ただし、科学者たるもの常に冷静でなければいけない。大声で怒鳴っていいのは、実験が成功したときの、“We did it!”…それだけでじゅうぶん、だそうですよ」
「…す、すみません」
自分では冷静なつもりでいたが、やはり頭に血が上っていたらしい。半年前から何も成長していない。
「えー、では、そろそろ次に。でも、その前に勇敢な彼に拍手をお願いします。彼のような挑戦者こそが科学を進歩させ、あっと驚くような理論を作り上げるのです。彼ならきっと、第三のアインシュタインになれるかも知れませんね。ちなみに、第二のアインシュタインは、ここにいるちょっと小うるさい私の助手——って、変なこと言うのはやめてください教授!」
やれやれ…。まぁ、うまく助け船を出してもらえたな。
*****
そこからは驚愕の連続だった。
『Amadeus』
人の記憶をデータ化し、それをもとに動作させたAI。
3Dモデルが用意され、画面に映し出されたもうひとりの比屋定真帆。これだけだと中の人がいそうなものだが、そうではなかった。
自ら考え、話す。
質問に答え、言いたくないことには答えない。そして能動的にウソをついた。
まるでそこに本物の人間がいるような感覚。一連の受け答えを、このセミナー用にプログラムした可能性もある。だが、これがほんとうに自ら考えて動いているのならば…。
中にはやはり反発する者もいた。『Amadeus』に人間と同様の魂を宿すことができるのではないか、という言葉に反応したのだ。命とは神が造りたもうたもの。それを人間の手で作り出そうとするのは傲慢だと。
だが、それ以上にこの研究は聴衆の心を惹きつけた。それほどまでに画期的だったのだ。
魂、という言葉が印象に残っている。
もし、『Amadeus』が人間と呼べるほどの存在であるならば、リーディングシュタイナーを発動することだって出来るのではないか。そう、思ったからだ。
そして……。
「紅莉栖の記憶を持つ『Amadeus』は……」
魂。
もし、そんなものが存在するのなら……。
ATFの終了後、俺は懇親会に潜り込んだ。もちろん、井崎の口利きによってだ。フォーマルなパーティであるため、俺はスーツに着替えるために一度自宅へと戻った。
『Amadeus』について、ダルや鈴羽と話しておきたかったのだが、時間がなかった。諦めて俺は再びUPXへと足を運んだ。
井崎は俺に目をかけてくれているのだと思っていたのだが、第一線の研究員の紹介もほどほどに、井崎は自分の売り込みに行ってしまった。一番の目当てであるレスキネン教授も、名だたる研究者たちに囲まれていて、一学生の俺が話しかけられる雰囲気ではない。
俺はただひたすら料理を口に運ぶしかできず、気づけば腹も限界まで膨れていた。
「やっぱり、こういうのには向かないな……」
「やっぱり、こういうのには向かないわ……」
女性の声が重なった。声の主を振り返ると目が合った。
「あら、あなた…」
なんで中学生が?と思ったのも一瞬のこと。彼女が比屋定真帆だと分かった。彼女は壇上に上がった時と同じ格好———つまり白衣——をしている。
こんな場所まで白衣とは、まるで俺みたいだ。さすがにこの場に白衣で来る勇気はないが。
「ええっと…あなたは……」
彼女は明らかに浮いている。
「なんで白衣…なんです?」
思わず聞いてしまった。
「ちゃ、ちゃんと持ってきているはずだったのよ!」
しっかり忘れた、というわけか。だから隅っこで縮こまっていたのだろう。
「あなたは受付の…」
「岡部倫太郎です。東京電機大学の学生で、井崎ゼミで勉強しています」
急遽こしらえた名刺を渡すと、彼女も無造作につかみ出した名刺の束から一枚を俺の手に置いた。
「いいわ。無理に丁寧に話さなくても」
そう言ってもらえると助かる。
「珍しい名前でしょう?私」
「え、ああ。誰も読めないとか言ってたっけ?」
名刺をよく見ると、ふりがながやたらと大きく印刷してあった。
「沖縄ではよくある名字なんだけどね」
「沖縄出身なのか?」
「曾祖父と曾祖母がね、移民なのよ。私はアメリカ生まれのアメリカ育ち。祖父母から両親に至るまで日本人だから、DNAは生粋のジャパニーズよ」
「へぇ……」
沈黙が広がる。
「…………」
「…………」
基本的に俺は会話が下手くそだ。鳳凰院凶真モードであればまだ話せていたが、それだって会話が成立しているわけではない。一方的にまくし立てているだけだ。
鳳凰院凶真は俺の中で生き続けているが、8月のあの日から、TPOをわきまえるようにはなったらしい。これもまぁ、成長だろう。
「今日はすまなかったな…」
「えっと…何が?」
「いや、ほら。セミナーの途中で邪魔をしてしまって…」
「ああ。あれね。気にすることないわ。あなたがそうしなかったら、私が同じことをしていたでしょうから。許せないのよ。ああいうの。ま、科学者としての発言ではないけれど」
よっぽど腹に据えかねていたらしい。ちょうど歩いてきたボーイからカクテルを奪い取ると、ヤケ酒のように勢いよく飲み干した。
「ふー」
顔色が変わる様子もない。アルコールには強いのかもしれない。
比屋定真帆は自己嫌悪に陥っているようだった。頭ごなしの否定を毛嫌いしつつも、自分の研究に問題があることには変わりない、と。
胸を張って自分の研究、と言えるほどの立場なのだ。俺なんかとはキャリアが違う。比べるレベルでもないのだろうが、比べてしまうのが人間の性というものだろう。
「解決しなければならない問題が山積みなのよ。たとえば、記憶データを脳に書き戻すことができても、それを脳が利用できなければ何の意味もない。記憶があっても思い出せない状態…つまり記憶喪失の脳と同じ状態になってしまうわ」
その言葉を聞いて俺は思い出す。タイムリープマシンを作っているときに紅莉栖が俺にしてくれた講釈とか推論を。
「えっと…確か、人間が記憶にアクセスしようとするときは、前頭葉から側頭葉へ信号が行くんだったよな?」
「ええ。トップダウン記憶検索信号ね」
「それで———」
おぼろげな記憶を引っ張り出しながら、また比屋定真帆が捕捉してくれながら紅莉栖の理論を無我夢中で語った。
「——で、最後に側頭葉に記憶を書き戻す過程で、ええと…一緒にコピーした疑似パルスを前頭葉の方に送り込めば、記憶検索信号はちゃんと働く…と思う」
「………あなた、それを自分で導き出したの?」
「え、あ…いや…」
彼女は俺が渡した名刺を見直した。
「脳科学専攻じゃないわね。ということは誰かに?それとも論文で?ううん。それはないわ。まだ論文にはまとめられてなかったはず」
「…なにかおかしいことを言ったか、俺?」
「そうじゃなくて、私の後輩がね、まったく同じ理論を提唱していたことがあるのよ。どのスタッフも懐疑的だったけど、彼女だけは絶対に証明できるって言い張っていたわ」
もしかして、それは…。
「結局、実証実験に進む前に、彼女はいなくなっちゃったんだけど…」
やってしまったと後悔した。
そう。俺が紅莉栖と出会ったのはα世界線でのこと。β世界線では俺と紅莉栖が話したのはラジ館での一幕だけだ。
この人は、間違いなく紅莉栖のことを知っている。おそらく、ずいぶんと親しかったのではないだろうか。……怪しまれるかもしれない。
「…………」
言うべきか?
ここで紅莉栖と自分の関係を話してしまっていいのか?
頭の中を様々な思考が巡る。
話すべきではない。理性が訴えかける。だが、俺たちの望むものを手に入れるチャンスだ。そんな打算的な悪魔の囁きが脳をかすめる。