キヴォトス、先生大量発生中!? 作:ユメ先生
「それでは、本日もパトロールに行ってきます!!」
その日、キリノはいつものように生活安全局のオフィスを出て、日課のパトロールに出向いた。
そして、入り口のホールを通り外に出た時、それは居た。
白い犬だ。大型と言うには巨大すぎる犬が丸まって気だるげに目を閉じていた。
「先生!! 今日はここにいらしたのですね!!」
「……キリノか」
先生と呼ばれた犬が目を開け、人語を喋る。
重低音の声音は、厳格な男性か老人のようにも思える。
「我に何用だ」
「いえ、特には。本官はパトロールに向かうところです、先生も折角ですからお散歩などしたらどうでしょう?」
「我を小さき者扱いか?」
「いえッ、先生はずっと校内で眠ってらっしゃるので、お身体に障るのではないかと……」
わふ、と彼は息を吐いた。
「ここの連中は火薬臭くて敵わん」
「え、この制服は今日卸したてのはずですが……」
「そう言うわけではない……」
純粋なキリノをうっとおしそうに彼は見ていた。
「それに、先生はヴァルキューレの象徴なのです!!
本官のようにパトロールをすれば、市民の皆さんが安心なさるはずです!!」
「……象徴か」
ふん、と彼は鼻を鳴らした。
「お前達人間はいつもそうだ。勝手に崇め、違うとなれば忘れ去る。
……とは言え、我にも思うところはある」
のし、っと彼は身体を起き上がらせた。
わわッ、とキリノは驚いて後退った。
その体格は、ばんえい競走にでも出場する馬のように立派で迫力があったからだ。
「どうせやることもない、暇つぶしでもするか。行くぞ」
「え、先生も本官に御同行してくださるのですか!!」
「貴様が我に呼びかけたのだろう」
「わぁ、嬉しいです!! それでは、パトロールに向かいましょう!!」
元気いっぱいのキリノに、先生はのしのしと付いて行く。
犬も歩けば棒に当たるように、キヴォトスを歩けば銃撃戦に当たる。
「きゃー!! 強盗よ!!」
それはキヴォトスの首都とも言えるD.U.でもそうは変わらない。
数名のヘルメットを被った不良が、コンビニに押し入っている。
「このバッグにレジのカネを全部入れろ!!」
「ひ、ひぃ」
「そこに通報ボタンがあるのはわかってんだ、手を挙げろ!!」
一人は銃を向けて店員を脅しながら、残りは周囲を警戒したり、お弁当などを袋に詰め込んでいる。
「そこまでです!!」
入店を知らせるサウンドが鳴り、自動ドアをくぐりキリノが躍り出る。
「本官はヴァルキューレです!!
強盗団の皆さん!! 投降し、武器を捨ててうつ伏せになってください!!」
警察手帳も兼ねる学生手帳を示し、彼女は銃口を犯人達に向けている。
が、強盗犯たちは顔を見合わせるだけだった。
「どうする、あいつ一人だけど」
「多分巡回の奴だろ、通報されたにしても早すぎる」
「ちッ、面倒だがどうせヴァルキューレの奴だ」
強盗犯たちは対応を決めた。
一斉にキリノに銃を向けた。
「あ、あわわ、多勢に無勢!?
しかも本官の銃の腕前ではッ!!」
無数の銃弾が発射され、キリノは今は言ったばかりの入り口から飛び出した。
「逃がすな、応援を呼ばれたら面倒だ!!」
強盗犯たちがキリノを追って、コンビニの外に出た。
「あれ、今日は曇りだっけ……」
強盗犯の一人が顔を上げると、そこには鋭利な牙が並んだ巨大な口があった。
「ぎ、ぎゃああぁぁぁ!!」
彼女はヘルメットごと嚙みつかれ、ぽいっと大きく弧を描いて50メートルほど空中散歩を楽しむ羽目になった。
「な、なんだ、お前!?」
ヴァルキューレの先生の姿に驚く強盗達だったが、まるでお手をするようにぽんぽんとその大きな前足で叩き伏せられた。
前足で地面に押し付けられた彼女らは身動きが取れない。
「あ、ありがとうございます、先生!!」
地面を数度バウンドして目を回している強盗犯をキリノが手錠で確保し、彼にお礼を言った。
「義侠心だけで敵に突っ込むな。死にたいのか」
「あ、あはは、すみません……」
前足で地面に縫い付けられている強盗達を武装解除し、彼に呆れられたキリノは頭を下げた。
その後、通報を受けた警備局の生徒達が、強盗達を連行していった。
二人はパトロールに戻ったのだが。
「わぁ。もふもふだぁ」
「でっかいお犬さんだ!!」
丁度登校中だった小学生ぐらいの生徒達が、先生に纏わりつき始めた。
彼は溜息を吐いて、その場でされるがままになった。
「この方はヴァルキューレの先生なんですよ」
「え、じゃあお巡りさんなの?」
「本当だ、お巡りさんの帽子被ってる!!」
「う、うーん、それは身分証明的なモノで、先生が警察官かと言われれば……ああいえいえ、そうです、先生はお巡りさんなんですよ!!」
真面目なキリノはそんな夢を壊すようなことを言いそうになったが、ぎりぎりで踏みとどまって笑顔でそう言った。
程なくして、学校に遅れると言って子供たちは駆け足で去って行った。
「……子供は良いな、ただ純粋なだけなのだから」
走り去っていく子供たちを見て、彼はそう呟いた。
「先生はやはり、先生と言うだけあって子供が好きなんですね!!」
「否定するほど間違ってはいないな」
消極的な肯定。それにキリノは違和感を抱いた。
「先生は子供が好きだからキヴォトスにいらしたのではないのですか?」
「それは少し違う」
彼はこう言った。
「我はあちらの世界に居たくなかっただけなのだ」
「知っているか、キヴォトスとは昔、八百万の神々が住まう神の国だとされていたそうだ」
パトロールの最中、キリノは市民たちに笑顔を振りまきながら彼の話を聞いていた。
「それは知りませんでした。でも、実際は全然違いますよね」
「そうだとも。我も……陛下もそうだった」
「陛下、ですか」
「陛下は侵略者共に敗れ、自らは神ではないと仰られた。
我と同じく太陽神の化身だと、人民共はそれを信じて戦ったのにだ。
我も同様に、かつて神獣だったデカい犬に成り下がった」
そう語る彼は哀愁に満ちていた。
「それから時が過ぎ、今の陛下は暇を持て余す我にこう言った。
警察犬の訓練でも受けてみないか、と」
「え、じゃあ本当に、先生は警官だったのですか!?」
いいや、と驚くキリノに彼は首を横に振った。
「様々な理由はあったが、我は人間にとって大きすぎた。
我が噛みつくのも、制圧する為にのしかかるのも人間にとっては危険なのだと。
それでもまだ出来ることはあったのだ。だが、未だ我を神獣だと信じている、憐れな集団からの抗議があったのだとか。
結局我は、警察のシンボルとしてだけの役割を求められた」
苦痛だった、と彼は独白した。
「各地で時折一日署長だのやらされていたが、ある時我の境遇を憐れまれた陛下にこう提案された。
キヴォトスに行ってみないか、と。我はあちらよりマシだと思って、こちらに来たのだ」
「そうだったんですね……」
やりたいことと能力がかみ合わない、その苦痛はキリノにも痛いほど理解できた。
「ですが、先生!! 先生なら先ほど本官を助けて頂いたように、警察として活躍できるはずです!!」
キリノは笑顔と期待に満ちた表情でそう言ったのだが。
彼はぷいっとそっぽを向いた。
「嫌だ」
「ええッ!?」
「こちらがここまで火薬臭いとは思わなかったのだ。鼻が曲がりそうだ」
「そ、そんなぁ、そう仰らないでくださいよ、先生!!」
キリノが彼の身体に縋りついていると。
彼女の無線に連絡が入った。
「はい、こちらキリノです」
『シラトリ区の子ウサギ公園で、武力を伴ったデモ活動をする生徒が確認された。警備局の者達が対応しているが、戦況は良くない。付近の人員は応援を求む』
それを聞いたキリノはちょっと顔を顰める。
「困りました、ちょっと遠いですね」
「キリノ、方角はどちらだ?」
「ええと、あちらの方ですけど」
「わかった。乗れ」
先生は屈んで、キリノにそう言った。
「わ、わかりました!! 失礼します!!」
キリノは意を決して、彼の背中にしがみついた。
鞍なんてモノは当然ついてないので、もう毛を掴んでいる。
「では、行くぞ」
そしてキリノは、悲鳴を上げた。
驚異的な跳躍力で、家屋の屋根に飛びあがり、ビルの壁を駆けあがり、コンクリートジャングルを駆け抜けていく。
乗り心地は最悪に等しかった。
彼女にとって上下左右の浮遊感は平衡感覚を狂わし、自分がどうなっているのかも分からないほどだった。
そんな地獄のような時間が数分続くと。
「カンナが居るな、あそこか」
「へ、へぇッ、カンナ局長がぁ!?」
自分の上司が直接現場に居るという事実に驚きながらも、顔を上げたキリノは眼を回す羽目になった。
「カンナ」
「え、ええッ、先生!?」
彼は凄まじいスピードで駆けつけながらも、軽やかな足取りで着地し、スピードを殺して停止した。
その場にいた全員が、彼とキリノの登場に驚いている。
「よ、予想外の展開になりました!!
あれはヴァルキューレの先生ですッ、なんというダイナミックな登場でしょうか!!」
野次馬の中からこのデモを中継していたクロノス報道部の面々が叫んでいる。
「それにキリノまで、何をしているんだ!!」
「す、すみません、局長……無線を聞いて、先生に送って貰ったんです……」
「そ、そうか……」
「“大丈夫、キリノ?”」
ちょっと引いてるカンナはともかく、シャーレの先生は眼を回してる彼女を労わった。
「あ、あッ、シャーレの先生!! こちらにいらしたんですね!!」
「“うん。リンちゃんに頼まれてね。
ヴァルキューレの先生も、御足労ありがとうございます”」
「ふん……そうだな」
なぜかヴァルキューレの先生はシャーレの先生に対して素っ気なかった。
「そ、それで、戦況の方は!?」
「ついさっき警備局と公安局の者が全滅したところだ」
「いやぁ、残りは私だけだったから、参ってたところだったよ」
苦虫を嚙み潰したような表情のカンナを他所に、フブキが肩を竦めてそう言った。
「何を言っているんですか、市民の皆さんは怖がってるじゃありませんか!!」
「あれのどこが怖がっているのだ」
奮起しているキリノを他所に、ヴァルキューレの先生は欠伸をして野次馬たちをみやった。
「それでは、我は帰る。テレビの連中は好かん」
「ま、待ってください、先生」
くるりと身体を翻す彼のふさふさの毛を、キリノが掴んだ。
「今こそ、警察官として為すべきことをする時です!!」
「……」
彼はキリノを見た後、シャーレの先生を見やる。
「止めないか、キリノ。うちの先生に対して、なんという態度を!!」
「……」
彼はカンナを見やった。よく知った顔だった、誇りよりも体面を優先する表情だった。
「ドーナツだ」
「えッ」
「ドーナツを寄越さなければ働かぬ」
「えぇ……」
カンナは困惑した。
「ドーナツなら、うちにあるから後で食べよう、先生」
「ならば、よい」
「ありがとうございます、先生!!」
「では、乗れ」
「はいッ……はい?」
こうして、キリノは再び彼の背に乗ることになった。
「あ、先生、そちらは地雷原でッ」
「飛び越えればよかろう」
キリノを乗せた彼は真正面から強襲を仕掛けた。
「“フブキは今のうちに狙撃の方を何とかしてくれる?”」
「はーい、先生」
シャーレの先生の指揮の元、各々が動く。
「はあ、全くこうなるとは……」
「“まあまあ、キリノ達もうまくやってるみたいだし”」
不安定すぎる状態だからなのか、キリノの銃撃がなんと命中していた。
相手は特殊部隊の精鋭と言えど、あんな機動力と質量を兼ね備えた騎兵など相手にしたことはないのだろう。
そもそも、大型犬ですら人間の大人よりも強いのだ。
訓練された人間と、訓練された巨大な犬。どちらが強いのかは明白だった。
「ほれ」
まるで投げられたボールを取って来るかのように、ヴァルキューレの先生は眼を回したサキとミヤコを咥えて戻ってきた。
「もう一人の方はキリノが連れてくる手筈になっている」
「“フブキも狙撃手を無力化したみたいだよ”」
二人の先生の報告に、カンナはホッと息を吐いた。
「先生、無茶なさらないでください。当たったらどうするんですか」
「鉄砲の弾など正面にしか飛ばぬ。避けるのは容易い」
「そう言う問題では……」
とは言え、とカンナは野次馬の方を見やる。
クロノスの面々は盛り上がっているようだった。
「いえ、我々の誇りを守って下さり、ありがとうございます」
「ふん」
頭を下げるカンナに対し、彼はそっぽを向いた。
「我はドーナツを食べたかっただけだ」
「“それじゃあ、この後一緒に買いに行きませんか?”」
彼は自身に笑いかけるシャーレの先生を見やり、またそっぽを向いた。
苦手だと、彼は思った。
彼はその太陽のような、昔を思い起こすその笑顔が苦手だと思った。
:ヴァルキューレ先生
失墜しているヴァルキューレの権威を現す、堕ちた神獣の先生。
神の使いであるヴァルキューレを、神の御使いとして崇められた巨大な犬として表現。
誇り高く、ドーナツが好きで気難しい様は個人レベルでは優秀なヴァルキューレの生徒達そのものである。
先生達の中では屈指の戦闘力を持つが、犬であるので警察官としては全く役に立たないのを現している。
次回はアリウスの先生をやろうかなと思っています。
一旦視点をあちらに戻します。
あなたはどの先生に勉強などを教わりたいですか?
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