キヴォトス、先生大量発生中!? 作:ユメ先生
D.U.シラトリ区、某所。
この地区の隅にある廃墟で、笑い声が巻き起こっていた。
そこでは、年齢も性別のバラバラな者達がたき火を囲んで歓談していた。
「それでは諸君、今日の成果を出し合いましょう」
音頭を取ったのは、編み笠を小脇に置いた袈裟を着た中年の男だった。
「私はこれだよ」
不良生徒らしきスケバンの少女が、パンの耳が入った袋を出した。
おお、パンの耳ですか、と周囲は喜び彼女を称える。
「私はこれですな。コンビニの廃棄弁当です」
デカルト、と名乗っているロボットの大人がコンビニの廃棄弁当を取り出す。
これは重畳、と男はニヤリと笑う。
「拙僧は、ふふふ、これを見て下され」
僧侶の格好をした男は物陰から風呂敷で包んだ大荷物を持ってきた。
「こ、これはッ」
「先生、すげぇ!!」
二人だけでなくここに集まった面々は歓声を上げる。
「丁度、ある企業の災害用の備蓄用品の賞味期限が近づいていたようでしてな。
買い替え時らしく、喜捨をして頂いた」
先生と呼ばれたその男は、この場に居る面々に食料品を配った。
大量にあった備蓄用品は、彼の元には一食分しか残らなかった。
「それでは、皆さん。今日の恵みに感謝を」
いただきます、と彼ら彼女らは今日の成果を食べ始めた。
この場に居るのは皆、行き場のない者達だった。
元々は縄張りを巡って争い合っていた両者を、アリウスの先生が間に入ったのだ。
それ以来、お互いのグループは日々の糧を持ち合うようになり、毎日楽しそうに過ごしていた。
「先生、学校がどこにあるか分からないってマジ?」
「うむ。だが最近やっと向こうの生徒と連絡がついたのだ」
「え、よかったじゃん、先生」
「うーむ、それがいかんともしがたいのだ」
不良達の言葉に、先生は腕を組んで唸った。
「悩んでも仕方ありませんよ、先生。
ささ、鳥の骨のから揚げをどうぞ」
「おお、かたじけない」
「先生も我らと同じ清貧を貫く者。
その尊い仕草は生徒達にも伝わりますとも」
鳥の骨を前にして酒を煽るヒッピーなロボットと、瞑想をし始める先生。
これには子供たちもちょっと引いていた。
そうして過ごしているうちに、各々解散となった。
夜中になっても、都市部のD.U.は闇に閉ざされることはない。
先生は編み笠を被り、尺八を鳴らしながら子ウサギ公園を歩く。
最近テント生活を始めた子ウサギたちが何事かと見るが、同じ浮浪者仲間だと知ると顔をひっこめた。
「先生」
公園の暗がりから、一人の人影が浮かび上がる。
「おお、サオリか」
「マダムの許可が下りたので、お迎えに上がりました」
「うむ、では参ろうか」
彼は、頷いた。
「ひとつだけ忠告をするならば」
「うむ」
「マダムに会えば殺されますよ。それでも我々と共に来ますか?」
サオリの忠告に、彼は肩を竦めた。
「その時は、御仏が己を所望された。ただそれだけのことよ」
サオリが彼に出会ったのは、ゲヘナにて裏工作をしていた時だった。
「キキキ、アリウスども。
お前達の先生は我が手元にある」
「先生?」
「とぼける必要はない!!
あの格好は貴様らの密偵として活動していたのだろう?
奴は今、我が手中にある。返してほしくばマコト様の御願いを聞いてもらわねばならんなぁ」
「いや、全く知らないが」
「なに!?」
「今思えば、マコト殿には悪いことをした」
編み笠を小脇に抱え、先生は思い返す。
「そなたらに接触するためとは言え、わざわざもてなしてくれた彼女を騙してしまった。
しかし、そのお陰でこうしてアリウスの学校へと向かえるのだから、分からぬものだ」
「え、ええぇ、良いんですか? それ。
先生はお坊さんなんですよね」
彼の自自区への護送を担当しているスクワッドの面々。
ヒヨリは困惑気味にそう言った。
「ふむ。勿論嘘は悪いことだ。拙僧の宗派でも、嘘はダメだと戒律に記載されている」
「あ、ですよね」
「しかしながら、何ゆえに戒律にて嘘がダメなのか、考えなくてはいけない」
彼はこう言った。
「例えば生魚を食べてはいけない、と言う戒律があったとする。
それは大昔の人間が、生魚を食べれば腹に当たるのを知っていたから、それを避けるために戒律を定めとする。
ならば嘘をついてはダメなのはなんとする?」
「えーと、盗んだり裏切ったりしない為でしょうか」
「左様。嘘にも種類がある。相手へ配慮した嘘、相手を傷つけない嘘などな。
相手を陥れる嘘、相手を裏切る為の嘘。この戒律の本質とは、そうした嘘を禁ずるためなのだ。
嘘を一度つけば、二度目は容易くなる。堕落しやすくなる。
悟りを得るにはそのような堕落から己を律する必要があるのだ」
な、なるほど、とヒヨリは頷いた。
「立派だね。それで自分の嘘は正当化されるんだ」
「だからこそ、より一層修行に励まねばならぬのだ」
ミサキの嫌味に、彼はそう返した。
「修行? 他人から食べ物を貰って、あのよくわからない浮浪者たちとつるむことが?」
スクワッドの面々は、ずっと先生を監視していた。
彼と言えば、日がな尺八を吹いて回り、人々から食べ物を貰ってはそれを浮浪者や不良達と分け合って、野宿をする。
ずっとそればかり。彼女達は困惑した。
「世俗から己を絶ち、欲を捨て、悟りを得るために修行を行う。
拙僧が喜捨で生活しているのはその通りであるが、それは人々が徳を得るが為にしていること。
あれは拙僧の為ではなく、自らの善行の為にしているのだよ」
「へぇ、そう言う理屈なんですね」
「馬鹿らしい。そんなんで真理やら悟りやら、得られる訳ないじゃない」
大人の本来の意味での説教に漠然と感心しているヒヨリを他所に、ミサキはそのように吐き捨てた。
「人生は虚しいものだし、それは変わらないじゃないか」
「ふむ、トリニティから別たれたそちらの宗派が拙僧と知っているものとは限らぬが、このような話を知っておるか?」
彼はそんなミサキにこう語りかけた。
「仏門において、自殺は否定されておらぬのだ」
「……」
「それはなぜか? ヒトは輪廻に囚われておるからだ。
自らの苦悩や絶望から逃げても、必ず来世で同じようなことに直面する度に死に逃げてしまう。
故に、悟りを得て、輪廻転生から外れて解脱を為さねばならぬのだ。自らが仏となりて、欲望や苦しみから解放されるには」
「……」
「良かったです!! 私達が苦しいのも、人生が虚しいのも、全ては修行だったんですね!!」
「ほほう、アリウスにもそのような教えがあるのか。興味深い」
先生はなぜかヒヨリと打ち解けていた。
「つっかかるな、ミサキ」
「……でも」
「彼は大人だ。我々とは違う」
サオリはそう言って、彼女を慰めた。
アツコがそっと彼女の手を握る。
「……悪かったよ、姫」
「そろそろ、自治区だ」
カタコンベを通り、彼女達はアリウス自治区へと戻ってきた。
「想像はしていたが……」
彼女らの先生は、廃墟も同然な街並みを見渡し、こう言った。
「昔の者達はこのキヴォトスを指して仙郷などと言っていたようだが、これを見て誰が桃源郷などと言えようか」
アリウスの制服を着た生徒達が、遠巻きに先生を見ている。
疑念、困惑、猜疑。なんで居るのだ、と拒絶の意思だ。
そしてスクワッドの面々に導かれ、アリウス分校の校舎へと辿り着いた。
「止まれ」
「話は通っているはずだ、先生を案内してきた」
守衛をしていたアリウス生に、サオリはそう言った。
「それは聞いている。だが、マダムに客人が現れた……いや、あれは人なのだろうか」
彼女は怯えている。
これにはサオリ達も困惑したが。
「先約はこちらだ。入らせてもらおうではないか」
「あ、待て!!」
「いやよそう」
校舎に入って行った先生を、守衛の生徒は止めようとしたが、サオリがそれを制した。
「何をする!!」
「どうせ彼は生きて帰ってこない。最期くらい好きにさせてやれ」
「…………マダムから叱責を受けるのはお前達だからな」
ふん、と守衛の生徒はサオリを睨みつけた。
「ここがアリウスの首魁の部屋か」
生徒会室、と掛かれた場所に彼は辿り着いた。
中から話声が聞こえるので、間違いないだろう。
彼はそのドアを、ノックした。
「頼もう。先だって会う約束をしていた、アリウスの先生を任ぜられた者である!!」
彼がそう言うと程なくして、入りなさい、と女の声が聞こえた。
彼はドアを開けると、目を見開いた。
「面妖な……かような女怪が彼女らの首魁とは」
「開口一番に失礼な男ですね」
そこに居たのは、赤い肌に無数の眼を持ち、白いドレスを見に纏った女怪だった。
彼女以外、誰も居なかった。部屋の端に、奇怪な人形が置いてあるだけだ。
その事実に疑問を抱いていると、生徒達からマダムと呼ばれていた女が口を開く。
「私はベアトリーチェ。アリウスの生徒会長であり、彼女達の支配者です」
「なるほど。拙僧はこの学校に先生と赴任することになった。
されど、何をすれば良いのかわからぬ。拙僧は何をすればいい?」
「別に何もする必要はありません」
「と言うと?」
「この学校に私以外の大人は必要ありません」
彼女の嗜虐的な表情は、目の前の男を生きて返すつもりはないようだった。
「ふむ、サオリの言っていた通りか」
しかし、彼は動じずにその場にあぐらをかいて座り込んだ。
「何の真似です?」
「どうせ殺すのならば、冥土の土産に何故にその方は子供たちの長などをしているのか、教えてはくれまいか?
それとも貴様のような女怪には道理も無いと?」
「重ね重ね失礼な態度ですが、良いでしょう」
彼女は上機嫌に話し出した。
これは彼女の所属する組織、彼女に限ったことではないが、その目的は“崇高”に至ることである。
その解釈や結果は様々だが、結局のところその証明には他者が必要なのだ。
要するに、同じ目線で語れる相手に自慢したいのだ。子供たちのような、そんな相手にマウントをとってもつまらないのだ。
彼女の文字に起こす気にもなれない主張やら道理やらを延々と長々と頷きながら聞き届けた先生は、呵々大笑した。
「これはしたり!! やはり道理を介せぬ女怪であったか!!」
「なんですって?」
「他人を貪り、他人を利用し、それで得た悟りに何の意味がある!!
女怪よ、それで貴様が高みに至れたとして、それは貴様が凄いのではなく、ただ醜く肥え太っただけのことよ!!
その有様で求道者気取りとは、笑わせる!!」
アリウスの先生は、目の前の怪物を笑い飛ばした。
「拙僧の言葉が気に入らぬか? では殺せばいい!!
論ではなく力によって、拙僧を排除すれば良いだろう!!
それによって、拙僧の言葉をしこりとして、貴様に永劫に打ち込んでしんぜよう!!」
「くッ!! 口が減らない男ですねッ」
「どうした、さあ殺せ!!」
「その辺にしておくのだな、ベアトリーチェ」
その時だった、部屋の隅に置かれていた奇怪な人形が動き出し、言葉を発した。
「先日の邂逅で、先生達に手を出すのは控えるよう決まっただろう」
「マエストロッ、しかしこの者は私を侮辱したのですよ!!」
「では証明すれば良いだけだ。貴様の“崇高”をな」
それは貴様の底が浅いだけだろう、とマエストロと呼ばれた奇怪な人形は思ったが、彼は大人なので口にしなかった。
「そして、アリウスの先生よ。
私は自己を高める為に求道を行うあなたに、シンパシーを感じた。
私も自己研鑽に励む芸術のともがらとして、共に語り合いたい」
「……いや、今更驚くに値しないか」
彼は眼を見開いてマエストロを見ていたが、すぐにそう言うものだと納得した。
「拙僧はこの学校を見に来ただけである。
徳の無き統治はいずれ仏罰が下るであろうが、口を挟むつもりはない」
先生は己の立場を明確にした。
「拙僧を殺さぬのであれば、拙僧はこれにてお暇しよう」
「待ちなさい。私を侮辱しておいて、ただで帰れると思っているのですか?」
「では、どうしろと?」
ベアトリーチェは再び嗜虐的な笑みを浮かべ、こう言った。
「私の“崇高”を嘲笑ったのです。
貴方も求道者ならば、自身の“崇高”を示して見なさい」
ほう、とこれにはマエストロも意外に思った。
芸術を解さないこの女にも問答を出来たのか、と。
「そうですね、それで我らゲマトリアの同胞たちが納得できなかった場合、その首を切り落として差し上げましょう」
「……お互いの求道にて、それを示そうと言うのか」
意外にも、先生は動じなかった。
「確かに。そちらの求道だけを見聞きし、一方的に非難するのは道理に合わぬ。
拙僧に出来ることなど限られるが、相分かった」
彼はパンと膝を叩き、立ち上がった。
「拙僧は逃げも隠れもせぬ。
ただし、時間を要する。準備に数日、実行に十日と言ったところか」
「では二週間後、それまでにあなたの“崇高”を示しなさい。
勿論、監視は付けさせてもらいます。逃げたらどうなるか、わかりますね?」
「好きにせよ」
大人達の話し合いは、それで終わった。
先生はベアトリーチェに付けられた監視役の生徒と、マエストロと共に校舎内を歩く。
「アリウスの先生、貴方はここで、何をしたい? 何のために来たのだ?
先生と言う立場で、彼女達を救うためにここに来たのだろうか?」
「いいや」
マエストロの問いに、彼は首を横に振った。
「彼女達を救おうとは思わぬ」
「ほう。それはなぜだ」
マエストロが好奇の感情を示し、彼を見た。
その瞳は、監視役の生徒がゾッとするほど虚ろだった。
「それは欲だからだ。悟りを得たい、衆生を救いたい。それもまた欲望である。
アリウスの生徒達を、拙僧が欲を満たす為に救うなど、思い上がりも甚だしい」
彼は虚空を見つめ、そう語った。
「拙僧があの女怪に成り代わり、生徒達を導こうとしたとしよう。
それで何が変わる? 拙僧は統治をする方法も分からぬし、何ならば今日来たばかりだ。
トリニティの経典の言葉を借りるならば、人はパンのみに生きるにあらず、であろうな」
「物理的な空腹ではなく、精神の充足を重視したのか」
「では拙僧が他の先生方に手を借りようとすればどうだ?」
先生は、監視役の生徒を見やった。
「……他の学校の連中など、信用できません」
「そう、彼女らは誰の手も取らなかったのだ。
どれだけ飢えようと、苦しみもがこうとも。
まず拙僧が彼女らを理解するには、同じ苦しみを得なければならぬだろう」
「自ら苦行を課すのか、此度の出会いを、そう解釈したのだな」
マエストロは先生との対話を通じて、上機嫌のようだった。
彼は自分と同じ目線の、教養ある人物との語らいを楽しんでいた。
「トリニティの先生と連絡を取りたい。差配を頼む。
……ああ、無論、そなたらのことは何一つ話さぬよ」
監視役の生徒は、怯えるように頷いた。
数日後。
「本当によろしいのだね? アリウスの先生」
「二言は無い」
アリウスの先生は、トリニティ学内の一室にあぐらをかいて座っていた。
「もしもの時の為に、救護騎士団の面々を待機させている。
それでは、貴殿の修験が実を結ぶことを祈ろう」
「感謝する。異教の友よ」
アリウスの先生は、トリニティの先生に頭を下げた。
この部屋には、放送用の機材が置かれ、複数のカメラによってアリウスの先生がレンズを向けられていた。
「放送開始5秒前、4、3──」
2、1、と放送機器を持つ生徒が指で開始を告げる。
ネットでの、生放送が始まったのだ。
「キヴォトスの人々よ、失礼仕る。
拙僧は、アリウスの先生と呼ばれている者である。
突然だが、アリウス分校はかねて受けた迫害から、今もなお僻地にて飢えにあえぎ、まともに教育も受けられぬ環境におる」
彼はカメラを通じて、人々に訴える。
「そして彼女らもまた、人々の善意を信じられずにいる。
故に拙僧は、これより十日の断食を行う。
彼女らの受けた苦しみを知り、理解するためにこれを行おう」
彼はそうキヴォトス中に宣言した。
トリニティの先生は視聴者数を見やる、二十人にも満たない。
「これを見た方々よ、仏様に供養をしたいという申し出を伏してお願い仕る。
その喜捨は御仏に捧げられ、アリウスの生徒達の元へと届くであろう。
では、いざ、参ろう」
彼は右手に鈴を持ち、瞑想を始めながら、右手のそれを鳴らし始めた。
一定間隔で鈴が鳴る。ただそれだけの映像だった。
誰も興味を引かない、そんな内容だった。
放課後、教室の外からトリニティの生徒達が異教の僧の苦行を見に来るが、すぐに興味を失ったように去って行く。
隣の部屋で待機している救護騎士団の生徒達は、交代でアリウスの先生の様子を固唾を飲んでみていた。
トリニティの先生も、時間がある時は彼女達ともにそれを見ていた。
丸一日経った。
アリウスの先生は一歩も動かず、室内で瞑想を行っている。
鳴り響くのは、鈴の音だけ。
教室の前には、彼の行いを知ってお菓子などを置いていく生徒もいたが、数名程度だった。
「先生、今すぐ止めてください!!」
そう言って、先生達が待機している教室に飛び込んできたのは、ハナコだった。
「どうしたのかね、浦和君」
「興味を持って、アリウスの先生の宗教について調べてみたのです!!」
自分に視線を向ける先生に、ハナコはこう言った。
「あれは土中入定……即身仏の作法です!!
ああやって鈴を鳴らすのは、自らの命が尽きたことを周囲に知らしめる為です!!」
「ッ、なんだと!?」
即身仏は、土の中に入って行われる。
僧侶は土の中で命尽きるまで瞑想を行い、死に至ったことを鈴の音を途切れることで知らせるのだ。
「今すぐ止めなさい!!」
「わ、わかりましたッ!!」
救護騎士団の生徒達が、教室を出て隣室へと向かう。
「わッ、どうしたの、みんな……」
「あ、あなたは、ミカさま……」
なんと、隣の部屋の前には、丁度お菓子を置いていたミカが居た。
「アリウスの先生は今瞑想しているんだから、そんなに大騒ぎしちゃダメだよ」
「そ、それが、ミカ様!! 先生は、死ぬまで瞑想を続けるつもりみたいで!! 今すぐ止めないと!!」
「ええッ!?」
その事実に、ミカは息を飲んだ。
「……ごめんね、だとしたら、ここは通せない」
「なぜです!! 校内で死者を出すなんて、あってはならないはずです!!
救護騎士団の一員としても、見す見す命を捨てようとする者を止めない道理はありません!!」
「うん、わかるよ、みんな。でも、お願い」
ミカが頭を下げた。
救護騎士団の生徒達が、動揺する。
聖園君、と廊下に出てきたトリニティの先生が呟く。
「ギリギリまでで良いから、これ以上は危険ってところまででいいから、やらせてあげてくれないかな」
「……元より、そのつもりであった。
私も気が動転していたようだ」
トリニティの先生は、己を恥じるようにそう言った。
「私からも頼む。彼の覚悟を汲みとって欲しい」
「……わかりました。団長には内緒にしておきます」
自分達の先生からも頼まれ、救護騎士団の生徒達も引き下がった。
「ですが、本当に、ギリギリまでですからね」
「……済まない」
とりあえず、この場はそれで収まった。
アリウスの先生の断食は三日が過ぎた。
その間、彼は鈴を鳴らすだけの動作しかしていない。
その放送を、アズサはスマホで見ていた。
『まだやってるよww』
『ループ映像じゃないの?』
『本当にずっとああなの?』
そのような心無いコメントが、生放送のコメント欄に流れる。
アズサはスマホをしまい、軍用レーションを供える為に、断食を行う先生の部屋の前に向かった。
「どうかアリウスの皆さんが、お腹いっぱい食べれますように」
彼女がそこに辿り着くと、奇妙なキャラバッグを背負った生徒が、まるまるとした鳥のような人形を入り口に供え、手を合わせた。
既に入り口を覆うほどの供物がそこには置かれていた。
彼女が去った後、アズサは軍用レーションを供物の山の前に置き、見様見真似で手を合わせてから立ち去った。
一週間が過ぎた。
クロノス報道部がニュースに取り上げた。
キヴォトス中から、トリニティ当てに供物が届き始めた。
だが、断食を見守る者達は気が気ではなかった。
アリウスの先生は水も飲んでいない。
もういつ限界が訪れてもおかしくはなかった。
「もうこれ以上は危険です!!」
「最初は十日の取り決めだったが、専門家がそう言う以上仕方がないか」
トリニティの先生も決断を迫られた。
だが。
「先生に近づく者は許さない!!」
彼の監視を任されたアリウスの生徒が現れ、救護騎士団の生徒達に銃を向けた。
「君は……」
「私は先生の苦行を見届けるように言われている、それを邪魔する者は許さない!!」
トリニティの先生は思った。
まただ、と。また邪魔が入った、と。
まるで彼の断食を遂げさせようとする意志でもあるかのように、止めようとする度に邪魔が入った。
「……落ち着いてくれ。
邪魔をするつもりはない。せめて、静脈注射などで栄養を与えねば死んでしまう。それは君の本意でもなかろう?」
「……良いだろう。だが余計なことをすればタダで済むと思うな」
その日はそうした、動きがあった。
そうした騒ぎなど気づかぬとでもいうように、アリウスの先生は鈴を鳴らし続けた。
動いていない左腕に点滴が付けられても。
もう救護騎士団の生徒達は放送機材に交じって待機し、昼間は窓から恐る恐る中を見る生徒が絶えない。
供養のための供物は山のようにトリニティの広場に、キヴォトス各地から届けられていた。
連日のようにアリウスの先生の様子は報道され、注目を浴びた。
そして、十日経った。
まだ鈴の音は止まらない。
十五日、二十日、と断食は続いて行った。
そして二十一日目。
鈴の音が止んだ。
アリウスの先生が力尽きたのだ。
「病院にすぐに搬送してくれ、彼を死なせてはならぬ!!」
トリニティの先生は叫んだ。
アリウスの先生は病院に運ばれたが、衰弱が激しく危険な状態だった。
しかし連日の手厚い看護もあり、命に別状はないと診断された。
その報道はキヴォトス中を駆け巡った。
「アリウスの先生。貴方の崇高は見届けさせてもらった」
それを見ていたマエストロは、惜しみない喝采を送った。
:アリウスの先生
アリウス分校を取り巻く虚無を現す、虚無僧の先生。
トリニティから異端とされたアリウスを、異教の先生として表現。
虚無僧は江戸時代に武家の密偵としても伝わっており、それをキヴォトスで暗躍するアリウスの生徒になぞられている。
彼は自らの行いで、己の崇高を示した。
次回はミレニアムの先生をクッションにおいて、その次から順番に状況を整理しようと思います。
この作品の更新速度は、皆さんの高評価と密接にかかわっています。感想も待っています。
よろしくお願いいたします。
あなたはどの先生に勉強などを教わりたいですか?
-
トリニティの先生
-
ゲヘナの先生
-
ミレニアムの先生
-
アビドスの先生
-
百鬼夜行の先生