キヴォトス、先生大量発生中!?   作:ユメ先生

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アリウスの先生:表面化する事態

 

 

 

 その日、ティーパーティーの生徒会室は緊張に包まれていた。

 少なくとも、トリニティの先生たる老紳士はそう感じていた。

 

「……先生、お強いですね」

「ほほほ、まだ若い者には負けられませんな」

 

 ティーテーブルを囲んで、先生とナギサがチェスで対戦していた。

 この場をセッティングしたミカは、静かにその行く末を見守っている。

 

 ミカは事前に、先生にこう伝えた。

 

「アリウスと和解したいの。エデン条約の調印式にアリウスの生徒が出席すれば、その象徴になれると思いませんか?」

 

 それを聞いた先生は、ふむ、と髭を撫でると。

 

「素晴らしいアイディアだね。流石聖園君だ」

 

 と、返した。そうして、この場が出来上がった。

 

 

「それで」

 

 ナギサが口を開く。

 

「ミカさんは先生を連れだしてまで、何をお話したいのですか?」

 

 ナギサがポーンでクイーンを守るナイトを取る。

 

「アリウスの先生のことがあったでしょ?

 もしかしたら、今がアリウスと和解する絶好の機会かなって思って」

 

 先生がビショップを動かし、クイーンの道を開く。

 

「……ミカさん」

「うん」

「論外ですよ」

 

 ナギサのルークが、相手のクイーンの道を阻む。

 

「あれが我々トリニティの評判を下げるパフォーマンスだと、そうは考えられませんか?」

「それ、本気で言ってるの?」

「ふふッ、流石に冗談ですよ」

 

 先生とナギサのポーンが睨み合う。

 

「あの御方の行動は、私とて感じ入るものがありました。

 でも、ことは感情で物事を決めるようなものではありません」

「だけど、これが最後のチャンスかもしれないよ?

 今、世間はトリニティとアリウスの関係に注目してる。

 アリウスの先生を介して、トリニティの過去の、先輩達の過ちを正せるんだよ?

 それは偉大な事じゃないの? ナギちゃんの名前が、トリニティの歴史に残るんだよ」

「ミカさん。私は名誉など求めていませんよ」

 

 先生がビショップを動かし、ナギサがナイトを動かす。

 

「……覚えているでしょう? セイアさんのことを」

「…………覚えてる、去年のことだもの」

「それは、私が聞いて良いことなのかな?」

 

 先生が手を止め、二人に問いかける。

 

「ふふ、先生も既に耳に入っているのではありませんか?

 セイアさんが何者かに襲撃され、ヘイローを壊され、ずっと眠ったままであると」

「……伝聞で大まかには聞いていたが、そこまでの状態とは」

 

 事実上の植物状態、快復の見込み無しと先生は受け取った。

 

「ティーパーティーの警護は厳重です。

 簡単に襲撃できるものではありません……何者かが手引きしなければ」

「なるほど、内部犯が居る、とそう考えているのだね」

「犯人の意図は明確でしょう。

 エデン条約の締結を妨害し、トリニティの混乱と崩壊を目論んでいるのです」

 

 悲しいことに、それはナギサの妄想でも陰謀論でも何でもなかった。

 

「私だけでなく、ミカさん。我々のどちらかがいつ襲われるのかもわからない」

「……そうだね。怖いね」

「ミカさんは私と同じ立場ですし、先生も最近キヴォトスにいらしたばかり。お二人は、個人的に信頼していますよ」

「それは光栄だ。桐藤君の心労や不安は察するに余りある」

 

 先生は彼女の双肩にのしかかる責任や恐怖を思い、憐れんだ。

 

「今は不安要素を学内に持ち込むわけにはいきません」

「おやおや、と言うことは、私も当初は不安要素だったと言うわけか」

「ふふッ、いえいえ、先生が来られたのは良い誤算でしたよ」

 

 先生のジョークに、ナギサも口元を隠して微笑んだ。

 

「先生は各派閥との調整役を担って下さるお陰で、私の負担がそれなりに減りましたので、本当に感謝しています」

「ほほほ、この老骨に出来るのは、生徒の皆の話を聞くことぐらいですからな」

「ふふ、お上手ですね先生。ハスミさんから会談の橋渡し役になってくれて助かっていると聞いていますよ」

 

 武闘派で知られるパテル分派の首長であるミカには、少しだけナギサの緊張が弛緩したように見えた。

 

「……今なら生徒の皆も反対しないはずだよ。

 今が一番簡単に、過去の過ちを正せるんだよ?」

「学内に不安要素を抱えたまま、更なる不安要素を抱えるわけにはいきません」

「ふーん、ナギちゃんったら、独裁者気取りなんだ」

 

 ミカは猫のようにニヤリと笑った。

 

「じゃあ、他の派閥と、シスターフッドや救護騎士団とか、他の古い部活とかに、話を通してくるね♪」

「ッ、ミカさん!!」

「トリニティは民主主義だよ。みんなの意見、聞かなくちゃね♪」

「……私を首長から降ろすつもりですか?」

「おっかしいこと言うなぁ、ナギちゃん」

 

 目を細めるナギサに、ミカはくすくすと笑った。

 

「私達の派閥は最初から敵同士じゃない。

 うちの派閥は表向きエデン条約には賛成してるけど、それは面倒ごとを減らしたいだけ。

 私はゲヘナなんてこれっぽっちも信じてないよ。ナギちゃんはあんな連中、なんで信じられるの?」

「それがパテル分派の公式見解ですか?」

「聖園君」

 

 険悪な雰囲気に、先生が口を開いた。

 

「それは淑女の物言いとは言えないね。

 そして本音は隠しておくものだ。敵を作るのは良くない」

「はーい、先生」

「ミカさんのやり方ではありませんね。先生の入れ知恵ですか?」

「まさか。ただ政治とは常に多数決だよ。それが民主主義だと教えただけだ」

 

 先生は虚を突くように、チェスの盤面を動かす。

 ナギサのクイーンが、ナイト、ビショップ、クイーンに追い詰められている。

 

「助言を欲する者に、それを与えるのが先生の役目だ。

 桐藤君も、遠慮なく私を頼って良いのだよ」

「……結構です」

「ふむ。そうかね。私は常に中立だよ、それは間違えないでくれたまえ」

 

 先生は好々爺然として微笑む。

 ナギサは彼に、底知れない何かを感じた。

 

「今日はこれ以上、話し合いにはなりませんね」

 

 ナギサが席を立つ。

 

「条約締結、頑張ってねー。

 私は私でやるから、二人三脚で頑張ろう?」

「私の前に立つなら、ミカさんでも容赦はしませんよ」

「え、やめてよナギちゃん!! 私とナギちゃんが戦ったら、ナギちゃんが勝てるわけないじゃんね!!」

 

 ミカは面白そうに笑っている。

 ナギサはそれ以上何も言わず、立ち去った。

 

「……あーあ、私って嫌な奴だなぁ。結局説得なんて諦めちゃった」

「後悔しているのかね?」

「ううん。遅かれ早かれ、こうなる運命だったと思うよ」

 

 テーブルに突っ伏したミカは、そう答えた。

 

「最初からこうすればよかった。いつも真面目に頑張ってるナギちゃんに気を使ってた。

 でもアリウスの子たちは、今も飢えて勉強なんて出来ない環境に居る。そんな彼女たちに手を差し伸べて、仲良くお茶会できればいいのに」

「私は聖園君の想いは、高貴な者として称えられるべきことだと思うよ。

 少なくとも、責められるべきことではないだろうね」

「……先生はズルいね、何一つ自分がどうしたいか言わないんだもん」

 

 ほっほっほ、とミカの指摘に先生は曖昧に笑い飛ばした。

 

「次はどうするべきだと思う、先生」

「エデン条約は連邦生徒会が発案したものだ。桐藤君と衝突を避けるなら、間に入って貰うべきだろう。

 あちらを抱き込めば桐藤君にも牽制となるし、アリウスの学校としての運営能力を回復するように働きかける義務があちらにはある。

 連邦生徒会がアリウスに接触するのが難しい以上、シャーレの先生を招致したいと申し出れば、あちらにとっても渡りに船だろう」

「へぇ、それってつまり、ナギちゃんの大嫌いな、不安要素だね」

 

 先生の提案に、ミカは可愛らしくも意地悪い笑みを浮かべた。

 

 事態は既に水面下を脱し、表面化し始めた。

 

 

 

 

 

「意味が分からない」

 

 ミサキはそう呟いた。

 彼女たちスクワッドは自分たちの先生の苦行を見届けた。

 

 結果として、大量の物資がトリニティに届いた。

 しかしそれだけで当然アリウスの生徒達に行き届くわけがない。

 

 じゃあここでアリウスの生徒達がのこのこと出てきて、わーい、と物資を運ぼうとするだろうか?

 トリニティのど真ん中に、猜疑と憎しみに苛まれた彼女達が。

 

 すると、シスターフッドが中心になって、物資の運び出しを始めた。

 彼女たちは文献を調べて、現在のアリウスの最終位置を推測して、人目に付かぬ場所に運ぶことにしたらしい。

 そのまま置きっぱなしにするのも困るので。

 

 そうして最終的に、カタコンベの付近に物資は運び出され、彼女たちは撤収した。

 その物資の山の前に、今四人はいる。

 

「ええと、周囲を確認しましたけど、監視とかはありません」

「発信機の類も無いな」

 

 ヒヨリが周囲の警戒から戻り、物資を分類別に分けている三人にそう言った。

 物資は食料、弾薬、古着や生活用品、その種類は様々だった。

 しかしその殆どは食料が占めていた。

 

「えへへ、これ、全部持って行って良いんですよね!!」

「アリウスの生徒ひと月分は食事に困らないだろうな……」

 

 シスターフッドは大型トラックを借りて、何往復もしてこれを運んでいた。

 それほど大量の物資だったのだ。

 

「馬鹿みたい、自己満足でこんなに食料を置いてくなんて」

 

 ミサキはそう吐き捨てた。

 ここにある物資は、捨てられた物という扱いだ。

 その善意は彼女達に向けられたものではない、物資が送った者が自分が徳を得るためにした。そう言う建前なのだ。

 

 これがシスターフッドのような者達からの施しなら、そんなもの要らないと突っ撥ねられただろう。

 だがその言い訳を封じられていた。

 学の無い彼女たちには、意味が分からないと言うしか、自分の身を守ることができないのだ。

 

「先生も、あんなことしたところで、私達全員が見てるわけでもないのにッ」

 

 アリウスの先生の苦行を知っているのは、この四人と先生を監視していた一人だけ。

 アリウスの生徒達は何も知らないのだ。

 あれだけ派手に世間にパフォーマンスをしたのに、肝心のアリウスの生徒達はそれを知らない。

 

 アリウスの生徒達に取り入るのなら、何の意味も無かった。

 

「姫ちゃん? 先生にとって、訓練……ああ修行だったって言いたいんですね」

 

 アツコが手話でそう語った。

 

「そうですね、私も羨ましいです!!

 痛いのも苦しいのも修行なら、私達も食べ物を貰えるかもしれません!!」

「ヒヨリには無理だろう……」

 

 サオリは目をキラキラさせているヒヨリにそんな言葉を投げかけた。

 

「それに言っただろう、先生は大人だ。私達とは違う」

 

 彼女は無表情でそう言った。

 アリウスを現したような、虚無的で諦念に満ちた、そんな表情だ。

 

「先生を見たからと言って、キヴォトスの連中が我々の何を分かったと言うんだ」

「……ねえ、サオリ」

 

 その声に、ヒヨリとミサキはギョッとした。

 常にマスクを着けていろと厳命されていたアツコが、それを外して声を発したのだ。

 

「私は……サっちゃんも、先生も信じてるからね」

「どうした、急に……ん?」

 

 サオリが面食らっていた時だった。

 彼女の携帯端末にメッセージの通知が来た。

 

「マダムからだ。最近エデン条約関連で水面下で動き回っているエージェントの先生がいるらしい。

 コードネームは『エマ』、奴を可能なら拘束、それが出来ないなら抹殺しろとのことだ」

 

 サオリは仲間に向けそう言った。

 アツコは既にマスクを着けていた。

 

「先生たちを始末すれば大騒ぎになる、よほど邪魔なんだね」

 

 ミサキは武器や弾薬を持ち上げる。

 

「わ、私達の障害になる、ってことですよね」

「恐らくそう言うことだろう」

 

 不安げなヒヨリにサオリは頷いた。

 

「物資の移動は待機中の後続に任せる。いくぞ」

 

 そして、四人はキヴォトスの闇に紛れて行った……。

 

 

 

 

 

 

 トリニティの自治区に存在するとある病院。

 その夜の病室の一つに、アリウスの先生は眠っていた。

 

 衰弱が酷く、しばらくの間面会謝絶の状態だった。

 しかし数日もすれば回復の兆しが見え、呼吸器も取り外された。

 ほどなく意識が戻るだろう、と医療関係者は見ている。

 

 そんな彼を、不安げに見ているアリウスの生徒が居た。

 病室の隅で銃を抱えながら、ずっとだ。

 

 面会謝絶の時もドアの前に陣取り、下品なマスコミを追い返したりしていた。

 

「……先生、アリウスは貴方に恩がある。早く目を覚ましてください……。

 一緒にまた演奏しましょうよ……」

 

 彼女は医学に理解があるわけではない。ただ分かるのは死にそうなほど衰弱しているというだけだ。

 周囲の声から、命拾いしたのはわかっていた。

 だが、まだ意識は取り戻さない。

 

 彼は言った。

 

「憎しみだけが生きる糧、か。

 諸行無常なり。ヒトの業もまた、生きるに必要であるか」

 

 彼はアリウスの生徒達を想い、目を伏せた。

 

「だが、それは希望でもある」

「希望ですか? 私達が苦しみ、虚しさを抱えて生きることがですか?」

「左様。ヒトは他人の苦痛を理解できぬ、卑しい獣よ。

 しかし、そなたらは初めからそれを知り尽くしている。

 他者の苦しみに寄り添うことができる。慈しむことができる」

「……わかりません、他人のことなんて」

 

「スバルよ」

 

 彼は言った。

 

「それでも良いのだ。無理に他人を理解しようとせずとも、生きていればそうしたい相手が現れるだろう。

 拙僧がこれからするように、その時に出会った縁を大事にすればよいのだ。

 そして一度に過酷な修行をするだけが功徳ではない。小さくても数を重ねることが重要なのだ。功徳に特別も何も無いのだからな」

 

 さすれば相手や自らに仏を見出せるだろう、と。

 

「…………あッ」

 

 スバルは気づいた。

 アリウスの先生がゆっくりと目を開けたのだ。

 

「……まだ仏の御許には行けなんだか」

「先生、先生!! 目を覚ましたんですね」

「スバルか、心配をかけたな」

 

 ナースコールを押すスバルを横目に、彼はかすれた声で言った。

 

「少々、狐の天女と禅問答に夢中になっていた。

 どれくらい眠っていた? 十日経ったのだろうか?」

「十日どころじゃありませんよ!!」

 

 彼女は早口で自分がどれだけ心配したか捲くし立てた。

 

「そうか。思いのほか身が入り過ぎてしまったようだ」

 

 すぐに看護師がやってきて、医者もその後に続いた。

 アリウスの先生が目を覚ましたことはすぐに報道された。

 

 体力が回復した頃には、取材なども受けたりできるほどになった。

 講演の依頼なども続出し、講義の依頼は異教の筈のトリニティからもある程だった。

 

 スバルは監視の名目で、講演に回る彼に付いて回った。

 キヴォトス各地で尺八とハーモニカを吹いて回る二人の姿が度々目撃されたと言う。

 

 

 

 





正直、アリウスの先生の監視役の生徒は、モブにするかどうか迷いました。
この作品は先生がテーマということで、ネームドの生徒以外の描写に力を入れていたからです。
でも、折角最近実装できたので、彼女を登場させることにしました。

あと、今週は諸事情で更新は難しいかもしれません。あしからず。
それでも高評価や感想を頂ければ、なるべく早く返信しますので、よろしくお願いします。

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