キヴォトス、先生大量発生中!?   作:ユメ先生

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シャーレの先生:華麗なる食事会

 

 

 

 連邦捜査局シャーレのオフィス。

 

 その日の“副担任”はゲヘナの先生であった。

 “当番”のユウカと一緒に、三人揃って書類仕事である。

 

「連邦生徒会のガキども、かなりの数をシャーレの先生に書類仕事を投げてるな」

 

 性分なのか、ゲヘナの先生は書類仕事をしながらその傾向を分析をしていた。

 

「あいつらも大変なのは分かるが、シャーレの先生を通した方が簡単に書類が通るって思ってやがるのが透けて見えるな。

 そして肝心のシャーレの先生は書類仕事が苦手、と」

「“……すみません”」

「あ。っと、悪い悪い。揶揄してるわけじゃないんだ。

 どうすれば業務を改善できるか考えててよ」

 

 シャーレの先生が申し訳なさそうにしているのを見て、ゲヘナの先生は笑いかけた。

 

「シャーレの業務は連邦生徒会の書類仕事も含むから、容易に外部の事務員を雇えないのは分かる。

 だからと言って、“当番”と称して生徒にバイト代を払うシステムも効率が悪い。ユウカちゃんのように事務仕事が得意な生徒に当たるばかりじゃないしな」

「恐縮です。私もシャーレの業務改善に関しては思うところがありましたけど、子供の時分で口を出すのも憚れたので助かります」

「……良いなぁ、ミレニアムの生徒ってみんなこんな風に真面目なんだろうか。うちのガキどももやんちゃばかりじゃなくてやりたいことを勉強に転化してほしいもんだ」

 

 副担任に当番も揃って言いたいことをずばずば言うタイプなので、シャーレの先生も肩身が狭かった。

 

「かといってシャーレの業務は定常作業も少ないからマニュアル化も難しいと来た。

 手っ取り早く、当番の人数を増やすのがベターだろうが……」

「そ、それはちょっと……そ、そうです、騒がしくなると私は集中できなくなるので!!」

 

 ユウカは急に取ってつけたような言い訳を並べ始めた。

 

「あー、はいはい。なるほどなるほど」

「ゲヘナの先生!! なんでニヤニヤしてるんですか!!」

「いやぁ、シャーレの先生も隅に置けないねぇ、って思っただけだよ」

「何を勘違いしてるか分かりませんけど!! シャーレの先生は関係ありませんから!!」

 

 顔を赤らめて早口でまくし立てるユウカを、ゲヘナの先生は笑って見ている。

 

「そういや、シャーレの先生。聞いたか?

 ほら、例の先生が自分のところの生徒会長と一線超えちゃったって奴。クロノスの先生がすっぱ抜いてたアレだよ」

 

 クロノスの先生は、先生達の抑止力を自称し、各学校の先生達の動向や活動などを“機関紙”と称して勝手に発行しているのだ。

 彼女の主張自体は真っ当だが、要するにデバガメである。

 そもそも先生達は横繋がりはあるが、別に一つの団体でもないので、機関紙という表現も適当ではない。

 

 だが、その機関紙はまだ二回目の発行なのに生徒達に大人気だった。

 そう、生徒達に、である。

 

「“トリニティの先生は不適切だ、と怒っていたと聞いていましたね……”」

「あの爺さんも頭が硬いよな。

 相思相愛で自由恋愛なんだから別にいいじゃねえか。先生の方も責任を取るって言ってるし」

 

 ゲヘナの先生は楽しそうだ。所詮他人事である。

 そのクロノスの先生がすっぱ抜いた件とは、先生と生徒が恋愛関係に発展してしまった話である。

 

 機関紙によると、小さな高校の先生とその生徒会長が、赴任してから二か月の間二人三脚になって、学校の問題を共に解決していったと言う話から、あれ絶対付き合ってるよね、いつかヤルと思ってます、と周囲の反応などなど。

 これは怪しい、と睨んだクロノスの先生が直撃取材をしたところ、観念して吐いてしまったらしい。

 

 それによって当先生は頭を丸めて記者会見なのか婚約発表なのか分からない発表を、彼は自分のところの生徒会長と肩を寄せ合ってすることになったのである。なお、当生徒会長は勝者の笑みを浮かべていたそうな。

 これには多くの祝福と、物議を醸しだした。

 

 トリニティの先生は不純異性交遊はけしからんと怒っていたが、男先生達の多くは、気持ちは分かる、と同情的だった。

 なお、女先生達の多くはラブロマンスにキャーキャー言っていたようだ。

 節度を守るべき、生徒に手を出すとは何事か、でも別にキヴォトスじゃ先生と生徒の恋愛は犯罪じゃないし、それに関する法律が想定されていないだけだ、等々ちゃんとした論議もインターネットで成された。

 ちなみに連邦生徒会はこの件について、コメントを差し控えている。

 

 そんなこんなで、シャーレの先生も他人事ではないのである。

 ジーッと半眼で見てくるユウカの視線を、精一杯知らんぷりするしかないのだ。

 

 別の意味で居心地が悪くなってきたところに、オフィスの備え付けの電話が鳴った。

 これ幸いと彼は受話器を取った。

 

「“はい、こちらシャーレ”」

『シャーレの先生かい? 私だよ、トリニティの先生だ』

 

 受話器から漏れ出た声に、隣のデスクで作業をしていたゲヘナの先生がギョッとした。

 

『今夜は空いているかな? 少々急で申し訳ないが、食事でもどうだろうか』

「“あ、はい、問題ないです”」

 

 シャーレの先生は自分のスケジュール帳を捲り、そう返した。

 私的な会合でないと判断したからである。

 要するに、仕事の付き合いと言う奴だ。

 

『おお、それはよかった』

「爺さん、アポ無しとかあんたにしちゃ礼儀がなってないな」

『……その声は、ゲヘナの小僧か。

 なるほど、今日の副担任は奴だったか』

 

 ゲヘナの先生が横から茶々を入れると、ふむ、とトリニティの先生は電話越しに唸った。

 

『せっかくだ、シャーレの先生。そこの小僧も連れてくるといい。食事は大人数の方が楽しいからね』

「……あの、うちの先生も呼んだ方がいいですか?」

 

 なにやら重大な政治的なやり取りが行われる気配がして、ユウカが声を潜めながらも尋ねた。

 

「ミレニアムの生徒が、うちの先生もどうかだって」

『ああ勿論構わないよ。女性がいる方が花があるからね』

 

 その後、トリニティの先生は集合場所の店の名前を伝えて、通話を終えた。

 

「なあ、今の店って……」

「ええ。キヴォトスでも五指に入る高級レストランです」

 

 ゲヘナの先生の懸念を、ユウカが肯定した。

 

「“ええッ、高級レストラン!?”」

「ああ、一回の食事で数十万飛ぶところだ」

 

 戦慄しているシャーレの先生に、ゲヘナの先生がスマホで美食研究会の公式アカウントを見せた。

 当該のページでは、あのハルナが月一でリピートしている、と語っているほどの名店であった。

 

「“け、経費で、落ちるかな……”」

「シャーレの先生、誘ってきたのはあっちだ。あいつに奢らせるから、そう慄くなって」

 

 一般庶民と金銭感覚が違わないシャーレの先生は震えている。

 そんな彼に安心するようにゲヘナの先生は声をかける。

 

「すみません、席を外します。うちの先生に連絡を入れますので」

「“うん、わかったよ……”」

 

 ユウカが席を立つ。

 シャーレの先生はなんだか大事の予感がしてきた。

 

「はあ、とりあえず、今日のシャーレは店じまいだな」

「“え?”」

「ドレスコードがあるんだよ。あの爺さんに合わせるなら、最低でもインフォーマルだな。服、あるのか?」

 

 インフォーマルならダークスーツなどが求められる。

 シャーレの先生は、仕事用のフォーマルなスーツしか持っていなかった。

 

「“すぐに買いに行きましょう……”」

「おう、良いの選んでやるよ」

 

 結局、その日の午後は服選びで潰れてしまった。

 ユウカがやたら張り切っていたことしか、シャーレの先生は覚えていなかった。

 

 

 そしてその日の夕方。

 D.U.某所にある、高級ホテルの最上階にある高級レストラン。

 そこが待ち合わせ場所だった。

 

 シャーレの先生はユウカが嬉々として経費で落とした黒いスーツを身に纏い、理髪店で髪を整えて馳せ参じた。

 普段の柔和な雰囲気が引き締まり、頼りなさそうな若者と言う印象が消え去ったその姿をユウカがスマホでパシャパシャするほどの出来栄えである。

 

「まだまだ服に着られてるって感じだが、気にするな。すぐに貫禄ってのは身に付くもんだ」

 

 対して、ゲヘナの先生は普段のだらしないくたびれた軍服ではなく、映画にでも出れそうなちゃんとした礼装だった。

 こうして見ると不良軍人と言うより、歴戦の将校のように見えるから不思議だ。

 

「ねえ、なんで私が呼ばれたの……。何にも聞いてないんだけど……」

 

 そして、ユウカに呼ばれて急遽参戦してきたミレニアムの先生は、大胆に肩が見える赤いドレスを着て来た。

 シャーレの先生のように今回の為に設えた物ではなさそうだが、同時にゲヘナの先生のように着慣れているようにも見えなかった。

 

「それは俺達もわからん。だが……」

 

 ゲヘナの先生がスマホを取り出す。

 ニュースアプリの見出しには、『三大学校とシャーレの先生の秘密裏の会合!? エデン条約の打ち合わせか』と既にトレンドになっていた。

 ホテルの近くの物陰で、クロノスの先生がスタンバって居るのが見える。

 同じくクロノスの生徒らしき記者が、デカいカメラを三人に向けてカシャカシャと絵を撮っている。

 

「面倒ごとの予感しかしない……」

 

 それは他の二人も同じだった。

 

 

 予定時刻に、トリニティの先生は来なかった。

 遅れてくるから先に食事をしていてくれ、と言うことで三人は最上階の高級ホテルに入った。

 

 もう別世界のような煌びやかさで、シャーレの先生はもう既に眩暈がしそうだった。

 

「こちら、帆立貝の極低温マリネ~白トリュフの香りを纏わせたシャンパーニュの泡と初夏のハーブが囁く瞬間~でございます」

 

 なんて? とシャーレの先生は差し出された料理の名称に聞き返しそうになった。

 脅威の記憶力を持つミレニアムの先生も頭に入ってこない感じだった。

 

「へえ、これがアミューズか。流石ハルナの一押し、期待できるな」

 

 ゲヘナの先生はすぐにナイフとフォークを手に取って、マリネを食べ始めた。

 テンションの低いミレニアムの先生も、もそもそと食べ始める。

 

「美味いな、これ!!」

「……食べた気がしない」

「まあまだ前菜ですらないからな」

 

 正直、シャーレの先生もミレニアムの先生の意見に同意見だった。

 その後も。

 

「こちら前菜のフォアグラのテリーヌ~林檎とアールグレイでゆっくりと煮含めたコンフィチュール、月明かりのように淡いブリオッシュを添えて~、でございます」

「オマール海老のロースト~甲殻のエッセンスを凝縮したビスクソースとサフランが描く黄金色の余韻~、でございます」

「48時間低温で火入れした和牛フィレ肉~赤ワインとカカオが織りなす重層的ソース

 季節野菜のポエを背景に~、でございます」

 

 前菜に続き魚料理、口直しを挟んで肉料理。

 趣向の凝らした贅沢な、芸術品のような料理が次々と運ばれてくる。

 

「なんだかAIに考えさせたようなネーミングだね……」

 

 と、ぼやくミレニアムの先生。

 あんまりこういう雰囲気は得意では無いようだ。

 

「やあ、申し訳ない。遅れてしまって」

 

 すると、燕尾服を着たトリニティの先生が遅れてやってきた。

 

「何だかただの食事会なのに、世間は大騒ぎしているそうだね」

「“ええ、そうみたいですね……ただの食事なのに”」

「しかしシャーレの先生。正式にこういう場に誘われることもある。こういった雰囲気に慣れておくべきだろう」

 

 ……はい、とシャーレの先生は言う他なかった。

 

「それで、爺さん。シャーレの先生を呼び出してどうしたんだ。トリニティの学内で面倒ごとか?」

 

 高級そうなワインの香りを楽しんでから口に含み嚥下したゲヘナの先生が口火を切った。

 

「ふむ、まあ大したことではないのだが。

 三人に聞いてほしいことがあるのだよ」

 

 そう言ったトリニティの先生は、いつもの紳士然とした笑みが無かった。

 これには三人の先生も顔を見合わせる。

 

「名前は伏せるが、我が校のある生徒についてだ」

 

 彼がそう話すのと同時に、ミレニアムの先生が指を鳴らした。

 すると入り口からメイド服の生徒達が現れ、周囲を“清掃”し始めた。

 すると出るわ出るわ。盗聴器やら、他の客に扮した某かが。

 店内から対物ライフルをぶっ放し、外から撮影していたドローンなども撃ち落とし、“清掃”を終えるとメイド達は一礼をして去って行った。

 

「うちのハウスキーパーは優秀だろう?

 それに特に優れた四人が周囲を警戒してくれている」

「ああ、配慮をしてくれてありがとう」

 

 ミレニアムの先生の言葉に、トリニティの先生は微笑んだ。

 シャーレの先生はギョッとしていた。然もあらん、自分の襟の裏から小型の盗聴器が出て来たのだから。

 ゲヘナの先生は、あの店はもう使えねぇな、と淡々と呟いた。

 

 そして、トリニティの先生は話し始めた。

 

 

 

 

 今朝のことであるらしい。

 トリニティの先生は学内の広場で生徒達が登校するのを見守り、声を掛けると言う日課をしていた。

 

 すると、ある生徒達の集団が、声掛けを始めたそうだ。

 

「皆さん、アリウスの皆さんを、かつての過ちを正す為に声を挙げましょう!!」

 

 そう言った運動は、最近トリニティ学内で多く見られるようになったと言う。

 アリウスの先生の行動を発端に、トリニティの生徒達は埃被った歴史に目を向けるようになったのだ。

 

 真面目で勤勉な、正義感の強い生徒が多いトリニティの生徒達の自主的な活動である。

 多くの派閥でも、アリウスについてどう対応すべきか論議され、過去の歴史について勉強会なども開催されるようになった。

 

 それ自体は素晴らしいことなのだが。

 

「先生、少しよろしいですか」

 

 そんな彼女たちを見て、こわばった表情をしている生徒が居た。

 浦和ハナコだった。

 

「おや、浦和君じゃないか。どうしたのかね?」

「今の学内の運動について、意見をお伺いしたくて……」

「……ふむ」

 

 先生としても、思うところがあるのか頷いた。

 

「勿論構わないよ。でもこれからは授業がある。

 イレブンジズの頃に一緒にお茶でもどうかね、レディ」

「ええ、ではその頃に」

 

 トリニティのカリキュラムでは、やたらとティータイムの時間が設けられており、一般生徒は友達とお茶をしたり、派閥に属する生徒は政争に明け暮れている。

 イレブンジズは11時頃のティータイムを差す。

 

 そうして、先生は元々あったお茶会の予定をキャンセルし、お詫びの連絡を入れてから、ハナコとのお茶会に望んだ。

 

「……最初に聞いた時は、私も驚いたよ。

 今年に入ってから、小テストや実力テストの類を、全て出鱈目な回答をしているそうだね」

「……」

「そして、先日は水着姿でミサの授業に参加しようとして追い出されたと」

 

 最初に話し出したのは先生の方だった。

 彼の故郷の作法では、あまり他人の内面に踏み入るのは紳士的とは言えない。

 だが、それは生徒の発するシグナルを見過ごす理由にはならない。

 彼はトリニティの先生なのだから。

 

「……先生は、今の学内の様子についてどう思いますか?」

 

 ハナコは先生の指摘に答えずに、そう話を切り出した。

 

「君は今朝、アリウスについて啓蒙活動をしている生徒達を見て顔を顰めていたね」

「あれは体のいい、派閥の勧誘ですよ」

 

 ハナコはそう断言した。

 

「勿論、アリウスの生徒達の環境を憂いているのは嘘ではないのでしょう。

 しかしそれは、苦いクッキーに甘いチョコレートで覆い隠すようなもの。私は、アリウスの方々が派閥拡大の出しにされているのを見ていられません」

 

 彼女はそのように心境を吐露した。

 先生が入れてくれた紅茶の水面を見るばかりで、手を付ける気配もない。

 

「浦和君」

 

 先生は微笑んでこう言った。

 

「それの何が悪いのかね?」

 

 ハナコが顔をあげる。

 

「彼女達は高貴なる者の義務を果たそうとしているだけだよ。

 トリニティはそう言う学校だ。学内派閥に所属し、その勢力争いという“練習”を行う場なのだ」

「練習、ですか」

「そうとも。政治の世界は一つの失敗が命取りだ。

 だからこうして、将来の為に成功と失敗を学ぶのだ。子供は大人と違って、失敗が許されるからね」

 

 勿論、トリニティの政争での失敗で地位が失墜することもある。

 だがそれは所詮学内の出来事にすぎない。

 彼はそれを“練習”と称したのだ。

 

「……では、私達一般生徒は、その“練習”に付き合わされる駒に過ぎないというのですか?」

 

 ハナコはトリニティの先生に、いや、目の前のトリニティそのものにそう問うた。

 

「君らしくないね、浦和君。君の視座はそのように狭いモノでは無い筈だと思っていたのだが」

「……」

「職業に貴賤は存在しないが、政治家とただの労働者、両者の一時間の価値は残念ながら大きく異なる。

 トリニティという学校の生徒会は、キヴォトス社会に大きな影響を与えるのだよ。

 より大きなことをする為に、派閥の拡大を行うのは当然のことだ。

 実行力の無い口だけの政党など、存在する価値など無いからね」

 

 彼女たちの先生は、そう語った。

 

「先生は、その一員として私を期待していらっしゃるのですね?」

「それは勿論。だからこそ、君の不調が心配でならない」

「不調、ですか」

「残念ながら、私は君の心の内を理解してあげることはできない。

 君の行動が君なりの危険信号だと言うのはわかる。

 だが、私のような年老いた老人には、これまでの生き方通りのやり方を当てはめることしかできないのだよ」

 

 先生はハナコの将来を憂いていた。

 このままでは、彼女の未来に差し障るのではないか、と。

 

 だからこそ、彼女の“今”に寄り添うことは出来なかった。

 それに彼女の内面に踏み込み、あれやこれや口を出すのは、紳士の行いではないからだ。

 

「だから私は、君や周囲の価値を貶めるようなことは控え、学校から距離を取り静養するべきであると、助言することしかできない」

「……わかりました。貴重なお時間をありがとうございました」

 

 ハナコはそのまま席を立ち、頭を下げた。

 先生には、もう結構です、としか聞こえなかった。

 

 

 

 そのような出来事があったと、トリニティの先生は語った。

 

「……難しい話だな」

 

 ゲヘナの先生は、意外にも嫌味ひとつ言わずにそう呟いた。

 

「“そうですね……”」

 

 シャーレの先生も頷く。

 ハナコの奇行についてはぼかされて伝えられたが、真面目だった生徒がテストを放棄するような点数で提出した事実を、彼は重く受け止めていた。

 

「私はトリニティの先生の対応は間違ってないと思うけれどね。

 結局のところ、学校とは生徒の最大公約数を成績と言う形で示すしかない。

 環境に適応できない特殊な事例に労力を割くのは不合理だよ」

 

 ミレニアムの先生は淡々とそう答えた。

 

「“ですが、そう言った生徒に寄り添うことこそ、教育なのではないですか?”」

「私もそれは否定しないよ。でもトリニティの文化を否定しても、その生徒にとっても苦しいだけだ。我々が全ての生徒の面倒を見れない以上、休学を勧めるのは当然だと思うよ」

「俺は、自分の学校を誇れなくなったんだと思うぜ」

 

 シャーレとミレニアムの先生が意見をぶつける横で、ゲヘナの先生が言った。

 

「うちの学校は知っての通りだが、トリニティほどの名門ならそこに所属しているだけで誇りを得られるもんだ。

 だがどんな物事にも裏側がある。トリニティの政争の裏じゃ、陰湿で巧妙ないじめの温床になっているとも聞くしな」

「否定はしないよ。実際、いじめに関する相談を受けたこともある。それらは人権を侵害する断じて許せない行いだからね」

 

 ゲヘナの先生の指摘に、トリニティの先生も断固とした表情で答えた。

 

「“学校生活を楽しいと思えないのは、辛いですね……。

 私のような若輩者に正解が何かとは言えませんが、私なら彼女のしたいことを聞いて、それを応援したいと考えます”」

「シャーレの先生。君はそう考えるのだね」

 

 トリニティの先生は、シャーレの先生を眩しそうに見ていた。他の二人の先生もそうだった。

 

「その視点は私にはなかったよ。

 彼女は成績優秀で人望もあり、周囲から将来を嘱望され、生徒会の要職に就くだろうことは私も疑っていなかった。

 しかし、やりたいことを行うのは、卒業してからでも遅くはない」

 

 トリニティの先生はそのように考えていた。

 

「まあ、な。ガキの内にやりたいことをするのも間違いじゃないが、結局大人になってからの方がやれることは多いし、使えるカネの大きさも違う。

 学校を卒業しても、学生時代の友達との関係が完全に終わるわけでもない。

 ガキの頃にバカやるのが楽しいし、ダメージが少ないのもわかる」

「確かにね。でも学生時代に色味が無いと、将来後悔するものだよ。私が今実感しているし」

 

 先生達は難しい問題だ、と頭を悩ます。

 正解が無い問題だった。

 

 派閥に所属して見れば案外やりがいがあって適応してしまうかもしれないし、学校から離れたかと言ってそれはそれで学歴に傷がつくだけかもしれない。

 

「……もうこんな時間か。

 意外と話し込んでしまったね」

 

 トリニティの先生が腕時計を確認しながらそう言った。

 

「皆の意見を聞けて、気が楽になったよ。

 彼女にはもっといい対応ができたのではないか、と思わずにはいられなかったのでね」

「“いえ、そう仰らずに”」

 

 シャーレの先生も彼の苦悩を理解し、そう言った。

 

「全く、生徒のことで悩めるなんて羨ましいぜ。うちのガキどもは今しか見てねぇしな」

 

 ゲヘナの先生はそんなことまで言う始末である。

 

「君のところの生徒は少々無軌道すぎるのだ。

 もっと我が校の生徒のように、将来を見据えてだな……」

「良いんだよ、お前んとこの生徒より、うちのガキどもは愛嬌があって可愛いんだから」

「……それは聞き捨てならな台詞だぞ、小僧。

 気品と学力、そして良識を併せ持つ、キヴォトス随一の名門校である我が校の生徒が一番優れている」

 

 すると、急に両学校の先生は視線でバチバチやりあいだした。

 

「まったく、よくやるよ」

 

 そんな二人を、ワインを呷りながらミレニアムの先生が見ていた。

 

「キヴォトスの科学技術を牽引する、うちの生徒が一番に決まっているのに。みんな利口で魅力的で、最も社会に影響力を持っている。そう思うだろう、シャーレの先生?」

「“えッ”」

「君はうちのユウカを生徒として最も信頼しているのだと、私は認識しているんだけどねぇ」

 

 そんな彼女は火に油を注いだ。

 は? みたいな表情のトリニティとゲヘナの先生。

 

「面白ぇ、じゃあシャーレの先生に訊いてみようか。

 どの学校の生徒がキヴォトスで一番かをな」

「ふむ、興味深い提案だね。シャーレの先生に選んでもらおうか」

 

 年上二人から圧を掛けられる、シャーレの先生。

 

「“あ、その、私にとって、生徒達は全員等しく可愛くてですね──”」

「そんな温い言葉で許されると思うのかい?」

 

 ミレニアムの先生が笑っている。攻撃的な笑みである。

 

「仕方ない、うちの生徒達の魅力を余すことなく教えてあげよう。それを判断材料とするといい」

「お、いいね、俺も語ってやろう」

「私も語り尽くせないほど、我が校の生徒達について語れるとも」

 

 えぇ、とシャーレの先生は絶望の表情になった。

 お開きの空気だったのに、結局レストランが閉店時間を迎えるまで決着はつかなかった。

 

 

 翌日、キヴォトスをクロノスの新聞部のネット記事が駆け巡った。

 そのタイトルは『シャーレの先生VS三大学校先生!? 会合場所のレストラン店員が証言!? うちの学校の生徒が一番可愛い論争が巻き起こる!?』だった。

 

 

 




トリニティの先生は、トリニティそのものなので、ハナコの地雷をピンポイントで踏みまくることしかできないのです……。
どの学校の先生も、自分のところの生徒が一番可愛いって思ってそう。

副担任をゲームでも設定できるなら、特定の学校の生徒や属性、使用武器とかの常時バフデバフがありそう。

次回は今度こそ補習授業部編に移行するかも。

あなたはどの先生に勉強などを教わりたいですか?

  • トリニティの先生
  • ゲヘナの先生
  • ミレニアムの先生
  • アビドスの先生
  • 百鬼夜行の先生
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