キヴォトス、先生大量発生中!?   作:ユメ先生

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シャーレの先生:決闘前夜

 

 

 

 四日目の夜。

 

 夕食の時間は戦いを望まぬ後方支援のアリウス生が作った料理が食堂に並べられていた。

 

 先生達のアリウスの生徒に対するアプローチは単純だ。

 学習性無気力の対処法は、スモールサクセス……つまり小さな成功を重ねて、自己肯定感を高めさせていく手法が用いられる。

 

 その為に、料理は最適だった。

 簡単な料理を作らせ、褒め、成功体験を与える。

 

 自分達の行動の結果が結実し、何かを変えることが出来ると考えられるように思考をシフトさせる。

 

 要するに、これまでと変わらない。

 それこそが、彼ら先生達が彼女達にしてきたことが間違いではないことの証左だった。

 

 しかし、戦いを選んだ者、前線組と呼ばれるようになった彼女達は、違った。

 ガチガチに訓練をさせ、疲弊させ、仲間との協力を余儀なくさせる。共同体への帰属意識を強める方向性でのアプローチをSRTの先生は行った。

 つまり、結束力を高め、部隊としての練度を高める手法だった。

 

 それはSRTの生徒に対して行ったように、極限の状況下で思考能力を奪い、新しい価値観を植え付けるモノだった。

 

 それを見たゲヘナの先生は、こう言った。

 先生達は一塊に同じ席で夕食を取っていた。

 

「教育とマインドコントロールの違いってのは何だろうな」

 

 洗脳とマインドコントロールは明確に異なる。

 前者は暴力や脅迫などを用い、後者は教育によって思想を統制する。

 

 SRTの先生は、既存の価値観を摩耗させ、アリウスの生徒達に強烈な連帯感と仲間意識を与えようとしていた。

 

 この厳しい訓練を乗り越えたから、仲間が居たから何とかなった、……そうして自信と誇り、仲間意識を与えるのだ。

 そのやり方自体は究極的に、他の先生達と変わらない。だが、その境は何だ?

 

 優しさが、厳しさが、結果が同じならば、そこに良し悪しがあるのだろうか?

 彼女らがマダムと呼ぶ存在と、何が違うのだろうか。

 

 彼らは、子供の為に、将来の為にと教育を与える。

 だがそれは最終的に社会へ還元される為でもある。

 つまり、マダムとやらの利益になるか、社会の利益になるかの違いしかないのだ。

 

「教育と洗脳の違いは、度々論議されることだ。俺の祖国でも、政治によって子供に教えることがコロコロ変わる。

 最近までの過剰なマイノリティへの配慮だとか、それの最もたるものだろう」

 

 SRTの先生は、悩まし気にしているシャーレの先生にそう語ったと言う。

 

「“私は、子供たちを自分たちの思想の為に利用するのは違うと思います”」

「それは同感だよ。しかし、シャーレの先生よ。こうは思わないか?」

 

 彼はシャーレの先生に語り掛けた。

 

「俺らは一応、向こうの思想をこっちに持ち込まないって契約で来た。

 これはあのレッドウインターの先生すら守ってることだ。いやまあ、あの男は政治の話題をしなけりゃ、私的に付き合う分にはそこまで突飛な奴じゃないぜ」

 

 本当だろうか、と先生達は訝しんだ。

 

「シャーレの先生、あんたは子供たちの責任を持つのが大人だと言う。

 だが、それはそもそもキヴォトスには無い価値観だった。

 それはお前の、──向こうの“思想”なんじゃないのか?」

「そりゃ暴論だろ」

 

 SRTの先生の言葉を、ゲヘナの先生が声を挙げた。

 

「俺らの社会じゃ、未成年には責任能力ってもんがないってのが前提だ。

 思想じゃなくて、常識って分類するのが正確だろう。

 ここのガキどもが全員銃を持ってるのと同じだ」

「だが、キヴォトスには無いものを持って来たってことでは同じだろう」

 

 シャーレの先生とアビドスの先生はそのやり取りで思い出した。

 あの、黒服の言葉を。そして、この世界の大人達の、子供への態度を。

 

 そして、子供たちの大人への態度も。

 多くの立場ある生徒達は、大人たちのやることに口出しをしなかった。大人のすることに口を出すべきではない、と。

 それは子供として分を弁えたからではなく、どこか透明な壁を隔てたが故の発言だった。勿論それは、大人たちへ信頼を前提としている部分も大きかったが。

 

「キヴォトスで大人と子供は分断されている、ということか。

 アリウスの子供たちが、大人だから、という理由でマダムとやらや我々に従ったように」

 

 山海経の先生が思慮をしながらそう呟いた。

 子供が大人の責任を取らないように、その逆もまた然りなのだ。

 

「そうだ。そして両者はお互いに好き勝手をしている。

 そしてそんな中に、俺達はやってきた」

 

 キヴォトスにやってきた先生達は、皆自分たちの行動に責任を持っていた。

 

「いろいろ言ったけどよ、今の話は気にすんな」

「“なぜです?”」

 

 真剣に悩み、考えていたシャーレの先生が問う。

 

「言っただろ。この世界は、大人にとっても楽園だとな。

 俺らのやることに、口出しはさせんさ。誰にもな。俺らは俺らが正しいと思ったことをすりゃいいさ」

 

 SRTの先生は若い先生達を、優しく導くようにそう言った。

 そう、ずっと黙って補習授業部の面々が座っている方を見ているアビドスの先生に対しても。

 

 彼女は、食欲がない、と言ってこの場に居ないハナコを案じていた。

 

「だからと言って、決闘はやり過ぎですよ!!」

 

 昔から話し合いでことを収めようとしていた彼女にとって、決闘なんて言うのはどうしても不必要な暴力だ。

 

「かもな。あっちも今更になって冷静になって後悔してんじゃねぇか」

「だったら!!」

「だが、吐いたツバは飲めねぇよ。そりゃあ砂を舐めるのと同じだ」

 

 ゲヘナの先生は淡々とそう返した。

 

「“……先生方。実は少し相談があります”」

「なんだ? シャーレの先生」

 

 納得していない様子のアビドスの先生から、彼はシャーレの先生に視線を戻した。

 彼は真剣で、悩まし気にしていた。

 

「“アリウスの実情は、当然このままにして良い訳ではありません。

 ここに居る彼女達の何倍も、自治区に囚われているのですから”」

「そうですね……」

 

 アビドスの先生も、その現実に俯いた。

 彼女らを心配するあまり、さっきから食事も喉を通らない様子だった。

 

「“ここは、我々なりの大人の戦いをするべきだと思います。

 ですがそれは、彼女達を世間の好奇の目に晒すことになるでしょう”」

「言ったろ、気にすんな」

 

 どこまでも子供たちの事を考えているシャーレの先生に、SRTの先生はあっけらかんとそう言った。

 

「その辺について、考えてることがある。

 昨日言いそびれた、俺がここに来た三つ目の理由だ」

 

 SRTの先生は声を潜め、先生達に自分の計画を端的に話した。

 

 先生達は、絶句していた。山海経の先生を除いて。

 

「まさか、アリウスの生徒達を利用する為に、君はここに来たのかね?」

 

 老人はある種の敵意を持って、彼に問うた。

 

「いいや、それは偶然だ。俺はティーパーティーに依頼されてここに居る。アリウスの連中に関しては、……あいつらが見てられなくてな。

 だが、こいつらに尊厳を与えるには丁度いいと思わないか?」

「……俺は、賛成だ」

 

 ゲヘナの先生は厳かにそう答えた。

 

「いずれにせよ、この人の計画はやらなければならないことだ。遅いか早いかの差だ。

 それがアリウスの生徒達の為になるなら、異議は無い」

「……そうだね。私はこの身一つだが、参加はするよ」

 

 山海経の先生は、事実上の賛成を示した。

 

「……私も、賛成です。あまり巻き込んだりしたくないけど、どうしても必要ならうちの子達を呼んでも良いです」

 

 アビドスの先生も、顔をこわばらせて頷いた。

 SRTの先生が語ったことは、温和で平和主義の彼女が自分の後輩達に頼らなければならないほどである、と判断したレベルのことだった。

 

 そして皆は、シャーレの先生の言葉を待った。

 

「“……連邦生徒会の、承認をお願いします”」

 

 彼は、苦渋の表情でそう言った。

 上司の命令なら従う。それが彼が大人として精一杯の、譲歩だった。

 

「勿論だ。俺の娘たちを総動員する。防衛室に話は通すに決まってるだろ」

 

 SRTの先生は狼マスクの下で、狂暴に笑った。

 

「他の先生にも手を借りるつもりだが、トリニティの先生の政治力も必要になるだろう。

 そして、こう言っては何だが、今回の決闘騒ぎはあの先生に接触するのには丁度いい目晦ましなる」

 

 彼はシャーレの先生を見やった。

 

「俺達が大人の戦いをするなら、彼女の協力は必要だろう?」

「“……そうですね。それについては異論はありません”」

 

 あの先生の協力を得ること、それにシャーレの先生は少しだけ複雑そうにしていた。

 

 

 

 

「“ハナコ、何か食べないと持たないよ”」

 

 夕食後、ひとり教室で勉強を続けていたハナコにシャーレの先生はおにぎりの差し入れを行った。

 

 補習授業部の三人も、席に戻る。

 

「ありがとうございます、すみません、ご心配をおかけして」

「そうだぞ、食べられるときに食べないと。急に補給が途絶えることもある」

 

 アズサが大真面目に言った。アズサはいつでも真面目である。

 

「そうよ、幾らあんたがおバカでも、何も食べずに勉強なんて……」

 

 コハルの言葉は棘があったが、ハナコとの距離感を計りかねてるような、彼女の内心が透けて見えた。

 

「私も、ごはんはちゃんと食べた方が良いと思います。

 勿論、ハナコちゃんの気持ちはわかりますけど……」

 

 ここ数日は、自分達の心をかき乱す事柄が多すぎた。ヒフミは彼女を気遣いながらもそう思っていた。

 

「……すみません。気を遣わせてしまって」

「あんたが気にしすぎなだけなのよ。決闘なんて、大人達が馬鹿なだけでしょ」

 

 コハルは吐き捨てるようにそう言った。

 

「でも心配です。決闘に関する規定は、実はティーパーティーに存在してまして……ここ数十年適用された記録が無いものなんです」

「それは、何とも言えないな」

「ええ、決闘はうちの学校の文化でしたけど……もうとっくに時代錯誤な代物です」

 

 困ったように小首を傾げるアズサに、ヒフミもトリニティの先生はそこまで分かっていたわけでは無いでしょうけど、と続けた。

 

「……いえ、結局は私の所為です」

 

 彼女達のフォローは、ハナコに何の慰めにもならなかった。

 

「私達の先生の態度を皆さんはおかしいと思わなかったですか?」

 

 皆、マリーを送り出したタイミングで、各々勉強に取りかかろうとしていた時だった。

 だから廊下のやり取りに注視していたわけでは無いが、突然彼が憤ったのはわかった。

 

「何の変哲もないやり取りだと思ったが」

 

 耳ざといのか、話し声を聞いていたアズサはそう答えた。

 

「ええ、何の変哲もない話題を振ったつもりでした。

 ですが、それが先生にとって触れられたくない話題だった」

「だが実子が多いと聞いただけで、あれだけの過剰な反応をするだろうか?」

 

 アズサは更に疑念を投げかける。

 

「そうですね。私達の先生の公式のプロフィールを確認しましたけど、向こうで政治家をやっていたので家族構成について書かれてはいませんでした。

 こちらに来ていただいた先生方は、天涯孤独の方も多いですし、その項目自体は無かったのですが」

 

 ヒフミも改めて疑問に思った。

 

「ええ、多分他の生徒が話題を振れば、先生は軽く流したでしょう。

 でも、私の質問は彼にとって揶揄に聞こえたのです。勿論、私にはそんなつもりは無かったのですけど」

「いや、だから意味が分からないんだけど!!

 なんで私達の先生は、あんたからの質問を揶揄に聞こえたって言うの?」

 

 コハルの言葉は他の面々の代弁だった。

 トリニティの生徒達の面倒くささに怒るのなら、政治的に緩衝材を担っていたトリニティの先生が怒るのならとっくに怒っている筈だし、評判になっている筈だ。

 

「……実は、以前私は先生に直談判をしたことがあります。

 無知で愚かな私は、トリニティの現状を憂いた気になって、自分の事ばかり考えながら……」

 

 ハナコは窓の外を見ながらそう言った。

 

「最近、パテル分派のミカさんも先生によく相談をしているそうです。

 きっと、私と同じことを彼女にも言ったのでしょう。

 アリウスの方々に手を差し伸べるなら、それはトリニティの政策としてやるべきだ、と」

「それはそうですね、個人で動くのと学校で動くのとは全然違いますから」

 

 トリニティが政治的要衝にある自治区の学校に支援を表明する例は、過去にも幾つかあった。

 所謂、政治的手腕による平和の維持だ。トリニティという巨大な学校として生徒会が自らに課す責務と言っていい。

 

「でも私は苦言を、いえ今にして思えば嫌味だったのです。

 アリウスの方々の現状を知ろうともせずに、個人的な嫌悪感で先生に物申しました。

 彼女達を下らない政治ゲームの駒として扱ってる、と」

「それって、あんたの思い込みじゃないの?」

 

 コハルは穿ったような言葉を何も考えずに放った。

 

「政治って、民意って言うか、みんなの意見を反映するものじゃない。

 皆がそう思ったから、いろんな派閥がそうしようって思ったんじゃないの?

 そりゃあそれを利用して派閥の影響力とか色々あるだろうけど、全く善意や慈悲が無かったなんて、私は思えないけど。

 アリウスの先生の件は、それくらい衝撃だったもの」

 

 彼はアリウスの生徒達の苦しみを、その苦行で体現した。

 それは彼女達を見れば本物だったとコハルは思った。

 

「そうだな。彼は私達自ら感じ取った感情での行動を促した。

 それによってトリニティの民意はまとまったのだろう。

 ただ、私には政治は分からないが、そう言う状態で誰も反対意見を言わない状況は集団としては危険な状況だと聞いた」

「危険? あ、論議が発生しないってことですね。

 確かに民主主義で、全会一致は危うさを産む場合もありますね」

「ならば、ハナコの直談判は必要な事だったのではないのか?」

 

 ヒフミの意見を聞いて、アズサはそう結論付けた。

 

「今の現状を憂いて論議を産み出すなら自ら行動を起こすしかない、私達の先生はそう言いたかったのではないだろうか」

「ええ、その通りでした。先生は私に、そう言う期待をしていました」

 

 ハナコは頷いて、そう返した。

 

「それがトリニティという学校である、と」

「あんたがどういう生徒だったかは知らないけど、うちの先生は見る目が無いってことはわかったわ……」

「ふふ、そうですね」

 

 コハルが毒づくと、ようやくハナコは少しだけ微笑んだ。

 

「それより、ゲヘナの先生が見えませんが決闘は大丈夫なんですか?」

「“ああ、彼なら──”」

 

 子供たちのやり取りを優しく見守っていたシャーレの先生が口を開いた時だった。

 

 玄関のチャイムが鳴った。

 

 本日二度目、こんな時間にも関わらず、ゲヘナの先生が来客に対応して連れて来た。

 

「こんにちは、補習授業部の皆さん!!」

 

 彼が連れて来たのは、ハンチング帽がトレードマークのコート姿の若い女先生だった。

 如何にも記者です、と言わんばかりのその格好は、キヴォトスの学校社会にて報道を一手に担うクロノスの先生であることを示していた。

 

「私はクロノスで先生をやっているものです!!

 シャーレの先生におかれましては、密着取材を引き受けて下さり、感謝しますね!!」

 

 補習授業部の面々は、シャーレの先生を見た。

 

「“お待ちしてましたよ、クロノスの先生”」

 

 彼女を味方に巻き込む。それがシャーレの先生の、大人としての戦い方だった。

 

 

 

 

 




クロノスの先生、参戦。

本当は今回に決闘イベントを終わらせたかったのですが、それを入れると長くなりそうなので切りの良いところで次回、今度こそ決闘です。

あなたはどの先生に勉強などを教わりたいですか?

  • トリニティの先生
  • ゲヘナの先生
  • ミレニアムの先生
  • アビドスの先生
  • 百鬼夜行の先生
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