キヴォトス、先生大量発生中!? 作:ユメ先生
さて、人間という生き物は衣食住が足りてようやく余裕というものが産まれる。
それはアリウスの生徒達と言えども例外ではなかった。
夜、彼女達が自主的に行っている合宿場周辺の哨戒。
元々は彼女達の警戒心が成す行いだったが、今は多少意味合いが異なっていた。
先生達は、彼女達の“お手伝い”に対して、報酬を用意していた。
報酬と言っても、園児用のままごとのようなものだったが、学習には変わりない。
その報酬と言うのが、アビドスの先生お手製のトークンだった。
トークンと言っても、丸く切った画用紙に数字を書いて、それを貨幣に見立てたものである。
そのトークンと交換することで、様々な嗜好品と交換できる、そんな教育であった。
ままごと同然ではあるが、その“ままごと”すらままならないのがキヴォトスの治安の悪さが物語っている。決してそのアリウスの生徒達をそのレベルだと見下してるわけではなかった。
そして夜、哨戒中の一部の部隊が、影で暗躍をしていた。
「……例のブツを持って来た?」
「う、うん……」
こっそりと寮から抜け出してきたアリウスの生徒の一人が、懐から小さく小分けされた白い粉を取り出した。
「へ、へへへッ、これこれ……」
彼女と密会している哨戒任務中のアリウスの生徒がそれを受け取ると、切り取り線から小袋を破いて、中身の白い粉を吸った。
「はぁ、たまんないねぇ……」
「楽しむのはいいけど、そっちもブツも早くッ!! 私、寮を抜け出してるんだよ!!」
「えへへ、はいはい。どうぞ」
代わりに哨戒任務中の生徒が渡したのは、──トークンだった。
いや違う。それは、彼女お手製……偽造トークンだったのだ!?
彼女が吸っていたのは、アリウスの生徒の要望で交換リストに追加された粉砂糖だった。
その交換レートの十倍以上の偽造トークンを、抜けだしてきた生徒は粉砂糖と交換に受け取っていたのだ!!
自らの欲望と意志で悪を行う。
ある意味では、それは個性と言えた。これまでの彼女達はそんな余裕や、自らの意志を殺して生きていたのだから。
だが、その瞬間だった。
彼女達の密会場所に、無数の懐中電灯の光が向けられたのだ。
そう、スバルを筆頭とした部隊が静かに二人を取り囲んでいたのである。
「こちら、C部隊。取引現場を確認しました。取り押さえます」
こうして、アリウスの生徒達のささやかな悪事は終わりを告げた。
翌日、報告を受けた先生達の反応は様々だった。
「あははははッ、あいつらにそんなことできる余裕が出来たってわけか!!」
「笑い事じゃありませんよ、ゲヘナの先生!!
貨幣の偽造はとっても悪いことなんですよッ!!」
お腹を抱えて笑うゲヘナの先生に、アビドスの先生は憤慨した様子でそう言った。
「まあ、微笑ましい悪事であるのは確かだが、容認してはいけないのは確かですな」
トリニティの先生も微笑ましく思っているようだが、その行いは肯定していなかった。
「では罰としてトイレ掃除でもさせましょう」
「それがよろしい。悪事を行ったら罰せられる。それを分かっていない生徒達も多い」
山海経の先生とレッドウインターの先生は表情を変えずにそう言った。
「私も罰を与えた方がいいと思うな。
悪の成功体験は、結果的に段階的なエスカレートを招くよ。
早いうちから芽を摘むべきだよ」
ミレニアムの先生もそれに賛成した。
「“分かりました。ではそのようにしましょう”」
彼女達がもっと別の形で自主性を発揮してほしかったと思いつつも、シャーレの先生は良くも悪くも彼女達の成長を尊重するつもりだった。
「それより皆の衆、そろそろ時間だよ」
レッドウインターの先生がテレビを点ける。
そう、この日はティーパーティーの派閥を超えた討論会が行われる。
即ち、ミカとナギサの直接対決の日だった。
二人の討論会は、どこかの会場を借りたようなものではなかった。
トリニティらしく優雅で、気品を示すように……校庭で行われた。
まるで詩の朗読会のように多くの聴衆が用意された椅子に座り、その中心でティーテーブルで二人は対談する。
その様子は放送されて、トリニティ中の自治区に住人も見ることが出来た。
時間だ。
「どうぞ、ミカさん」
「うん、ありがとう、ナギちゃん」
まるでただのお茶会に過ぎないように、ナギサはゆっくりと紅茶を入れた。
「それでは、そろそろお互いの主張について話し合いを致しましょう」
彼女はそんな普段と変わらない所作で、ミカの挑戦を受け入れた。
「まず私から。我がフィリウス分派はエデン条約を最優先にすべき。その考えは変わりません」
ただの雑談のように、ナギサは口火を切った。
ミカの後ろに座るトリニティの生徒達の一部には、『アリウスに愛の手を』と横断幕を掲げる者達も居た。
「我が校のかつての間違いや罪を清算すべき、それは我々も正義であると肯定致します。
しかし、昨今の治安悪化はゲヘナ学園との軋轢が生じているのもまた事実。
学園同士が正面から決定的な衝突は、何があっても避けるべきでしょう。我々は自治区の秩序と、そこに住む皆さんの財産を守らなければなりませんから」
ナギサの主張は正道だった。一切の穢れのない、隙の無い正論だ。
「それは、キヴォトスの秩序を守る為? それとも、私達の利益を守る為? どっちなのかな」
「その双方は両立する、ただそれだけのことです」
ナギサはそう言って、自分のティーカップに口を付けた。
紅茶が冷める前に、ミカも同じようにナギサが入れた紅茶を口にした。
その静寂が、緊張感となって周囲に伝わる。
それからも、ナギサは自分達の理を語り続けた。
聴衆に聞かせなれている、高貴な淑女の語り口だった。
トリニティの生徒会長のひとりに相応しい、学校への無私の奉仕。それを疑うことはそこにいる誰もが出来ないだろう。
そう、ミカは知っていた。ナギサの行いはいつも自己犠牲の上に成り立っていると。
だからこそ、彼女の行いによって他の犠牲者が出てはいけないのだ。
高潔な者は、ずっと高潔であるべきなのだから。
彼女の話はきっとゲヘナの生徒なら退屈なんだろうな、とミカは思った。彼女の主張は最初からすべて頭に入れているからこその、思考の緩みだった。
「……ミカさん、ちゃんと聞いていますか?」
「あッ、聞いてる!! ちゃんと聞いてるからね!!」
「まったく、ミカさん。今日は公的な場なのですから、体面だけでも取り繕わなければパテル分派にもご迷惑をお掛けしてしまいますよ」
「こんな時までお説教はいいってば!!」
周囲の聴衆から、くすくすと笑い声が聞こえて、ミカの表情に朱が差した。
相変わらずの幼馴染に、ミカは内心憤慨する。
すまし顔のナギサを睨むミカは、はたと気づいてティーコジーを外してティーポットに手を掛けた。
「はい、どうぞ」
「ええ。ありがとうございます」
空になったナギサのティーカップに、ミカは紅茶を注いだ。
「ナギちゃんってさ、本当にストレートしか飲まないよね」
「それが一番おいしい飲み方ですから」
「そうかな。私はこれくらい濃くなったら、ミルクを入れるけど。紅茶って色んな楽しみ方をするものじゃない?」
ミカは自分のティーカップに、用意されていたミルクを注いでティースプーンで混ぜながらそう言った。
「そう、どんな紅茶も濃くなり過ぎたら飲めないものだと思わない?
トリニティもそう。私達はゲヘナを混ぜるか、アリウスを混ぜるか。その話をしてる。
てっきりナギちゃんは、アリウスの方が好みだと思ったけど」
「私はミカさんと違って、好悪で判断していませんから」
鋭い切り替えしだった。うぐ、とミカがたじろぐ。
わかっていたことだったが、正攻法で勝てる気はしなかった。
「ミカさん、アリウスに対する贖罪は学校としてでしか出来ません。
しかも、第一回会議の当事者はもう居ません。何分大昔のことですから」
「……今のアリウスの子たちは、当事者じゃないって言いたいの?」
「そうではありません。本当に彼女達を想うなら、どのような支援をすべきか、彼女達との関係の展望について語るべきでしょう」
「うん、わかってるよ」
そう、その為の討論会だった。
ミカは自分と協力者たちと協議した、アリウスに対する支援の方策について語った。
今後五年を目途に特別支援予算を組み、学校として運営できるように連邦生徒会を交えて話し合いを行う。
学校同士の交流を始めて、生徒会同士で話し合いの場を設けるようにする。
それ以外にも、細かい支援を何個も。
ナギサはティーカップを持ったまま、黙ってミカの話を聞いていた。
その様子を見て、ミカは不思議に思った。
ナギサが自分の話をちゃんと聞いてくれたのは、随分と久しぶりの気がしたからだ。
そして、ミカが全てを語り終えた時、ナギサはこう結論を下した。
「やはり、エデン条約の締結より優先すべきことではないと思われます」
「……なんでそう思うの?」
「アリウスは潜在的な脅威ではないからです」
「それ、本気で言ってるの? 知らないなんて言わせないよ、今アリウス自治区がどういう状況なのか!!」
ミカはテーブルを叩いて立ち上がってそう言った。
「知ってはいます。ミカさん陣営のプロバガンダは全て拝見していますから。
ですがミカさん。それはあなたの功績ですよ」
「なにが?」
「我々にとってアリウスの皆さんは未知の変数でした。
それを既知にしたからこそ、私は優先順位をつけることができたのです」
それは違う、とはミカは言えなかった。
アリウスの生徒達が、今も自治区にいる彼女達がアリウスを憎んでいるだなんて。そんな盤面をひっくり返す、自分の首を絞める事実は。
ナギサはまだわかっていなかった。いや、教えるわけにはいかなかった。
アリウスを敵視する理由を、彼女に与えてはならなかった。
そうなったら、アリウスとの和解など二度と出来なくなるとミカはわかっていたのだ。
「……やっぱり、私に説得なんて無理だったのかな」
「いいえ。ミカさん、私は喜んでいますよ」
「え、なにが?」
「いつも感情に任せて行動を決めるあなたが、トリニティの生徒らしく順序だって行動を起こした。
それは成長です。そのこと自体は、幼馴染として喜ばしく思います」
これも我らの先生のお陰でしょうか、とナギサは微笑んでいた。
それを見て、ミカは思った。この幼馴染は本当にいつもいつも的外れなんだから、と。
「うーん。じゃあ、私はナギちゃんを予想を超えた成長を見せなきゃだね☆」
「はい?」
「みんな、聞いて!!」
ミカは聴衆に向かって呼びかけた。
「私はサンクトゥスの首長である、百合園セイアちゃんから正式にホスト代行の委任を受けたんだよ!!
ほら、これがその証明だよ!!」
ミカは全ての盤面を叩き壊す一手を打った。
彼女の手には、セイア直筆の委任状があったのだ。
「今日からトリニティのホスト代行は、私ってわけ☆」
「なッ、ミカさん、自分が何をしているのかわかっているのですか!!」
ナギサが椅子から立ち上がって声を荒げた。
周囲の聴衆が騒めく。そう、これは明確なクーデターだった。
「私はこれを正式に学校に提出するよ。筆跡鑑定でもなんでもすればいいよ!!
ああ勿論、この話は既にサンクトゥス分派に通して、了解を得ているよ!!」
「無効ですッ、我がフィリウス分派がセイアさんの政務の代行をすると、当時の議会で決まったはずです!!」
ミカは、盤石なはずのナギサの唯一の弱点を突いた。
そう、現在の正式なホストはセイアだと言う逃れられない事実を。
「その上、我々は政務を問題なく運用してきた実績があります!!
今更そんな紙切れ一枚で委任できるなどと!!」
それがどれほど効果覿面かは、ナギサの焦りが示していた。
その時だった。
「ヨハネ分派を代表する蒼森ミネ首長のお言葉を伝えます!!
ミカ様のホスト代行を支持する、と!!」
「シスターフッドの歌住サクラコです。我々もミカ様のホスト代行を支持します」
「我々も──」
「我が分派も──」
この場に居る大小様々な分派の首長やその代理が声を挙げ始めた。
やられた、とナギサは思った。
たった一枚の紙きれで、ナギサはミカからホスト代行の座から引きずり降ろされた。
認めなければならない。それが淑女の所作であると、ナギサは深く息を吐いた。
「……分かりました。引継ぎを行いますので、それまでに正式にその書類を受理するようにしてください」
「ナギちゃん、ごめんね……」
「ミカさん、正式な手続きをお願いします。手違いが起これば、政務に遅延が起きますので」
ナギサは最後まで、無様な姿を見せなかった。
ミカにはこうするほかなかった。こうすることでしか、彼女を守れないからだ。
それと同時に、ミカは自分達の計画は最終段階に進んだことを意味した。
周囲から拍手が起こった。新しいホスト代行と、ナギサの高潔さを称えて。
こうして、血の一滴も流れないクーデターにミカは成功した。
見事ホスト代行の座が約束されたミカは、まず合宿場に赴いて頭を下げた。
「四人とも、ごめんね。私の権限で、退学の件は取り消すから」
頭を下げられた補習授業部の四人は困惑していた。
仮にもトリニティのトップのなったミカの最初の仕事が、幼馴染の尻拭いだったからだ。
「え、えーと、それはつまり……」
それを受けて、ヒフミはこう言った。
「試験当日のゲリラライブに向かっても大丈夫ってことですね!!」
その場にいた先生や補習授業部の仲間たちがズッコケた。
「良かねぇよ、やっぱりお前反省してなかったな!! この大バカ野郎が!!」
「ちなみにゲリラライブの件だけど。真っ赤な嘘だよ、合理的虚偽って奴さ」
「そ、そんなぁ」
ゲヘナの先生の拳骨が落ち、頭を押さえて涙目になったヒフミはミレニアムの先生の追い打ちに膝を突いた。
これには体罰反対派のシャーレの先生も呆れて何も言えなかった。流石の彼も言葉の通じない相手を庇える道理はなかった。
「気にしないでください。こちらは貴重な体験ができましたから」
と、ハナコは気にしていない様子だった。
「私は別に、正義実現委員会に復帰できれば……」
コハルは目を逸らしながら答えた。
「私も、この合宿は楽しかった。
私の人生においてかけがえのない時間だった。
だがミカ、いいのか? マダムはもうお前の裏切りに気づいているはずだ」
アズサはむしろ、目の前のミカを労わるよう告げる。
ああやはり、とハナコはアズサを見ながらそう思った。
「SRTの先生を雇ったのは私だから。全部予定通りだよ。
次は学園の守りを固めて、彼の作戦が終わるまで警備を厳重にする予定。
……ナギちゃんも、さっき全部話したよ。今は身を隠して貰ってる」
「そうか、安心した」
「先生達も、ありがとうございました」
ミカは先生達にも礼儀正しく一礼をした。
「レッドウインターの先生も」
「少女よ!! 私は君の闘争を見届けたぞ!!
やはり子供たちの可能性は素晴らしいな!! たとえ政権を失っても気にすることはない、子供は大人と違って失敗してもそれを糧にすればいいのだからな!! また次頑張ればいいのだ!!」
異様にテンションの高いレッドウインターの先生に若干ドン引きしつつも、激励されているのはわかったのでミカは頷くことにした。
「さて次だ、次の闘争だ!! 諸君、邪悪な政権を打倒す時が来た!!
搾取するしか能のない、無能な圧政者を引きずりおろす時だ、革命だ、革命の時だ!!」
やっぱり、みんなドン引きしていた。
とは言え彼は言い繕っていないだけである。
先生達と、ベアトリーチェとの決戦はすぐそこにまで迫っていた。
ながらく続いたエデン条約編も、ようやく終わりが見えてきました……。
次回はあの先生が大活躍する、予定!!
あなたはどの先生に勉強などを教わりたいですか?
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トリニティの先生
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ゲヘナの先生
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ミレニアムの先生
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アビドスの先生
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百鬼夜行の先生