鬼舞辻との遭遇から三日後。
柱一同は鬼殺隊本部へと召集されていた。
会議で使う、いつもの広間。そしてそこに座す九柱。
普段の光景と唯一違うのは、その部屋に漂う熱気だろうか。
未だかつて見たことがない程の熱が、部屋の中に密集していた。
「さて、今回皆に集まってもらったのは他でもない。鎹鴉から聞いたものも居るだろうが…遂に、錆兎が鬼舞辻との遭遇を果たすことができた」
興奮のあまり息を荒げる産屋敷。
それに反射し、柱の皆は全員、その情報自体は耳に入れていたようで、そこまで波が立つことはなかった。
だが、それでも興奮は冷めあらぬようで、固唾を飲み込む音が何度か聞こえる。
「それでは錆兎。早速で悪いが、説明を頼めるかな?」
「はい」
そうして錆兎は説明を始めた。
尚、この場にいる柱の何人かは(前にも同じようなことあったなぁ…)と思いながら、話を聞いていた。
浅草で鬼舞辻と会ったこと。そこで起きたこと。
そしてその後に出会った珠世という鬼に関して、錆兎は説明を終えた。
「ここ最近の鱗滝の働きぶりには、驚くばかりだ。私も精進せねばな」
「禰豆子さんの件といい今回といい、錆兎さんは大手柄ばかりですね」
悲鳴嶼と胡蝶が錆兎を褒め称える。
二人は隊士の育成や毒の研究に力を入れており、任務に出向く機会は他の柱と比べ少ない。それもあってか、錆兎に対する称賛も、他の柱より強いものになっている。
だが、錆兎としては手放しに喜べるものではないようで、少々複雑な表情を浮かべている。
「鬼舞辻見つけたのは俺じゃなく炭治郎だ。俺はただ後ろから追っていただけの部外者、褒めるなら、炭治郎を褒めるべきだ」
「確かに、竃門炭治郎は鬼舞辻発見の功労者ではあるだろう。しかし、他の者に被害が及ばぬよう策を瞬時に作り上げ、得るべき情報を得られたのは鱗滝の手腕があってこそ。謙遜も良いが、少しは自信を持つと良い」
「そうだぞ錆兎!俺ならば相手が鬼舞辻と分かった瞬間、刀を抜いていたかもしれないからな!」
最後の煉獄は兎も角、二人の慰めが染み入る。
ただ…今にして思えば、鬼舞辻と対面した刹那、煉獄のように即座に切り捨てるべきだったのかもしれない、とも思ってしまう。
無論、鬼舞辻の首を自分如きに切断できるなど、烏滸がましいにも程がある、不可能なことであることは、百も承知ではある。…が、それでも一縷の可能性を信じ、斬っていれば、もしかしたら…と。
本当に、今更考えた所で仕方のない事ではあるが…。
「にしても、確実に鬼舞辻だと言い切れる程の嗅覚ってのは、派手な特技だな。流石の俺様でも、咄嗟に言われりゃ信じきれねぇな」
「それは俺も同感だ。いくら鼻が利くからと、鬼舞辻を嗅覚だけで特定できるなど人の所業ではない」
宇髄の言葉に、伊黒が続く。
まぁ、よく考えなくとも、会ったこともない者の残り香の、その記憶だけで、普通居場所を特定出来る訳が無い。犬ならまだ兎も角、それが人の為す技となれば、最早それは人知を遥かに超えている。
かくいう錆兎もそれについては否定できないようで「まぁ、何も知らないとそういう反応になるよな…」と多少肯定的な姿勢を保っている。
「炭治郎の嗅覚は舐めないほうがいいぞ?一昨日食べた朝食まで当ててくるからな」
「そういえば、千寿郎が一度、竃門少年に飴探し*1をさせた事があってな! すると、彼は千寿郎が隠した倍の数の飴を探し出したそうだ! 流石に俺も引いたぞ!!」
「最早一種の妖怪だろソレ」
ちなみにそれ以外にも、「匂いだけで相手が嘘を付いてるか分かる」「匂いで相手の病気や体の悪い場所を当てられる」「目を閉じても匂いだけで空間をある程度把握できる」などがある。…うん。本当に妖怪かもしれない。
「炭治郎の話で盛り上がっている所悪いが、今はそれよりも、優先すべき話があることを忘れないでね?」
「……申し訳ありません」
若干の笑みを浮かべた産屋敷の一言。部屋は静まり、何名かは頭を下げる。少し脱線しすぎたか、鱗滝は俯き反省した。
「しかし…鬼舞辻の外見と、浅草に潜伏しているという貴重な情報は手に入りました。これならば虱潰しに調べていけば或いは…」
グッと、悲鳴嶼は拳を握る。
続くように、不死川は身を乗り出すと産屋敷に迫る。
「悲鳴嶼さんの言う通り。今すぐにでも隊士の数名を送り───」
「それはいけないよ」
それはまるで鶴の一声。
静止を受けた不死川は一瞬、口を閉ざすと首を傾げた。
「一体、それはなぜなのでしょうか?」
「三つ、理由がある。一つ。鬼舞辻が浅草に現れたのは、偶然である可能性があること」
例えば、何か目的があって立ち寄っただけかもしれない。若しくは目的も無く放浪していただけかもしれない。
…流石に後述した理由では無いとは思うが、かといってそれを否定する材料も無い。どちらにせよ、確実な情報ではない以上浅草に住んでいると断定するのは早計だ。
「二つ。仮に鬼舞辻が浅草に居たとして、鬼殺隊が無闇矢鱈と浅草中を捜索している間、鬼舞辻がそれに気付くことなく、その上ただ何もしないで傍観するとは到底考えられないこと」
そもそも鱗滝に正体を見破られた時点で、浅草から撤退はしているとは思うが…。断片的に手に入れ作り上げた、鬼舞辻の性格性を見ても、そちらの方が可能性は高い。
「三つ。浅草を捜索し、鬼舞辻の居場所を割り出したとしても、こちらからの手出しが容易でないこと」
あの時、鱗滝が戦闘に移行しなかった理由と同じ。
もし街中で鬼舞辻が暴れれば、民間人への被害は圧倒的。街も鬼殺隊も壊滅という結果になれば目も当てられない。また、事前に民間人の避難を行う方法もあるが、それを鬼舞辻に気取られる事なく行うのは至難の業であるだろう。
簡潔に纏めると…
一.現時点で鬼舞辻が浅草にいる確証がない
ニ.浅草にいたとしても、鬼殺隊が探し出せばそれを感知され逃げられる
三.逃げる前に見つけられたとしても、そのまた戦えば民間人へ多大な被害が及ぶ。
鬼舞辻を浅草で探そうとなれば、三点が問題になる。
「よって、浅草での鬼舞辻の捜索は厳禁とする。認めたくない者もいるだろうが、どうか気を静めてくれると嬉しい」
柱の半数以上は、それで納得したようで頷いた。
だが、やはり不完全燃焼感のような、あまり乗り気ではない者も少数居る。
───折角掴めた鬼舞辻への足取り。それを無下にするのは如何なものか。鬼殺隊、民間人、それらの被害?それよりも鬼舞辻を討ち倒すことが、何よりも先決ではないのではないか───
きっと、そういう思いを抱いているのだろう。
「…確かに、蝸牛のような遅い足取りだ。だが、それでも着実に、一歩ずつ鬼舞辻へと近付いている。我々が鬼舞辻の影を踏むのも、そう遠くない未来だ。焦ることなく、着実に、挑み続けよう。皆も、気を引き締めるように」
産屋敷の言葉に、柱一同が力強く返事を返す。
(…子供達を疑うような真似はしたくはないが…念の為に、柱の行動や指示を暫く鎹鴉に監視させておこう)
産屋敷はそう思案し、小さく頷いた
「……さて、鬼舞辻の話はこれくらいにしよう」
産屋敷はポンと手を叩くと、表情を和らげたものへ変える。
「先程の説明の通り、錆兎達が遭遇したのは鬼舞辻だけではない。…その後出会った珠世という鬼について。皆の意見を聞きたい」
───────
────
──
禰豆子という前例もあったからか。
彼女への協力に関しては肯定派の者が多かった。
また産屋敷も肯定的であったため、彼女の「人に戻す薬の開発」へは鬼殺隊は全面的に協力することとなった。
その後、新しく入った鬼殺隊隊士に関する話や柱指南の日時の擦り合わせ、またそれ以外にも諸々の情報共有を行った所で会議は終了。
産屋敷が退室した事を皮切りに、柱達も広間から解散した。
本部の廊下を歩いていた不死川と伊黒。
不死川は会議中、特に苛ついた様子を見せており、今は噴火寸前というところまで温まっていた。
「ケッ!気に入らねェ…!!何が人に協力的な鬼だ。そんな鬼が実在していいわけねェだろうが…!!」
握り締めた拳からは、そのあまりの握力から血が噴き出ており、廊下にポツポツと赤い染みを作っていた。
「あの炭治郎とかいうヤツが煉獄さんの家に籠れてから、妙にトントン拍子で上手く話が進んでいる。薄気味悪い話だ…」
伊黒も同様。不死川程ではないものの、隠しきれない苛立ちが手の震えとなって現れていた。
「……がァッ!!思い出しただけでもイライラするぜェ…!!」
「…………」
地団駄を踏む不死川を横目に、伊黒はふと我に返ったように静かになった。
不死川も突然伊黒が黙ったことに疑問を抱いたのか、立ち止まると伊黒の方へと向いた。
「不死川。お前、最近肉食ってないだろ」
「あぁ?それがどうした?」
「血が足りていないだろ。だからイライラするんだ」
ビッと不死川の眉間目掛け指を指して指摘する。
不死川は一瞬ビクリと驚きつつも、一瞬で表情を豹変させ伊黒へダンダンと詰め寄った。
「あ?だからなんだ?テメェには関係ねェだろうが」
「関係大ありだ。お前が貧血なんてつまらない理由で倒れられたりでもすれば、休んでいる分の仕事は俺たちに回される。こっちはただでさえゴミ共の世話と任務で忙しいというのに、お前の尻拭いまでやらなくちゃならなくなる。いい迷惑だ」
あまりにも鋭利な刃で切り刻まれ、後退りする不死川。
それを見て満足げに「フン」と鼻を鳴らし、伊黒はそのまま歩行を再開した。
「お前が人に迷惑をかけるような無能じゃないと証明したいのなら、さっさと肉を食って貧血を治せ」
伊黒が視界から消え、ポツンと一人残された不死川。
その表情は怒りとも、呆れとも、驚きとも、無とも何とも言えない面をしており、不死川は暫く硬直したまま、その場を動けなかった。
所変わって本部の屋内。
宇髄と鱗滝が並んで歩いており、雑談に花を咲かせていた。
「そういえばよ鱗滝、この後時間あるか?」
「…まぁ、少し時間はあるが…どうした?」
やけに唐突だなぁと思いつつも、素直に返答する。
すると宇髄はこめかみの部分をポリポリと掻きながら、小っ恥ずかしそうに話し始めた。
「いやなに、飯でも行かねぇかってな。禰豆子といい鬼舞辻といい珠世といい、お前の回りで色々起こりすぎて、そのうち死んじまうんじゃねぇかって少し心配でよ。まァ、鬼殺隊なんざいつ死んでもおかしかねェんだが。その前に、派手な思い出でも作ろうぜってな」
宇髄はそう言うと、「恥ずかしいこと言わせんな」と鱗滝の肩を叩いた。
「…全く。そんなこと言われて、断れるわけないだろう」
呆れたように首を振りながら、そう答えた。
宇髄は笑みを浮かべ、よっしゃと握り拳を作るとそのまま先行し、眼の前の扉をバッと開いた。
扉の先には、玄関方面へ続く廊下があり、本来はそのまま直進するはずだった。
しかし、その時視界に入ったのは───
「………ん?ありゃあ…不死川じゃね?」
廊下の端に立つ不死川の姿。
ソレを見た宇髄が声を掛けようとそばに寄った。
「どうした、そんなとこで突っ立って────」
「クソがぁぁぁッッ!!!」
「「!?!?」」
鬼殺隊本部に轟く、巨大な罵声。
それと同時に、辺りからバサバサと鎹鴉が飛び立つ音が響き渡る。
「食えばいいんだろ食えば!!クソったれがぁぁぁ!!」
「な、何だ?食うって何をだ?」
「うるせェ!!」
「うるせぇのはオメェだよ!」
宇髄の鋭い指摘に対し、不死川は無視を決め込む。
そしてそのままズカズカと走りながら、本部から去って行く。
「……なんだったんだアイツ……」
小さくなっていくその後ろ姿を、二人は呆然と見つめることしかできなかったのであった。
更に視点は代わり、鬼殺隊本部より外。
雑木林の一部を刈り取り、平らに舗装された道を、しのぶと甘露寺は並んで歩いていた。
「ごめんねしのぶちゃん。こんなことに付き合わせちゃって…」
「謝る必要なんかありませんよ。私も結構、楽しみにしてますから」
「…そ、そう…?」
(そう言う割に、少し顔が怖いんだけど!?)
事の成り行きは、とある甘味処にある。
その店では現在、女性が二名以上で来店すると限定商品を頼む催しが行われているようで、甘露寺はしのぶと共にその店に行きたいと常々思っていた。
そして今日。誘うには絶好の機会であるとしのぶの下へ向かってみると───先程からしている、この顔である。
甘露寺は勘違いしているが、その実しのぶは怒っているわけではない。これから先の───珠世という鬼と行う共同開発作業についてを、長らく考えていたのだ。
鬼に対する嫌悪感や忌避感、信用に値するか否か、また開発予定の鬼を人に戻す薬や、それ以外の薬や毒に関しても───そういった、未来のことに頭を悩ませ、その結果表情が強張っているのだ。
ちなみに、甘味処に関しては寧ろ表情とは真逆で、結構楽しみにしている。
だが甘露寺はそうとは露知らず。唐突に誘ったことに対し怒っているのでは…?などと、嫌な妄想を捗らせている。
(絶対絶対、怒ってるよねこの顔!この後何か予定があったけど、実は私が誘ったせいで無くなっちゃったとか?!それとも、本当は疲れてて仮眠が取りたいけど、私に誘われてイライラしてるとか!?)
「…うーん…どうしましょう…」
("どうしましょう…"…?…それってつまり、『コイツをどう料理してくれよう』ってこと!?)
勿論そんなわけはない。今後についての、ただの独り言だ。
しかしそういった思い違いをしてしまう程には、甘露寺はあなり思い詰めていた。
「そ…それにしても、その限定商品って、何が出るのかな〜…?わ、私だったら桜餅が嬉しいかなぁ〜…?」
「…そうですね…私は特に、これといって食べたいと思うものは無いのですが…」
しのぶとしては、『何が出ても嬉しい』若しくは『甘くて美味しければ嬉しい』という意味で発言した言葉だった。
しかしそれは今の甘露寺にとってはあまりにも言葉足らずであり、甘露寺の脳内を余計に混乱させてしまう。
("食べたいものが無い…"…?もしかして…今は甘いのが気分じゃない…とか…?)
………その時。甘露寺の脳裏にピキンと電流が走った。
───しのぶちゃんのあの顔…あれはつまり、本当は甘い物は食べたくなくて、別の食べ物が食べたかったから…?
点と点が線になる。
歯車が噛み合うような音が頭の中を駆ける。
───さっきの『…う〜ん…どう(料理)しましょう…』も、比喩じゃなくて本当にお腹が減ってたって…コト…!?
───それにしのぶちゃん、前に悲鳴嶼さんがご飯食べてる所を見て、『…いいなぁ…大きくて』って小声で言ってたけど…あれってつまり、『…いいなぁ…(おにぎりが)大きくて』ってことなんじゃ…!?
これが伏線回収というやつか。
過去の言葉によって、より信憑性が増していく。
自分の腹の音も、それが正しいと言っているような気がする。間違いない。彼女は甘いものよりご飯が食べたいんだ…!
空腹によって知能が劇的に減った頭で考えられた、天才的な推理であった。
「しのぶちゃんが考えてること…ちゃんと伝わったよ」
「………へ?」
油断していたからか。とんでもなく間抜けな声を出してしまい、しのぶは思わず赤面する。
赤くなった頬を手で隠し恥ずかしがりながらも、しかし甘露寺の発言があまりにも理解できず、困惑したように首を傾げる。
「い、今のは一体どういう───」
「大丈夫!しのぶちゃんのこと、絶対後悔させないから!安心して、私に付いてきて!」
「??わ、分かりまし…た?」
ダダッと駆け足で走る甘露寺の後を、しのぶは不安げに追う。一体何が大丈夫なのか…それからその日の夜まで、それ以外のことは一切考えることはできなかった。
尚、この後五人が同じ店に偶然集まることになるのだが……それはまた別の話である。
今年度の最終選別記録③
合格者
我妻善逸
評価点 82点(39/43)
煉獄愼寿郎氏
「実力は高い。将来性の見込みもある。だが…鬼殺隊に向いた性格ではない。入隊するか否かは、賛否分かれる所だ」
評価 保留(再考の後合格)
胡蝶カナエ
「壱の型の練度に関しては、並の隊士を上回る強さを誇っているわ。臆病なのも見方によっては強みと言えるかしら…?あとは本人の努力次第ね」
評価 合格