鬼殺隊IF 本鬼殺隊ルート   作:限界社畜あんたーく 

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第壱拾参話

 

切断された、累の首が宙を舞う。

糸屑と髪屑がハラハラと紙吹雪のように舞い、幻想的な空間を演出する。

勝ちを確信した獪岳はニヤリと笑みを浮かべ、そのまま刀を鞘へ収めた。

 

 

 

そう、確信していた。慢心していた。

首を切断したのだ、しないわけがない。

 

 

だがそれでも、獪岳は慢心し、油断してしまった。

 

 

「────まだ…終わって、ない……ッ!」

「なに!?」

 

くるくると宙を舞っていた鬼の首は、ビタリと不自然気味に空中で留まると、その激烈な眼力を以て獪岳を睨みつけた。

鬼殺隊の常識。生物としての常識。そして物理法則さえをも無視した眼前の状況に、思わず思考を止め後退りしてしまう。

その一瞬の隙を縫うように、首を失った累の身体はぎこち無い動きと共に獪岳の方へと攻撃を仕掛ける。

 

「な、んだァ!?」

 

指先から放たれた赤黒い糸。それは、無慈悲に獪岳の身体を傷付ける。

防御どころが抜刀も間に合わず、全身から鮮血が迸り思わず苦悶の表情を浮かべてしまう。

 

「この野郎────ッ!?」

 

急いで抜刀しようと腰へ手を掛けた───が、途端に柄を握った右腕に違和感を感じる。

 

(力が…籠もらねぇ…!!)

 

意図してか偶然か。

累が放った糸は、獪岳の右肩を穿ち、正確に腕神経叢を掠めた。

動脈を傷つけたわけではない。命を刈るに至る傷には満たないものの、しかしそれは獪岳の剣士としての力を格段に下げる致命傷であった。

現在の獪岳の握力は十分の一にも満たない程度。刀を握れないわけではないが、仮に力一杯に振ろうと思えばすぐスッポ抜けるであろう微弱な力しか籠もらない。

 

「クソがッ!」

 

悪態をつきながら、なんとか猛攻を避けつつ累から距離を取る。

そのまま刀を左手に持ち替えるが、やはりと言うべきか。普段使いをせず慣れない左手では技を出すどころがまともに攻撃を捌くことすらもままならない。

 

(畜生、慣れねぇがこのまま戦うしかねぇ。…しかし…一体どういう原理だ?俺は確かに首を斬った筈だが…)

 

窮地に立たされて尚。万事休すの局面に至りながらも、冷静に頭を回転させる。

 

(俺が首を斬る前に自切しやがったのか?微かに手応えが鈍かった気はするが…クソ、油断だ。慢心しちまった)

最悪だ。前に岩柱に『油断大敵』と指摘されたばかりだというのに。

このままでは逆転することは困難、一人では不可能に近い。

一応、時間さえ稼げば柱がここに来る想定ではある。その援護が回るのであれば勝ち筋はあるが、現状は中々に厳しい状況だ。

どうするか…いや、選択肢など選べる状況にないことは明白か。

もしくは───その選択肢すら選べない状況に追い詰められているのかもしれない。

 

防御に徹していた獪岳だったが、勢いを殺し切れずにそのまま弾き飛ばされ、背後にあった大岩に打ち付けられた。

肺が潰れ、コヒュッと血の混じった咳が口から溢れる。

 

「強かったよ、君は。あれだけの啖呵を切れるだけのことはある。僕が戦ってきた中で、一番の強者だった。ここまで僕を追い詰めた存在は、君を除いて他にいない。…そして───」

 

鬼は冷静に、浮いていた頭部を引っ張るとそれを切断面にあてがい、再生を行う。

その後、治した首の周りを触り、ポキポキと関節を鳴らし終えると、出会い頭の直立不動の体勢へと戻った。

先程までの亡頭状態は何処へやら。

まるで完治し、なんとも無いような鬼の姿が、そこにあった。

 

「この僕を、ここまで苛立たせた存在は、君を除いて他にいない。不快だ。本当に、不快だ」

 

完全復活を遂げ。鬼は再度、かの猛攻を繰り出し始める。

精密さには欠けるものの、荒々しさと速度が上昇した。それはまさに台風が如く。

「クソッ…タレがッ!!」

左手に握った刀を振り回しながら、その猛攻を見切り続ける。

 

いつもであれば、いつもの自分であれば、それは上手く捌けていた。

攻撃は見える。対処法も分かる。

だが、身体がうまく動かない。思うように動かない。

利き手と逆。それもある。

攻撃の速度。それもある。

だが何よりも、右腕から先の感覚を鈍らせたことによる、微かな違和感。それにより生まれた小さな重心の傾きと、それに対する脳の誤作動。

それが獪岳の身体へ不調を齎し、防御力の低下を引き起こしていた。

 

断崖絶壁。まさしくそのフチに乗り出したかのように。

今の獪岳は、極限まで追い詰められていた。

 

「弐ノ型 稲魂ッ!!」

 

高速五連斬。若干速度も威力も心許ないものの、しかしそれでも、慣れない左手にしてはよく出来た方だと言える出来前。

だが───それを持ってしても、眼前の糸を完全に断ち切るまでにすらも至らず、勢いを殺せぬままに吹き飛ばされてしまう。

受け身を取りながら、なんとか姿勢を正そうとするが、どうにも上手く身体を動かせずに、その場で思わず片膝をつく。

 

(こんな時に…クソ、ガタが来やがった…ッ!)

 

先程、累の放った刻糸輪転を跳ね除けるべく振り下ろした技。

陸ノ型 電轟雷轟。

獪岳はその一撃に、全身全霊を込めた。

全身の筋肉の躍動させ、心臓と血流の動きの倍速化させ。

深い呼吸と弛緩、そして技を放つ為の緊張と緩急。

それらを極限まで煮詰め、最適化させることで、その一撃の威力の増加を図ったのだ。

 

結果は言わずもがな。本物の落雷と見紛う程の一撃と化した。

が、しかしそれは獪岳の肉体に多大な負荷を掛ける亊になった。

いつもであれば、問題はなかった。あの一撃で大概の戦闘は済む。それ以上戦う必要がないからだ。

だが、それでは終わらず戦いは続行、体を癒やす暇もなく動かし続けてしまった。

その結果、負荷に耐えきれなくなった肉体は悲鳴を上げ、脳が肉体のこれ以上の損壊を防ぐべく、痙攣という形で動作に制限を設けた。

 

それこそが、今の獪岳の、無様な姿がある理由だ。

 

「もう動けない?でも、大丈夫。君のことは、確実に今、殺してみせる」

 

累が指を組み、あや取りを始める。

糸はより一層赤黒く染まる。先程の、死の境を見て更なる上達を得たかのように、その動作は洗練され、糸はより細くより濃い姿へ変化していた。 

 

「チィッ…こうなったらやるしかね………ェぁ?」

 

覚悟を決め、力一杯に刀を握り締めた───その時。

獪岳は刹那、顔を大きく歪ませ、呆然と一点を見つめた。

 

濃い失望と薄い希望。

強い怒りと小さな喜び。

例えるならば、喜怒哀楽、それらが入り混じり混沌とした面。

人間にここまでの表現ができるのかと驚く程の、一種の芸術のような表情であった。

 

「…?」

 

流石の累も、それには違和感を感じたようで、一体何だと獪岳の顔を注視する。

その累の視線に気付くよりも前に、獪岳は俯き首を振ると、大きな舌打ちと共に顔を上げた。

 

「クソが…!やってやるよ、やってやらァいいんだろ?クソッタレがッ!」

 

ブンッと乱雑に刀を振るうと、鞘に刀を仕舞い構えを取る。

それは居合。雷の呼吸では、壱ノ型に類するその技の構え。

基礎の型にして最速の型。それは獪岳には扱えぬ構えである。

 

しかし、そんなことは露とも知らぬ累は、顎に手を当て思案する。

あの型の意味。あの表情の意味。

 

恐らく、累が思うに、だ。

あの表情は、起死回生の一手を浮かべたものであるのだろうと推測される。

それにしては不思議な表情であったが、それ以外にこの場で浮かぶようなものもない。

では、その起死回生の一手とは何か。

仲間を見つけたか?しかし、仲間を見つけた時にあのような表情をするだろうか?

振り返れば、それもわかるだろう。だが、今仮に振り返れば、その隙を付いて首を刈られかねない。あの構えは速度に特化した居合の構えであると、過去の戦闘より知識を得ている。

ならば、あの表情は何か。

この状況、この男は何を考えているのか。

 

考える。考える。

そして──決断する。

今、後ろに男の味方など存在しない。少なくとも、そう決めつける他に、この男を今確実に倒すことは出来ない。

どうせ目を離せば、居合で首を刈り取られるのだ。それならば、あの男の味方は累の背後には居ないと博打を打つしか無い。

 

累の推測。

あの男が考え抜いた起死回生の一手とは、この状況を生むことであり、あの構えを取ること自体である。

一瞬でも目を離した隙に、首を刈る。それがヤツの狙いなのだ。

 

「…フ…フフ…そう。そうなんだ。でも、君の目論見は悉く、全て失敗に終わるよ」

 

宙を舞っていた糸は、最早見慣れた軌道をなぞりながら、円形を作り空気を削る。

それは…蠱惑的な円。恐怖を唆る死の旋風。

 

 

「血鬼術 刻糸輪転」

 

 

先程のそれと比べ、あまりにも高速化され、硬化され、そして漆黒に染まった細糸。

それは、本能で理解できる程の圧倒的差。

万全の状態であればまだしも、今の獪岳には到底覆すことのできない壁であると断言できる。

それほどの、屈辱すらをも感じ得ないほどの、高い高い壁。

乗り換えることのできない高らかなそれに向かい、ゆっくりと、獪岳は見据える。

今までにないほどの緊張感を滾らせ、ダラダラと冷や汗を垂れ流し。

強く強く、噛み締めながら、全身を力ませた。

 

 

 

 

────間もなく、刻糸輪転は男の身を裂く。

どう見ても、どう考えても、逃れることはできない。

仮に先ほどのように刻糸輪転を切裂いたとて、決して隙を見せたりはしない。それほどの、万全の態勢で臨む。

男の死は確定している。この戦いは、確実に自分の勝ちである。

 

……………だが……なぜだ……?

なぜ、こうも指先が震える?

なぜ、首を切られかけた時と同じような、嫌な予感が背筋を伝う?

男には、秘策があるのか?ここから打開し、万全の態勢を整えた自分を殺せる秘策が、男にはあるのか?

…いや、あるわけがない。

覆せるわせがない。

決して。

断じて。

そのようなことがあるわけがない。

 

……仮に。

もし、仮に、あるとすれば…。

外からの援軍。その助け。

あの時の視線の先に、もし仮にあるのであれば。

 

累の視線が、ゆっくりと、背後の方へと───

 

 

 

 

チャキッ…

 

 

 

 

「───ッ!」

 

 

 

累が振り返るよりも前。

《累の背後の音に重なるように》、獪岳は刀を少しだけ抜いた。

瞬間、累が向けていた意識は全て獪岳の方へと集中される。

二度、同じ轍を踏まないように、全力の集中力を持って、獪岳の一挙手一投足を見逃さないように、全ての意識が向けられた。

 

…きっと、それは未熟であれば防げたのであろう。

ほんの少しでも、油断していれば、そのようなことにはならなかったのだろう。

 

しかし、累は運悪く、油断をしなかった。

 

 

 

 

 

 

故に、累は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

累の背後から駆ける稲妻の音。

完全に意識外からの、不意打ちに近い一撃に。

累は、気づく間もなく、その首を切り落とされていた。

 

 





・不死川実弥

稀血の採血に貢献しすぎて貧血気味。伊黒に注意されてからは肉を多く食べるようになり、任務中も乾燥レバーを持参するようになった。また貧血と隊士育成の負担のせいか、任務後には甘味を過剰に摂取しており、そのせいで粂野からは「最近の実弥は色んな意味で丸くなってる」と言われている。

蝶屋敷によくお世話になっており、管理人であるカナエとは仲が良い。また時間と都合が合えば食事に誘っており、その為に甘露寺や冨岡に美味い飯処や甘味処を聞いているらしい。果たしてこれが恋愛感情故なのかは不明であるが、粂野にイジられた際は全否定していなかった…とのこと(尚粂野はその後首から下が埋まった姿で発見された)

ちなみに玄弥への当たりも相変わらずではあるが、錆兎や冨岡、宇髄や悲鳴嶼やカナエらに目撃されて以降「実の弟なんだからツンケンするなよ」「もっと正直になりなよ」と割と真剣に注意され少し反省している。
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