鬼殺隊IF 本鬼殺隊ルート   作:限界社畜あんたーく 

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第壱話

 

雲取山の山道。大雪によって銀一色となった細道を、一人の青年が突き進んでいた。

傷の入った面。宍色の髪。

白の羽織に、腰に下げた刀。

 

彼の名は錆兎。鬼を狩る鬼殺隊の隊士であった。

 

一直線。この山奥の一家が鬼に襲われたという報告を鎹鴉から受け十数分、その間休むことなく駆けていた。

呼吸を乱すこともなく、疲れを見せることもなく。

鬼と被害者のことだけを思い、ただ一心不乱に走り抜く。

焦燥に駆られる心を平常心で静めながら、目にも留まらぬ速度で、錆兎は山を駆けていた。

 

暫くして、件の場所に辿り着く。

残念ながら…そこに広がっていたのは、見るも無残な赤花火。

母とおぼしき女性、そしてその子供達。

既に、息絶えていた。

 

鬼殺隊の元に鬼の情報が来るのは大抵事後。被害者を生存している状態で救える事のほうが珍しい。こういった状況に出くわす事も想像の範囲内、最早見慣れた光景だ。故に吐き気を催すこともなく、故に恐怖に震えることもない。

しかし…いつまで経っても、この腸を煮えくり返す怒りだけは鎮めることができない。

もう少し自分が早ければ助かったかもしれない。或いはもう少し情報の伝達が早ければ、若しくは自分が山を回っていれば。

救える命が、目の前にあったかもしれない。

 

「……すまない」

 

深く目を閉じ、頭を下げる。

死んだ彼らに許される為ではない。自分がその業を背負うために頭を下げる。

悲しみの連鎖を断つ。必ず仇を討つ。

面と瞼の奥。怒りと悲しみに燃えた瞳がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

「…………ん?」

 

 

遺体を埋葬するため、そっと近づこうとしたその時。

視界に映ったものに錆兎は疑問を抱いた。

───血の跡…?

この家から麓の町の方に続くように、雪の上に血の跡がポツポツと付いていた。

注意深く見てみれば、浅くはあるが一人分の足跡もある。歩幅からして恐らく男、感覚がまばらな所を見るに、怪我を負っているか、何かを重りを背負っているようにも見える。

 

まさか…生存者が居るのか?

 

瞬間、錆兎の体は無意識にその血の跡を追っていた。

血痕からして、出血量は少なく見える。だがそれでも大怪我には変わりない。その状態で麓まで下れるとは到底思えない。

 

「早く…見つけなければ…!」

 

そう決心したのも束の間。

錆兎の耳に、雪が崩れる音と、何か重いものが二つ雪の上に落ちる音が反響する。

 

(まさか…崖から落ちたのか!?)

 

そうだ。ここは雲取山だ。旅人の転落事故も少なくない危険な山だ。その上、冬の雲取山は手練れの登山家も苦戦を強いると言う。

そんな山を、それもあんな覚束ない足取りで。何不自由なく下れる方がおかしな話だ。

 

(鬼の手から命からがら生き延びたのだ。だというのに、自然すらも敵になるのか…?いや、そうはさせない…俺が必ず───)

 

救ってみせる。

その一心の下、持てる力を全て注ぐ。

一心不乱。全力疾走。

錆兎は全力で地を踏み締め音の方へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音の発生源へと辿り着いた錆兎の眼前。

雪の上に横になり、息も絶え絶えとなった少年。

そして少年の傍に亡霊のように立つ鬼。

 

視界にその光景が入った直後。コンマ1秒の隙もなく、錆兎の身体は動いていた。

踏み込み、直進。白刃の光が伸びるほどの速度で振り抜き、鬼の首を断たんとその切っ先を振るう。

錆兎が放てる最高速。

それを鬼に向けた───その筈だった。

 

 

「───何?!」

 

 

斬撃が当たる直前。

鬼の身体がガクリと下方へ落ち、首目掛け放たれていた一閃を潜り避けた。

 

何が起きたのか───それは、足元で倒れていた少年が、鬼の腰帯を掴み、全力で引いたのである。

少年自身、朦朧とした意識の中、この場で何が起きているのかは分からなかった。ただ唯一、自身の妹の危機を本能で察し、持てる力全てを賭してその命を助けたのだ。

 

そうとは露知らず。錆兎は自身の渾身の一撃を避けた鬼への警戒を更に強める。

───避けたのはどういう原理なのだろうか。偶然か、動体視力か、はたまた血鬼術か。

何れにせよ、全力で挑まねばならない相手であることには代わりはない。未だ唸り声を上げこちらに牙と爪を向ける鬼に対し、錆兎は刀を強く握り締め、構える。

 

そして───錆兎の技が再度放たれる直前。

少年の身体がピクリと動いた。

 

 

「ね…ずこ……駄目だ……人を、襲っちゃ…いけない…!!」

 

 

か細い声。今にも潰れそうな声で、少年はそう囁いた後気絶する。

そんな少年の一部始終を見ていた鬼──禰豆子は、ハッとした顔を浮かべると、錆兎への威嚇はそのままに、まるで少年のことを庇うように手を広げた。

 

まるで人を襲おうとしない。むしろ、人を助けようとするその姿勢。それが、錆兎の心を少しだけ揺り動かす。

 

(…人を、襲わないのか…?この鬼は一体……?)

 

思わず疑いたくなる。

それもそうだ、なにしろこの禰豆子という鬼は、現在重度の飢餓状態にある。涎をダラダラと垂らし、目は血走り手先は震えている。この状態になった鬼は、家族の見境すらなく本能のまま喰らおうとする。その認識に例外も違いもない、そのはずだ。

だというのに足元の少年に食い付かないどころが、目の前の錆兎に飛び掛かりすらしようとしない。

 

まさか…しかし…………。

目の前の光景が信じられない状態のまま、錆兎はしばし硬直する。

(…いや、今はそれどころではない。鬼の処遇は後だ、まずは少年の身の安全を確保しなければ)

だが、それをしようにも目の前の鬼が邪魔。

確かに今は少年を襲おうとはしていないが、仮にここから一歩でも近づいたり、鬼の首目掛け刀を走らせた途端に敵対してくる可能性もある。

 

鬼と少年を離す必要がある。

 

錆兎は刀を鞘に収めると、腰から赤黒い液体の入った小瓶を取り出した。コルクで閉められたその蓋を片手で力一杯にキュポンッと取り外すと、中に詰められていた液体を地面に垂れ流す。

そして空になった瓶を懐に戻すと、ゆっくりと、弧を描くように少年の方へ遠回りに歩き始めた。

 

ゆっくりと、近付いてくる錆兎を警戒する禰豆子。

だが、それも束の間。

錆兎へと向いていた視線は、いつの間にか地面に垂らされた赤いシミへと向いていた。

必死に目を離そうと藻掻く。が、まるで首に杭を打たれたかのように動かすことができない。それはまさしく釘付けという言葉が相当しい程に。

 

()()()()()()には反応してしまうか。…しかし、それでも一切動こうとしないのは、流石というべきか…)

 

風柱不死川実弥。彼の血は稀血の中の稀血と呼ばれる。

その血は並の鬼が嗅げば即座で酩酊、理性を吹き飛ばし一心不乱に飛びつこうとするほどに強力かつ強烈。そのため一部隊士は彼の血液を囮や目眩ましに使用できるよう小瓶に詰めて所持している。

 

いくら人を食わないよう意思を固めたとて、あの稀血の前ではその意思すらも決壊する。禰豆子もその例外ではなかったようだ。

錆兎は内心失望しながら、少年の下へと向かう。

 

───しかし、それはまたしても、彼女の起こした行動によって阻まれることとなる。

 

 

「ぐぅ…ぐっ……ぐぐっ……ぐァァ!!」

 

 

禰豆子は力強く叫んだ。声帯を引き裂かんばかりに、大きく叫んだ。そして意を決したような覚悟を伴った顔を浮かべると、自身の首を手で無理矢理曲げ、錆兎の方へと向けたのだ。

 

───あり得ない…!

 

その光景を目の前に、今日だけで何度心中に吐いたか分からないその言葉を、思わず口に出してしまう。人を食わないどころの話ではない。実弥の血、稀血の中の稀血を無視した。不可能だ、そのようなことは断じてあり得るはずがない。

 

だが……彼女はそれを真っ向から否定している。

ギリギリと、歯茎から血を垂れ流すほど強く噛み締めながら、強い意志を持ってこちらを睨みつけてくる。

 

一体全体なんだというのだ。

何故彼女は人を襲わない?

何故彼女は稀血を無視できる?

何故彼女は────

 

分からない。

 

一切合切が分からない。

 

……が、ただ一つだけ、理解できたことがある。

 

 

 

 

 

 

「………すまない」

 

 

 

 

彼女は……敵ではない。

ただ目の前の家族を守るために、鬼としての本能を覆し、人として立ち上がったのだ。少なくとも、今の錆兎にとって彼女は戦うべき存在ではない。

 

それだけ分かれば、十分だった。

 

「俺は、お前を鬼だと思っていた。俺にとって、斬るべき存在だと、そう思っていた。だが…違った。それを謝罪させてほしい」

 

頭を下げ、心からの謝罪を送る。

興奮状態にあった禰豆子も、言葉を理解したのかそれとも敵対の意思がないことを感じ取ったのか、何れにせよ荒らげていた呼吸を鎮めると、多少落ち着いた様子を見せた。

尤も、鬼としての本能からか、まだこちらを睨みつけてはいるが…さほど問題ではないだろう。

 

「お前がソイツを守りたいという意思は重々伝わった。だが、そのまま放置すればソイツはいずれ死ぬ。医者の元へ連れて行き、今すぐに治療を行う必要がある」

 

独り言のように、一辺倒に言葉を投げ掛ける。

相槌のような素振りや、表情の変化は読み取れない。

──言葉が通じていないのか…?

…と、そう思ったが、すると禰豆子は俯くとその場に座り込んだ。

 

暫くそのまま動く様子がなかったので、試しにその状態で少年の方へ手を伸ばしてみる。先程のように威嚇や敵対されることはなく、少年の身体に触れることができた。

 

 

「ありがとう」

 

 

感謝を述べ、少年を丁寧に担ぐ。

 

…呼吸がかなり浅い。怪我も相当深刻だ。素人目でも、このまま放置すれば命に関わることは間違いないと直感できる。

 

───必ず、助けてやるからな。

 

急ぎ山を下ろうと走り去ろうとする。が、その前にまだやるべきことがあったとハッとし、禰豆子の方へ視線を向けた。

 

「コイツを医者の元へ連れて行った後、またここに戻ってくる。それまで人目につかないよう、何処かに隠れていてくれ」

 

禰豆子にそう呟くと、錆兎は山を下り始めた。

 

 




・錆兎

家族を鬼によって失い、放浪していた所を育手である鱗滝左近寺に拾われる。左近寺のことは親のように慕っており、時折顔を出してはお節介を焼いている。
尚本人は「そこまで耄碌していない」と呟きながらも、満更でもなさそうな顔をしているとかしていないとか。

ちなみに、錆兎は自身の名字を覚えておらず、鬼殺隊では「鱗滝錆兎」と名乗っている。
これに関して左近寺は『嬉しくないことはないのだが…複雑な心境だな…』と小言を溢している。
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