鬼殺隊本部。
設けられた部屋の多くは和風に飾られ、侘び寂び趣を感じられる。正に日本の誇る伝統芸術と呼べるだろう。
しかしながら───この一室には、それらの飾りも華やかさも、一切合切がない。ただ座布団が敷かれただけの、利便性と合理性を伴った広間。
そこに彼等は集まっていた。
「忙しい中、よく集まってくれたね」
岩柱 悲鳴嶼行冥
炎柱 煉獄杏寿郎
水柱 鱗滝錆兎
蟲柱 胡蝶しのぶ
音柱 宇髄天元
蛇柱 伊黒小芭内
風柱 不死川実弥
現産屋敷家当主である産屋敷輝哉は、集う七人の柱達に労うように声を掛けた。
尚、柱は本来九柱だが、残る二柱は現在空席となっている。
「度重なる任務。隊士達の育成。面倒事ばかり君達に押し付けてしまって申し訳ない。きっと、私が今想像するより、君達は疲労しているだろう。今回の会議が終わり次第、十分な休息を取ると良い」
柱は、十二鬼月相当の鬼に挑む時、或いは緊急性のある任に向かう時以外は、基本壬*1以下の位の隊士を引き連れ教育を施すようにしている。
柱の監視下の下、鬼と一対一での実戦。そして柱の戦闘を間近で見ることにより成長を促そうという意図である。事実これにより下級の隊士達の成長速度は例年と比べても飛躍的に上昇しており、中には半年と経たずして乙*2になっている隊士も居る。
また柱はそれぞれの呼吸に適した隊士達に稽古、指南を行う「柱稽古」が定期的に設けられており、それによって鬼殺隊全体の質を向上させている。
当然、これらによって発生する柱への負担は看過できるものではない。産屋敷もそれを理解した上で、柱達の日程や都合を逐一調整、適切な休み時間を取ることができるよう努めている。
…といっても、大半が疲労を無視し休み返上でやろうとするのだが…コレが産屋敷を悩ませる唯一の種である。
「…さて。早速本題に入ろうか」
───まぁ、それは兎も角。
任務にせよ、育成にせよ、休息にせよ。
理由は何にせよ、柱合会議自体は早めに切り上げたほうが良いだろう。
「今回、皆を呼んだのは他でもない。昨日、錆兎が遭遇した奇妙な鬼に関して。その情報を皆と共有し、意見を交えたいと思っている」
皆の視線が錆兎に集う。
「錆兎、説明を頼めるかな?」
「はい」
錆兎は姿勢を正すと、昨日の出来事を説明し始めた。
「───ふむ。では、それを踏まえた上で、錆兎はあの鬼をどうすべきと考えるかな?」
「…俺は、生かすべきだと考えます。鬼殺隊が打ち倒すべき敵ではないと、今後将来の発展のための鍵になる存在であると俺は確信しています」
「成程。では、皆の意見を聞こうか。…そうだね、まずは行冥から聞こうか」
悲鳴嶼は御意と頷くと、口を開いた。
「人の血に、それも不死川の血に無関心な鬼が居るとは、到底信じ難し。しかしそれが事実であるというのであれば、我々手ずからに殺める必要は無いかと───ただし」
悲鳴嶼はそこで一旦間を置くと、錆兎の方へと顔を向ける。
「もし仮に、その鬼が人を襲った場合。鱗滝はどうするつもりなのか。それだけは、はっきりとここで明言してもらいたい」
生かした鬼が人を襲えば、当然その責任は錆兎が負うことになる。それで殺めたともなれば取り返しはつかない。
何の責任も覚悟も負わず、愚直に鬼を生かそうとするのは軽率である。
悲鳴嶼の言葉は最もであり、周囲からも同意であると頷く動作が見えた。
「行冥の言う通り。仮に禰豆子が人を襲えば、それは謝罪して許されるようなことではない。それを踏まえた上で、では錆兎。君はあの鬼が人を襲ったら、どうするつもりなのかな?」
産屋敷は錆兎に問う。
暫く間を置いた後、錆兎は口を開いた。
「…俺は、あの鬼が人を襲うとは断じてあり得ないと、そう信じています。ですが、もし仮に、あの鬼が人を襲いかかる事態となれば──
──俺と竈門炭治郎が、腹を切り詫び申す所存です」
固い決意を帯びた言葉だった。
───沈黙。静寂。辺りは静けさに浸る。
暫くの後、フゥと一呼吸置き悲鳴嶼は正面を向き直した。
「見逃した鬼が人を襲うなど、到底、許されざることだ。それを肝に銘じておくことだ」
「…行冥は、納得してくれたみたいだね。では他に、意見がある者はいるかな?」
産屋敷の問い掛けに対し、一人が声を上げる。
「俺は反対する。人を襲おうが襲わまいが、ソイツが鬼である事実に変わりはない。人を襲う可能性がないとは言い切れない時点で、即刻斬るべきだ」
伊黒の発言は至極真っ当なものであった。
鬼を滅殺してこその鬼殺隊。鬼に対し慈悲や情をかける必要はない。
それはこの場にいる柱全員が理解している。
だからこそ──
「確かに伊黒の言うことにも一理あるとは思うがな?しかしよ、今の所人を襲わねぇってのも確かなんだろ?今すぐ派手に処刑ってのは、いくらなんでも早計すぎやしねぇか?」
「天元の言う通りだ!それに、その鬼の生態を研究すれば、他の鬼も同様に変えることが出来るかもしれない!前例がない以上、丁重な扱いをすべきだ!」
天元と煉獄が反論を下す。
あくまで慈悲や情で生かすわけではない。
利用価値、存在価値があるからこそ生かす。
二人の意見もまた、それは至極真っ当なものであった。
「ッ……なら、胡蝶と不死川はどうだ?あの鬼を間近に見たのだろう?」
助け舟を求めるように、二人に対し意見を求める。
「私も、天元さん達と同意見です。今すぐに処す必要はないかと。それよりも、禰豆子さんを調べ人化の理由を探る方が先決だと私は考えています」
「俺は伊黒と同意見だ。結局鬼であることに変わりはねェんだ、殺した方が話は早ェ」
大方予想していた答えが返ってきたものの…それにしても弱い。特に不死川に関しては激しく憤るものかと思っていたが、想定に反して冷静そのもの。
コレ以上の増援は求められないだろう。苦虫を噛み潰したような顔で不死川はそっぽを向いた。
「───成程。君たちの意見はよく分かった」
現時点での対立具合を纏めると、
錆兎、悲鳴嶼、胡蝶、天元、煉獄の五名は肯。
伊黒、不死川の二名は否。
人数差で言えば賛成の方が優勢だ。
加えて───
「私個人としても、禰豆子は生かすべきだと考えている。彼女の存在は、鬼殺隊を大きく変える小さな種であると、私は見越している」
産屋敷輝哉の賛同。
勝敗は誰の目にも明白であった。
「これより、『竈門禰豆子は鬼殺隊の庇護の下、その存在を容認する』。異論や意見、その他報告があれば、鎹鴉を通し私に伝えてほしい。…良いかな?」
今更異論など上がるわけもなく。
ただ一言。柱は皆頭を下げると、『御意』と言葉を出した。
「さて…禰豆子に関する話はこれでおしまい。このまま解散と行きたい所だけれど…その前に」
産屋敷はそう言うと、錆兎の名を呼んだ。
「先程の話に出てきた、炭治郎少年について。彼は特徴的な耳飾りを付けていたと言っていたが…その柄について、詳細に話せるかな?」
そういえば…。
錆兎はあの時妙に引っ掛かった耳飾りのことを思い出す。
誰かからそのような話を聞いた覚えがあるのだが…生憎今も思い出せないでいる。
寧ろその話を今掘り返すということは…何か心当たりがあるということだろうか…?
「はい。例えるのであれば…そう、花札の『芒に月』を彷彿とさせる模様をしていました」
「ふむ……成程」
暫し思考する時間を置いた後、産屋敷は遠くの方へとその目を向けた。
その目に光は既に無い。見えていても朧な影しか見えていないだろうと思われるが、それでも何か強い意思を感じ取れる不思議な瞳であった。
「…そうか。いや、隠し事をしているようですまないね。これはこの場では、私と杏寿郎しか知らない内緒の話なんだ。君たちにも共有したい所だが…確定した話ではない以上、今話した所で余計な混乱を招くだけだろう」
杏寿郎…?何故煉獄の名が…?
煉獄を除く柱の一同から困惑したような吐息が漏れる中──
──アレか?
錆兎は記憶の片隅にあった小さな思い出を取り出す。
確かアレは…煉獄と飯を食べた時の話だ。
その時に、耳飾りを付けた…たしか、剣士に関する話をしたような…そのような記憶がある。
他愛もない雑談程度に覚えているが…まさか、ここまで重要な話だったのか。もっと詳細に覚えておけばよかったと少し反省をする。
「…さて。私から聞きたいことは以上だ。他質問や、共有しておきたい話はあるかな?」
「……」
……暫く静寂が続くが、誰も声を上げなかった。
「…では現時刻をもって、会議を終了、解散とする。…次の柱合会議に、また君たちの無事な姿が見られるよう、祈っているよ」
・胡蝶しのぶ
普段は作り笑顔を浮かべているが、姉や家族と過ごしている間のみ素の笑顔を零すことがある。それを見た一般隊士の多くは心臓を射止められており、隠れて彼女を推す者も少なくはない。
尚、もう一人、とある人物と同じ空間に居る間も素の笑顔を零すことがあるらしいが……あくまで噂である。