ネーミングセンスが皆無だと辛い
『
突如現れた煉獄さんはそう言うと、次の週(流石に今日からは駄目だと胡蝶さん達に止められた)から俺の機能回復に協力してくれた。
正直、この話を聞いた時は(機能回復と言っても、姿勢を支えるぐらいしかやることないんじゃ…?)や、(そもそもなんで元炎柱なんて偉い人が…)など思っていたが…暫くすると、その疑問もさっぱり消えるほどの、過酷な日々を送っていた。
てっきり、歩行の練習のようなものをすると思っていたが、実際はそうではなく、例えば正しい呼吸の方法や、負担をかけない効率的な身体の動かし方など。それらを繰り返し、身体に馴染ませる反復運動を行った。
曰く、これを行うことで自然治癒力が増し、心身を鍛えると同時により早い回復を行うことができるという。
しかしこれが中々難しい。今まで使ってこなかった筋肉を酷使しているようで神経をかなり消耗する。
二週間ほど経過し、なんとか意識すれば扱えるようにはなったが、それでも一瞬でも気を抜くとすぐに力が抜けてしまう。
鬼殺隊の隊士の人達は、これよりも更に難しい方法を、睡眠中でも閉ざすことなく行っているらしいが…うーん。凄い以外に言葉が見つからない。
それでも、いち早く怪我を治すために頑張った結果、おおよそ二ヶ月という月日を経てなんとか身につけることができた。
…といっても、現段階では
それから約一ヶ月。
身体は既に元の身体機能と遜色ないどころが、それ以上に回復。全身の痛みもなくなり、元気が溢れんばかりに力が漲っている。これまでだったら息切れしてたであろう距離を全力で走っても、息が上がることすら無かった。
念の為、胡蝶さんに体を見てもらったが、見える傷は全て完治済み、内臓に関しても異常は見当たらないとのことであった。
しかしまだ病み上がり気味、ひょんなことから怪我の再発が発生する可能性もあるため、もう暫くは蝶屋敷にお世話になるつもりだ。
「そういえば…炭治郎君はここでの治療を終えたら、その後どうするつもりなの?」
「その後…ですか?」
そういえば、あまり考えていなかった。
禰豆子のことは蝶屋敷の方々に任せるつもりだったが…自分に関しては特に指標や目的がない。
「家に帰って、家業の炭売りでも続けるか…貯蓄は多少あるとはいえ、稼がなければ食うものも食え……あれ?」
お金に関してふと思った。
まだここでの医療費やらを支払っていない。
「…そういえば…俺まだお金払ってませんよね…?」
「…え?」
「いやだって、治療費とか食費とか、それに何ヶ月も寝泊まりしてましたし…」
諸々の計算をする気が起きないほど、億劫になる。
しかも一日三食きっかり食べていたし…不味い。
そう思っていると、胡蝶さんは不思議そうに首を曲げた。
「ごめんなさい…そもそも、お金を取るだなんて発想にすら至ってなかったわ…」
「え?!でも俺部外者じゃ…」
「そんなの関係ないわよ。怪我人にわざわざお金を払えだなんて。鬼殺隊はそんなにケチな組織じゃありません」
凄い。至れり尽くせりとはこのことか。
その上禰豆子の今後の世話に関しても、無償で行ってくれるらしい。
全くもって、鬼殺隊の手厚い保護には頭が上がらない。
とはいえ、礼の一つも出来ないのは如何なものかと、何か手伝えることは無いかと聞いてみた。木の伐採や薪割りは慣れっこだし、力仕事や物の運搬も今なら余裕で出来る。
今の俺では難しいことでも、頑張って覚えるつもりだ。兎に角、今ここで恩を返さないと自分が納得できない。
だから、なんでも頼んでください!と申し出るも…
「……うーん。特には……」
「そう…ですか…」
そういえば、胡蝶さんは優しいので、よく忘れがちになってしまうが。そもそもこの人は鬼殺隊の元柱俺なんかよりも何倍も強いのだ。
ここに勤めている人たちもそうだ。大抵鬼殺隊に所属しているか、していなくともその関係者。俺に出来るような力仕事は、いとも容易く出来る人が殆どだ。
(……もしかして、今この場所で一番役に立ってないのって…俺!?)
といっても、そもそも病人なので、役に立つも何もないのだが。
がっくしと肩を落とす。その様子を見ていた胡蝶さんは、顎に指を当て何かを思案した。
「…そうねぇ。…もし暇なら、煉獄さんとお話でもされたらどうかしら?あの人、炭治郎君と話したいことがあるみたいだから」
そう提案されたので、早速俺は煉獄さんの下へと向かった。
煉獄さんは大抵昼過ぎになると訓練所の方に現れる。基本、俺が来るまではそこで他の隊士を扱いているようで、いつも行くたびに『なんでもっと早くこなかったんだよ!』と扱かれ中の人達から怒られる。
ただ今日に限っては、自分の方が先に訓練所に来ていたため、一言たりとも怒鳴られることはなかった。
「俺と話がしたい?」
いつものように、呼吸や動きの指導をするつもりだったのであろう煉獄さんは、目を丸くして驚いたような素振りを見せた。
「不都合でしたか?」
「いや、好都合だ。寧ろ手間を掛けてすまないな」
そう言うと、煉獄さんは辺りを見渡した後「ここで話すのもなんだ」と別室の方を指差した。
「…さて。何から話したものか…」
机と座布団が数枚ある、小さな部屋。
俺と煉獄さんは机越しに座り込むと、暫くの空白を置いて話し始めた。
「…君は、
「日の呼吸……?」
聞き覚えのない単語に、鸚鵡返しをしてしまう。
以前鱗滝さんから説明は受けたため、呼吸の存在自体は知っている。
呼吸は鬼を斬る為の技。様々な派生があり、例えば鱗滝さんは水の呼吸、胡蝶さんは花の呼吸、そして目の前の煉獄さんは炎の呼吸のように多くの種類がある。
当然俺はその全部を知っているわけではない。聞き逃した可能性もあるが、少なくともその、日の呼吸という単語は一度も聞いたことがない。
煉獄さんはそんな俺の様子を見て、やはりと納得したように頷く。
「その様子では知らないようだな。…いや、寧ろ予想通りだ。その反応が聞けて良かった」
「?」
何を言っているんだろう…?
そう疑問に抱いたところで、煉獄さんは続けて説明を始めた。
「日の呼吸。それは始まりの呼吸にして最強の呼吸。今ある全ての呼吸は日の呼吸を派生し枝分かれさせたものであり、大元を正せば全て日の呼吸に回帰する。その強さたるや、かの鬼舞辻無惨をあと一歩のところまで追い詰めるほど、と言えばその凄まじさも伝わるだろう」
鬼舞辻無惨───。その話も鱗滝さんから聞いている。
諸悪の根源にして、全ての鬼の首領。鬼を唯一増やすことのできる存在であり、そして俺の家族を殺した憎むべき仇。
存在自体は語られているが、その姿形は未だ不明のまま。今もその足がかりを追って、鬼殺隊は戦い続けている。
その存在を追い詰めたともなれば、ものを知らずとも強さかが伺える。
「…しかし、現代に日の呼吸の使い手は一人としていない。鬼舞辻はその強大な力を恐れ、日の呼吸の抹消を図った。血縁は無論、その技術の記された書に至るまで、その全てを葬った。……そう、その筈だった」
そう言い切った後、煉獄さんは俺の瞳を見つめた。
「竈門炭治郎。お前の存在だ」
「俺…ですか!?」
煉獄さんは頷きながら、俺の耳飾りを指差した。
「その
思わず耳飾りに触れる。
…これが、日の呼吸の剣士が付けていた耳飾りと同じ…?
まさか…そんなわけが…そもそも第一───
「…仮に、竃門家にその、日の呼吸が受け継がれてきたとして、俺は今日に至るまで日の呼吸の存在すら知りませんでした。そんな俺が日の呼吸を受け継いでいるなんて到底…」
「…本当に、そう言い切れるのか?」
煉獄さんは天井越しの空を見つめた。
あまりにも遠く。それは空というよりは、過去や未来を見ているようであった。
「言葉や文化、人の思い。それらは姿と形を変え、受け継ぎ次世代へと受け継がれてきた。日の呼吸も同じように、その姿形を変えて、竃門家に受け継がれたのではないか?」
───ふと、あの光景が蘇る。
父の舞ったヒノカミ神楽。あの神楽舞が、脳裏に刹那過る。
…いや、いやいや。記憶が交錯しただけだ。名前がただ似ているだけの、ただの偶然、思い違い。そうに決まっている……そのハズだ。
………だが……鮮明にあの舞を思い出すにつれ、それがただの偶然には思えなくなってしまう。
「……ヒノカミ神楽…」
「?」
「ヒノカミ神楽が、もしかしたら、その日の呼吸に何か関係があるのかもしれません」
……確かに名前も似ている。父も、正しい"呼吸"が必要だと言っていた。
恐らく、薄くとも何か関係があるのだろう。
しかし…
「唯一、ヒノカミ神楽を舞えた父はもう亡くなってます。見様見真似で、俺があの神楽舞を再現できるかもしれませんが…」
一度もヒノカミ神楽を舞ったことのない俺が、完璧に再現できるとは思えない。なにせあの舞は何十年という歴史の下受け継がれてきた伝統。それを見様見真似、一朝一夕で舞えるなどと、そこまで自分のことを過大評価はしていない。
「…………そうか」
煉獄さんは顎に手を当て思考する。
暫くすると、煉獄さんは姿勢を改めて正し、真正面から俺と向き合った。
「竃門君。そのヒノカミ神楽を、舞ってみるつもりはないか?」
それは、血の繋がりのない子供相手に向けた提案にしては、あまりにも真摯で真剣に感じた。
「俺が…ヒノカミ神楽を…」
「あぁ。…この際だ、はっきりと伝えておくが…私が君の機能回復に協力したのは、ただの善意だけではない。日の呼吸…そのヒノカミ神楽が目的だ」
…あぁ、そうだったのか。あの時の疑問が、今になって解明される。
勿論、企みもなしに接触して来たとは最初から思ってはいなかった。ただ、この人からする匂いは、悪い企みを抱いているようには思えなかったし、この人に対し深い疑惑を持つことはなかった。
…まぁ、それはそれとして、勿体振らずに全てを話して欲しいとは思っていたが。
「その目的というのは?」
「鬼殺隊への助力。それ以外に理由はない。日の呼吸が現代に蘇れば、我々の悲願である鬼の根滅もより現実的になる」
確かに、納得できる理由だ。
今の鬼殺隊は過去最強かつ過去最高。
現段階でもこれ以上ない程の完成度を誇っていると聞き及んでいる。
それに更に、鬼舞辻を追い詰めたという日の呼吸も加わるとなれば…希望はより濃くなる。
「…ただ、君に対し『鬼殺隊になれ』などと無責任なことは言わない。危険を伴う修羅の道、それを無理強いするほど、俺も堕ちてはいない」
至極当然であると、そうきっぱり告げられる。
正直、意外ではあった。煉獄さんのことをそんな非情な人だとは思ってはいなかったが…鬼殺隊への道を多少は勧めてくるのでは、とは心の何処かで思っていた。
でも、この人は…そんな俺の思い込みを拭うように、真っ向からそれを否定してくれた。
少しだけ、それが嬉しかった。
「俺が君に望むのは、日の呼吸を、ヒノカミ神楽を後世に紡いでほしいということだけ。そうすれば、今すぐにとは行かずとも、日の呼吸を扱う剣士が今後生まれる可能性は微々とでも芽生える」
それに───と煉獄さんは付け足す。
「仮にヒノカミ神楽が日の呼吸が関係なくとも、継がれてきた伝統を断つというのは、あまりにも勿体ないことだとは思わないか?」
正論。至極ご尤もな意見だ。
反論など出る訳もなく、ただ淀んだ返答しかできない。
そんな俺の様子を見て、煉獄さんは決め手と言わんばかりに頭を下げた。
「これは俺のただの我儘だ。どうか日の呼吸を、ヒノカミ神楽を、後世に伝えてくれてはくれないだろうか」
頭を下げるその姿を、俺は止めれなかった。咄嗟に声を出すことができなかった。
その願いは、その姿勢は、それほどまでに俺の心を大きく揺れ動かしたからだ。
感動…動揺…不意に、涙が溢れそうになる。その理由は自分でも分からない。…でも、この人が俺のことを、ヒノカミ神楽のことを、ここまで想ってくれることに、俺は…応えたいと思った。
「……煉獄さん。頭を上げてください」
参りましたと言わんばかりに、笑みを返す。
「ヒノカミ神楽が、俺に舞えるかどうかは分かりません。だから、約束はできませんが…」
「やります。俺が、ヒノカミ神楽を舞ってみせます」
固く、決意する。
ヒノカミ神楽を舞うと。そう宣言した。
煉獄さんは、俺の言葉を聞いて、その硬い表情を緩ませて、綻んだ。
「……ありがとう」
一言。感謝と共に、煉獄さんは手をこちらへ差し伸べる。
俺はその手を、強く、固く、握り返すことで、返事をした。
「となれば…これから本格的に鍛える必要があるな」
「………え゛?」
訓練所に戻って開口一番。
周りの授業風景を背後に、段々と顔が青ざめるのを感じる。
「当然だ。日の呼吸やヒノカミ神楽がどのようなものかは俺は知らないが、同じ呼吸である以上基礎は同じ。それを覚えなければ舞うも何も出来んだろう」
それはそうだが…言い返そうにも、先程宣言したばかりで撤回するのは、流石に常識外れにも程がある。
何事も楽に進むことは無いとは、重々承知の上ではあるが…それにしても、これからのことを想像するだけで気が滅入ってしまう。
「改めて竃門君。
まぁ…仕方ない、か。
こうなってしまった以上、引き返す訳にも行かない。
「…はい!よろしくお願いします!!」
・二十一代目 炎柱ノ書
とある任務にて失敗し、無力感を味わった愼寿郎。そんな折病床についていた妻の代わりに家の片付けを行っていると、ふとその書を見つけた。興味本位で頁をめくって見れば、そこには日の呼吸の剣士についての記載があった。
耳飾りの剣士…彼との圧倒的な才能の差に打ち拉がれる愼寿郎。その上同時に最愛の妻を失ったことで、炎柱の芯は折れてしまった。
酒を呑む量も増え、鬼殺隊としての仕事も疎かとなり、ジワジワと腐り始める。そんな彼の荒み具合を見た輝哉は、彼の精神を治療することに尽力し始めた。
毎日煉獄家まで足を運び、時間の許す限り対話と説得を繰り返す。日によっては六時間以上、体調が悪くなろうと彼に止めろと言われようと、それでもひたすらに彼に向き合い続けた。
約1ヶ月。同じような日々を送り続けた。
血反吐を吐くこともあった。気絶し倒れることもあった。だが諦めずに延々と繰り返し続けた。
すると…段々と、少しずつではあるものの、彼の対応が代わり始めた。仕事に対し誠実に着手するようになった。酒の量も見る見る内に減っていった。
それから数年後。息子である杏寿郎が鬼殺隊に入り、彼の階級が甲に上がったのを見届けた後、彼と柱の座を入れ替えるように、愼寿郎は静かに引退するのであった。
以降は元柱として育手をしており、時折藤の花の家紋の家に押しかけては隊士達をしごいている。
ちなみに二十一代目炎柱の書は杏寿郎、輝哉も目を通しており、現在は産屋敷家の蔵にて厳重に保管されている。