禰豆子との再会を経て。
涙も静まり、落ち着いた頃。
「暫くぶりだな、炭治郎」
「あ!鱗滝さん!」
久方ぶりに鱗滝さんと会った。
様子は特に変わっていない。ただ、いつにも増して元気そうではあった。
「長い事会ってなかったが…見ない間に、随分と大きくなったな」
「そんな、親戚の子供じゃないんですから…」
蝶屋敷に居た頃、鱗滝さんは俺や禰豆子のことをよく気に掛けてくれていた。特に禰豆子が目覚めている間は、かなり可愛がってくれたそうだ。
「随分と嬉しそうな顔しやがって。…まぁ、それも当然か。ヒノカミ神楽を覚えて、その上で禰豆子も目覚めて。今日は随分とついてる日だな」
「そんなことないですよ。…でも、本当にこれまでの努力が、全部報われたみたいで…俺って幸せ者だなぁって…」
「……そうか」
面で表情は伺えない。
ただ、優しい笑みを浮かべているのだろうということは、顔を見なくとも分かった。
「それで、今日は何か御用ですか?」
「いや。偶々通りかかっただけだ。禰豆子の様子でも見ようかと思ったんだが…」
「あぁ、成程」
ちなみに禰豆子は今、胡蝶さんの下で検査を行っている。
なにせ数年間も寝ていたのだ。元気に歩いているとしても、気掛かりな所はあるだろう。
「しかし…本当に、お前達の元気な姿が見れてよかった。…そうだ、実は今日の夜、浅草の方で義勇と飯を食べる約束をしていてな。お前達のことを祝うわけでもないが、もし暇なら───」
浅草!?
浅草って、あの浅草!?
しかもご飯もご馳走してくれるって!?
断る理由なんてあるわけがない!
「行きます!!行かせてください!!」
「そ、そうか…」
鱗滝さんは若干引き気味になりながら、頷いた。
夜の浅草近辺。
冨岡義勇は暗い街道を歩いていた。
「…すまない。面倒事を押しつけてしまって」
「いいっていいって。普段の任務は殆どお前が一人でやっちまうし、せめてこのぐらい俺に手伝わせてくれ」
共に任務に同行していた村田はそう言うと、持っていた書簡を懐に仕舞う。
村田が持っていたのは、蝶屋敷や藤の花の家紋の家等の、各所施設の諸費用を纏めた書類。月に一度これを産屋敷の元に納める必要があり、それの運搬を冨岡達は任された。
重要書類であるため鎹鴉の使用は厳禁。運ぶことが許されているのは、戊*1以上の隊士のみである。
尚、村田の階級は戊であり、瀬戸際ながら運搬を許されている。
「それに、水柱様に会うのは久しぶりなんだろう?そんな日に遅れたら、後々後悔するぞ?」
「……ありがとう」
冨岡は不器用ながら感謝を伝える。
それに対し村田は、小っ恥ずかしそうに頭を掻きながら、しっしと冨岡を追っ払う動作を見せる。
「ほら、行った行った!後は俺が届けとくから、ちゃんと休めよ?」
「あぁ、分かった」
村田は駆け足気味に本部の方へ走っていった。
その背が見えなくなるまで見届けた後、冨岡は鱗滝と待ち合わせしている場所へと歩いて向かった。
「久しぶりだな、義勇」
「あぁ。そっちは変わらず、元気そうだな」
冨岡が待ち合わせ場所に向かうと、そこには既に鱗滝の姿があった。
ちなみにいつもの面は外しており、腰に下げている。
「そっちは…」
「初めまして、竈門炭治郎と申します!」
「…よろしく頼む」
…?
随分と、鱗滝と接した時よりも余所余所しい態度に炭治郎は疑問に思う。何か怒らせるようなことをしただろうか…?
「なんか俺、失礼でした?」
「…そういう訳ではない」
会話が途切れる。気まずい…本当に、これで怒っていないのだろうか…?
と、炭治郎はビクビクと怖がっていると、鱗滝が冨岡の肩をグッと掴んで寄せた。
「すまない炭治郎。義勇は初対面の相手には口下手になるんだ」
「…俺は口下手じゃない。ただ距離感が掴めないだけだ」
「それを口下手って言うんだろ?」
ムスッとした顔をする冨岡。それを見て鱗滝は笑う。
成程…不機嫌に見えたが、それは喋りかけるのを遠慮していたということか。
それなら──自分が喋りやすい人であることを伝えよう!
炭治郎は胸を張ってみせた。
「俺はグイグイ来られても全然平気です!」
その様子を見た二人は、顔を見合わせくしゃりと笑った。
「な?いい奴だろ?」
「…あぁ。そうだな」
どうやら少し好感度が上がったようだ。
「さて、これから何処に向かうとするか…今日のために、甘露寺から色々と美味い店を聞いてな。確か紙に…」
そう言いながら、鱗滝は懐から紙を取り出す。
中には店の名前とその店の名物料理、そしてその店の位置が記載されていた。
冨岡と炭治郎は横からその紙を覗き込むと、上から順に見始めた。
「…天麩羅うどんか…」
冨岡がそう零す。
「奇遇だな。俺も真っ先に目に入った」
「実は俺も…」
二人が同意したことで、目的地が定まった。
鱗滝は店の位置を覚えると、紙をしまいその方角へと足を伸ばす。
「決まりだな。それじゃ早速───」
刹那。
炭治郎の鼻腔に、何処かで嗅いだ匂いが刺さった。
何年も前の記憶…。色彩が薄れていたはずの、あの光景が鮮烈に脳裏に浮かぶ。
忘れもしない。忘れるはずが無い。
(この匂い…!!どうしてこんな所で!?)
───鬼舞辻無惨の匂いだ!
どうする。どうするべきだ?
今すぐ追うべきだ。それは分かっている。
だが、俺が単独で行動するのはあまりにも無謀かつ無意味。出会えば即殺されてそれで終わり、自分の無力さなら誰よりも分かってる。
ならば───鱗滝さん達に相談するべきだ。
炭治郎は鱗滝の肩を掴む。
「?どうした、炭治郎?」
「あ!あ、あの!!」
不思議そうに振り返る鱗滝と冨岡。
最初は冷静そのもの。しかし炭治郎の、呼吸を荒らげ、焦る姿を見るや否や、二人の表情が段々と真剣なものへと変わっていく。
「…どうした?」
「あの……実は…!!」
尋常ではない雰囲気。それに対し、鱗滝は瞬間的に思考を巡らせる。
体調不良を訴えている…?
しかし先程までその傾向は見られなかった。
便意を催したか?
それにしては焦り具合がおかしい。
冷静に、炭治郎を分析する。
恐らく、抱いている感情としては
──焦燥。──怒気。──驚愕。──緊迫。
これらの四つ。
なんだ?
何が炭治郎をこうさせた?
炭治郎は俺達に何を伝えようとしているんだ?
───まさか?
いや、まさか。そんなわけはない。
可能性は零ではないが、ほぼ零に等しい。
ありえない。…が、仮にありえるのであれば──
「ここに、鬼舞───!!」
その時。
鱗滝は、炭治郎の口を手で閉じると、空いた方の手を自身の口元に当てた。
『静かに』
それに対する炭治郎の反応は、あまりにも劇的。
なぜ止めるんだ?なぜ声を出しちゃいけないんだ?
そう声を出したいのが、叫びたいのが一目で伝わる。
理性と本能の際を詰めた顔だった。
しかしながら───それでも、なんとかギリギリの所で炭治郎は踏ん張る。
止める理由があるのだろう。声を出しては行けない理由があるのだろう。
噛み殺す勢いで、肺を潰す勢いで、声をなんとか喉に留めた。
「…よく耐えたな」
鱗滝はそう言いながら、炭治郎の頭の上に、宥めるようにポンと手を置いた。
仮に、この場に鬼舞辻無惨が本当に居たとして。
その名を呼べば向こうに気取られる可能性がある。しかも、鬼である以上聴覚も人並み以上であることは間違いないのだから、叫ぶなど言語道断。
故に、鱗滝は炭治郎の口を閉ざしたのである。
尤も…
「…鬼舞…?…あぁ……ん?」
本当はもっと早めに気づいて、断片もヤツの名を出させなかった方が良かった。今の冨岡のように、二文字から推察される可能性があるからだ。
だが、出た以上は仕方がない。聞かれていないことを祈りながら、その前提で話を進める他ない。
「…錆兎」
「あぁ…だがその前に、確認だ」
鱗滝は炭治郎の両肩を掴み、真正面から瞳を見つめる。
真面目で、冷静で、その瞳は嘘すら見抜けるのではと思う程に、透き通っていた。
「…ソレは、本当に、
炭治郎の目が、大きく開かれる。
そして───
「……はい」
静かに、そう告げた。
鱗滝と冨岡は顔を見合わせる。
「…錆兎。信用できるのか?」
「分からない。が、試してみる価値はある」
冨岡は、炭治郎の嗅覚の鋭さも、過去の素性も知らない。
故に、信用もない。が、鱗滝のことであれば。鱗滝の言うことであれば、信じようと思える。
「…分かった。指示をくれ」
鱗滝は「あぁ」という返事と共に頷く。
そして、炭治郎の方へと視線を向けた。
「先ずは、炭治郎。義勇の後ろに隠れてくれ。そして、
炭治郎は言われた通り、義勇の後ろに移動する。
「義勇は俺の視界から見える範囲内で、炭治郎から伝えられた位置を
鱗滝は仮面を身に着けると、刀を隠していた布の一部を剥ぎ、いつでも抜刀できるようにした。
「…戦うんですか?」
恐る恐る聞いてみる。
鱗滝は一瞬、思考する間を置いた後、首を振った。
「いや。ここで戦えば多くの人が巻き込まれる。あくまで、確かめるだけだ。……だが、もし仮に戦うことになったら…義勇は炭治郎を連れて逃げてくれ」
仮面越しに、義勇を見つめる。
一瞬だけ、動揺した素振りを見せつつも、冨岡は一呼吸を置いた後に頷いた。
「……あぁ。分かった」
冨岡の返事を聞いた所で、鱗滝は人混みの方へと向かい始めた。
・冨岡義勇
階級甲の鬼殺隊士。
錆兎と比べ実力は劣るものの、独自に編み出した型である凪を保有している。本人は「錆兎なら俺よりもこの技を使いこなせるはずだ」と斜め下な謙遜の仕方をしているが、錆兎としては(いや、なんで?)と冨岡の中の錆兎像に内心引いている。
本来は明るい性格をしているのだが、初対面の相手には若干無口かつ無表情気味になってしまう。
しかし冨岡からの好感度が上がると、多少はマトモな会話が成立するようになり、更に好感度が上がると冨岡自身から相手に喋りかけるようになる。更に更に好感度が上がると、表情もかなり柔らかくなり、最終的に元の性格で接してくれるようになる。(この段階まで行けたのは現状錆兎のみ)
その際、極稀に綻んだ笑みを零すことがあるのだが、その笑みは女性隊士を一撃で射止める程の火力を秘めている…らしい。