【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
ギルドの扉を押した瞬間、独特のざわめきが耳に飛び込んできた。
昨日とは違う、少し落ち着いた空気。
カウンター前で受付と話す冒険者、テーブルで依頼書を睨んでいる者、壁際の掲示板を眺めている者──それぞれが、それぞれの「仕事前」を過ごしている。
「行こうか」
俺の言葉に、カイトとティナが小さく頷いた。
今日は、昨日までとは違う服装だ。
ハイレグアーマーとも粗いリネンのごわごわともおさらばし、下着も服も新品。
普通のチュニックにズボン、上から軽い上着。腰には、例の髑髏の剣だけを下げている。
(……見た目だけなら、だいぶマシになったはずだ)
ハイレグアーマーよりは、圧倒的に「人としてまとも」に見えるだろう。
そう思いたい。
カウンターへ向かう途中、何人かの冒険者と目が合った。
「……あれ、昨日の」
「服、普通になってる」
「でもやっぱ可愛いな……」
小声のはずなのに、やけにはっきり聞こえる。
耳が勝手に拾ってしまうのだから仕方がない。
「またあの鎧見たかったんだけどなぁ」
「わかる」
そんな会話が背中のほうから聞こえてきたところで、隣のティナが小さく舌打ちした。
「じろじろ見んな」
鋭い視線が、ひそひそ声の方向を射抜く。
当人たちは慌てて視線を逸らし、掲示板のほうに顔を向けた。
(……ティナが怖いのか、面倒くさいのか)
たぶん両方だ。
ありがたいけど、申し訳なさもある。
カウンターまで進むと、受付嬢のリーネが顎に手を当てて書類と格闘していた。
顔を上げた瞬間、ぱちりと目が合う。
「あら」
リーネの瞳が、ほんの少し丸くなった。
「アウラさん。今日は“普通の格好”なんですね」
「……そう見えるなら、喜んでいいのか?」
苦笑気味に返すと、彼女も小さく笑った。
「ええ、とっても。昨日は……その、だいぶ印象的でしたから」
遠回しな言い方が逆に刺さる。
気を取り直して、本題に入った。
「ギルド長との面談の件だが……今、時間を取ってもらうことはできるだろうか?」
「来てくださってよかった。ちょうど、ロドリス様──ギルド長も手が空いてます」
ロドリス。
この街のギルド長の名前か。
「ギルド長にお伝えしてきますから、少しだけ待っていてもらえます? あっ、椅子に座っていていいですよ」
そう言って、リーネは奥の階段へと急ぎ足で去っていった。
俺たちはロビーの隅のベンチに腰を下ろす。
しばらくすると、さっきよりあからさまに視線が集まってきているのを感じた。
「なあ、昨日の子だよな?」
「うん、間違いない。ほら、剣が同じだろ」
「服変わると印象も変わるな……」
「隣の子に罵って貰いながら、二人に踏んでほしい」
昨日の白鹿亭にいた連中とは違う顔ぶれだ。
ティナが再び、じろりと周囲を一掃するように睨んだ。
「……変なこと言ってたら、聞こえるわよ」
その一言で、空気が一瞬だけぴんと張る。
そうこうしているうちに、階段のほうから足音が近づいてきた。
「お待たせしました」
リーネが戻ってくる。
「ギルド長がお会いになるそうです。二階の応接室にご案内しますね」
俺たちは立ち上がり、リーネの後について階段を上った。
二階は一階より静かで、事務室や会議室が並んでいるらしい扉がいくつも見えた。
その一番奥、重厚な木の扉の前で、リーネが振り返る。
「こちらです。どうぞお入りください」
軽くノックしてから、扉を開ける。
応接室の中は、落ち着いた雰囲気だった。
厚手のカーペットに、重そうな木製の机。
壁には地図と、いくつかの証書のようなものが飾られている。
机の向こう側の椅子に、一人の男が座っていた。
年の頃は五十代くらいか。
短く刈った黒髪には白いものが混じり、頬から顎にかけて一本、古い傷跡が走っている。
肩は広く、シャツ越しでも分かるほど体は鍛えられていた。
いかにも「元冒険者」といった風貌だ。
「紹介します」
リーネが一歩前に出る。
「こちらが、このギルドのギルド長、ロドリス・ハーランド様です」
「アウラだ。こっちはティナとカイト」
「どうも」
「よ、よろしくおねがいします!」
「ロドリスでいい」
低くよく通る声だ。
ギルド長は立ち上がり、俺たちを見ると少しだけ目を細めた。
「君たちが昨日、キラーボアを倒してくれた冒険者か?」
「はい」
俺が頷き、カイトとティナも続く。
「座ってくれ。そんなに固くならなくていい」
勧められるまま、向かいのソファに腰を下ろした。
ロドリスも再び椅子に座り、肘を軽く机に置く。
(……見た目は怖いけど、声は思ったより柔らかいな)
緊張しすぎないように、息を整える。
「まずは礼を言わせてもらおう」
ロドリスがゆっくりと言った。
「あのサイズの個体を、よく倒し街まで届けてくれた」
「運搬は、手伝ってくれた人たちのおかげだ。俺たちだけじゃ、途中で力尽きていた」
「それでも、君たちが仕留めていなければ、今も森の入口をうろついていたかもしれない。街にとっては大きな問題だ」
ロドリスはそう言ってから、リーネの持つ書類に視線を落とした。
「リーネから、報告は受けている。キラーボアが現れたのは、オーロックの森の入口付近……街からさほど離れていない場所だそうだな?」
「ああ。森の入口から、少し入ったあたりだ」
頭の中で地形をなぞりながら答える。
ロドリスは短く頷いた。
「本来、キラーボアはもっと森の奥に棲む魔物だ。入口近くまで出てくることは、滅多にない。……だからこそ、君たちにひとつ依頼をしたいと思っている」
「依頼?」
思わず聞き返す。
「内容は、単純だ」
ロドリスは机の上に一枚の用紙を置いた。
依頼書だろう。
「オーロックの森に向かう調査隊をひとつ出す。その中に、“森に詳しい冒険者”を一人同行させる予定だ」
森に詳しい冒険者。
──高ランクの者だろうか。
「君たちには、その者と一緒に森へ行き、“キラーボアと遭遇した場所”を正確に教えてほしい。……それだけだ。危険な調査は、後日その者とギルド側で行う。君たちに戦闘を求めるつもりはない」
「場所の案内だけ、ということか」
「そうだ。ギルドとしても、入口付近に何が起きているのかは把握しておきたい。君たちの記憶が一番確かだろう?」
言っていることは筋が通っている。報酬はそう高くないだろうが、内容を考えれば妥当だ。
(ギルドと揉める理由もないしな)
ここで「関わりたくない」と断ってしまえば、今後何かと面倒になりそうだ。
それに──あのキラーボアが、単なる偶然で出てきたのかどうかは、自分でも少し気になっている。
「俺は……今のところ、特に依頼は受けていない」
俺は隣の二人を見る。
「ティナ、カイト。何か外せない用事はあるか?」
「特にないわ。森の入口くらいなら、すぐ往復できるし」
「僕も大丈夫です! むしろ、ちゃんと確認しておきたいですし」
二人とも即答だった。
「なら、問題はない」
俺はロドリスのほうへ向き直る。
「引き受けよう」
「助かる」
ロドリスの表情が、ほんのわずか緩む。
「では、依頼書の手続きはこのあとで済ませておく。……それから、もうひとつだけ確認したいことがある」
視線が、俺の腰の剣に落ちた。
「キラーボアを仕留めたのは、その剣だな?」
「ああ」
腰の柄にそっと手を置く。
「……鞘から抜いて、見せてもらってもいいかな?」
顔は笑顔だが、目は真剣だ。
(……まあ、見せるくらいなら構わないか)
女神の事や、勝手に動く事など、その辺りは話すつもりはない。
ただの「武器の確認」なら、ギルドとしては普通の行為だろう。
「分かった」
ゆっくりと柄を引き上げる。
鞘口から、銀色の刃が現れた瞬間──
応接室の空気が、ほんの少しだけ変わった気がした。
鏡のように全てを反射し、異様なほど滑らかな刀身。
研ぎ澄まされている、というより、最初から「そういう形」で存在しているような、歪みのない線。
室内の音が、半歩遠のく。
ロドリスの目が細くなり、隣で控えていたリーネが小さく息を飲んだのが分かった。
「……これくらいで十分だ」
ロドリスの声で、軽い緊張が解ける。
俺は再び、刃を鞘に戻した。
「ただの剣ではないな」
ロドリスが静かに言う。
「魔剣……といったところか」
「詳しいことは、俺もよく知らない」
これは嘘ではない。
女神から渡された、よく分からない剣。
異常に切れ味がよく、勝手に動くこともある、という事実以外は、俺もまだ知らないのだ。
「どこで手に入れた?」
ロドリスの視線が、もう一度こちらを掬い上げる。
「知り合いから、譲り受けただけだ。……詳しい出自までは聞いていない」
女神を「知り合い」と呼んでいいのかは分からないが、広い意味では間違っていない。
ロドリスは、数秒だけ俺を見つめ、それから短く息を吐いた。
「……なるほど。深く踏み込むつもりはない」
「……助かる」
「ただ、ギルドとしては、“危険物”かどうかだけは把握しておきたい。今のところ、君自身の意思で扱えているなら、問題視はしないさ」
「扱えているかどうかは微妙だが……少なくとも、誰かを斬りつけたりはしていない」
今のところは。
心の中でそう付け足す。
「ところで」
ロドリスがふと思い出したように言った。
「もうひとつ、確認しておきたい装備があったな。リーネから聞いた話だと、昨日はずいぶんと……特徴的な鎧を着ていたそうだが」
「……」
反射的に、肩に力が入った。
ハイレグアーマー。
この世界に来てから、俺の羞恥心と命運を弄んでいる問題作。
「今は外している。宿に置いてある」
「そうか。機会があれば、いつかそれも見せてほしい。防御性能や魔力の反応次第では、ギルドとしても何か参考になるかもしれん」
「前向きな言い方をされても、複雑だな……」
鎧を「資料」として扱われるのか。
とはいえ、今ここで断言してしまうのも得策ではない。
「……考えておく。機会があれば、だ」
「分かった。無理強いはしない」
ロドリスが頷いた、そのときだった。
コン、と扉がノックされる音がした。
「入れ」
ロドリスの声に、扉が開く。
現れたのは、黒づくめの男だった。
黒いシャツに黒いズボン、黒いブーツ。
腰には、装飾の少ない長めの剣。
ただ──その全身黒よりも目を引いたのは、その疲れ切ったような顔だ。
銀色の髪は寝癖で跳ね放題、無精ひげがうっすら伸びている。
目の下にはクマ。片手で額を押さえながら、男は部屋に入ってきた。
「……頭痛ぇ。マジで、二日酔いのやつを引っ張り出すのはやめてくれないか、ロドリスの旦那」
男がぼやくように言う。
「昨日だって、依頼帰りで泥のように寝てたんだぞ。せめてあと三時間は寝かせてくれよ。なぁ?」
「うるさい」
ロドリスが一言で切り捨てた。
「お前が飲み過ぎなだけだ、ヴァンクロウ」
ヴァンクロウ。
その名を聞いた瞬間、隣のカイトが小さく息を呑んだ。
「ヴァンクロウって、あの“森渡りのヴァン”ですか!?」
(……森渡り?)
聞いたことのない単語に頭が追いつかず、困惑した表情を浮かべていたらティナが説明してくれた。
「“森渡りのヴァン”って言えば、オーロックの森を単独で踏破する、高ランク冒険者よ。この街で一番ランクが高いミスリル級冒険者……。この辺では知らない人は居ない有名人ね。まぁ、私も実物は初めて見るけど……」
そういえば、冒険者ギルドのランク制度が銅級から始まって……
銅 → 鉄 → 銀 → 金 → ミスリル → アダマンタイト → オリハルコンって規約に
書いてあった気がする。
そうするとこの男は上から3つ目か。
「……んん?」
寝ぼけたように、男──ヴァンがこちらを向く。
銀色の髪が揺れた。
そして、俺と目が合った瞬間。
彼の表情がぴたりと止まった。
「…………」
視線が、数秒間固定される。
「……ちょっと待ってくれ」
そう言い残して、ヴァンはくるりと踵を返し、そのまま扉の外へ出ていった。
「……?」
全員がぽかんとする。
数分もしないうちに、再びノックの音。
今度のヴァンは──別人みたいだった。
髪はきちんと整えられ、無精ひげもきれいに剃られている。
シャツの皺も伸びていて、さっきまでの「寝起き二日酔いの兄ちゃん」が、綺麗なイケメンにランクアップしていた。
「お待たせしました」
さっきとは打って変わって爽やかな声で言うと、軽く前髪をかき上げる。
視線はまっすぐ、俺に向いていた。
「やぁ、かわいいお嬢さん。さっきは失礼したね。自己紹介がまだだった」
にこりと笑う。その笑顔は、確かに「慣れている」感じがする。
「俺はヴァンクロウ。森渡りのヴァン、って呼ばれてる。君の名前を、聞いてもいいかな?」
(……テンションの落差がすごいな、おい)
さっきまで二日酔い全開だった人間とは思えない切り替えだ。
内心ツッコミを入れつつも、名乗らないわけにもいかない。
「アウラだ」
「アウラ。いい名前だ」
ヴァンは一歩近づき、当たり前のような口調で続けた。
「結婚を前提にお付き合いしてください」
「は?」
脳が一瞬、固まった。
(いやいやいやいや、何を言ってるんだこの男は)
冗談なのか本気なのか、声色だけでは判断がつかない。
こっちは、ようやく下着問題を一段落させたばかりで、婚約どころか、明日の予定すら満足に立てられていない。
「いきなり何を言ってるのよ、あんた」
ティナが、呆れというより半分本気で睨みつける。
「そうですよ! アウラさん困ってるじゃないですか!」
カイトまで抗議の声を上げた。
ヴァンは「おっと」と肩をすくめ、両手を軽く上げる。
「ごめんごめん。ちょっと口が滑った。……でも、気持ちはだいたい本当だよ?」
「だいたい本当ってなんだ」
思わずツッコミが口からこぼれた。
それを聞いて、ヴァンは楽しそうに笑う。
「ま、とにかく」
改めて、きちんとした調子で手を差し出してくる。
「改めてよろしく、アウラ」
差し出された手に、自分の手を重ねる。
握手を交わした瞬間、手のひら越しに伝わる力は、見た目以上にしっかりしていた。
(……軽口ばっかりだけど、腕は本物なんだろうな)
そんな予感がした。
「で──君たちは?」
ヴァンが視線を二人に向ける。
「私はティナよ。風の初級魔法が使える。……アウラに変なことしたら、許さないから」
「物騒だなぁ」
と言いながらも、ヴァンの目はどこか楽しそうだ。
「僕はカイトです!」
カイトが背筋を伸ばす。
「まだまだ駆け出しですけど、頑張ります!」
ヴァンは彼の全身をざっと眺めてから、口角を上げた。
「うんうん、初々しい感じだ。よろしくな」
「は、はい!」
カイトが、少し緊張した声で返事をする。
「自己紹介は済んだな」
ロドリスが軽く咳払いをする。
「ヴァンクロウ。改めて説明するが、彼女たちには“キラーボアが現れた場所”を案内してもらうだけだ」
「了解」
ヴァンが気だるげに片手を挙げる。
「本調査の前に森の入口付近を見に行くだけだろ、大したことはないさ。……問題は、その奥だろうけどな」
言葉の端に、うっすらと殺気のようなものが混じる。
「で、アウラ。君たちの予定を聞きたい。ギルド長からは出来るだけ早くって話は聞いてるけど……明日の午前中に森に入るのは問題ないか?」
俺は隣の二人をちらりと見る。
「2人は?」
「別にいいわよ。森の入口なら慣れてるし」
「僕も大丈夫です!」
「じゃあ、明日だな」
ヴァンがにやりと笑う。
「明日の朝、ギルド前で集合だ。かわいい子に待たせないよう、俺は先に待ってるから、遅刻しないでくれよ」
「誰がかわいい子なのかはともかく、遅刻はしない」
適当に受け流す。
横でティナが眉間に皺を寄せているのが視界の端に見えた。
「……こんなやつだが、腕は確かだ」
ロドリスが苦笑混じりに言う。
「森に関しては、ギルドでも一番詳しい。君たちを危険にさらすような真似はしないだろう」
「勿論だとも。あー……もう限界かも。二日酔いで吐きそう」
「……明日までにどうにかしてもらおう」
ロドリスが小さく肩をすくめる。
「こちらからの話は以上だ。質問はあるか?」
「今のところはない」
「では、今日はこれで解散としよう。リーネ、依頼書の処理を頼む」
「はい」
リーネが頭を下げる。
「アウラさん、ティナさん、カイトさん。明日の集合時間などは、このあと一階でご説明しますね」
「ああ、分かった」
俺たちは椅子から立ち上がり、軽く頭を下げて応接室を後にした。