【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
ここまで書けたのも、皆さんのお陰です。
本当にありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾ ペコ
それから、どれくらい経っただろう。
リリアは次から次へとウィッグを試し、そのたびに鏡の前で右を向いたり、左を向いたりしていた。
どうやら、ようやく満足したらしい。
「楽しかったですわ~!」
店の外へ出たリリアは、両手を胸の前で組み、満ち足りたように息を吐いた。
「お化粧と合わせて、いつもと違う自分になりたいというアウラの気持ちも、少しわかった気がしますの」
うんうん、と一人で納得したように頷いている。
「ま、まあ、普段と違う自分になれるのは新鮮ですよね」
「ええ!」
リリアは大きく頷いた。
「さっそく家へ帰ったら、お父様に相談してみますわ!」
「本当に買うんですか?」
「まだ決めてはいませんの。でも、少しくらい持っていてもよいと思いますわ!」
少しくらいで済むのだろうか。
店の中では、あれもよい、これもよいと随分悩んでいた。
下手をすると、クラウスが根負けするまで何日も頼み続けそうだ。
そんなことを考えながら、俺は通りの端へ目を向けた。
ロイドは、ウィッグ店へ入る前とまったく同じ姿勢で立っている。
背筋を伸ばし、周囲へ視線を配り続けていた。
俺だったら、とっくにどこかへ座って寝ているだろう。
長時間立ち続けていたはずなのに、疲れた様子も見せない。
さすが騎士というべきか、随分と真面目な人だ。
「リリア様、アウラ様」
ゲオルグが、俺たちへ穏やかに声をかけた。
「もしよろしければ、少し甘い物でも召し上がっていかれませんか。長い時間お店にいらっしゃいましたので、そろそろ休憩を挟まれた方がよろしいかと」
「そうですわね。わたくしも、少しお茶をいただきたいですわ」
リリアはすぐに賛成した。
確かに、化粧品店からウィッグ店まで回り、かなりの時間が経っている。
ほとんど椅子へ座っていただけとはいえ、顔へ何度も化粧を施されたり、ウィッグを試着したりしていたせいか、俺も少し疲れていた。
「私も賛成です」
「では、近くにおすすめのお店がございますので、そちらへまいりましょう」
ゲオルグが先へ立ち、歩き始める。
「お茶とタルトが評判のお店でございます。今の時期でしたら、リリア様がお好きな木苺を使ったタルトが美味でございますよ」
「木苺ですの?」
リリアの顔が、ぱっと明るくなった。
「それでしたら、ぜひ行きたいですわ!」
ゲオルグのおすすめなら、味も期待できそうだ。
以前教えてもらった星蜜焼きも美味しかった。
食べ物に関しては、信用してよいだろう。
しばらく通りを歩くと、開けた角地に洒落た店が見えてきた。
白く塗られた壁に、深緑色の屋根。
大きく開かれた窓からは、焼き菓子の甘い香りが漂っている。
店先にはいくつかの丸い卓と椅子が置かれ、通りを眺めながら飲食できるようになっていた。
「こちらでございます」
ゲオルグは空いていたテラス席へ俺たちを案内した。
「私は注文をしてまいります。リリア様は木苺のタルトとお茶でよろしいですか?」
「ええ。それでお願いしますわ」
「アウラ様はいかがなさいますか?」
「では、私も同じ物をお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
ゲオルグは一礼すると、店の中へ入っていった。
俺とリリアが椅子へ腰を下ろす。
ロイドは座ろうとせず、リリアの少し後ろへ立った。
テラス席の周囲だけではなく、その先にある通りまで広く見渡している。
館にいる時は、声が大きくて、妙に張り切っている人という印象だった。
だが、こうして護衛をしている姿を見ると、やはり隙がない。
顔は正面へ向けたままなのに、視線は通りを行き交う者を一人ずつ追っているようだった。
気配が鋭い、というのだろうか。
ただ立っているだけなのに、遠くまで見透かしているような感じがする。
俺がじっと見ていたことに気づいたのか、ロイドと目が合った。
真剣だった顔が、一瞬だけにこりと緩む。
だが、すぐに表情を戻し、再び周囲へ目を配り始めた。
うん、こうして見ると、立派な騎士って感じだな。
そんなことを考えていた、その時だった。
「ど、泥棒ーっ! 誰か、そいつを捕まえて!」
通りの向こうから、女性の叫び声が響いた。
何事かと顔を向ける。
人混みを乱暴に押し退けながら、一人の男がこちらへ走ってきていた。
薄汚れた服に、手入れのされていない髪。
小脇には、革製の鞄らしき物を抱えている。
その少し後ろを、若い女性が必死に追いかけていた。
「待って! それを返して!」
男は後ろを振り返り、悪態をつく。
前方の人間が慌てて道を空けた。
その結果、男は逃げ道を見つけたように進路を変え、まっすぐこちらへ向かってくる。
おいおい。
このままでは、リリアの座っているテラス席のすぐ横を通る。
俺は椅子を引き、立ち上がろうと足へ力を込めた。
だが──。
「えっ?」
すぐ後ろにいたはずのロイドの姿が、視界から消えた。
いや、消えたように見えただけだ。
次に姿を捉えた時には、ロイドはすでに男との距離を半分以上詰めていた。
速い。
迷いも、予備動作もなかった。
地面を強く蹴ったというより、気づいた時にはそこへいたように見えた。
だが、男へ迫っているのはロイドだけではなかった。
通りの反対側から、もう一つの小柄な影が飛び出している。
奇妙な形をした兜。
兜の両側へ張り出した部分は、どう見てもシュモクザメの頭を思わせる。
そしてあの変わった鎧には、見覚えがあった。
星蜜焼きの店で出会った少女、フィアだ。
ロイドが男の右腕をつかむ。
ほぼ同時に、フィアが反対側の肩へ手を伸ばした。
「むっ?」
「ありゃ?」
二人は、互いが同時に男へ手を出したことに驚いたようだ。
だが、すでに手は止められない。
ロイドが男の腕をひねり上げる。
フィアが肩をつかみ、反対方向へ引いた。
二人の力が重なった結果、男の身体がふわりと地面から浮き上がった。
「へ?」
泥棒本人が、間の抜けた声を上げる。
次の瞬間。
「ぐえっ!」
男は地面へ叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
死んではいないだろうが、完全に気を失っている。
男を押さえたまま、ロイドとフィアが顔を見合わせる。
「……あんた、速いな」
「おにーさんこそ~」
フィアは楽しそうに答えた。
ロイドは本気で走ったように見えた。
それでも、フィアはほとんど同じ速さで男へ到達している。
いや。
同じだっただろうか。
ロイドの動きには、鍛え上げた者特有の鋭さがあった。
身体の使い方に無駄がなく、一歩目から最大限の速さで踏み込んでいる。
だが、フィアの方は違った。
力んだ様子もなく、少し急いで駆け寄っただけに見える。
まるで、あれが本気ではないような──。
「あ、ありがとうございますぅ!」
泥棒を追っていた女性が、息を切らせながら近づいてきた。
「そいつに、急に荷物を取られて……!」
女性は地面に落ちていた鞄を拾い上げ、胸へ抱き締める。
「盗られた物に間違いありませんか!?」
「は、はい! 私の物です!」
「わかりました!」
ロイドは周囲へ顔を向けた。
「すみません! どなたか、近くの兵士を呼んでいただけますか!」
通り中に響き渡るほどの大声だった。
「うわぁっ」
すぐ隣にいたフィアが、肩をびくりと跳ねさせる。
「おにーさん、声でっかいねぇ~」
「あー……すまん」
ロイドが、気まずそうに頭をかいた。
普段のきっちりした話し方とは、まるで違う。
「騎士団で、腹から声を出せって散々訓練されてんだ。どうも加減ができなくて、ついでかくなっちまう」
「へぇ~。でも、あれなら遠くまで聞こえそうだね」
「まあな。緊急時には役に立つぜ」
何だか、いつもより生き生きしている。
リリアは二人の活躍を見て、しばらく目を丸くしていた。
やがて、興奮したように立ち上がる。
「す、すごいですわー! 二人とも、とっても格好よかったですの!」
周囲にいた客や通行人からも、拍手が起こった。
「すごいぞ、二人とも!」
「一瞬だったな!」
「騎士様はともかく、もう一人は冒険者か?」
「変わった兜だなぁ」
「あれには何か意味があるのか?」
フィアは兜へ手を当て、少し首を傾げた。
本人は、この装備がどれほど目立っているのか、あまり気にしていないらしい。
しばらくすると、呼びに行った者が兵士を連れて戻ってきた。
ロイドは泥棒を兵士へ引き渡し、何があったのかを簡潔に説明する。
兵士はフィアにも確認したが、フィアは「泥棒だって聞こえたから捕まえただけだよ~」と、軽い調子で答えていた。
説明が終わると、兵士たちは気絶した男を担ぎ上げ、被害者の女性とともに去っていった。
ロイドとフィアは、その場に残って互いの顔を見合わせる。
「あんた、やるなぁ。俺と同時に動ける奴なんて、そうはいねえぞ」
「おにーさんこそ、なかなか速かったじゃん~。普通の人なら、私が捕まえる前に追いつけないよ~」
「普通の人って……あんた、一体何者だ?」
「んー? 私は私だよ~」
フィアが、楽しそうに口元を緩めた。
目元は兜に隠れているが、弾んだ声からも機嫌のよさが伝わってくる。
ロイドも、つられるように笑った。
「ははっ。変な奴だな」
「おにーさんに言われたくないよ~。声すっごく大きいし」
「それとこれは別だろ」
二人は、すっかり意気投合したようだった。
だが、そこでロイドの表情が固まる。
「あっ、やべっ」
こちらを振り返り、リリアの姿を確認したらしい。
ロイドは急いで戻ってくると、姿勢を正した。
「護衛位置を離れてしまい、申し訳ありません!」
いつもの大声で頭を下げる。
「泥棒はこちらへ向かってきていましたし、ロイドはわたくしを守るために動いてくれたのでしょう?」
リリアは不思議そうに首を傾げた。
「でしたら、謝る必要はありませんわ!」
「し、しかし──」
「ふむ」
低い声が割り込んだ。
いつの間にか、ゲオルグが店から戻ってきていた。
両手には何も持っていない。
騒ぎを聞いて、注文を済ませるとすぐに外へ戻ってきたのだろう。
「ロイド」
「は、はい!」
ゲオルグは、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべていた。
だが、その目はまったく笑っていない。
「リリア様へ危険が及ぶ前に対処した判断は、間違っておりません」
「は、はい!」
「しかし、やはり気を抜くと、普段の言葉遣いが出てしまいますね」
「うっ……」
ロイドの顔から血の気が引いた。
「も、申し訳ございません!」
「続きは館へ戻ってからにいたしましょう」
「……はい」
「今は護衛をお願いします」
「はい……」
先ほどまでフィアと楽しそうに笑っていた姿が嘘のように、ロイドは肩を落とした。
あれが素なんだな。
というか、普段は無理をして、騎士らしい言葉遣いをしていたのか。
「まあまあ」
フィアが、俺たちの方へ歩いてきた。
「泥棒捕まえたんだから、大目に見てあげてもいいじゃん~。悪いことしたわけじゃないんだし」
「そうですわ!」
リリアも、すぐにフィアへ加勢する。
「せっかく悪い人を捕まえたんですから、少しくらい大目に見てあげてくださいまし!」
「お、君、話わかる子だね~」
フィアはリリアへ顔を向けると、嬉しそうな声を上げた。
「うんうん。かわいくて、話もわかる。すっごくいい子だよ~!」
「そ、そうですの?」
褒められたリリアが、照れたように頬を緩める。
「本当、本当。その金色の髪も綺麗だし、髪飾りもよく似合ってるよ~」
「まあ!」
リリアは嬉しそうに、自分の髪飾りへ手を触れた。
「あなたも、とても変わった兜をかぶっていますけれど、格好よいですわ!」
「本当~?」
「ええ! ほかでは見たことがありませんの!」
「でしょ~? お姉ちゃんが作ってくれたんだよ~」
褒める部分は、そこなのだろうか。
だが、フィア本人は気をよくしたらしい。
兜の横へ張り出した部分を、両手で軽く叩いている。
「わたくしはリリアですわ。あなたのお名前は?」
「私はフィアだよ。リリアちゃんね、覚えた~」
フィアが親しげに名前を呼ぶと、リリアも嬉しそうに笑った。
何だか、あっという間に仲良くなっている。
フィアはそのままこちらへ顔を向けた。
「あれ?」
少し首を傾げ、俺をじっと見る。
「君って、この間会った人だよね」
「私ですか?」
「そうそう。星蜜焼きをローブにかけちゃった人! すっごい偶然だね~!」
フィアは、俺のローブを指差した。
「同じローブだったから、すぐ気づいちゃった」
「よく覚えていましたね」
この前も顔はほとんど隠していたはずだ。
ローブだけで、これほど簡単に気づけるものだろうか。
声や背丈も覚えていたのかもしれないが、妙に勘が鋭い。
「そういえば、木苺蜜味は食べてみた~?」
「ええ。食べてみました。とても美味しかったですよ」
「でしょー!」
フィアが両手を上げて喜ぶ。
「あそこの木苺蜜味、すっごく美味しいんだよね~!」
「木苺がお好きなんですの?」
リリアが、すぐに反応した。
「うん。大好きだよ~」
「わたくしもですわ!」
「本当? じゃあ、気が合うね~!」
二人は、共通の好物を見つけたことが嬉しいらしい。
「実は、わたくしたちも今から木苺のタルトをいただくところですの」
「木苺のタルト?」
フィアの声が、明らかに一段高くなった。
「いいね~! ここのタルトも絶品なんだよ。お茶も美味しいし、時々食べに来るんだよね~」
「では、フィアさんもご一緒にいかがですの?」
リリアが、空いている椅子を指差した。
「一緒に木苺のタルトを食べましょう!」
「えっ、いいの?」
「もちろんですわ!」
フィアは、今にも椅子へ座りそうになった。
だが、店の中を覗き込み、少し考えるように首を傾げる。
「うーん……結構混んでるなぁ」
「ゲオルグ。フィアさんの分も注文できますの?」
「もちろんでございます」
戻ってきたゲオルグが、穏やかに答えた。
先ほどロイドへ向けていた恐ろしい視線は、もう消えている。
「では、追加で注文してまいりましょう」
「やった~!」
フィアが喜び、椅子を引こうとした、その時だった。
「フィアさーん!」
人混みの向こうから、少女の声が響いた。
フィアの動きが、ぴたりと止まる。
「うげっ」
もう一度、今度は少し近くから声が聞こえた。
「フィアさーん! どこに行ったんですかー!」
「リゼットだ」
フィアが、小さく呟く。
声のした方向へ顔を向けた後、慌てたように周囲を見回した。
「やば。もう見つかりそう」
「お知り合いですの?」
「うん。一緒に来てる子なんだけど、勝手に抜け出してきたから捕まると面倒なんだよね~」
悪びれた様子はまったくない。
「木苺のタルト、食べていかないんですの?」
リリアが残念そうに尋ねる。
「食べたいけど、今日は無理そうだな~」
フィアも名残惜しそうに店へ顔を向けた。
「じゃあ、次に会った時に一緒に食べよっか~」
「本当ですの?」
「うん。約束!」
「では、約束ですわ!」
リリアが嬉しそうに頷く。
フィアは大きく手を振った。
「じゃあね、リリアちゃん! おにーさんも、ローブの君も、またね~!」
「私はロイドと申します!」
先ほどまでの砕けた口調はどこへやら、ロイドが胸を張って名乗る。
「じゃあ、ロイドおにーさんね~!」
「フィアさーん!」
呼び声が、さらに近づいてくる。
「はーい! 今行くよー!」
フィアは返事をすると、人混みの中へ駆けていった。
その動きは、先ほどの異常な速さとは違い、今度は人目を引かない程度の速さだった。
それでも、人の隙間をするりと抜け、あっという間に姿が見えなくなる。
「面白い方でしたわね」
リリアが、フィアの消えた方向を見つめながら微笑んだ。
「ええ、そうですね」
明るく、人懐っこい少女だった。
泥棒を見れば迷わず捕まえ、ロイドが叱られれば庇い、初対面のリリアともすぐに打ち解けてしまう。
悪い人間には、とても見えない。
ただ──。
泥棒へ向かっていった時の、あの速さ。
ロイドは、冒険者から盾の会を経て騎士に取り立てられた実力者だ。
そのロイドと同時に動きながら、フィアにはほとんど力んだ様子がなかった。
あれが、フィアの本気だったのだろうか。
「アウラ。どうかしましたの?」
「……いえ、何でもありません」
俺は小さく首を振った。
ちょうどその時、ゲオルグが店の中から戻ってくる。
「お待たせいたしました。間もなく、木苺のタルトとお茶が運ばれてまいります」
「楽しみですわ!」
リリアの嬉しそうな声を聞きながら、俺はもう一度、フィアが消えていった人混みへ目を向けた。
すでに、その奇妙な兜はどこにも見えなくなっていた。