【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
客たちの歓声が響く中、俺とネリィはドーガンを連れて、夜蜜亭の奥へ向かった。
「うぅ……よかった……」
隣を歩くドーガンが、低い声を震わせている。
「俺ぁ、もう二度とモモちゃんに会えねえかと思ってた……」
その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
泣いてる。
鍛え上げられた大男が、俺を見ながら本気で泣いている。
……これはこれで、かなり怖い。
「よしよし。ちゃんと会えてよかったですね~」
ネリィは慣れた様子で、ドーガンの背中を撫でていた。
すごいな、ネリィ。
俺なら、こんな怖そうな男が泣き出しても、どう接してよいのかわからない。
だがネリィは、小さな子どもでもあやすように優しく声をかけている。
「こちらですよ、ドーガンさん」
ネリィが一つの扉を開いた。
中には大きなベッドと、酒や軽食を置くための小さな卓が用意されている。
ネリィに促され、ドーガンがベッドの端へ腰を下ろす。
俺も少し離れた椅子へ座ろうとしたのだが、ネリィに手招きされ、ドーガンの反対側へ座ることになった。
近いんだけど……。
間には一人分ほどの隙間がある。
それでも、ドーガンの身体が大きいため、かなりの圧迫感があった。
「何かお飲みになりますか?」
ネリィが卓の上へコップを並べながら尋ねる。
「あ、ああ……すまねえな。それじゃあ、酒を……」
ドーガンはそう答えかけて、首を横へ振った。
「いや、水にしてくれ」
「あら、お酒でなくてよいのですか?」
「ああ。せっかくモモちゃんに会えたんだ。酔って、今夜のことを覚えてねえなんてことになったら困る」
何だ、その理由。
思っていた以上に重い。
「ふふ。随分と緊張されているみたいですね」
ネリィは水を注いだコップを、ドーガンへ手渡した。
「やっとモモちゃんに会えたんですものね」
「やっとって……」
俺が聞き返すと、ネリィがこちらへ顔を向ける。
「ドーガンさん、毎晩欠かさずモモちゃんを指名しに来ていたのよ」
「えっ」
思わず、ドーガンを見る。
「ま、毎晩ですか?」
「お、おう……」
ドーガンは恥ずかしそうに顔を伏せた。
その厳つい顔で照れられると、どう反応すればよいのかわからない。
「最初の数日は、お仲間の二人も一緒だったんですけどね。最近はドーガンさんお一人で」
「あいつらは薄情者なんだよ」
ドーガンが不満そうに鼻を鳴らす。
「嬢に本気になるなんておかしいだの、どうせ相手にされねえだの、毎晩通っても無駄だの、好き勝手言いやがって」
「それは……」
ベックとトッドの言っていることの方が、かなりまともな気がする。
「俺はただ、もう一度モモちゃんに会いたかっただけなんだ。あいつらには、俺の純粋な気持ちがわからねえのさ」
ドーガンは真剣な目で、俺を見つめた。
だから、重いって……。
俺は客引きをしていただけで、ドーガンとはほとんど会話すらしていないはずだ。
それなのに、どうしてここまで好かれているのだろう。
「でも、ドーガンさん」
ネリィが柔らかく微笑みながら、会話へ入ってきた。
「毎晩こちらへいらしてますけど、お仕事の方は大丈夫なんですか?」
「ああ。それなら心配いらねえ」
ドーガンはコップの水を一口飲んだ。
「少し前に、でけえパーティーに雇われてな。ベックとトッドも連れて、ダンジョンに潜ってたんだ」
「ダンジョンって、沈鐘の回廊ですか?」
思わず聞き返す。
「おう。かなり奥まで潜る予定だったから、腕の立つ奴を集めてたらしくてな」
「あら。さすがですね、ドーガンさん」
ネリィが感心したように声を上げた。
「銀級の中でも、かなり上の方ですものね」
そういえば以前、ベックたちも、ドゥル=ブルムで金級に一番近いのがドーガンだと言っていた。
「ドーガンさん、すごい人だったんですね」
「モ、モモちゃんが、俺を褒めてくれた……!」
ドーガンの目に、再び涙が浮かび始めた。
そこまで感動することじゃないだろ……。
「それで、ダンジョンでは随分と稼げたんですか?」
ネリィがさりげなく話を戻す。
「ああ。普段なら魔物に邪魔されて進めねえ場所まで潜れたからな。魔導具や鉱石なんかも、かなり持ち帰れた」
「だから、しばらくお仕事を休んでも困らないくらいのお金が入ったんですね」
「まあな」
それで毎晩、夜蜜亭へ来る金があったのか。
ただ、ドーガンの話には気になるところがある。
「普段なら進めない場所まで行けたということは……やっぱり、魔物がいなかったんですか?」
俺が尋ねると、ドーガンの表情が変わった。
先ほどまでの照れた顔が消え、冒険者らしい鋭い目になる。
「ああ。俺も長いこと冒険者をやってるが、あんなダンジョンは初めて見たぜ」
「そんなに異常だったんですか?」
ネリィが静かに聞き返した。
「異常なんてもんじゃねえ。魔物がまるでいやがらねえんだ」
「一体も?」
「いや、一体だけ出た」
ドーガンはコップを卓へ置くと、太い腕を組んだ。
「本来なら、もっと奥にいるはずの魔物だった。それが浅い層まで出てきやがったんだ」
「どうして、そんな場所に……」
「さあな。ただ、俺たちを狙って出てきたって感じじゃなかった」
ドーガンの眉間に、深い皺が寄る。
「何かから逃げてきたように見えたぜ」
その言葉が、妙に引っかかった。
「その魔物は、どんな様子だったんですか?」
「随分と興奮してたな。周りも見えてねえみてえに走ってきやがった。俺たちを見つけて襲いかかってきたが、最初から俺たちを追ってきたわけじゃねえ」
「後ろから、何か追いかけてきたんですか?」
ネリィが尋ねる。
「いや。俺たちが見た限りじゃ、何もいなかった」
ドーガンは首を横へ振った。
「だが、あれは間違いなく何かから逃げてた。魔物だって、勝てねえ相手からは逃げるからな」
その魔物が、今回の探索で遭遇した唯一の一体だったらしい。
「ほかには、本当に一体もいなかったんですか?」
「ああ。声も足音も、気配すらなかった」
「それなら、安全にかなり奥まで進めたんですね」
ネリィが言うと、ドーガンは頷いた。
「今まで魔物に邪魔されて行けなかった場所までな。おかげで、かなりの宝を回収できた」
「魔物がいないなら、冒険者にとってはよいことではないんですか?」
俺が尋ねると、ドーガンは難しい顔をした。
「最初だけだな」
「最初だけ?」
「ああ。今は魔物に邪魔されず、奥まで行ける。魔導具や鉱石を回収すれば、しばらくは稼げるだろうよ。だが、それを取り尽くしたら終わりだ」
「魔物の素材も手に入らない……」
「そういうことだ」
ドーガンは低い声で答えた。
「宝も素材も取れねえダンジョンに、わざわざ潜る奴はいなくなる。普通なら、しばらくすりゃ新しい魔物が増えるはずだ。それなのに、このまま戻らねえなら……」
「稼げないダンジョンになってしまうんですね」
ネリィの表情も、少し真剣なものへ変わっていた。
「冒険者が減れば、宿や酒場にも影響が出ますね」
「武器屋や道具屋も同じだ。この街には、ダンジョンで食ってる奴が大勢いるからな」
魔物がいなければ、安全になるだけだと思っていた。
だが、この街はダンジョンを中心に成り立っている。
魔物がいない状態が続けば、冒険者だけでなく、街全体へ影響が広がることになる。
「ほかに、何か変わったことはありませんでした?」
ネリィが静かな口調で尋ねた。
質問しているように見えて、ドーガンが自然に続きを話せるよう促している。
さすが、人を相手にする仕事をしているだけはある。
会話の持っていき方が上手い。
「あったぜ」
ドーガンが声を低くした。
「ダンジョンの中に、戦った跡が何か所も残ってた」
「戦った跡?」
「壁が砕けてたり、床に武器や爪でつけたような傷が残ってたりな。中には、かなりでけえ魔物が暴れたような跡もあった」
「それなのに、魔物はいなかったんですか?」
「死体もな」
ドーガンは俺とネリィを交互に見た。
「死体どころか、血の一滴も残ってなかった」
「誰かが倒して、持ち帰ったんでしょうか?」
ネリィが尋ねる。
「俺たちも最初はそう考えた。だが、普通のやり方じゃ無理だ」
「どうしてですか?」
「小さい魔物ならともかく、大型の奴を何体も丸ごと運び出すなんてできねえ。普通ならその場で解体するが、それなら血も肉も骨も残る」
「でも、何もなかった……」
「ああ。血痕すらねえ。最初から死体なんかなかったみてえに、綺麗さっぱり消えてやがった」
大量の魔物を倒し、その死体を丸ごと持ち去る。
普通の冒険者には無理でも、俺のアイテムボックスのような能力があれば可能かもしれない。
あるいは、大量の物を収納できる魔導具を使ったとか。
それとも、死体が残らないほど丸ごと消し飛ばしているのだろうか。
どちらにしても、何のためにそんなことをする?
「そのことは、冒険者ギルドへ報告したんですよね?」
「もちろんだ」
ドーガンは迷わず答えた。
「雇われたパーティーの連中と一緒に、見たものは全部報告した。近いうちに、ギルドの調査隊が向かうはずだ」
「そうですか……」
ギルドがすでに把握しているなら、クラウスも話を聞いているかもしれない。
本来奥にいるはずの魔物が、何かから逃げるように浅い層へ現れたこと。
戦闘の痕跡だけを残し、魔物の死体や血痕がすべて消えていること。
改めて聞くと、かなり不自然だ。
屋敷へ戻ったら、念のためクラウスかゲオルグへ話しておいた方がよいだろう。
「ドーガンさん、詳しく教えてくださってありがとうございます」
俺が礼を言うと、ドーガンの表情が一瞬で緩んだ。
「い、いや! モモちゃんの役に立てたなら、これくらい何でもねえ!」
「それに、そんなに深いところまで潜れるなんて、本当に強いんですね」
「モ、モモちゃんが俺を褒めてくれた……!」
また泣き始めた。
さっきまであれほど真剣に話していたのに、俺が褒めただけですべてが台なしである。
「ドーガンさんは、頼りになる冒険者ですからね」
ネリィが優しく背中を撫でる。
「うぅ……ネリィも、美人だしいい女だな……」
「あら。ようやく気づいてくださいました?」
「だが、俺の心はモモちゃんのものだ」
「それは残念」
ネリィは口では残念そうに言いながら、まったく気にした様子もなく笑っていた。
「それで、さっきの説明なんだが……」
ドーガンが、遠慮がちに俺の姿を見つめる。
「モモちゃんは、その……人を罵ったり、踏んだりするのが好きだとか……」
「いやいやいや!」
思わず大声を上げてしまった。
「別に好きじゃないですよ!」
やっぱり誤解されているではないか。
「でも、そういう遊び専門だって……」
「あっ、いや、それは、その……」
何と説明すればよいのだろう。
ここで否定し続ければ、普通の客を取らないためのごまかしだと疑われるかもしれない。
だからといって、人を苛めるのが好きだと認めるのも嫌だ。
俺が言葉に詰まっていると、ネリィが助け舟を出すように口を開いた。
「ふふ。モモちゃんはね──ドSなの」
「違うよ?」
「ど、どえす?」
ドーガンが困惑したように答える。
「人を苛めたり、困らせたりするのが大好きってことです」
「全然違うよ?」
「それどころか、人が苦しんでいる姿を見ないとイけない子なんです」
おおおおい!
誤解が、とんでもない方向へ進んでるんだけど!
ドーガンは俺とネリィを交互に見る。
やがて、その厳つい顔を引きつらせながら、拳を強く握り締めた。
よく見ると、身体がわずかに震えている。
怖がってるじゃん。
「無理しなくてもいいんですよ?」
思わず声をかける。
「普通にお話をするだけでも──」
「いや!」
ドーガンが勢いよく顔を上げた。
「俺も男だ!」
「うぇ?」
「惚れた女の好きなことくらい、受け止めてやる!」
ドーガンは震えながら、力強く胸を叩いた。
「わかった、モモちゃん! 俺を好きにしてくれ!」
「いや、そう言われても……」
好きにしろと言われても困るんですけど……。
ネリィは俺へ悪戯っぽくウィンクすると、部屋の棚から黒い布を取り出した。
「では、ドーガンさん。まずはこちらをつけましょうね」
「お、おい……そりゃ一体……」
「何をされるのかわからない方が、緊張するでしょう?」
ネリィはドーガンの背後へ回り、慣れた手つきで目隠しをつけていく。
「モモちゃん、ドーガンさんが恐怖に怯える顔を見たいって言っていたんですよ」
「言ってませんけど?」
何だか、俺の凶暴さがどんどん増していないか?
「そうなのか、モモちゃん……」
「違うよ?」
「だ、大丈夫だ。俺は耐えてみせる……!」
全然聞いていない。
ネリィはドーガンへ、上着や装備を外してもよいか確認した。
ドーガンが覚悟を決めたように頷くと、ネリィはそれらを手際よく外していった。
あらわになった太い腕や分厚い胸板には、いくつもの古い傷跡が残っている。
先ほどのダンジョンの話も含め、ドーガンが本当に実力のある冒険者なのだと改めて実感する。
そのはずなのに、今は目隠しをつけられ、緊張した様子でベッドへ横たわっている。
何だ、この状況。
ネリィはドーガンへ毛布をかけると、俺のそばへ近づき、耳元で囁いた。
「これなら、私が触れているのか、モモちゃんが触れているのかわからないでしょう?」
「まあ、そうですけど……」
「モモちゃんは声で参加してくれればいいわ。実際に触れるのは私に任せて」
「ネリィさん……」
俺が無理をしなくてもいいよう、考えてくれたらしい。
最初は泣き落としで無理やり働かされたようなものだが、こういうところではきちんと配慮してくれる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
ネリィは可愛らしくウィンクした。
……いや、何か楽しそうだな。
本当に俺のためだけなのだろうか。
「では、ドーガンさん」
ネリィが甘い声を出す。
「今から、モモちゃんが始めますよ」
「お、おう!」
ドーガンの身体が強張った。
「モモちゃん! 俺の身体を好きにしてくれ!」
「だから、そう言われても……」
半ば自棄になっているようにも聞こえる。
とりあえず、俺は罵るだけでよいのだろう。
「じゃ、じゃあ……ドーガンさん」
俺はベッドの横へ立った。
「今から、いきますね」
「おう!」
「…………」
何を言えばいいんだ。
相手を喜ばせるために罵れと言われても、何も思いつかない。
「モモちゃん?」
ドーガンが不安そうに呼びかけてくる。
「ちょ、ちょっと待ってください。今考えていますから」
ネリィが俺の耳元へ顔を近づけた。
「まずは、ドーガンさんのことを見たまま言ってみたら?」
「見たまま?」
「ええ。少し冷たくね」
見たまま、か。
俺は改めてドーガンを見る。
目隠しをつけられ、身体を強張らせている大男。
銀級上位の実力者でありながら、俺へ会うためだけに毎晩夜蜜亭へ通っていた。
「えっと……」
俺は少し声を低くした。
「その怖い顔で、毎日女の子を待っていたんですか?」
「ぐっ……!」
ドーガンの身体が、びくりと動いた。
効いたのか?
「仲間にも呆れられて、それでも一人で通い続けるなんて……随分と暇なんですね」
「ひ、暇……! モ、モモちゃんに会うためだったんだ……」
「そんなことを言って、仕事はちゃんとしていたんですか?」
「もちろんだ! 次の依頼を探したり、装備の手入れをしたりしていた!」
「それでも毎晩ここへ通っていたんですね」
「お、おう……」
「本当にどうしようもない人ですね」
「ぐうっ……!」
ドーガンが苦しそうな声を漏らす。
不安になり、ネリィを見る。
しかし、ネリィは笑顔で親指を立てていた。
これでいいのか。
「もっと冷たく言っても大丈夫よ」
ネリィが小声で教えてくれる。
「そ、そうなんですか?」
俺はもう一度ドーガンへ顔を向けた。
「そんな厳つい顔をしているくせに、女の子一人へ必死になって……恥ずかしくないんですか?」
「は、恥ずかしい……! だが、俺は……!」
「言い訳なんて見苦しいわ」
「は、はい!」
ドーガンが反射的に返事をした。
おお。
今のは、少し上手く言えた気がする。
「私がいないと聞いて、毎晩落ち込んでいたのね」
「お、おう……」
「大きな身体をしているのに、本当に情けないわ」
「うっ……!」
「そんなに私へ会いたかったの?」
「ああ! 会いたかった!」
「必死すぎて、少し気持ち悪いわ」
「うおおっ……!」
ドーガンの身体が大きく震えた。
かなり効いたらしい。
しかし、本気で嫌がっているようには見えない。
むしろ、俺が何か言うたびに反応が大きくなっている。
「モモちゃん、だんだん上手になってきたわね」
「そ、そうですか?」
「ええ。ドーガンさんも、すごく喜んでいるみたい」
「よ、喜んでるんですか、これ……?」
ネリィはドーガンの胸を、指先でなぞった。
ドーガンが、びくりと身を震わせる。
「い、今のはモモちゃんか?」
「どうでしょうね?」
ネリィが楽しそうに答えた。
目隠しをされているため、ドーガンには何も見えていない。
俺が触れたと思っているらしい。
「触られただけで、そんなに震えるなんて、本当に臆病ね」
「ち、違う! これは、その……!」
「何が違うの?」
「モモちゃんに触られたと思ったら……」
「嬉しかったの?」
「…………」
「答えて」
「う、嬉しかった……」
「へぇ、気持ち悪い」
「ぐおおっ……!」
また大きな反応が返ってきた。
何だか、少しわかってきたぞ。
ドーガンは、俺が何か言うたびに素直に答える。
その反応が予想以上にわかりやすく、段々と面白くなってきた。
「何を期待しているの?」
「な、何も……」
「嘘。そんな顔をしておいて、見苦しいわ」
「す、すまねえ!」
「また謝るの? 本当に学習しない人ね」
「ぐうっ……!」
最初は何を言えばよいのかわからなかった。
だが、慣れてくると意外と言葉が出てくるものだ。
それに、ドーガンは本気で嫌がっているわけではない。
こちらの言葉を一つ残らず受け止めようとしている。
……これ、少し楽しいな。
「あら?」
ネリィが俺の顔を覗き込んだ。
「モモちゃん、何だか楽しそうね」
「そ、そんなことありませんよ」
「本当に?」
「仕事として、ちゃんとやっているだけです」
「そういうことにしておきましょうか」
ネリィは意味ありげに笑った。
その笑顔が少し腹立たしい。
「ドーガン」
「は、はい!」
「返事だけは立派ね」
「す、すまねえ!」
「ほら、また謝った」
「あっ……」
「本当に駄目な人」
「ぐうっ……!」
うん。
やはり、少し楽しいかもしれない。
しばらくそうしていると、ネリィが再び俺の耳元へ顔を寄せた。
「モモちゃん」
「何ですか?」
「この人、このままだとまた来ると思うけど……どうする?」
「えっ」
俺は目隠しをされたドーガンを見る。
かなり疲れているようだが、どこか満足そうでもある。
「また来るんですか、これで?」
「多分ね」
「嫌ですよ。毎回こんなことをするなんて無理です」
「なら、最後に少しだけ強いお仕置きをして、忘れられない思い出にしてあげましょうか」
「つ、強いお仕置き……?」
嫌な予感がする。
「大丈夫。モモちゃんは、今までどおり声をかけてくれればいいから」
「ネリィさんがやるんですよね?」
「ええ。ちゃんと加減するわ」
ネリィは笑顔で頷いた。
本当に大丈夫だろうか。
その笑顔が、今までで一番楽しそうに見える。
「それじゃあ、ドーガンさん」
ネリィがベッドへ近づいていく。
「最後に、モモちゃんから特別なお仕置きです」
「あ、ああ!」
「ちゃんと──受け止めてね?」
「何でも来い! 俺はモモちゃんのすべてを受け止める!」
言い切った。
大丈夫かな、この人。
ネリィが俺へ合図を送る。
俺は少し迷った後、できる限り冷たい声を作った。
「じゃあ、最後まで我慢しなさい」
「おう!」
ネリィが、俺からは見えにくい位置へ手を伸ばした。
「ん?」
次の瞬間、ドーガンの身体が大きく跳ねた。
「ちょ、ちょっと待って! モ、モモちゃん、これは……!」
「何でも受け止めると言ったでしょう?」
「い、言った! 言ったが、そこは……いててててっ!」
ネリィが何をしているのか、俺の位置からはよく見えない。
いや、見ない方がいい気がする。
「そんなに大きな身体をしているのに、もう我慢できないの?」
「ち、違う! 我慢はする! するが……モモちゃん! そんな激しくしたら……!」
ドーガンの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「も、もげる! もげちゃうううううっ!」
え、本当に大丈夫なのか?
ネリィを見ると、笑顔で頷いている。
加減している、ということなのだろう。
「モ、モモちゃん! 俺は、俺は……!」
「駄目。最後まで我慢しなさい」
「モモぢゃあああああああんッ!」
ドーガンの絶叫が、部屋の中へ響き渡った。
直後、その大きな身体から一気に力が抜ける。
「ド、ドーガンさん?」
返事はない。
目隠しをつけたまま、完全に動かなくなっている。
「ネ、ネリィさん! 大丈夫なんですか!?」
「大丈夫よ」
ネリィは何事もなかったように答えた。
「気を失っただけ。ちゃんと加減してあるから、怪我もしていないわ」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。ほら」
ネリィがドーガンの頬を軽く叩く。
「ドーガンさん。終わりましたよ」
ドーガンが低いうめき声を漏らした。
ネリィが目隠しを外すと、ドーガンは焦点の合わない目で天井を見つめた。
「お、俺のは……もげてないか……?」
「大袈裟ですよ」
「モ、モモちゃん……」
ドーガンが、震える顔をこちらへ向ける。
さすがに懲りただろう。
これだけ怖い思いをすれば、もう二度と特殊な遊びを希望するとは思えない。
「どうでしたか?」
俺は恐る恐る尋ねた。
「やっぱり、こういうのは苦手ですよね?」
「ああ……」
ドーガンは弱々しく頷いた。
「怖かった……もげたかと思った……」
よかった。
これで、毎晩押しかけてくることもなくなるだろう。
俺が安心しかけた、その時だった。
「だが……」
ドーガンが、震える拳を強く握り締める。
「モモちゃんが、こういうことを好きだっていうなら……」
「え?」
「俺も、こういうのを好きになってみせる!」
「はい?」
聞き間違いだろうか。
ドーガンはふらつきながらも、ベッドの上で身体を起こした。
「今日は俺の覚悟が足りなかった! 次に来る時までに、もっと鍛えて、どんなお仕置きにも耐えられる男になってみせる!」
「いや、ちょっと待ってください」
「モモちゃんの好きなものを、俺も好きになる! それが惚れた男の務めだ!」
ドーガンは力強く宣言した。
俺はネリィと顔を見合わせた。
ネリィも、さすがに予想外だったらしい。
珍しく困惑した表情を浮かべている。
「ど、どうするんですか、これ」
「……新しい扉を開いちゃったみたいね」
「えぇ……」
結局、ドーガンを懲りさせるどころか、もっと面倒な方向へ進ませてしまったらしい。
ドーガンは毛布の上から股間を押さえながら、次こそは必ず耐えてみせると、何度も力強く頷いていた。