【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
ドーガンを相手にした後も、すぐに帰れるわけではなかった。
「モモちゃん! 次は俺を踏んでくれ!」
「俺もだ! 金なら払う!」
「罵るだけでもいいから!」
部屋を出た俺を待っていたのは、そんな客たちだった。
どうやら、ドーガンの叫び声が店中に響いていたらしい。
何をされているのか気になったらしく、自分も相手をしてほしいと言い出す客が何人も現れてしまったのだ。
おかしいだろ!
何で増えるんだよ。
ドーガンのあの悲鳴を聞いたら、普通は怖くなって帰るところじゃないのか?
「申し訳ありませんが、モモちゃんがお相手するのは、一度の出勤につきお一人だけなんです」
ネリィが客たちの前へ立ち、慣れた口調でそう説明してくれた。
一度の出勤につきって……。
完全に、次も働くことになってるんだが?
「今日はもう、お客様のお相手をしましたから。また別の日にお願いしますね」
「そんなぁ!」
「次はいつ来るんだ?」
「予約はできねえのか?」
客たちが一斉に詰め寄る。
俺は反射的に、ネリィの背後へ隠れた。
怖い怖い。
さっきまで相手を罵っていたというのに、今度は俺が客から逃げている。
「モモちゃんが次にいつ来るかは、まだ決まっていません」
ネリィは困った様子もなく、笑顔を崩さない。
「それに、あまり騒がれると、怖がってもう来てくれなくなるかもしれませんよ?」
「そ、それは困る!」
「わかった。今日は帰る!」
「モモちゃん、また来てくれよ!」
客たちは名残惜しそうにしながらも、ようやく引き下がっていった。
ネリィは彼らの背中を見送ると、小さく息を吐いた。
「大人気ね、モモちゃん」
「全然嬉しくないんですけど……」
「そう? あれだけ指名してもらえるなら、かなり稼げるわよ」
「だから、私は別にここで働きたいわけじゃないですってば」
それにしても、世の中には、俺が思っていた以上に特殊な人がいるんだな……。
「ふふ。それにしては、途中から随分楽しそうだったけど?」
「いやいやいや、全然そんなことないです」
「ドーガンさんを呼び捨てにしていたじゃない?」
「仕事に慣れてきただけですっ!」
「そういうことにしておいてあげる」
ネリィが意味ありげに笑う。
何だか悔しいが、これ以上言い返すと墓穴を掘りそうなので黙っておくことにした。
「それより、メイクのことなんですけど……」
「ああ、そうだったね」
ネリィは手を打つと、俺の顔を覗き込んだ。
「次の私の休みに、家においで。お店だと落ち着いて教えられないから」
「前に場所を教えてもらった家ですよね?」
「そうそう。道具もいろいろ置いてあるし、時間を気にせず練習できるからね」
ネリィから直接教えてもらえるなら、ありがたい。
メイクの方法を覚えれば、一人でも顔の印象を大きく変えられるようになる。
「お願いします」
「任せて。まずは基本からね。肌の整え方と、眉の形、それから目元の印象の変え方。モモちゃんは元が整いすぎているから、普通の人より難しいのよ」
「整ってるなら、簡単なんじゃないんですか?」
「逆よ。どんなメイクをしても美人になってしまうから、別人に見せるのが難しいの」
「なるほど……」
褒められているはずなのに、今はあまり嬉しくない。
俺が必要としているのは、綺麗になるためのメイクではなく、正体を隠すための変装だ。
顔立ちが目立つせいで変装しにくいなんて、面倒な身体である。
「詳しい日は、また決めようね。それと、今日は表から出ない方がいいかも」
「やっぱり、まだ誰かいるんですか?」
「うん。事情を知らないお客さんが、モモちゃんが出てくるのを待っているみたい」
「まだいるんですか……」
ドーガンだけではなく、ほかにも出待ちをしている客がいるらしい。
普通に怖いんだけど。
アイドルの追っかけじゃないんだから、店の前で待つのはやめてほしい。
「後で説明しておいてあげるから、裏口から帰ったほうがいいよ。少し遠回りになるけど、表のお客さんには見つからないはずだから」
ネリィに案内され、俺は夜蜜亭の裏手へ向かった。
衣装の上から目立たないローブを羽織り、青い髪を隠すように深くフードを被る。
裏口の先には、細い路地が続いていた。
「気をつけて帰ってね」
「はい。今日はありがとうございました」
「こちらこそ。モモちゃんのおかげで、こっちも助かったよ」
「勘弁してくださいよ……次はちゃんとメイクを教えてくださいよ?」
「ふふ、わかってるよ」
ネリィは笑いながら、俺へ手を振った。
次に来た時も働かされたりしないよな……?
俺は嫌な予感を振り払い、夜蜜亭の裏口を離れた。
細い路地を抜け、人気の少ない道を歩く。
表通りから離れているため、辺りは静かだった。
建物の窓から漏れる明かりが、ところどころ石畳を照らしている。
しかし、困ったな。
正体を隠すためにモモという姿へ変装したのに、そのモモが有名になってしまった。
これでは何のために変装したのかわからない。
夜蜜亭の幻の新人だとか、特殊な遊びしかしない女だとか、これ以上妙な噂が広がったら、かえって街中で目立ってしまう。
早いうちに、新しく買ったウィッグと別のメイクを試した方がよさそうだ。
髪の色だけでなく、眉の形や目元も変える。
服装や歩き方も少し変えれば、モモとは別の人物に見えるかもしれない。
ネリィには、しっかり教えてもらわないとな。
そんなことを考えながら歩いていると、腰の辺りで硬貨の入った革袋が重く揺れた。
今日の稼ぎだ。
ドーガン一人を相手にしただけなのに、思っていたよりかなり多かった。
実際に触れたのはほとんどネリィだったし、俺は横で声をかけていただけだ。
これだけ稼げるなら、もう少し回数をこなしても──。
いやいや。
何を考えているんだ、俺は。
別に人を罵る仕事へ目覚めたわけではない。
途中から少し楽しくなった気がするが、あれはネリィに乗せられただけだ。
俺は誰にするでもなく言い訳しながら、人目を避けてワープできそうな場所へ向かった。
しばらく歩いたところで、背後から足音が聞こえてきた。
俺の足音とは少しずれて、こつ、こつ、と一定の距離を保ちながらついてくる。
誰かいるな。
振り返らず、そのまま歩き続ける。
たまたま同じ方向へ向かっているだけかとも思ったが、俺が角を曲がると、少し遅れて背後の足音も曲がってきた。
試しに、次の角でも予定とは違う方向へ進んでみる。
足音はまだついてきた。
……偶然なわけないか。
気配からして、手練れではない。
俺が警戒していることにも気づいていないようだ。
さて、どうするか。
このままワープする場所までついてこられるのは困る。
もう少し様子を見て、面倒そうなら適当なところで撒くかな。
そう考えた時だった。
「なあなあ。お前さ、モモだろ?」
背後から、馴れ馴れしい声がかけられた。
俺は足を止め、ゆっくりと振り返る。
少し離れた場所に、ひょろりとした体つきの男が立っていた。
年齢は三十前後だろうか。
薄い笑みを浮かべ、こちらを舐め回すように見ている。
夜蜜亭の中で見かけたような気もするが、はっきりとは思い出せない。
「……人違いではありませんか?」
モモとしての声を少し抑え、知らない振りをする。
「とぼけんなよ。お前が店の裏から出てきたのを、ずっと見てたんだ」
「裏口を見張っていたんですか?」
「見張ってたなんて人聞きの悪いこと言うなよ。待ってたんだよ。お前が出てくるのをさ」
同じだろ、それ。
ニタニタといやらしい笑みを浮かべる男を睨みつける。
「申し訳ありませんが、今日はもうお仕事を終えています」
「仕事ぉ?」
男は不満そうに顔を歪めた。
「俺はずっとお前を待ってたんだぞ。それなのに、一人だけで終わりだって? ふざけるなよ」
男が一歩近づいてくる。
俺はそれに合わせて、一歩だけ後ろへ下がった。
「そんなローブまで被って、まだ白を切るつもりか?」
男が突然、俺のフードへ手を伸ばした。
止めようと思えば簡単に止められる。
だが、ここで素早く動けば、余計に騒がれるかもしれない。
手を払うだけにするか、それとも腕を取るか。
そう迷った一瞬に、男の指がフードへかかった。
「あっ」
乱暴に後ろへ引き下ろされ、青いウィッグと化粧を施した顔が露わになった。
「ほーら。やっぱりモモじゃねえか」
男が嬉しそうに口元を歪めた。
「何をするんですか?」
「いいだろ、別に。顔を見ただけじゃねえか」
男は懐から革袋を取り出し、俺へ突き出した。
中で硬貨がじゃらりと鳴る。
「金なら払ってやるよ。お前だって、金が欲しいんだろ?」
「結構です」
「遠慮すんなって」
男の視線が、俺の顔からローブの下へゆっくりと落ちていく。
ぞっとするような、粘ついた視線だった。
「この前、一目見た時からずっと思ってたんだ。その辺の女とは全然違う。綺麗な顔だよなぁ……」
「近づかないでください」
「俺はさ、お前を抱きたいって、ずっと思ってたんだよ」
男がさらに距離を詰めてくる。
「店を通さなきゃ、その分お前も儲かるだろ? ここなら人も来ねえしさ」
「お断りします」
「そんなこと言うなよ。なあ、脱げって。優しくしてやるから」
……完全に話が通じないな、こいつ。
動きは鈍い。
構えも何もなく、戦い慣れている様子もない。
俺なら、簡単に倒せる。
とはいえ、モモの姿で大の男を殴り飛ばしたなんて噂が広がれば、また余計な注目を集めるかもしれない。
なるべく騒ぎにならないよう、腹へ一発だけ入れて気絶させるか。
俺は男から半歩下がり、拳へ力を込めた。
「なあ、いいだろ? 金なら──」
「その娘が嫌がっているように見えるが」
通りの方から、低い声が響いた。
男の動きが止まる。
俺も声のした方へ顔を向けた。
暗い通りの向こうから、一人の男がこちらへ歩いてくる。
全身を覆う、重厚な黒い鎧。
頭には兜を被り、素顔は見えない。
以前、ドゥル=ブルムの門前で俺とシエルがドーガンの仲間たちに絡まれた時、間へ入ってくれた黒鎧の男だ。
「何だ、てめえは!」
絡んでいた男が、虚勢を張るように声を荒らげる。
「俺はこいつと話をしてただけだ!」
「そうは見えなかったが」
「だったら何だよ! てめえ、誰に口を利いてるかわかってんのか!」
黒鎧の男は足を止めた。
男を威嚇するような動きはしない。
ただ静かに立っている。
それなのに、細身の男との間には、大人と子どもほどの差があるように見えた。
「何者だって聞いてんだよ!」
男の怒鳴り声に、黒鎧の男は淡々と答えた。
「盾の会のサイラスだ」
低い声が、兜の内側で僅かに反響する。
「た、盾の会……?」
その名を聞いた途端、男の顔から血の気が引いた。
盾の会。
以前ミゲルから聞いた、街の防衛や夜警を担う大きな冒険者集団だ。元兵士や元騎士が運営しており、兵士とのつながりも深い。
そんな組織の人間に、女に無理やり迫っている現場を見られたのだ。男が怯えるのも当然だろう。
「お、俺は別に何もしてねえぞ!」
「そうか」
「本当だからな!」
サイラスは、それ以上何も言わなかった。
ただ兜の奥から、真っ直ぐ男を見ている。
男はしばらく口を開閉させていたが、やがて俺とサイラスを交互に見ると、舌打ちして踵を返した。
「くそっ……!」
そのまま、来た道を走って逃げていく。
サイラスは追いかけようとはせず、男の背中を静かに見送った。
辺りに、再び静けさが戻る。
「あの……ありがとうございます」
俺が礼を言うと、サイラスはこちらへ向き直った。
「怪我はないか?」
「はい。何もされていません」
本当は、サイラスが来なくても自分でどうにかできた。
しかし、余計な騒ぎを起こさずに済んだのはありがたい。
「助かりました」
「間に合ったならよかった」
サイラスの声は、見た目に反して穏やかだった。
以前もそうだった。
黒い全身鎧という物々しい姿をしているが、話し方は丁寧で、相手を威圧しようとする様子もない。
「この辺りは、夜になると人通りが少なくなる」
サイラスは周囲を見回した。
「一人で歩くなら、向こうの大通りを使った方がいい」
「ええ、そうします」
ワープするためには人目の少ない場所へ行く必要があるのだが、今は素直に頷いておく。
一度大通りへ戻り、別の場所を探せばよい。
サイラスは俺の顔を、兜の奥からしばらく見つめた。
表情は見えない。
ただ、何かを確かめているような視線を感じる。
もしかして、以前会ったことに気づいたのだろうか。
だが、サイラスは何も言わなかった。
「それでは」
短く告げると、サイラスは背を向ける。
黒い鎧が、重い足音を残しながら夜の通りへ遠ざかっていく。
その背中からは、不思議なほど人の気配が感じられなかった。
盾の会のサイラス。
見た目は物々しいが、やはり悪い人ではなさそうだ。
むしろ、二度も助けてもらったことになる。
今度会った時には、もう少しきちんと礼を言った方がよいかもしれない。
俺は遠ざかる黒い背中を見送った後、フードを被り直した。
それからサイラスに言われたとおり、一度明るい大通りへ戻る。
その途中、後ろを振り返ってみたが、サイラスの姿はすでに夜の通りの向こうへ消えていた。