【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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104話 戻らない冒険者たち

 ブルム家の庭では、あちこちで訓練が行われていた。

 少し離れた場所では、ティナがマルルゥに魔法を見てもらっている。

 

「力を込めすぎだよ、ティナ。もっと風の流れを意識して」

「わかってるわよ!」

 

 そんな声とともに、草の上を風が走る。

 さらに向こうでは、リリアがユリウスから魔法の授業を受けていた。

 今日のところは実際に魔法を使うのではなく、魔力を動かす感覚について教わっているらしい。リリアは真剣な顔でユリウスの話を聞いていた。

 

 そして俺は、庭の端でカイトと向かい合っていた。

 二人とも訓練用の防具を身につけ、手には木剣を持っている。

 

「それじゃあ、もう一度いくぞ」

「はい!」

 

 カイトが木剣を構える。

 以前に比べると、随分と姿勢が安定していた。

 足の開き方も悪くない。剣先も無駄に揺れておらず、いつ攻撃されても動けるよう、こちらの様子をしっかりと見ている。

 

「やあっ!」

 

 カイトが地面を蹴った。

 正面から木剣を振り下ろし、俺が受け止めると、すぐに剣を引く。

 続けて横薙ぎ。

 それも防ぐと、カイトは足を止めることなく、身体を回転させながら三撃目を放ってきた。

 俺は木剣を立て、カイトの攻撃を受け流す。

 そのまま反撃しようとすると、カイトは素早く後ろへ下がった。

 

「おっ」

 

 今のは悪くない。

 以前なら攻撃を防がれたことに気を取られ、その場に残っていたはずだ。

 俺は木剣を下ろした。

 

「前より、かなりよくなってるぞ」

「ほ、本当ですか!?」

 

 カイトの顔が、ぱっと明るくなる。

 

「ああ。身体の使い方も上手くなってるし、連撃もちゃんとつながってる。反撃が来そうなタイミングも掴めてきたみたいだな」

「ありがとうございます!」

 

 カイトは嬉しそうに木剣を握り直した。

 

「でも、まだ直した方がいいところはありますよね?」

「そうだな。あとは──」

 

 俺は再び木剣を構える。

 カイトも慌てて構え直した。

 

「こういう動きに気をつけることだな」

 

 俺はカイトの右肩を狙うように木剣を動かした。

 カイトが攻撃を受け止めようと、木剣を右へ寄せる。

 だが、それはフェイントだ。

 振り下ろす直前に剣先を変え、反対側からカイトの胴へ木剣を打ち込んだ。

 

「ぐっ!」

 

 木剣が防具へ当たり、乾いた音が響く。

 防具の上からなので大した怪我にはならないが、多少の衝撃はあったのだろう。

 カイトは脇腹を押さえ、悔しそうに顔を歪めた。

 

「今みたいなフェイントにも、引っかからないようにしないとな」

「うぅ……はい」

 

 カイトは肩を落とした。

 

「頭では分かってるんです。でも、剣が動くと、どうしても身体が反応しちゃうんですよね……」

「まあ、この辺りは何度も訓練して慣れるしかないんじゃないか?」

「やっぱり、そうですよね」

 

 カイトが真剣な顔で頷く。

 もっと分かりやすく教えてやれればよいのだが、俺自身は剣術スキルのおかげで、どう動くべきなのかを身体が勝手に理解しているようなものだ。

 自分で剣を振るうのと、それを言葉にして誰かへ教えるのは別らしい。

 結局のところ、実際に何度も経験して覚えてもらうしかない。

 

「よし。もう一度いくか」

「はい! 今度は引っかかりません!」

「言ったな?」

 

 再び木剣を構える。

 その後も何度か手合わせを続けていると、不意に横から声をかけられた。

 

「アウラ殿。それにカイト」

 

 聞き覚えのある声に、俺たちは木剣を下ろした。

 

「俺も混ぜてもらえないだろうか」

 

 声の主はラルフだった。

 騎士団の訓練から戻ってきたばかりらしく、額には僅かに汗が浮かび、腰には剣を提げていた。

 

「ラルフ様!」

 

 ラルフの姿を見た途端、カイトが嬉しそうな顔になる。

 

「騎士団の訓練から戻ってこられたんですか?」

「ああ。今戻ってきたところだ」

 

 ラルフは俺たちの木剣へ視線を向けた。

 

「二人が訓練している姿を見たら、俺も身体を動かしたくなってな」

 

 騎士団で散々訓練してきたばかりなのに、まだ剣を振るつもりらしい。

 真面目というか、訓練好きというか。

 その熱心さには感心する。

 

「ラルフ様。それなら、今朝の続きをお願いします!」

 

 カイトが勢いよく申し出た。

 

「アウラさんとの訓練で、少しコツが掴めた気がするんです。フェイントには、まだまだ引っかかっちゃいますけど……」

「ほう。さすがカイトだな」

 

 ラルフが楽しそうに笑う。

 

「ならば、今朝の続きといこうではないか」

「はい!」

 

 ……何か、二人とも随分と仲がよくないか?

 

「ちょっと待ってください」

 

 俺が声をかけると、二人が同時にこちらを見る。

 

「今朝の続きとは、どういうことですか?」

「ああ。アウラ殿には、まだ話していなかったのか」

 

 ラルフがカイトを見る。

 カイトは気まずそうに笑い、頭を掻いた。

 

「実は数日前から、ラルフ様の朝の訓練に混ぜてもらっているんです」

「そうだったのか」

「はい。もっと上達してから、アウラさんを驚かせようと思っていて……ラルフ様と訓練していることも、まだ内緒にしておこうと思っていたんですけど、ばれちゃいましたね」

 

 カイトが照れくさそうに笑う。

 ラルフも満更ではなさそうな顔をしていた。

 

「俺にとっても、一人で剣を振るよりよい訓練になっている。カイトの動きを見て、改善すべき点を考えることが、自分の動きを見直す機会にもなっているからな」

「ラルフ様に教えてもらうと、すごく分かりやすいんです」

「そう言ってもらえるのは嬉しいが、最近は遠慮もなくなってきてな」

 

 ラルフが笑いながら、カイトの肩を軽く叩く。

 

「今朝など、俺から一本取るまでは訓練を終わらせないと言い出したんだ」

「それはラルフ様が、取れるものなら取ってみろって言ったからじゃないですか!」

「だからこそ、楽しみにしている」

「次は絶対に取りますからね!」

 

 二人は楽しそうに言葉を交わしている。

 同じくらいの歳で、同じように剣を学んでいる。

 何度も一緒に訓練するうちに、自然と気が合ったのだろう。

 

 うーん。

 同年代の少年たちが、剣を通じて友情を深めている。

 青春ですな。

 何とも眩しい光景である。

 

「それでは、今度は二人で模擬戦をしてみてはいかがでしょうか?」

 

 俺が提案すると、ラルフは嬉しそうに頷いた。

 

「ああ。では、アウラ殿には我々の動きを見ていていただきたい。何か改善すべき点があれば、ぜひ教えてほしい」

「俺からもお願いします!」

「ええ、わかりました」

 

 ラルフが腰の剣を外そうとしたところで、近くから静かな声が聞こえた。

 

「こちらをお使いくださいませ」

 

 いつの間に来ていたのか、ゲオルグが訓練用の防具と木剣を手に立っていた。

 どうやら、騎士団から帰ってきたラルフを迎えに出ていたらしい。

 

「ありがとう、ゲオルグ」

「いえ。ラルフ様であれば、こちらへ立ち寄られるのではないかと考えておりましたので」

 

 ゲオルグは当然のことのように答える。

 ラルフが訓練へ加わることまで予想して、最初から防具と木剣を用意していたらしい。

 さすがゲオルグ。

 用意がよすぎる。

 ラルフは防具を身につけると、カイトと向かい合った。

 二人が木剣を構える。

 

「いつでも来い、カイト」

「はい!」

 

 カイトが力強く返事をし、地面を蹴った。

 

「やあっ!」

 

 正面から放たれた木剣を、ラルフが軽く受け流す。

 カイトは止まらず、続けて二撃、三撃と攻撃を繰り出した。

 先ほど俺と訓練した時よりも動きが鋭い。

 ラルフから一本取りたいという気持ちが、動きに表れているようだ。

 しかし、ラルフは慌てない。

 カイトの攻撃を一つずつ丁寧に受け流しながら、僅かな隙を待っていた。

 

「はっ!」

 

 ラルフの木剣が動いた。

 カイトの剣を外側へ弾き、そのまま胴当てを打つ。

 

「うぐっ!」

 

 まともに受けたカイトが体勢を崩し、草の上へ転がった。

 本気で打ち込んだわけではない。

 それでも、技術と体格の差は大きいようだ。

 

「どうした、もう終わりか?」

 

 ラルフが木剣を構えたまま尋ねる。

 カイトはすぐに身体を起こした。

 

「ま、まだです! もう一度お願いします!」

「ああ。何度でも来い!」

 

 カイトが木剣を握り直す。

 ラルフも楽しそうに構え直した。

 やはり、いい関係だ。

 俺は二人の動きを見ながら、気づいた点を頭の中で整理していく。

 その時だった。

 

「よぉ、精が出るな」

 

 本館の方から、聞き覚えのある声がした。

 振り返ると、フレイがこちらへ歩いてくるところだった。

 どうやら本館での用事を終え、帰る途中らしい。

 フレイは庭を見回す。

 

「あっちではティナの嬢ちゃんが魔法の訓練。向こうではリリア嬢ちゃんが授業中か」

 

 ラルフとカイトへ視線を戻すと、わざとらしく胸を張った。

 

「若者諸君。大いに励みたまえよ」

「何ですか、その言い方は」

 

 俺が思わず言うと、フレイは楽しそうに笑った。

 

「いいじゃないか。若い連中が頑張ってる姿を、年長者が応援してやってるんだよ」

「フレイ殿も、それほど年寄りではないでしょう」

 

 ラルフが苦笑しながら木剣を下ろす。

 カイトへ一言告げて模擬戦を中断すると、フレイの方へ歩み寄った。

 

「ところで、今日はどうされたのですか? 父上に何かご用が?」

「ああ。ちょっと報告があってね」

 

 それまで笑っていたフレイの表情が変わった。

 僅かに目を細め、真剣な顔になる。

 

「最近、沈鐘の回廊で魔物がほとんど確認されていないという話は聞いているかい?」

「ええ。父上から伺っています」

 

 ラルフも表情を引き締めた。

 

「ダンジョンの浅い場所だけでなく、奥へ進んでも魔物が見つからなかったとか」

「ああ、そのとおりだ」

 

 フレイが頷く。

 

「ギルドでも、何らかの異変が起きていると考えている。大型パーティーが戻ってきた時点で、冒険者たちには注意を促し、しばらくダンジョンへ入るのを控えるよう通達したんだがね」

「守らなかった者がいたのですか?」

 

 ラルフの問いに、フレイは苦々しそうに息を吐いた。

 

「一人や二人じゃないよ」

 

 それを聞いて、俺は街で見た光景を思い出した。

 ダンジョンから戻った大型パーティーの冒険者たちは、かなり羽振りがよくなっていた。

 普段なら魔物に阻まれて近づけない場所まで進み、宝箱や希少な鉱石、魔導具などを大量に持ち帰ったのだろう。

 酒場や娼館街には、大勢の冒険者が集まっていた。

 夜蜜亭があれほど混んでいたのも、ダンジョン帰りの冒険者たちが派手に金を使っていたからだ。

 

「あれだけ稼いでいる姿を見たら、自分も行きたくなるでしょうね」

 

 俺が言うと、フレイは肩を竦めた。

 

「そういうことさ。魔物がいない今なら、普段は行けない深い場所まで安全に進める。運がよければ宝を独り占めできる。そう考えた連中が、ギルドの忠告を無視して次々と潜った」

「その者たちが、戻ってきていないのですか?」

「ああ」

 

 フレイの顔から、完全に笑みが消える。

 

「帰還予定を二日以上過ぎている者だけで、少人数のパーティーが三組。それに、単独で入った冒険者が二人。確認できているだけで、合計十二人だ」

「十二人も……」

 

 カイトが息を呑む。

 

「もちろん、予定より長く探索しているだけの者もいるかもしれない。魔物がいないのをいいことに、地図のない区域まで入り込んで、帰り道が分からなくなった可能性もある」

 

 フレイは指を折りながら、考えられる理由を挙げていく。

 

「罠にかかったのかもしれない。崩落で道が塞がれたのかもしれない。あるいは、大型パーティーでさえ到達していない場所まで進んだ者がいるのかもしれない」

「救助は出したのですか?」

 

 ラルフが尋ねる。

 

「その報告をしに来たのさ」

 

 フレイは本館を振り返った。

 

「最初は入場を自粛するよう求めるだけだったが、戻らない者が増えた以上、もうそんな段階じゃない。クラウスにも話を通して、今朝から一般の冒険者がダンジョンへ入るのを止めている」

「完全に封鎖したのですか?」

「調査隊以外はね。どうにか潜り込もうとする馬鹿もいるだろうから、今朝からダンジョンの入口にも見張りを置いている」

 

 フレイは腰へ手を当てる。

 

「それで今朝早く、銀級冒険者を中心にした三つの調査救助班を送り込んだ。ダンジョンの異変を調べるのと、戻ってこない連中の捜索を兼ねている」

「三班も……」

 

 ラルフが呟く。

 

「各班には、探索や罠の発見に慣れた者を入れてある。地図の作成が得意な者も同行させた。考えられる限りでは、かなり手堅い編成にしたつもりだよ」

「調査隊は、いつ戻る予定なのですか?」

 

 ラルフが尋ねる。

 

「浅い区域を調べる一班目は、明日の夕方までに一度戻る予定だ。残りの二班も、途中で何か見つければ伝令役を戻すことになっている」

 

「もし、明日の夕方になっても戻らなければ?」

 

 カイトの問いに、フレイは僅かに目を細めた。

 

「その時は、ダンジョンの中で私たちが考えている以上のことが起きているということだ」

 

 庭に、冷たい風が吹いた。

 先ほどまで聞こえていたティナの声も、リリアの声も、急に遠くなったように感じる。

 

「まあ、今の段階では何も決まったわけじゃない」

 

 フレイは少しだけ表情を緩めた。

 

「調査隊から報告が届くまでは、無闇に騒ぐ必要もない。ただし、しばらくはダンジョンに近づかないこと。それと、街で何か妙な話を聞いたら、すぐギルドへ知らせてくれ」

「わかりました」

「承知しました」

 

 俺とラルフが答える。

 カイトも真剣な顔で頷いた。

 

「それじゃあ、私はギルドへ戻るよ。まだやることが山積みでね」

 

 フレイは片手を上げると、本館の脇を通り、屋敷の門へ向かって歩いていった。

 俺たちは、しばらくその背中を見送る。

 ラルフもカイトも、すぐに訓練を再開しようとはしなかった。

 魔物が消えたダンジョン。

 奥へ進んだ大型パーティーが見つけた、激しい戦闘の痕跡。

 それなのに、魔物の死体も、血も残されていなかった。

 そして今度は、ダンジョンへ入った冒険者たちまで戻ってこない。

 

「……何か、嫌な感じだな」

 

 俺の口から、自然とそんな言葉が漏れた。

 ラルフとカイトも、何も答えない。

 つい先ほどまで庭に響いていた木剣の音は、いつの間にか止んでいた。




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