【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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105話 ネリィの素顔と新しい顔

 今夜は、ネリィの家を訪ねる約束をしていた。

 先日、夜蜜亭で化粧を教えてもらう話をした際、ネリィの休みを聞いておいたのだ。

 

「これでよし、と」

 

 化粧道具はアイテムボックスに入っているが、ネリィの前で何もないところから取り出すわけにはいかない。

 そこで、大きめの布袋を一つ用意しておいた。袋へ手を入れながら取り出せば、中に入れてきたように見えるはずだ。

 俺はローブのフードを深く被ると、いつものように人目のない街の路地へワープした。

 薄暗い路地から顔を出すと、通りにはまだ多くの人が行き交っていた。

 

 少し前に妙な男から絡まれたばかりだ。

 今夜はできるだけ大通りを選んで歩いた方がよいだろう。

 ネリィから教えてもらった道を思い出しながら、街の中心部を抜けていく。

 

 しばらく歩いたところで、甘い匂いが鼻をくすぐった。

 通りの端に出された小さな屋台で、丸く平たい焼き菓子が売られている。

 焼き上がったばかりらしく、鉄板の上から白い湯気が立ち上っていた。

 

 そういえば、人の家を訪ねるのに手ぶらというのも何だな。

 ネリィは気にしないだろうが、ちょっとした手土産くらいは持っていった方がよいだろう。

 

「これを六つください」

「あいよ。今焼けたところだから、気をつけて持ちな」

 

 俺は代金を払い、紙に包まれた焼き菓子を受け取った。

 せっかくなので、一つだけその場で食べてみる。

 

「あつっ」

 

 思った以上に熱かった。

 少し冷ましてから噛みつくと、柔らかい生地から蜂蜜の甘みが広がった。

 特別な材料を使った高級な菓子ではない。

 麦の香ばしさと、控えめな甘さ。

 どこか懐かしさを感じる、素朴な味だった。

 めちゃくちゃ美味しいというわけではないが、焼きたてということもあって、なかなか美味い。

 

 この手のものは、やはり出来たてが一番だろう。

 俺は残りの焼き菓子を布袋へ入れるふりをして、アイテムボックスへ収納した。

 これなら、ネリィの家へ着いてからも温かいままだ。

 ……ティナ達への土産に、もうちょっと多めに買っておけばよかったかもしれない。

 

 そんなことを考えながら歩き続け、やがて街の外れに近い一角へたどり着いた。

 中心部と比べると道幅は狭く、並んでいる建物も古い。

 とはいえ、荒れているわけではなかった。

 

 家々の前には小さな鉢植えが置かれ、窓からは暖かな灯りが漏れている。

 古くても、住んでいる者たちがきちんと手入れをしているのだろう。

 ネリィから教えられた場所にあったのは、二階建ての共同住宅だった。

 一つの建物をいくつもの住居へ区切っているらしく、外壁に沿って扉が並んでいる。

 壁や階段には年季を感じるが、壊れたところは補修されており、思っていたよりも清潔な印象だった。

 

 夜蜜亭で華やかに働くネリィの住居としては、少し意外だ。

 もっと高級な場所に住んでいるものだと思っていた。

 教えられていた二階の部屋まで上がり、扉を軽く叩く。

 間もなく、内側から足音が聞こえてきた。

 

「はーい」

 

 扉が開き、ネリィが顔を出す。

 

「いらっしゃい、モモちゃん!」

「こんばんは。今日はよろしくお願いします」

「うん。どうぞどうぞ。狭いところだけど、入って」

 

 ネリィは笑顔で俺を部屋へ招き入れた。

 今日は店で着ていたような華やかな服ではなく、飾り気のない上着と長いスカートを身につけている。

 

 髪も簡単に後ろで束ねているだけだ。

 何より、顔にはほとんど化粧をしていない。

 店にいる時よりも随分と幼く見える。

 

 美人というより、可愛らしいという言葉の方が似合いそうだった。

 仕草も仕事中ほど大人びておらず、どこか年相応に感じられる。

 ……うん、俺はこっちのネリィの方が好きかもしれない。

 いや、別に変な意味ではない。

 店で客を相手にしている時より、今の方が自然に見えるというだけだ。

 

「そこに座って。今、お茶を淹れるから」

「ありがとうございます。あ、そうだ」

 

 俺は肩から布袋を下ろした。

 

「来る途中で焼き菓子を売っていたので、よかったら一緒に食べませんか?」

「わあ、わざわざ買ってきてくれたの?」

 

 ネリィが嬉しそうに顔を輝かせる。

 

「ありがとう。じゃあ、お茶と一緒に食べようか」

 

 俺は袋の中へ手を入れ、アイテムボックスから焼き菓子の包みを取り出した。

 ネリィは特に疑うことなく受け取ると、小さな卓の上へ置く。

 その間に、俺は部屋の中を見回した。

 

 決して広い部屋ではない。

 小さな寝台と卓、椅子、衣装箱。それに簡単な調理ができそうな場所がある。

 物は多いが、掃除はきちんとされていた。

 しかし、何より目についたのは、壁や棚に飾られた品々だった。

 

 色の違う布を縫い合わせて作られた不格好な人形。

 木の枝と紐で作った飾り。

 誰かの顔らしきものが描かれた絵。

 

 どれも子どもが作ったものに見える。

 壁に飾られた一枚の絵には、長い髪の女性が大きく描かれていた。

 おそらくネリィなのだろう。

 

 周囲には小さな子どもたちが並び、全員が笑っている。

 さらに部屋の奥にある机には、縫いかけの小さな服が何着も置かれていた。

 ……まさか、ネリィって子持ちなのか?

 

 いや、待て。

 そんな話は一度も聞いていないぞ。

 俺が部屋を見回していると、二つのコップを持ったネリィが戻ってきた。

 

「はい、お待たせ。あんまり高いお茶じゃないから、口に合うといいんだけど」

「いえ、ありがとうございます」

 

 ネリィはコップを置くと、俺が見ていた壁へ目を向けた。

 

「ふふ、たくさんあるでしょう?」

「えっと、この絵や飾りは……」

「全部、私の弟や妹みたいな子たちが作ってくれたの」

「弟さんや妹さんですか?」

「本当の家族じゃないけどね」

 

 ネリィは壁の絵を見上げ、穏やかに笑った。

 

「私は、この近くにある孤児院で育ったの。そこにいる子どもたちが、私の弟や妹みたいなものなんだ」

「そうだったんですね」

「今でも休みの日には、よく顔を出してるよ。そうすると、みんな『お姉ちゃん』って寄ってきてくれてね。絵を描いたり、変な物を作ったりして渡してくれるの」

 

 変な物とは言いながらも、ネリィの声には嬉しさが滲んでいた。

 一つ一つ、捨てずに大切に飾っている。

 それだけでも、ネリィが子どもたちを大切に思っていることが分かった。

 

「奥にある服も、孤児院の子どもたちのものですか?」

「うん。破れた服を預かって直したり、新しい服を作ったりしてるの。子どもって、すぐ服を駄目にしちゃうでしょう?」

 

 そう言いながら、ネリィは苦笑する。

 

「孤児院の人……私たちはみんなママって呼んでるんだけど、ママも結構な歳だからね。できるだけ楽をさせてあげたくて」

「ネリィさんは、孤児院を出たあとも支援を続けているんですね」

「支援なんて大げさなものじゃないよ。育ててもらった恩返しをしてるだけ」

 

 ネリィは焼き菓子を一つ手に取った。

 まだ温かいことに気づき、驚いたように目を丸くする。

 

「これ、まだ温かい」

「買ってから、それほど経っていませんから」

「じゃあ、冷めないうちに食べよう」

 

 二人で焼き菓子を口にする。

 ネリィは一口食べると、嬉しそうに頬を緩めた。

 

「おいしい。こういう素朴なの、私好き」

「私も先ほど一つ食べましたけど、美味しかったです」

「ふふ。モモちゃん、いいお店を見つけたね」

 

 お茶と焼き菓子を楽しみながら、ネリィは孤児院について話してくれた。

 孤児院を出る年齢になった時、自分で暮らすだけでなく、育ててくれた者たちへ何か返したいと考えたらしい。

 そこで、普通の仕事よりも多く稼げる夜蜜亭で働くことを選んだ。

 

「楽な仕事じゃないけどね。でも、頑張った分だけお金にはなるから」

 

 ネリィはそう言って笑った。

 

「最初は、稼いだお金をそのままママに渡そうとしたの。でも、受け取ってくれなくて」

「遠慮されたのですか?」

「自分のために使いなさいって怒られちゃった」

 

 その時のことを思い出したのか、ネリィが頬を膨らませる。

 

「だから、今は先に服や食べ物を買って持っていくの。もう買っちゃったから返品できないよって言えば、受け取るしかないでしょう?」

「なるほど」

 

 かなり強引だが、よい方法かもしれない。

 

「私だけじゃないよ。孤児院を出た子たちは、みんな自分のできるやり方で手伝ってるの。私みたいに食べ物とかを用意して届ける子もいれば、休みの日に料理や掃除をしに来る人もいる」

「皆さん、孤児院のことが好きなんですね」

「うん。貧しかったけど、あそこは私たちの家だから」

 

 ネリィは静かにそう答えた。

 

「今はお金を貯めて、古くなった建物を直したいと思ってるの。それと、ママの仕事が少し楽になる魔道具も買ってあげたくて」

 

 ネリィ……なんていい子なんだ。

 夜蜜亭では客をからかったり、俺を勝手に新人扱いしたりしていたが、その裏でこんなことをしていたとは思わなかった。

 

「……ネリィさんは、すごいですね」

「あはは、大げさだってば」

 

 ネリィは照れたように笑い、焼き菓子をもう一口齧った。

 しばらく他愛のない話をしていると、今度はネリィが俺へ尋ねてきた。

 

「そういえば、モモちゃんはどうしてドゥル=ブルムへ来たの?」

「私ですか?」

「うん。この街は冒険者や商人には人気があるけど、普通の女の子が住むには、ちょっと物騒でしょう?」

 

 ダンジョンが近く、周辺には強い魔物もいる。

 確かに、何の目的もない若い娘が、わざわざ移り住むような街ではない。

 どう答えるべきか考える。

 

 ネリィになら、少しくらい事情を話してもよいかもしれない。

 聖女に似ていることや、教会から狙われていることまで明かさなければ、問題はないだろう。

 

「実は、私とよく似た人がいるらしいんです」

「よく似た人?」

「はい。その人が厄介な相手から狙われているようで……私まで、その人と間違えられて追われることがあって、逃げてきたというか……」

 

 ネリィが目を瞬いた。

 それから、何かを理解したように「ああ」と声を漏らす。

 

「それで、化粧を使って別人に見えるようになりたいんだ?」

「そういうことです」

「なるほどねえ」

 

 ネリィは俺の顔をじっと見つめた。

 何かを疑っているというより、どう変えればよいか考えているようだ。

 

「詳しいことは聞かない方がいい?」

「えーっと……」

「うん。分かった」

 

 ネリィはあっさりと頷いた。

 

「言いにくい事情なら、無理に話さなくていいよ。知らない方がいいこともあるだろうしね」

「ありがとうございます」

 

 余計な詮索をされないことに、少しだけ肩の力が抜ける。

 

「それで、先日買った化粧道具を持ってきました。教えていただけますか?」

「もちろん!」

 

 俺は大きな布袋を持ち上げた。

 手を中へ入れたままアイテムボックスを使い、化粧品を一つずつ取り出していく。

 肌へ塗る粉や香油。

 眉や目元へ使う細い筆。

 色の違う化粧料。

 頬や唇へ使うもの。

 最後に、先日購入した栗色のウィッグも取り出した。

 

「わあ……」

 

 最初は楽しそうに見ていたネリィの顔が、次第に引きつっていく。

 

「モモちゃん、ずいぶん買ったね」

「何が必要なのかよく分からなかったので、勧められたものを一通り買ってみました」

「一通りって量じゃない気がするけど……このウィッグも、かなりいい物だよね?」

「だいぶ奮発しました」

「でしょうね……」

 

 ネリィはウィッグを手に取り、毛の質を確かめる。

 それから化粧品を一つずつ確認し、何度も頷いた。

 

「うん。これだけあれば十分。むしろ、余るくらいだよ」

「本当ですか?」

「本当本当。じゃあ、そろそろ始めようか」

 

 ネリィは卓の上を片づけると、鏡と小さな灯りを用意した。

 俺を鏡の前へ座らせ、自分は隣へ腰を下ろす。

 

「まず覚えておいてほしいんだけど、綺麗にする化粧と、別人に見せる化粧は違うの」

「なるほど」

「モモちゃんを綺麗にするだけなら簡単だよ。元がいいから、少し整えるだけでいいもの」

 

 ネリィは俺の前髪を軽く持ち上げ、顔を観察する。

 

「でも、今回はモモちゃんの顔を綺麗にするんじゃなくて、見た人の印象を変えたいんでしょう?」

「はい」

「だったら、目立つところを強調するんじゃなくて、少し隠していくの。化粧は色を足すだけじゃないんだよ」

 

 ネリィは、俺の顔の右半分へだけ化粧を始めた。

 

「まずは肌。最初から厚く塗ったら駄目。薄い色を少しずつ重ねていくの」

 

 俺の肌よりも僅かに温かみのある色を使い、丁寧に馴染ませていく。

 

「それと、モモちゃんは目の下のクマも隠した方がいいね」

「やっぱり目立ちますか?」

「うん。肌が白いから、余計に目立つんだと思う。でも、上から明るい色を厚く塗るだけじゃ駄目だよ。そこだけ白く浮いちゃうから」

 

 ネリィは目の下へ、俺の肌より僅かに温かみのある色を薄く置いた。

 

「まず、暗く見える部分にこの色を薄く馴染ませてから、周りの肌と同じ色を少しずつ重ねるの」

 

 筆が何度か優しく動く。

 鏡を確認すると、目の下に残っていた暗い影が、ほとんど分からなくなっていた。

 

「おお……消えた」

 

 クマがなくなっただけで、随分と健康そうな顔に見える。

 っていうか、これではますますシエルと同じ顔だ。

 

「完全に塗り潰そうとしないのが大事。近くで見ても不自然にならない程度でいいんだよ」

 

 次に眉の形を変えた。

 普段より少し太く、柔らかく下がった形に整える。

 

「眉だけでも、結構印象が変わるでしょう?」

「本当だ……」

「モモちゃんは目がすごく印象的だから、ここも少し変えようか」

 

 目を大きく見せるのではなく、横幅を短く見せるように影を入れる。

 さらに目尻を僅かに下げ、丸みを強くした。

 頬にも薄く色を加え、顔の輪郭が少しふっくら見えるように調整する。

 最後に鼻の上へ、小さなそばかすをいくつか描いた。

 

「よし。これで片側は終わり」

 

 鏡を見る。

 

「おお……」

 

 顔の右側と左側で、印象がまるで違っていた。

 左側は見慣れた自分の顔だ。

 右側は、少し幼く、柔らかそうな少女に見える。

 同じ顔なのに、ここまで変わるものなのか。

 

「ネリィさんは、いつから化粧をしていたんですか?」

「化粧道具に触り始めたのは、孤児院にいた頃からだよ。孤児院を出たお姉さんが、古い道具を譲ってくれたことがあってね」

「そんなに小さい頃から?」

「最初は、みんなの顔に塗って遊んでただけだよ。本格的に教わったのは夜蜜亭に入ってから。でも、顔の印象を変えるのは昔から好きだったの」

「顔の印象を変えるのが得意なのは、その頃からなんですね」

「そうかもね」

 

 ネリィは楽しそうに笑う。

 

「それじゃあ、反対側はモモちゃんがやってみて」

「わかりました」

 

 ネリィから道具を受け取り、鏡を見ながら左側へ化粧を始める。

 まずは肌の色を整える。

 ネリィの動きを思い出しながら塗ってみたが、どうにも上手くいかない。

 

「……何だか、ぺったりしていませんか?」

「塗りすぎだね」

「やっぱりですか」

「力を入れないで。色を塗るんじゃなくて、薄く置いていく感じ」

 

 言われたとおりにしてみるが、今度は薄すぎる。

 眉も片方だけ妙に高くなってしまった。

 鏡の中では、右側の俺が優しそうに笑い、左側の俺が怒っているように見える。

 

「顔の左右で、別の感情になってますね……」

「ふふっ……ご、ごめん。笑っちゃ駄目なんだけど」

 

 ネリィは口元を押さえながら肩を震わせている。

 

「うぐぐ……笑ってるじゃないですか……」

「だって、片方だけすごく強そうなんだもの」

 

 一度、左側の化粧だけを落とし、最初からやり直す。

 二度目は眉の高さを揃えることができた。

 しかし、今度は目元の影を濃くしすぎた。

 

「これだと、別人というより疲れてる人だね」

「うぅ……難しいですね」

「最初から上手くできる人なんていないよ。ほら、ここをもう少し薄くして」

 

 ネリィに手を添えられ、筆の動かし方を教えてもらう。

 三度目は、頬へ入れる色が濃すぎた。

 まるで熱でもあるような顔になった。

 

 四度目。

 ようやく、ネリィが作った右側と大きく変わらない仕上がりになった。

 

「うん。今度はいい感じ」

「本当ですか?」

「初めてにしては上手だよ。モモちゃん、結構器用なんだね」

 

 ネリィが細かな部分を直していく。

 眉の端を少し整え、目元の影を馴染ませる。

 そばかすの位置も、左右で不自然にならないように調整した。

 化粧が終わると、今度はウィッグを被る。

 

 髪は肩へ触れるほどの長さで、毛先が僅かに内側へ曲がっている。

 ネリィは生え際が見えないように位置を整え、前髪を少しだけ下ろした。

 

「はい。完成」

 

 鏡に映った自分の顔を見つめる。

 金髪のアウラとも、青い髪のモモとも違う。

 栗色の髪に、柔らかく下がった眉。

 目元は普段より丸く見え、顔つきも少し幼い。

 いつも目の下にあったクマもほとんど見えず、普段より健康的で明るい顔に見えた。

 鼻の上に描かれたそばかすもあって、どこか素朴な雰囲気がある。

 美人というより、可愛らしい少女という印象だ。

 

「おお……本当に別人みたいですね」

「でしょう?」

 

 ネリィが満足そうに胸を張る。

 

「普通の顔にするのは難しいけどね」

「難しいんですか?」

「だって、モモちゃんは元が綺麗すぎるもの。どうやっても可愛くなっちゃうよ」

 

 そう言われ、もう一度鏡を見る。

 うん、これはこれで、なかなか可愛い。

 少し幼くなった感じも悪くないな。

 

「モモちゃん、今、自分のこと可愛いって思ったでしょう?」

「な、なぜ分かったんですか?」

「顔に出てた」

 

 ネリィが声を上げて笑う。

 そんなに分かりやすい顔をしていただろうか。

 

「うんうん、今日はこれくらいでいいんじゃないかな」

「ありがとうございました。本当に助かりました」

「これから何度も練習すれば、もっと早く上手にできるようになるよ」

「これで、前よりは安心して外を歩けそうです」

「でも、油断は駄目だからね」

 

 ネリィは人差し指を立てた。

 

「相手がモモちゃんのことをよく知ってたら、声や動きで気づくかもしれない。顔が変わったからって、絶対に見つからないわけじゃないよ」

「はい。気をつけます」

 

 化粧の練習をしているうちに、随分と時間が経っていた。

 窓の外はすっかり暗くなっている。

 

「そろそろ遅いので、今日は失礼します」

「うん。また来てね」

 

 ネリィは俺を扉まで見送る。

 

「お店にも、家にもね」

「あはは……お店は、客としてなら」

「えー。また一緒にやろうよ。モモちゃん、すごく似合ってたのに」

「か、考えておきます」

「今、考えておくって言ったからね?」

「言いましたけど、やるとは言ってませんよ」

「ふふ。じゃあ、気が変わるのを待ってる」

 

 笑顔で手を振るネリィに頭を下げ、部屋をあとにした。

 二階から階段を下り、共同住宅の外へ出る。

 夜の空気が頬へ触れた。

 

 辺りはすっかり暗くなっているが、通りには一定の間隔で魔道具の灯りがともっている。

 俺は反射的にローブのフードへ手を伸ばしかけた。

 しかし、今はいつもの顔ではない。

 

 栗色のウィッグを被り、ネリィに教わった化粧をしている。

 せっかくなので、フードを被らずに歩いてみることにした。

 

「おお……」

 

 何だか、すごい開放感だ。

 最近は街へ出るたびにフードを深く被っていた。

 周囲から顔を見られないよう、常に気を遣っていたのだ。

 今は堂々と顔を出して歩ける。

 すれ違う人がこちらを見ることはあるが、驚いて立ち止まるほどではない。

 以前の俺なら、何人もの男が振り返っていたはずだ。

 ネリィの化粧は、しっかり効果を発揮しているらしい。

 

 このまま帰ってもよいが、もう少しだけ新しい姿を試してみたい。

 俺は人通りの多い道を選び、夜の街を散歩することにした。

 店じまいを始めた商店の前を通り過ぎようとした時、積み上げられた大きな木箱が目に入った。

 腰の曲がった老店主が、一つの木箱を持ち上げようとしている。

 

「そっちは依頼に入ってないから、もういいんだよ」

 

 店主が、誰かへ声をかけた。

 

「でも、このまま外へ置いておくわけにはいかないですよね?」

 

 聞き覚えのある声だった。

 俺は足を止める。

 

「これくらいなら、ついでにやっちゃいますよ~」

 

 木箱の陰から姿を現したのは、背の高い黒髪の女性だった。

 短く切られた髪。

 鍛え抜かれた大きな身体。

 修道服にも似たローブの背には、飾り気のないメイスが下げられている。

 

「ヴェルノ……?」

 

 思わず小さく名前を漏らす。

 ヴェルノは大きな木箱を両腕で抱え上げた。

 普通なら二人がかりで運びそうな大きさだが、本人は軽い箱でも持っているような顔をしている。

 

「これは、どこへ置けばいいですか?」

「奥の倉庫だけど、本当にいいのかい?」

「はい。すぐ終わりますから」

 

 ヴェルノは木箱を抱えたまま、店の奥へ歩いていった。

 間もなく戻ってくると、今度は残っていた二つの箱を一つずつ両脇へ抱える。

 

「そ、それも一度に運ぶのかい?」

「何度も往復するより早いですから!」

 

 ヴェルノは明るく笑い、二つの木箱をひょいひょいと運んでいく。

 店主は呆れたように見送っていたが、やがて楽しそうに笑った。

 

「本当に力持ちだねえ。助かったよ、ヴェルノちゃん」

「いえ! これくらい大したことじゃありません!」

 

 最後の荷物を運び終えたヴェルノが、嬉しそうに胸を張る。

 どうやら、店主ともすでに顔馴染みらしい。

 冒険者になったあと、どうしているのか少し気になっていた。

 いきなり危険な依頼へ出ていなければよいと思っていたが、今は街中の仕事を受けているようだ。

 

「よう、ヴェルノ」

 

 別の方向から、女の声がした。

 振り返ると、一人の冒険者がこちらへ歩いてくる。

 サラだった。

 

「また頼まれてないところまで手伝ってたのか?」

 

 サラが呆れたように尋ねる。

 

「だって、店主さん一人では大変そうだったんです」

 

 ヴェルノは悪びれる様子もなく答えた。

 

「それに依頼された分は、ちゃんと終わらせましたよ!」

 

 サラが店先を見回し、笑みを浮かべる。

 

「依頼主が喜んでるなら悪いことじゃないけど、報告の時間には遅れるなよ」

「はい!」

 

 元気よく返事をしたあと、ヴェルノが空を見上げる。

 途端に表情が変わった。

 

「も、もうこんな時間ですか!?」

「まだ間に合うから、そんな顔するな」

 

 サラが苦笑する。

 

「ほら、依頼の報告に戻ろうぜ」

「はい!」

「ヴェルノちゃん、今日は本当にありがとうね」

 

 店主が声をかけると、ヴェルノは振り返り、大きく手を振った。

 

「また何か困ったことがあったら、声をかけてください!」

「だから、何でも無料で引き受けるなって」

「無料ではありませんよ。今日はちゃんと依頼を受けています!」

「追加分の話をしてるんだよ」

「あっ……」

 

 サラが笑い、ヴェルノも照れくさそうに笑った。

 二人は親しげに話しながら、こちらへ歩いてくる。

 俺は通行人を装い、道の端へ寄った。

 ヴェルノが一瞬だけ俺へ視線を向ける。

 目が合った。

 

「こんばんは」

 

 ヴェルノは見知らぬ相手へするように、軽く頭を下げた。

 

「こ、こんばんは」

 

 俺も返事をする。

 それだけだった。

 ヴェルノは俺だとは気づかなかったらしく、サラとともにそのまま通り過ぎていった。

 おお、本当に気づかれなかった。

 

 少なくとも、ヴェルノもサラも俺に気づいた様子はなかった。

 変装はかなり上手くいっているのではないだろうか。

 それにしても、冒険者として上手くやれているのか心配していたが、どうやら余計な心配だったらしい。

 依頼主からは感謝され、先輩のサラにも可愛がられている。

 ヴェルノは、俺が思っていた以上に早く、この街へ馴染んでいるようだ。

 二人は冒険者ギルドへ依頼の報告に戻るらしい。

 

 俺は少しだけ考えた。

 ここまで来たのなら、ヴェルノが冒険者としてどのように過ごしているのか、もう少し見ておいてもよいかもしれない。

 

 シエルにも伝えてあげれば、きっと安心するだろう。

 新しい変装の効果を確かめることも兼ねて、俺は二人の背中を追うことにした。

 

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