【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
二人から少し距離を空け、同じ方向へ向かう通行人を装って後ろを歩く。
先ほどの会話からすると、ヴェルノは終わらせた依頼を報告するため、冒険者ギルドへ向かっているらしい。
ヴェルノは楽しそうにサラへ話しかけていた。
サラはいつもと変わらない、少し気だるそうな態度だ。
それでも、ヴェルノがあまりにも嬉しそうに話すものだからか、心なしか普段より機嫌がよさそうに見える。
「で、冒険者の仕事には少し慣れたのかよ?」
サラが尋ねると、ヴェルノは元気よく頷いた。
「はい! 皆さん、とても親切にしてくださいます。冒険者として必要なことも、いろいろと教えていただいています!」
「へえ。そりゃよかったな」
「特に受付のテッサさんには、いつも心配していただいていて……今日受けた依頼も、ほとんどテッサさんが選んでくださったんですよ」
「テッサの奴が……?」
サラが露骨に怪訝そうな顔をした。
「あいつ、すげぇ口が悪いし、他人の心配なんてするような奴じゃないと思うんだが」
「そんなことありません!」
ヴェルノが勢いよく振り返り、サラへ反論する。
危うくこちらまで見られそうになり、俺は咄嗟に近くの露店へ顔を向けた。
「私が初めて冒険者ギルドへ伺った時も、何をすればよいのか分からず辺りを見回していたら、テッサさんの方から声をかけてくださったんです」
「向こうから?」
「はい。冒険者登録の方法から、依頼の受け方、報告の仕方まで、全部丁寧に教えてくださいました。とても優しくて、よい方ですよ」
「……いやあ、どうだかな」
サラは納得していないようだった。
だが、ヴェルノは本気でテッサという受付職員を信頼しているらしい。
話している間も、何度も嬉しそうに笑っていた。
どうやら、冒険者として困っている様子はなさそうだ。
先ほどの店主とも良好な関係を築いていたし、サラにも気にかけてもらっている。
しばらく二人のあとを歩くと、冒険者ギルドの建物が見えてきた。
ヴェルノとサラが扉を開けて中へ入る。
少し間を空けてから、俺もそのあとに続いた。
今の俺は、栗色の髪をした見知らぬ少女だ。
ヴェルノにもサラにも気づかれなかったのだから、冒険者ギルドへ入ったところで問題はないだろう。
中へ入ると、前に来た時よりも随分と人が少なかった。
酒を飲みながら話している冒険者や、依頼書を眺めている者はいるものの、混雑しているというほどではない。
時間が遅いからだろうか。
それとも、ダンジョンが封鎖されたことで、依頼を終えて戻ってくる冒険者が減っているのかもしれない。
受付にも空いている場所がいくつかあった。
そのうちの一つに座っていた若い女性職員が、入ってきたヴェルノへ気づく。
途端に、その顔がぱっと明るくなった。
「ヴェルノさーん!」
受付職員が大きく手を振る。
「テッサさーん!」
ヴェルノも嬉しそうに返事をして、彼女のもとへ駆けていった。
サラはその後ろを、やれやれといった様子で歩いていく。
俺は目を細め、受付職員の顔を確かめた。
……あいつ、前に俺たちがここへ来た時にいた職員だよな?
依頼書を貼っている最中だから話しかけるなと、俺たちへかなり強い口調で言ってきた女だ。
今は満面の笑みを浮かべ、ヴェルノへ向かって何度も手を振っている。
まるで別人だ。
あの時は仕事が忙しかったから機嫌が悪かったのだろうか。
いや、それにしても態度が違いすぎないか?
「テッサさん、今日の依頼を終わらせました!」
ヴェルノが鞄から何枚かの書類を取り出し、受付台の上へ並べた。
「こちらが倉庫整理の依頼で、こちらが荷車への積み込みです。それから、先ほど商店の荷物もすべて運び終えました!」
「今日も三件全部終わらせたんですか? さすがヴェルノさんです!」
テッサが書類を確認しながら、弾んだ声を上げる。
その目は、明らかにヴェルノしか見ていなかった。
「どれも簡単な力仕事でしたから、私ならこれくらいは大丈夫です」
「簡単なんかじゃありませんよ。ヴェルノさんのおかげで、助かっている人がたくさんいるんですから」
「テッサさん……」
「もっと胸を張ってください。すごく格好いいですよ!」
「か、格好いいですか?」
ヴェルノは照れたように頬を緩める。
「はい! 昨日の依頼主の方も、ヴェルノさんのおかげで助かったって、わざわざお礼を言いに来たんですよ!」
「そこまで褒めていただくと、少し恥ずかしいですね」
ヴェルノが照れ笑いを浮かべた瞬間、テッサの頬が僅かに赤くなった。
「テッサさん、いつもありがとうございます。明日も頑張ります!」
「はい! 頑張ってくださいね!」
テッサは受付台の奥から身を乗り出し、壁際にある依頼書の一角を指さした。
「そうそう。ヴェルノさんに合いそうな依頼を、あちらにまとめておきました。街の中でできるものばかりなので、よかったら見てみてください」
「わざわざ選んでくださったんですか?」
「もちろんです!」
「ありがとうございます。見てきますね!」
ヴェルノは嬉しそうに頭を下げると、依頼書が貼られた壁へ向かっていった。
その背中を、テッサがうっとりした様子で見送る。
近くに立っていたサラが、呆れたように口を開いた。
「お前って、そんな性格だったか?」
テッサの笑顔が、一瞬で消えた。
「……あんたさあ」
サラへ顔を向けたテッサの目つきが、急に鋭くなる。
「私とヴェルノさんの時間を邪魔しないでくれる? 用がないなら、あっち行って。しっしっ」
「お、おう……」
サラが思わず一歩下がった。
「やっぱりお前はそうだよな。逆に安心したわ」
「何が言いたいのよ」
「いや、ヴェルノにだけ気持ち悪いくらい甘いからさ」
「気持ち悪いって何よ!」
テッサが受付台を叩く。
「ヴェルノさんは、あんたたちみたいな粗暴な冒険者と違うの! 礼儀正しくて、教えたことはちゃんと聞くし、依頼主にも優しいし、それに……」
テッサは言葉を切り、依頼書を見ているヴェルノへ視線を向けた。
「……格好いいし」
最後だけ、随分と小さな声だった。
「やっぱり、そこかよ」
「うるせえな!」
テッサは顔を赤くすると、サラを追い払うように手を振った。
「ほら、報告がないなら邪魔だからどいて!」
「はいはい」
サラは肩を竦め、ヴェルノのいる依頼掲示板へ向かっていく。
なるほど、そういうことらしい。
俺たちへ冷たかった理由が分かったわけではないが、少なくともヴェルノにだけ優しい理由は分かった。
確かに、ヴェルノはぱっと見なら格好いい。
背は高いし、筋肉もすごい。短い黒髪も、凛々しい顔立ちによく似合っている。
黙って立っていれば、頼りになる女戦士そのものだ。
……まあ、少し付き合えば、よく泣くし、よく笑うし、意外と慌てん坊なのが分かるんだけどな。
俺はギルドの隅にある卓へ腰を下ろした。
誰かを待っているような顔をしながら、周囲の様子を眺める。
改めて見ると、やはりアストルの冒険者ギルドよりも広い。
受付の数も多く、依頼書を貼るための壁もいくつかに分けられている。
今は人が少ないものの、昼間ならかなり混雑するのだろう。
ヴェルノはテッサが選んでくれた依頼書を、一枚ずつ真剣な顔で確認していた。
その隣では、サラが時折内容を覗き込み、何か助言をしている。
やがて、一人の若い女性冒険者がヴェルノへ近づいていった。
年齢はティナたちより少し上くらいだろうか。
まだベテランという雰囲気ではないが、ヴェルノよりは冒険者としての経験がありそうだ。
「あの、ヴェルノさん」
女性冒険者が遠慮がちに声をかける。
「はい?」
「よかったら、明日の朝、この依頼を一緒に受けませんか?」
彼女が手にしていた依頼書を、ヴェルノへ見せる。
「引っ越しの荷物を馬車へ積み込む仕事なんです。大きな家具が多いみたいで、何人か集めることになってるんですけど……ほら、報酬も結構いいんですよ」
「わあ、本当ですね!」
ヴェルノが依頼書を覗き込み、目を輝かせる。
「ちょうど力のある人を探していたので、ヴェルノさんが来てくれたら助かります」
「それでしたら、ぜひお願いします。私も今は金欠なので、報酬が高いのは助かります!」
「よかった。それじゃあ、明日の朝七時にギルドの前で集合でもいいですか?」
「分かりました。よろしくお願いします!」
「こちらこそお願いします。それでは、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい!」
女性冒険者は明るい表情で手を振り、ギルドを出ていった。
ヴェルノも嬉しそうに手を振り返している。
おお、サラやテッサだけではなく、ほかの冒険者とも関係を築けているらしい。
依頼主にも感謝され、先輩のサラには面倒を見てもらい、受付職員のテッサからは妙に気に入られている。
さらに、一緒に依頼を受けようと誘ってくれる冒険者までいる。
思っていた以上に順調だ。
冒険者になったばかりのヴェルノが、周囲から浮いているのではないかと少し心配していたが、完全に杞憂だったらしい。
これなら、冒険者としても、この街の住人としても問題なく受け入れてもらえるだろう。
ヴェルノが上手くやっているとシエルへ伝えれば、きっと安心する。
見るべきものは見た。
これ以上ここにいると、不審に思われるかもしれない。
俺は椅子から立ち上がり、ギルドを出ようとした。
「あ、あの、テッサさん」
背後から聞こえたヴェルノの声に、足を止める。
先ほどまでの弾んだ声とは違う。
どこか緊張したような、弱々しい声だった。
振り返ると、ヴェルノが再びテッサの受付へ立っていた。
その顔には、先ほどまで浮かんでいた笑みがない。
「はい。どうしましたか、ヴェルノさん?」
テッサもすぐにヴェルノの変化へ気づいたらしい。
先ほどまでの浮かれたような態度を引っ込め、心配そうな顔をしている。
「今日も同じことを聞いてしまって、申し訳ないのですが……」
「いえ、大丈夫ですよ」
テッサが優しく首を振った。
「捜している女性のことですよね?」
「はい……」
ヴェルノが胸元で両手を握る。
「何か、新しい情報は入っていないでしょうか」
テッサは少しだけ視線を伏せた。
「すみません。事情があってお名前は明かせないとのことでしたので、教えていただいた特徴だけを受付の職員たちに共有しています。顔なじみの冒険者にも、それとなく聞いてはいるんですが……今日も新しい情報は入っていません」
ヴェルノの肩が、僅かに落ちた。
「そうですか……。ありがとうございます」
「ちょっと待て」
少し離れたところで依頼書を眺めていたサラが、こちらへ歩いてきた。
「お前、誰か捜してたのか?」
「あ……はい」
どうやらサラは、ヴェルノが女性を捜していることを今初めて知ったらしい。
テッサが手元の記録を確認する。
「金色の長い髪に、透き通るような白い肌。それから、緑色の瞳の若い女性でしたよね?」
「はい、間違いありません」
「金髪で、白い肌に緑色の瞳……?」
サラが首を傾げる。
しばらく考えたあと、何かに気づいたようにヴェルノを見た。
「それって、アウラって奴じゃないのか?」
突然自分の名前が聞こえ、危うく肩が跳ねそうになった。
お、落ち着け……今の俺は、栗色の髪をした見知らぬ少女だ。
ここで反応した方が、よほど怪しい。
「サラさんは、アウラさんをご存じなのですか?」
ヴェルノが驚いたように尋ねる。
「おう、前にアストルからこの街へ来る馬車を護衛した時、一緒だったんだ」
サラが腕を組む。
「金髪で、やたら目立つ顔をした奴だろ?」
「そうだったんですね」
ヴェルノは少し驚いた顔をしたあと、寂しそうに首を横へ振った。
「確かに、アウラさんとは驚くほどよく似ています。私もアストルで初めてお会いした時は、捜している方だと思ってしまいました」
「違ったのか?」
「はい。別人でした」
「……あんな目立つ顔の女が、もう一人いるのかよ」
いるんだよなぁ……。
「アウラは、お前が捜している女について何か知らないのか?」
「以前お会いした時に伺いましたが、ご存じないようでした……」
ヴェルノが困ったように眉を下げた。
「アウラさんとは、アストルの共同浴場で偶然お会いしただけなんです。私が人違いをしてしまって……」
「ふーん」
サラは顎に手を当て、ヴェルノに尋ねる。
「しかし、そこまでして捜すくらい、大事な奴なのか?」
サラの問いに、ヴェルノは静かに頷いた。
「はい。私が、命を懸けてでもお守りしなければならない方です」
そこで一度言葉を切り、胸元で手を強く握る。
「……いえ。それだけではありません。私にとって、とても大切な方なんです」
「そうか」
サラはそれ以上詳しく尋ねなかった。
「特徴は覚えた。それらしい女を見かけたら、知らせてやるよ」
「本当ですか!?」
ヴェルノの顔が一瞬だけ明るくなる。
「ありがとうございます、サラさん!」
「別に礼を言われるほどじゃねえよ。それらしい奴を見かけたら知らせるってだけだ」
「それでも、ありがとうございます!」
ヴェルノは深く頭を下げた。
サラは少し居心地が悪そうに頬を掻き、顔を逸らす。
「正式な捜索依頼として報奨金をつければ、もっと多くの冒険者に捜してもらうことはできます」
テッサが慎重に言葉を選びながら話を戻した。
「ただ、報奨金目当ての不確かな情報も増えると思います。似た人を見ただけで知らせてくる人や、ひどい場合には嘘をつく人もいますから……個人的には、あまりおすすめできません」
「分かりました」
ヴェルノは小さく頷いた。
「それに、今の私には、十分な報奨金を用意することもできませんので」
なるほど。
先ほど金欠だと言っていたのは、生活費だけが理由ではないのかもしれない。
ヴェルノはシエルを捜し続けるためにも、できるだけ多くの依頼を受けて金を稼ごうとしているのだ。
「引き続き、何か情報が入りましたら教えてください」
「もちろんです」
「それから……」
ヴェルノは一度言葉を止めた。
「もし、その方らしい人が見つかったら、私が捜していることも伝えていただけますか」
テッサが静かに頷く。
「分かりました。必ず伝えます」
「ありがとうございます」
ヴェルノは深く頭を下げた。
しかし、顔を上げても、その表情は晴れなかった。
先ほどまで楽しそうに弾んでいた声も、今はすっかり小さくなっている。
「見つかるといいですね」
テッサが励ますように声をかける。
「はい……」
ヴェルノはそう答えたものの、肩は目に見えて落ちていた。
「今日はもう帰ろうぜ」
サラがヴェルノの肩を軽く叩く。
「明日も朝から依頼なんだろ?」
「……そうですね」
ヴェルノは無理に笑顔を作り、頷いた。
「明日も、頑張らないといけませんから」
街へ馴染めているからといって、シエルの行方が分からない不安まで消えるわけではない。
どれだけ多くの人から親切にされても、ヴェルノが最も会いたい相手の居場所は分からないままだ。
いや、本当はすぐ近くにいる。
無事に生きている。
それを知らないヴェルノは、毎日のように冒険者ギルドで情報を尋ねているのだ。
俺は声をかけることができなかった。
今の俺は、ヴェルノにとって見知らぬ少女だ。
それに、シエルのことを勝手に話すわけにもいかない。
だが、このままでよいとも思えなかった。
ヴェルノが無事に暮らしていることだけではない。
今もシエルを捜し続け、その安否を心配していることも、きちんとシエル本人へ伝えなければならない。
俺は肩を落とすヴェルノを残し、冒険者ギルドをあとにした。