【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
翌朝、朝食を終えた俺は、シエルの部屋を訪ねた。
昨夜、冒険者ギルドで見かけたヴェルノのことを伝えるためだ。
扉を軽く叩くと、ほどなくして中から声が返ってくる。
「はい、どうぞ」
「よう、ちょっといいかな?」
扉を開けると、シエルはいつものようにベッドに腰かけ、本を読んでいた。
俺の姿を見て、開いていた本に栞を挟む。
「ええ、もちろんです。こちらへどうぞ」
シエルが椅子を勧めてくれたが、俺はすぐには座らなかった。
ヴェルノのことをどう伝えるかは、ここへ来るまでにも考えていた。
いきなり会ってやってくれと言ったところで、シエルにはシエルの事情がある。
最初から重い話をするより、まずは別の話で少し空気を和らげた方がいいだろう。
それに、変装がどれくらい使えるものなのか、シエル自身にも確かめてもらえば、ヴェルノへ無事を伝える方法についても話しやすくなるかもしれない。
「悪いけど、椅子にはシエルが座ってくれないか?」
「私が、ですか?」
「ああ。えーっと……こっちの方がいいかな」
俺は椅子を持ち上げ、机の上に置かれた鏡で顔を確認できる位置まで動かした。
「よし。ここに座ってくれ」
「あの……いったい、何を?」
「まあまあ、いいから」
「はあ……」
シエルは事情が分からない様子で首を傾げながらも、言われたとおり椅子へ腰を下ろしてくれた。
俺はアイテムボックスを開き、中から化粧品や道具を一つずつ取り出して、机の上へ並べていく。
粉の入った小さな容器に、細い筆、頬へ色を乗せるための柔らかな刷毛。肌の色を整える物や、目元へ影をつける物もある。
次々と並べられていく道具を見て、シエルが目を大きくした。
「わあ……すごい数ですね」
「おう。結構奮発したんだよ。おかげで、俺の貯金はほとんど空っぽだ」
「そ、そんなにしたのですか?」
「まあな。でも、必要な物だし仕方ないさ」
俺は細い筆を手に取り、シエルへ向き直る。
「というわけで、今からお前には俺の練習台になってもらう。動くと変なところに線を引くかもしれないから、大人しくしててくれよ」
「練習台……あっ、変装の件ですね!」
ようやく俺の目的が分かったらしく、シエルの顔がぱっと明るくなった。
「知り合いに化粧の仕方を教えてもらったんだ。昨日、自分の顔で一度試してみたんだけど、まだ慣れてなくてさ」
「そうだったのですね」
「自分でやるのはもちろんだけど、シエルにも練習させてもらおうと思って。ほら、元の顔は同じだろ?」
「そうですね。私でよろしければ、いくらでもお付き合いいたします」
シエルは素直に目を閉じた。
「それでは、よろしくお願いいたします」
「おう。なるべく変な顔にはしないように頑張るよ」
「なるべく、ですか?」
「まだ始めたばかりだからな」
「少し不安になってきました……」
冗談めかして言うシエルに笑いながら、俺はネリィから教わった手順を思い出す。
まずは肌の色をわずかに変える。
次に眉の形を整え、目元へ薄く影を加えていく。
シエルの顔は俺と同じなので、どの辺りに色を乗せれば印象が変わるのかは分かりやすかった。
目尻の印象を少し柔らかくして、頬の輪郭にも影を入れる。
最後に、鼻の近くへ目立たない程度の小さなそばかすをいくつか描いた。
「よし。目を開けていいぞ」
シエルがゆっくりと目を開き、鏡の中に映る自分の顔を見つめた。
「……おお」
思わず、俺も感嘆の声を漏らす。
もちろん、昨日ネリィにやってもらった化粧に比べれば粗い。
近くでじっくり確認されれば、不自然なところもあるかもしれない。
それでも、初めて人の顔に一から化粧を施したにしては、なかなか上手くできたんじゃないだろうか。
同じ顔をしているおかげで、自分に施した時の感覚をそのまま使えたのも大きい。
鏡を見ていたシエルも、驚いたように自分の頬へ触れる。
「すごいです、アウラさん。本当に、いつもとは違う人のように見えます」
「ふふ、驚くのはまだ早いぜ」
俺はアイテムボックスから、栗色のウィッグを取り出した。
昨日、俺が使った物とは別に買っておいた新品だ。
「こいつも被ってみろよ」
「こちらも使わせていただけるのですか?」
「ああ。そのために持ってきたんだからな」
シエルの長い金髪をまとめ、その上から栗色のウィッグを被せる。
鏡を見ながら位置を調整し、手櫛で髪型を整えた。
「よし。こんなもんかな」
出来上がったシエルの姿を見て、俺は満足して頷いた。
栗色の髪に、化粧で少しだけ印象の変わった顔。
昨夜、変装していた俺とよく似ている。
もちろん俺たちは元々同じ顔なので、似るのは当然なんだけど。
「どうだ?」
「すごいです!」
シエルは鏡へ顔を近づけ、角度を変えながら自分の姿を確認する。
「本当に別人のようですね。これなら、私だと気づかれないかもしれません」
「だろ? まだ近くで見られると怪しいところもあるけど、もう少し練習すれば、もっと自然にできると思う」
俺はシエルの栗色の髪を軽く整えた。
「それ、お前に買ってきたウィッグだから、そのまま持ってていいぞ」
「えっ?」
シエルが鏡から顔を上げる。
「私がいただいてしまってよろしいのですか?」
「ああ、最初からそのつもりで二つ買ったんだよ」
「ですが、これもかなり高かったのでは……」
「気にするなって。化粧道具も、使いたい時は言ってくれ。お前も自分で練習したいだろうし、俺で分かる範囲なら教えるよ。普通の化粧なら、ミレイユさんに聞いた方が上手いだろうけどな」
「本当に、いただいてしまっても……?」
「いいって言ってるだろ」
シエルはウィッグへそっと手を添えた。
それから立ち上がり、俺に深々と頭を下げる。
「何から何まで、色々としていただいて……本当にありがとうございます」
「お、おいおい。そんなに頭を下げなくてもいいって」
「ですが、アウラさんには、ずっとご迷惑をおかけしています。それなのに、ここまでしていただいて……」
「別に迷惑だなんて思ってないよ。それに、俺が好きで買っただけなんだから、気にするなって」
俺は頭を上げるよう促し、再び椅子へ座らせた。
「それより、これなら少しくらい外へ出ても、すぐにはバレないんじゃないか?」
「外へ……ですか?」
「ああ」
ここまで引き延ばしてしまったが、そろそろ本題へ入らなければならない。
「実は昨日の夜、俺も同じように化粧をして、ウィッグを被って出かけてたんだ」
「え、昨日の夜ですか?」
「こっそりとな。それで、冒険者ギルドまで行ってきた」
シエルの表情が、わずかに強張った。
俺が何を話そうとしているのか、察したのかもしれない。
「そこで、ヴェルノを見かけたよ」
「……そうでしたか」
シエルは驚いたように目を瞬かせたあと、静かに視線を落とした。
「ああ。ヴェルノだけど、冒険者としては上手くやれているみたいだった」
「……はい」
「先輩の冒険者とも仲が良さそうだったし、受付の人からもかなり可愛がられてたよ。依頼主からの評判もいいらしい。力仕事を頼まれてたけど、張り切って働いてた」
ヴェルノが大きな荷物を軽々と運んでいた姿を思い出す。
「街にも馴染めてるみたいだ。だから、生活のことなら心配しなくても大丈夫だと思う」
シエルはしばらく黙っていたが、やがて小さく微笑んだ。
「あの子は社交的ですからね。礼儀正しくて、誰に対しても一生懸命ですから、きっと可愛がっていただけると思います」
「そうだな」
「それに……黙って立っていれば、凛々しくて格好よく見えるでしょうし」
やっぱり、お前もそう思ってたのか。
思わず笑ってしまう。
「あの子ほど強ければ、冒険者としても問題なく暮らしていけると思います。できることなら、このまま私のことを忘れて、新しい生活を……」
「いや、それは難しいと思う」
俺が言葉を遮ると、シエルの笑みが消えた。
「ヴェルノは、今もお前を捜してる」
「……そう、ですか」
「ギルドの受付にも、毎日のように情報がないか聞いてるらしい。名前は出してないみたいだけど、髪や瞳の色を伝えて、似た人を見なかったか尋ねてたよ」
シエルは膝の上で両手を握りしめた。
「お前のことを、命を懸けてでも守らなきゃいけない相手だって言ってた。それに……自分にとって、とても大切な人だとも」
「ヴェルノ……」
その声は、わずかに震えていた。
「冒険者になったのは生活のためでもあるんだろうけど、お前を捜すための金を稼ごうとしているのかもしれない。正式に捜索を依頼するなら、報奨金も必要になるだろうしさ」
「……はい」
ヴェルノがシエルの居場所を尋ねた時に見せた、寂しそうな表情が頭から離れない。
あの顔を見たからこそ、何とかしてやれないかと思った。
だが、シエルがヴェルノと会えずにいるのにも理由がある。
再会すれば、ヴェルノを教会や魔道国家との問題へ巻き込んでしまうかもしれない。
「だからさ。直接会うのが難しいなら、せめて無事だってことだけでも伝えてやれないかな」
シエルは答えず、俯いたまま考え込んだ。
しばらくして、ゆっくりと口を開く。
「……私も、ずっと考えていました」
「うん」
「ヴェルノに会った方がよいのか。それとも、このまま隠れていた方がよいのか」
シエルは膝の上で組んだ指先に、さらに力を込めた。
「私が姿を見せれば、あの子はきっと私についてこようとします。ヴェルノだけではありません。私を慕ってくれていた子たちは、きっと今の暮らしや立場を捨ててでも、私を守ろうとしてくれるでしょう」
「……ああ」
「ですが、それでは、あの子たちまで居場所を失ってしまいます。私のために危険な目に遭わせることにもなる。これ以上、誰かを巻き込みたくはありません」
シエルの判断が間違っているとは思えない。
ヴェルノなら、シエルが拒んでもついてくるだろう。
教会へ戻る気がない以上、再会したあとで「それでは元気で」と別れるのも難しい。
「ですから、会わずに手紙を書こうと思います」
「手紙?」
「はい。私は無事に生きていること。けれど、今は戻ることができないことを伝えます」
シエルは寂しげに微笑んだ。
「そして、私を捜すために危険なことはせず、自分の暮らしを大切にしてほしいと」
「うん……そうだな。その方がいいと思う」
本当は、ヴェルノにとって一番うれしいのは、シエル本人と会うことだろう。
だが、何も分からないまま捜し続けるより、無事だと分かるだけでも救いになるはずだ。
「ただ、手紙だけでは、本当に私が書いたものなのか信じてもらえないかもしれません」
「二人しか知らないことを書けば、分かるんじゃないか?」
「それも考えました。それと、こちらも一緒に渡そうと思っています」
シエルはアイテムボックスを開き、中から小さな首飾りを取り出した。
細い革紐の先に、木で作られた飾りがついている。
花をかたどった物らしいが、花びらの大きさは揃っておらず、表面にも削った跡が残っていた。
高価な物には見えない。
けれど、シエルは壊れ物に触れるように、両手で大切そうに持っている。
「それは?」
「ヴェルノがまだ幼かった頃、私のために作ってくれたものです」
「ヴェルノが?」
改めて首飾りを見る。
不格好ではあるが、一生懸命作ったのだろう。
花びらの一枚には小さな切れ込みがあり、別の一枚は少しだけ短くなっていた。
「教会の庭に咲いていた花を見ながら、何日もかけて作ってくれました。完成した頃には、指が傷だらけになっていたんですよ」
シエルは懐かしそうに、木の花を指先で撫でる。
「ずっと持ってたのか?」
「ええ。子どもたちからもらった物は、どれも大切にしています。中でもこれは、ヴェルノから初めてもらった贈り物ですから」
「そっか」
「ヴェルノなら、これを見れば分かってくれると思います。傷の位置も、花びらの形も、あの子自身が一番よく覚えているでしょうから」
子どもの頃に作った首飾りを、今までずっと大切に持っていたのか。
ヴェルノがシエルを大切に思っているように、シエルもまた、ヴェルノを大切にしているのだろう。
「でも、本当に渡していいのか? 大切な物なんだろ?」
「大切な物だからこそ、ヴェルノに受け取ってほしいのです」
シエルは木の花を見つめ、静かに微笑んだ。
「私が、あの子からもらった物を今まで大切にしていたことも、伝えられると思いますから」
「……分かった」
俺は頷いた。
「手紙を書いたら、俺が届けてやるよ。直接ヴェルノに渡すのが難しくても、ギルドの受付に頼めば届けてもらえるだろ」
「ありがとうございます。お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
シエルが再び頭を下げる。
「乗りかかった船だ。気にすんなって」
ヴェルノがこの首飾りを見たら、どんな顔をするだろう。
シエルが無事だと知って安心するだろうか。
それとも、会うことはできないと知って、余計につらくなってしまうのだろうか。
俺には分からない。
それでも、何も知らされないまま捜し続けるよりは、きっといいはずだ。
「じゃあ、早速手紙を──」
そう言いかけたところで、扉を叩く音が部屋に響いた。
シエルが首飾りを机の上へ置き、扉へ顔を向ける。
「はい、どうぞ」
扉が開き、リリアとミレイユさんが姿を現した。
「あら、アウラもここにいたのね。今からみんなでお茶でも──」
部屋へ入ってきたリリアが、椅子に座っているシエルを見た途端、ぴたりと足を止める。
栗色の髪に、化粧によって普段とは印象の変わった顔。
いつもは髪に隠れてほとんど見えない顔が露わになっているうえ、髪色まで変わっているため、シエルだとは気づかなかったらしい。
リリアは戸惑ったように俺とミレイユさんを見比べたあと、少し緊張した面持ちで尋ねる。
「あの……どちら様かしら?」
その反応を見たシエルが、うれしそうに笑った。
「ふふ、リリア様。シャロンです」
「えっ?」
「今、アウラさんに化粧をしていただいて、ウィッグもつけてみたんです。どうでしょうか?」
シエルが椅子から立ち上がり、栗色の髪がよく見えるようにリリアへ向き直る。
リリアはしばらく目を丸くしていたが、やがてぱっと顔を輝かせた。
「シャロンですの!?」
「はい」
「いつも髪でお顔が見えなかったので、全然分かりませんでしたわ!」
リリアはシエルの周囲を回り、いろいろな角度から顔や髪を眺める。
「ミレイユたちほどではないかもしれませんけれど、アウラもお化粧がお上手なのね」
「知り合いに教えてもらったばかりですから、まだ練習中ですけどね」
「シャロンも、お顔を隠さない方がかわいいですのに。恥ずかしがり屋さんなのかしら?」
「あはは……まあ、そのようなところです」
シエルが困ったように笑う。
「それに、そのウィッグもとっても似合っていますわ!」
「ありがとうございます」
「アウラが二つ買っていたのは、シャロンにプレゼントするためだったのですね」
「あー、えっと……まぁ、そんな所です」
そういえば、リリアには予備として二つ買ったと説明していたんだった。
まあ、納得してくれたのなら問題ないか。
リリアはシエルの栗色の髪をうらやましそうに見つめた。
「うー……わたくしも、ウィッグが欲しくなってきましたわ」
「お店にいた時も、ほしそうにしてましたからね」
「だって、髪の色が変わると、別の人になったみたいで楽しそうなのですもの」
「リリア様ならどんな髪でもかわいく見えると思いますよ」
「本当ですの?」
「はい」
俺が頷くと、リリアは嬉しそうに頬を緩めた。
「それなら、やっぱりお父様にお願いしてみますわ。許可をいただけたら、わたくしも買ってしまおうかしら」
そう言ってから、リリアは何かを思い出したように手を叩いた。
「そうでしたわ! ウィッグのお話をしに来たのではありませんでした」
「そういえば、今からお茶を飲むと言ってましたね」
「ええ。ゲオルグが、おいしいお菓子を用意してくれたの。せっかくですから、みんなで一緒に食べたら、もっとおいしいと思いまして」
リリアが期待するような目で、俺とシエルを見つめる。
「アウラもシャロンも、一緒にお茶を飲みませんこと?」
俺とシエルは顔を見合わせた。
手紙は、お茶を終えてから落ち着いて書けばいい。
「では、せっかくですし、ご一緒させていただきます」
シエルが答えたので、俺も頷く。
「私もいただきます」
俺たちの返事を聞くと、リリアは満面の笑みを浮かべた。
「やったぁ!」
うれしさを抑えきれなかったのか、その場で小さくぴょんと跳ねる。
その姿を見て、俺とシエルは思わず顔を見合わせ、笑った。