【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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108話 揺れたカップ

 リリアに誘われたものの、シエルは栗色のウィッグに手を添え、少し困ったように笑った。

 

「申し訳ありません。少し身支度を整えてから向かいますので、リリア様たちは先に行っていただけますか?」

「もう戻してしまいますの? せっかくかわいらしかったのに……」

「あの姿で皆様の前へ出るのは、まだ少し恥ずかしくて……」

 

 シエルが申し訳なさそうに答えると、リリアは残念そうにしながらも頷いた。

 

「分かりましたわ。それでは、庭でお待ちしています」

 

 リリアとミレイユが部屋を出ていく。

 俺は机に広げた化粧道具を片づけるため、そのまま部屋へ残った。

 二人の足音が遠ざかったところで、シエルは栗色のウィッグを外した。

 

 まとめていた金髪をほどき、俺が手渡した濡れ布を使って、顔の化粧を丁寧に落としていく。

 化粧を落とし終えると、シエルは金髪をわざと乱し、いつものように顔の前へ垂らした。

 先ほどまでの栗色の少女は姿を消し、顔を髪で隠した、いつものシエルへ戻っていた。

 

「やっぱり、こっちの方が落ち着くか?」

「はい。せっかく化粧をしていただいたのに、申し訳ありません」

「謝ることじゃないさ。また必要になった時に使えばいい」

「……はい」

 

 化粧道具を片づけ終えた俺は、シエルと一緒に部屋を出た。

 

 

 

 お茶会の場所は、屋敷の庭だった。

 庭の一角には大きな日除けが張られ、その下に白い布を掛けた長机と椅子が並べられている。

 柔らかな風が木々の葉を揺らし、庭に植えられた花の香りを運んでくる。

 すでにティナとカイト、マルルゥが席に着いており、ユリウス先生もその向かい側に座っていた。

 

「アウラ、こっちこっち」

 

 俺たちに気づいたティナが、大きく手を振る。

 

「お待たせしました」

 

 シエルが言うと、ティナは笑顔で首を振った。

 

「まだ始まってないから大丈夫よ」

 

 ティナの隣にはカイトが座り、そのさらに隣ではマルルゥが退屈そうに頬杖をついている。

 

「ずいぶん大勢になったわね」

「みんなで食べた方がおいしいですもの!」

 

 リリアがうれしそうに答えた。

 俺とシエルが空いている椅子へ腰掛けると、ほぼ同時に本館の扉が開いた。

 姿を現したのは、クラウスとレオン、それにロイドだ。

 クラウスとレオンは並んで庭を歩き、その少し後ろをロイドが背筋を伸ばしてついてくる。

 

「これはまた、ずいぶん賑やかなお茶会になりそうだね」

 

 レオンが爽やかな笑みを浮かべ、リリアへ声をかけた。

 

「そうなのです! 皆様に参加していただけて、わたくし、とてもうれしいですわ!」

「それはよかった」

 

 レオンは普段と変わらない笑顔を見せている。

 だが、どことなく顔に疲れがにじんでいた。

 目の下には薄く影があり、歩き方にもいつもの軽やかさがない。

 その隣にいるクラウスは、さらに疲れているように見えた。

 椅子のそばまで来ると、大きく息を吐く。

 

「少し疲れたな。茶でも飲んで休ませてもらうとしよう」

「父上は少し休んでいてください。午後の盾の会と冒険者ギルドとの打ち合わせには、僕が出ます」

「しかし、お前も昨夜は遅くまで資料を調べていただろう」

「僕は途中で少し休みました。父上よりはずっとましですよ」

 

 レオンは苦笑しながら、疲れ切った様子の父親を見る。

 

「というか、父上はお茶を飲んだら、今日はもう休んでください。昨夜ほとんど眠っていないのが丸分かりです」

「ぐ……しかしだな……」

「続きは眠ってから聞きます。さあ、座ってください」

 

 まだ何か言おうとしていたクラウスだったが、レオンに促されるまま椅子へ腰を下ろした。

 レオンもそれを見届けてから、隣の椅子へ座る。

 いつもなら、もう少し言い返しそうなものだけどな。

 クラウスも相当疲れているらしい。

 だが、よく見るとレオンも他人の心配をしていられるような顔ではない。

 

「お二人ともお疲れのようですが、何かあったんですか?」

 

 俺が尋ねると、レオンはこちらへ顔を向けた。

 

「少し前から、ダンジョンで異変が起きているだろう?」

「魔物が見つからなくなっているという話ですね」

「ああ。過去にも似たようなことがなかったか、父上と屋敷に残された資料を調べていたんだ。それと、万が一の場合に備えて、騎士団や盾の会、冒険者ギルドとの連携も見直していてね」

 

 レオンは困ったように笑い、肩をすくめる。

 

「ただ、屋敷にある資料が膨大でね。何代も前の記録まで残っているから、必要な情報を探し出すだけでも一苦労なんだ」

「それは大変ですね……」

 

 何百年分あるのかは分からないが、領地に関する記録を一つずつ調べるだけでも相当な時間がかかるだろう。

 しかも、それと並行して、街の守りについても話し合っているらしい。

 

「私に何かお手伝いできることがあれば、おっしゃってください」

「ありがとう。その時は頼らせてもらうよ」

 

 レオンは短く答え、軽く目元を押さえた。

 ロイドは着席せず、少し離れた場所で背筋を伸ばして立っている。

 

 全員がそろったところで、ゲオルグと数人の使用人が本館からやってきた。

 使用人たちは銀色の盆を手にしており、その上には茶器や小さな皿が整然と並べられている。

 白い湯気を立てる茶が、一人ずつ順番に注がれていった。

 茶からは花のような香りが漂ってくる。

 そのあと、別の盆に載せられていた焼き菓子が、全員の前へ一つずつ置かれた。

 

「わあ……!」

 

 皿の上の菓子を見たリリアが、目を輝かせる。

 手のひらに収まるほどの大きさで、丸みを帯びた盾のような形をしていた。

 表面は艶のある琥珀色に焼き上げられ、中央には星のような形をした木の実が一粒飾られている。

 見た目だけでも面白い。

 

「ゲオルグ、こちらは何というお菓子ですの?」

「こちらは、街の南区にございます菓子店が新たに売り出した、琥珀の小盾でございます」

 

 ゲオルグが、いつもの落ち着いた声で説明する。

 

「細かく砕いた星蜜胡桃を生地へ練り込み、表面へ月花蜜を塗って焼き上げた物だそうです。星蜜胡桃は火を通すことで甘みと香りが増すため、焼き菓子との相性がよいのだとか」

「本当に小さな盾みたいですわ! 表面もきらきらして、琥珀のようです!」

 

 艶のある琥珀色の表面と、丸みを帯びた盾の形。

 なるほど。確かに、琥珀の小盾という名前がぴったりだ。

 中央に飾られた木の実をよく見ると、表面に星のような筋が入っている。

 これが、星蜜胡桃と呼ばれる理由なのだろう。

 

「街の菓子店が、新商品として試しに作った物だそうです。クラウス様にも一度お召し上がりいただきたいと、今朝届けられました」

「新しいお菓子なのですね!」

 

 リリアは今にも手を伸ばしそうになっている。

 ゲオルグがわずかに微笑んだ。

 

「どうぞ、お召し上がりください」

「いただきますわ!」

 

 リリアの声を合図に、俺たちもそれぞれ菓子へ手を伸ばした。

 手に取ってみると、見た目より少し重みがある。

 表面はわずかに硬いが、一口かじると、中の生地は驚くほどしっとりしていた。

 香ばしい木の実の風味と、蜜の優しい甘さが口の中へ広がっていく。

 

「おいしい」

 

 ティナが驚いたように声を上げた。

 

「外側は少し硬いのに、中は柔らかいわね」

「本当だ。こんな菓子は初めて食べたよ」

 

 カイトも目を丸くしながら、断面を眺めている。

 俺も、もう一口かじった。

 これは……フィナンシェに少し似ているな。

 元の世界で食べた物に比べれば、生地には多少の粗さがあり、口当たりも滑らかとは言えない。

 使われている木の実も胡桃に似てはいるが、少し風味が違う。

 それでも、この世界でこれだけの焼き菓子を作れるなら、十分すごいことだと思う。

 

 花の香りがする茶には、わずかに渋みがあった。

 菓子の甘さを、口の中からすっきりと流してくれる。

 

「とってもおいしいですわ! それに、盾の形もかわいらしいです!」

 

 リリアが満面の笑みを浮かべる。

 

「シャロンも、そう思いませんこと?」

 

「はい。木の実の香りがとてもよいですね」

 

 シエルも小さく微笑みながら、上品に菓子を口へ運んでいた。

 

「まあまあだね」

 

 マルルゥは澄ました顔で答えた。

 だが、すでに皿の上から菓子はなくなっている。

 しかも、使用人が予備の菓子を載せた盆を持って近づくと、当然のように二つ目を取っていた。

 気に入ってるじゃないか。

 

 カイトも遠慮がちに二つ目へ手を伸ばしている。

 クラウスは何も言わず、いつの間にか三つ目を食べていた。

 

「父上、ずいぶんお気に召したようですね」

 

 レオンが笑う。

 

「疲れている時には甘い物が一番だからな」

「それなら今度、屋敷でも取り寄せてもらいましょうか」

「そうしてくれ」

 

 どうやら、かなり気に入ったらしい。

 しばらくの間、俺たちは茶と菓子を楽しみながら、穏やかな時間を過ごした。

 やがて、菓子を食べ終えたリリアが、何かを決意したようにクラウスへ向き直る。

 

「お父様、お願いがあるのですけれど」

「なんだ?」

「あの……わたくしも、ウィッグを買ってみたいのです」

「ウィッグ?」

 

 クラウスが不思議そうに眉を上げた。

 

「はい。先ほど、アウラに見せてもらったのです。髪の色が変わるだけで、まるで別の人になったみたいで、とても楽しそうでしたの」

 

 クラウスが俺へ視線を向ける。

 

「アウラも持っているのか?」

「はい。変装に使えるかと思いまして」

「なるほどな」

「もちろん、自分のお小遣いで買いますわ!」

 

 リリアが胸を張る。

 

「小遣いの範囲で買える物なら、構わんぞ」

「本当ですの!?」

「ああ。ただし、あまり高価な物を選ぶのは感心しない」

「分かっていますわ!」

 

 許可をもらったリリアは、椅子から立ち上がりそうなほど喜んでいる。

 

「それでしたら、明日にでも買いに行ってよろしいですか?」

「明日か」

 

 クラウスはすぐに答えず、ユリウス先生へ顔を向けた。

 

「先生、授業の方はどうだ?」

「最近のリリア様は、以前よりも真面目に取り組んでおられます」

 

 ユリウス先生が穏やかに答える。

 

「以前は少し集中が途切れることもありましたが、このところは最後までしっかり話を聞いてくださいます。たまには息抜きをするのもよろしいでしょう」

「先生がそう言うのなら構わないだろう」

「ありがとうございます!」

「ただし、明後日からは、またしっかり勉強していただきますよ」

「もちろんですわ!」

 

 リリアは大きく頷いた。

 

「アウラも、一緒に来てくださいませんこと? どのウィッグが似合うか、選ぶのを手伝ってほしいですわ」

「私でよろしければ、喜んで」

「やったぁ!」

 

 リリアが両手を合わせ、うれしそうに声を上げる。

 その姿を見て、レオンが苦笑した。

 

「よかったな、リリア。ただし、はしゃいで勝手に走っていくんじゃないぞ」

「そのようなことはしませんわ。わたくしだって、もう子どもではありませんもの」

「そう言う時のリリアが、一番心配なんだけどね」

「むぅ……」

 

 リリアが不満そうに頬を膨らませる。

 兄妹らしいやり取りに、周囲から小さな笑いが起きた。

 

「ゲオルグ、明日はリリアに同行してくれ」

「かしこまりました」

「ロイドも頼めるか?」

「はい! 命に代えましても、リリア様をお守りいたします!」

 

 庭中に響き渡りそうな声で、ロイドが答えた。

 いや、ウィッグを買いに行くだけなんだから、そこまで気負わなくてもいいと思うけど。

 でも、護衛としては頼もしい人だ。

 

「リリア。二人の言うことを、きちんと聞くんだぞ」

「はい、分かりましたわ!」

 

 そういえば、ロイドは以前、盾の会に所属していたはずだ。

 この間、街の外で俺たちを助けてくれた黒い鎧の男。

 サイラスについても、何か知っているかもしれない。

 

「あの、ロイドさん。少しお尋ねしたいのですが」

 

 俺が声をかけると、ロイドは今まで以上に背筋を伸ばした。

 

「はい! なんでしょうか、アウラ殿!」

 

 声がでかいな。

 この人、もう少し声を抑えたりできないんだろうか。

 この間、一瞬だけ見せてくれた素の話し方の方が、ずっと話しやすそうなんだけどな。

 

「えっと、数日前に盾の会のサイラスという方にお会いしたのですが、ご存じですか?」

 

 カチャリ、と硬い音が響いた。

 何事かと視線を向ける。

 マルルゥがカップを受け皿へ戻し損ねたらしく、傾いたカップから茶がこぼれていた。

 

「マルルゥ様、大丈夫ですか?」

 

 近くにいた使用人が、すぐに布を持って駆け寄る。

 幸い、茶は服にはほとんどかかっていなかった。

 だが、マルルゥは青ざめた顔で、カップを見つめている。

 

「だ、大丈夫……」

「手にかかりませんでしたか?」

「平気だから。もう、いい」

 

 マルルゥは落ち着かない様子で周囲を見回すと、椅子から立ち上がった。

 

「ボク、少し気分が悪くなったから、部屋に戻るね」

「マルルゥ?」

 

 ティナが心配そうに声をかける。

 しかし、マルルゥは返事をしなかった。

 俺たちが引き止める間もなく、足早に離れの方へ向かっていく。

 どうしたんだ?

 俺はマルルゥの背中を目で追った。

 だが、マルルゥは一度も振り返らず、そのまま離れの中へ入ってしまった。

 庭に、わずかに気まずい沈黙が流れる。

 

「マルルゥさん、急にどうしたんだろう……」

 

 カイトが心配そうにつぶやく。

 

「あとで様子を見に行ってみるわ」

 

 ティナも、離れの方を見つめていた。

 サイラスという名前を出した直後だった。

 偶然だろうか。

 けれど、あの反応はただカップを置き損ねただけには見えない。

 

「サイラス殿でしたら、もちろん存じています!」

 

 沈黙を破ったのは、ロイドの大きな声だった。

 ロイドもマルルゥの様子を気にしているようだったが、俺の質問に答えることにしたらしい。

 

「サイラス殿は、実に素晴らしい方です! 弱い者を決して見捨てず、困っている者がいれば、たとえ任務の途中でも手を差し伸べる。強いだけでなく、人柄も立派な方なのです!」

「やっぱり、そういう人なんですね」

「はい! 盾の会の任務がない時でも、街の中や周辺を巡回し、事件が起きていないか自ら確認しておられます。いつ休んでいるのか分からないほど、仕事熱心な方です!」

 

 いつ休んでいるのか分からないのか……。

 そういえば、街の外で助けてもらった翌日にも、サイラスは街の中を巡回していた。

 確かに、かなり働いているようだ。

 

「私が盾の会に所属していた頃には、すでに大先輩でした。古参の方々も、ずっと昔からいると話しておられましたので、かなりのお歳なのかもしれません」

「そんなに昔からいる方なんですか?」

「正確な年齢は分かりません! ですが、体力も素早さも全く衰えていないのです!」

 

 ロイドは力強く拳を握った。

 

「むしろ、私よりもはるかに上でしょう! 討伐の際に見せる槍さばきも見事なもので、どれほど強い魔物でも、あっという間に倒してしまいます!」

「そんなに強い人なんですね……」

「はい! 私では、戦って勝てる姿が全く想像できません!」

 

 そこまでなのか。

 ロイドも相当強いと思うが、そのロイドが勝てる姿を想像できないと言うなら、サイラスはかなりの実力者なのだろう。

 

「そういえば、あの方はいつも黒い鎧を着ていますよね。素顔を見たことはあるんですか?」

「いいえ。サイラス殿は、皆の前では兜すら脱ぎません」

 

 ロイドは首を振った。

 

「少なくとも、私が所属していた頃、一般の会員で素顔を見た者はいなかったと思います。上の方々なら何かご存じかもしれませんが、私たちの間では、兜の下がどのような顔なのか、よく話題になっていました」

「へえ……」

 

 誰にも素顔を見せたことがないのか。

 顔に怪我でもしていて、見せたくないのだろうか。

 

「サイラス殿か」

 

 クラウスも、興味深そうに会話へ加わった。

 

「俺も何度か、騎士団へ入らないかと誘ったことがある。あれほどの実力者なら、騎士としても十分以上に働けるからな」

「断られたんですか?」

「ああ。そのたびに、盾の会に残ると言われたよ」

 

 クラウスは苦笑し、茶を一口飲む。

 

「相当な古参だと聞いていたから、そろそろ引退を考える頃かとも思ったのだが……」

「いえ、サイラス殿に衰えなどありません!」

 

 ロイドが食い気味に否定した。

 

「体力も素早さも私以上です! 今でも、若い者を十人ほどまとめて相手にできるかと!」

「そ、そうか……」

 

 クラウスが、ロイドの勢いに押されるように頷く。

 いや、そんなに全力で否定しなくても。

 それにしても、そんなに強い人物が街を巡回してくれているのは心強い。

 ダンジョンで異変が起きている今なら、なおさらだろう。

 

 だが、俺はどうしても、マルルゥが去っていった離れの方へ目を向けてしまう。

 サイラス。

 あの黒い鎧の男と、マルルゥの間には何かあるのだろうか。

 

「父上」

 

 レオンの声で、意識を引き戻された。

 見ると、レオンが椅子から立ち上がっている。

 

「そろそろ打ち合わせの時間です。僕は向かいます」

「……悪いが、頼む。もう眠気が限界だ」

「だから言ったでしょう。父上はこのあと、きちんと休んでください」

「ああ、分かった」

「本当に分かっていますか?」

「分かっていると言っているだろう」

 

 レオンは少し疑わしそうに父親を見つめたあと、ロイドへ顔を向けた。

 

「ロイド。すまないが、打ち合わせへ行くから、護衛を頼めるか?」

「はっ! お任せください!」

「明日のリリアの護衛もあるんだから、あまり張り切りすぎないようにね」

「問題ありません! どちらも全力で務めさせていただきます!」

 

 やっぱり、この人は何をするにも全力らしい。

 レオンは俺たちへ向き直り、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「それでは、僕はこれで失礼するよ。皆はゆっくり楽しんでいってくれ」

「お兄様、行ってらっしゃいませ!」

「ああ。明日の買い物、楽しんでおいで」

 

 レオンはリリアへ手を振ると、庭を出ていく。

 ロイドも俺たちへ一礼し、その半歩後ろをついていった。

 リリアは早くも、明日はどんな色のウィッグを選ぼうかと、楽しそうに話し始めている。

 

 けれど、俺は誰も座っていないマルルゥの席が気になっていた。

 机の上には、あいつが飲みかけた茶と、半分ほど残された二つ目の菓子が置かれている。

 あれほど気に入っていた菓子を残してまで、急いで部屋へ戻るなんて。

 サイラスの名前を聞いた途端、マルルゥは明らかに様子を変えた。

 二人の間に、いったい何があったのだろう。

 

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