【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
翌朝、俺はシエルの部屋で椅子に座り、じっと動かないようにしていた。
「ええと……ここを、もう少し薄くして……」
目の前では、シエルが真剣な顔で俺の頬へ化粧を施している。
昨日のお茶会が終わったあと、シエルから自分も変装用の化粧を覚えたいと言われた。
そこで夕方まで二人で練習していたのだが、何度か繰り返しているうちに、俺もシエルも最初に比べれば随分と手慣れてきたと思う。
そして今日は、昨日とは逆だ。
シエルが俺の顔で練習をしてみたいと言うので、そのまま任せている。
「次は目元ですね。少しだけ印象を変えて……」
細い筆を使いながら、シエルが慎重に俺の目元へ色を重ねていく。
やっぱり、俺より上手い気がするな。
元々、シエルは自分で化粧をした経験があるって言ってたしな。
道具の扱い方も、俺よりずっと慣れている。
「これで……こうして……うん」
最後に頬を確認し、シエルが少し離れた。
「どうでしょうか?」
「どれどれ……」
渡された鏡を覗き込む。
昨日シエルに施したものと同じように、眉や目元、頬の陰影が少しずつ変えられていた。
「いいじゃん。っていうか、もう俺より上手くない?」
「あはは。アウラさんの教え方が上手だったからでしょうか」
「いや、それだけじゃない気がするんだけどなぁ……」
俺が若干複雑な気持ちで答えると、シエルが楽しそうに笑った。
そのまま栗色のウィッグも被り、髪を整えてもらう。
鏡をもう一度確認してみる。
「おお……」
昨日のシエルと、ほとんど同じだ。
もちろん、元々俺たちの顔が瓜二つなのだから当然ではある。
だが、同じ化粧を施し、同じ栗色のウィッグを被ると、見分けるのが難しいくらい似ている。
「すごいな。昨日のシエルとほとんど一緒じゃん」
「そうですね。元々同じ顔ですけど、こうして化粧した顔も一緒だと少し不思議な感じがします」
シエルも鏡越しに俺を眺めている。
これなら、今日リリアと出かける時に使ってみてもよさそうだ。
実際に街の中を歩いて、知り合いに気づかれないか確認するのも変装の練習になるだろう。
ただ──。
「問題は、ここだよなぁ」
俺は鏡の中に映る自分の目を指差した。
「目、ですか?」
「ああ」
化粧をしても、ウィッグを被っても、瞳の色だけは変わらない。
鏡の中では、鮮やかな緑色の瞳がこちらを見返している。
「あ~……確かに、この目の色って結構珍しいですよね」
「だよな」
自分で言うのもなんだが、かなり綺麗なエメラルド色だ。
シエルもまったく同じ色をしている。
顔立ちを変装で誤魔化すことはできても、目の色だけはどうにもならない。
「何か、目の色を変えられる魔道具でもあればいいんですけどね」
「そんな都合のいい物があれば助かるんだけどな」
今度、魔道具を扱っている店でも探してみようか。
とはいえ、あるかどうかも分からない物を気にしていても仕方がない。
「まあ、今日はこれで行ってみるよ」
「はい。とてもよくできていると思います」
「ありがとな」
俺は使っていた化粧道具をまとめると、そのままシエルへ差し出した。
「これ、置いていくからさ。練習したかったら好きに使っていいぞ」
「よろしいんですか?」
「ああ。また使う時に取りに来るよ」
「ありがとうございます」
うれしそうに化粧道具を受け取るシエルを見てから、俺は部屋を出た。
廊下へ出たところで、一度足を止める。
少し先には、マルルゥの部屋がある。
昨日のお茶会のあと、ティナとカイトと一緒に様子を見に行った。
けれど、マルルゥは「なんでもない」の一点張りで、部屋にすら入れてくれなかった。
今日も朝食には姿を見せていない。
やっぱり、気になる。
サイラスの名前を聞いた途端、明らかに様子がおかしくなった。
何かあったのは間違いないと思う。
だが、本人が放っておいてほしいと言っているのに、何度も押しかけるのも違う気がする。
「……やめとくか」
もう少し落ち着いてから、また話を聞いてみよう。
俺はマルルゥの部屋には向かわず、そのまま自分の部屋へ戻った。
出かける準備を済ませ、いつものローブを羽織る。
変装しているとはいえ、念のためローブくらいは着ておいた方がいいだろう。
でも、フードを被らなくてもいいってだけで、少し気持ちが軽い。
約束の時間になり、俺は別館を出て庭へ向かった。
丁度、本館からロイドが出てきたので、声を掛ける。
「おはようございます、ロイドさん」
「おはようござ──」
俺を見たロイドの言葉が途中で止まった。
目を瞬かせながら、まじまじと俺の顔を見ている。
「……?」
どうやら、本当に分かっていないらしい。
「ああ、すみません。私です。アウラですよ」
「アウラ様!?」
ロイドが目を見開いた。
「も、申し訳ございません! まったく気づきませんでした!」
「あはは。ちょっと化粧とウィッグで変装してみたんですが、どうでしょうか?」
「これは驚きました! まるで別人のようです!」
ロイドがいつもの大きな声で答える。
「髪の色だけでなく、顔から受ける印象まで違っていたので、分かりませんでした!」
「本当ですか?」
「はい!」
よしよし。
知っているロイドが気づかなかったのなら、かなり上手くいっているみたいだ。
「今日は、この姿で出かけてみようかと思いまして」
「かしこまりました!」
相変わらず返事がでかい。
そう思っていると、本館の扉が開いた。
中から出てきたのは、リリアとゲオルグだ。
「おはようございます」
嬉しそうに外へ出てきたリリアが、俺を見る。
そして、一瞬だけ目を丸くした。
「おはようございます、シャロン! 今日はシャロンも一緒にお買い物へ行きますの?」
「え?」
俺は思わず自分を指差した。
「ああ、いえいえ。私です。アウラですよ」
「…………え?」
リリアが固まった。
数秒ほど俺の顔を見つめたあと、大きく目を見開く。
「えぇー!?」
朝の庭に、リリアの声が響いた。
「ア、アウラですの!?」
「はい」
「昨日のシャロンと一緒みたいですわ!」
リリアが俺の周りをぐるりと回る。
「髪も同じですし、お顔も……でも、アウラですわよね?」
「間違いなく私ですよ」
「はわぁ……」
リリアが感心したように俺を見上げる。
「これがお化粧とウィッグの力なんですのね……」
「昨日シャロンにしたのと同じような化粧をしてみたんです」
「すごいですわ!」
興味津々といった様子で顔を覗き込まれる。
そこまで近くで見られると、ちょっと恥ずかしいな。
「ゲオルグさんは分かりました?」
俺が尋ねると、ゲオルグは俺の顔をじっくり眺めてから、小さく頷いた。
「いえ。お声を聞くまでは、私もどなたか分かりませんでした」
「おお」
「髪色だけでなく、お顔から受ける印象まで随分と変わっております。見事なものでございますね」
「ありがとうございます」
これだけみんなに別人だと言われるなら、かなり上手くいっているようだ。
「それでは、さっそくウィッグを買いに行きますわ!」
待ちきれないらしく、リリアが街へ向かって歩き出そうとする。
「おや、もう出かけるところかい?」
背後から声が聞こえた。
振り返ると、本館からレオンが出てきたところだった。
その少し後ろにはカルスもいる。
「お兄様!」
「ずいぶん楽しそうだね、リリア」
「これからウィッグを買いに行きますの!」
「そうだったね。昨日から楽しみにしていたものな」
レオンが笑い、それから俺へ視線を向ける。
一瞬、目が止まった。
「……失礼だけど、君は?」
おっ、レオンも分からないらしい。
「私ですよ、レオン様」
「その声……」
レオンが少し考え、驚いたように目を見開いた。
「アウラさん?」
「はい」
「これは驚いたな」
レオンが俺の姿を上から下まで眺める。
「昨日話していた変装かい?」
「そうなんです。今日はこの姿で街を歩いてみようかと思いまして」
「なるほど」
レオンが楽しそうに笑った。
「よく似合っているよ。いつものアウラとはまた違った雰囲気で、こちらも綺麗だね」
「あ、ありがとうございます」
さらっとそういうことを言うんだよな、この人。
どう返せばいいのか困る。
「お兄様もお出かけですの?」
リリアが尋ねると、レオンの笑顔がわずかに薄れた。
「ああ。僕はこれから冒険者ギルドへ行ってくるよ」
「昨日も打ち合わせに行かれていましたよね?」
俺が尋ねる。
「そうなんだけどね。今朝、フレイさんから少し気になる知らせが届いたんだ」
レオンの表情が真面目なものへ変わった。
「昨日の夕方までには戻る予定だった調査隊が、まだダンジョンから戻っていないらしい」
「調査隊が……?」
「ああ。例の異変を調べるために、浅い階層へ入っていた冒険者たちだよ」
昨日の夕方に戻る予定だった。
それが、一晩経っても戻ってきていない。
「浅い階層を確認するだけの予定だったから、多少遅れることはあっても、一晩戻ってこないのはおかしいそうだ」
「何かあったんでしょうか……」
「まだ分からない」
レオンが首を横に振る。
「だから、その辺りも含めてギルドと今後の対応を話してくるつもりだよ」
昨日までは、ダンジョンから魔物が姿を消したというだけだった。
それだけでも妙な話だと思っていたが、今度は中へ入った冒険者まで戻ってこない。
嫌な感じがするな。
俺の表情を見たのか、レオンが少し安心させるように笑った。
「幸い、フレイさんが以前から応援を頼んでいた金級冒険者も、今朝ドゥル=ブルムへ到着したそうだよ」
「金級冒険者ですか?」
「ああ。かなり腕の立つ冒険者でね。調査を続けるにしても、戦力が増えたのはありがたいね」
金級か。
それなら、何かあったとしても頼りになりそうだ。
「レオン様」
ロイドが一歩前へ出る。
「護衛はどうなさるのでしょうか?」
「今日はカルスにお願いするよ」
レオンが後ろに立つカルスへ目を向けた。
「父上も昨日の疲れが残っているから、今日は屋敷から出ないそうだ。だから、カルスを借りることにしたんだ」
「左様でございましたか」
「ロイドは予定通り、リリアの護衛を頼むよ」
「はっ! お任せください!」
「お兄様もお気をつけて」
「ああ。リリアも楽しんでおいで」
レオンはそう言って俺たちに手を振ると、カルスを伴って屋敷を出ていった。
その背中を見送る。
少し気にはなるが、俺にできることはない。
今はギルドや騎士団に任せるしかないだろう。
「では、今度こそ出発ですわ!」
リリアの明るい声に、俺は意識を切り替えた。
街へ出て最初に感じたのは、開放感だった。
「う~ん……」
思わず大きく伸びをする。
頭の上に広がる青空。
行き交う人々。
賑やかな店先。
いつもなら、フードの奥から覗き見るようにしていた景色が、今日はそのまま目に飛び込んでくる。
やっぱり、フードがないっていいな。
風が直接顔に当たるだけでも気持ちいい。
「アウラ、今日は随分と楽しそうですわね」
「そう見えますか?」
「はい!」
リリアが俺の顔を見上げる。
「いつもはフードを被っていますものね」
「そうですね。こうして普通に歩けるのは、ちょっと新鮮です」
周囲を見回してみる。
今のところ、俺を見て驚く人はいない。
以前のように顔を二度見されることもない。
変装はちゃんと機能しているらしい。
そのまま歩き、以前俺がウィッグを購入した店へ到着した。
「ここですわね!」
店へ入ったリリアは、途端に目を輝かせた。
店内には、様々な色や長さのウィッグが並んでいる。
「アウラ、これはどうですの?」
最初にリリアが手に取ったのは、明るい赤色の髪だった。
「似合うと思いますよ」
「では、こちらは?」
次は黒。
「それも似合いますね」
「では、これは?」
今度は明るい茶色。
「似合うと思います」
そんなやり取りを何度繰り返しただろう。
赤、黒、茶色。
短い物。
長い物。
真っ直ぐな物。
毛先が少し巻いてある物。
リリアは気になるウィッグを見つけるたびに試着し、そのたびに俺のところへやってくる。
「アウラ、こちらはどうですの?」
「かわいいと思いますよ」
「先ほどの赤い物と、どちらがよいでしょう?」
「う~ん……どっちも似合いますけどねぇ」
困った。
本当に、何を被っても似合う。
元がかわいいんだから当然といえば当然なんだが。
最終的に候補は、鮮やかな赤色と艶のある黒色の二つに絞られた。
そこからが長かった。
「赤も捨てがたいですわ……でも、黒もいつもとは全然違って見えますし……」
赤を被る。
鏡を見る。
黒を被る。
鏡を見る。
また赤を被る。
「アウラは、どちらがいいと思いますの?」
「さっきも言いましたけど、どちらも似合うので、甲乙つけがたいですね」
「それでは決められませんわ!」
そんなこと言われても。
俺だって決められないから困ってるんだけどな。
結局、散々悩んだ末に、リリアは赤色のウィッグを選んだ。
「これにしますわ!」
「おお……ようやく……」
「アウラ?」
「いえ、なんでもありません」
長かった。
本当に長かった。
店を出る頃には、何故か俺だけがぐったりしていた。
横を見る。
ゲオルグは、入店した時とまったく変わらない涼しい顔をしている。
ロイドも背筋を真っ直ぐに伸ばしたままだ。
よく平気だな、この二人。
体力の問題じゃない気もするけど。
「それでは、少し休憩にいたしましょうか」
俺の様子に気づいたのか、ゲオルグがそう提案してくれた。
「でしたら、美味しいお菓子が食べたいですわ!」
リリアが即座に賛成する。
「では、以前ご案内した店はいかがでしょう」
「木苺のタルトのお店ですわね!」
「左様でございます」
「行きたいですわ!」
俺にも異論はない。
むしろ、座りたい。
やってきたのは、以前ゲオルグに連れてきてもらった菓子店だった。
今回も運よくテラス席が空いている。
リリアとロイドに席を取ってもらい、俺とゲオルグで注文へ向かうことになった。
「リリア様は、前回と同じ木苺のタルトでよろしいそうですが、アウラ様はいかがなさいますか?」
「私は……せっかくなので、前とは違う物にしてみたいですね」
店内に並べられた菓子を眺める。
どれも美味そうだ。
「ゲオルグさん、他におすすめはありますか?」
「そうでございますね……」
ゲオルグが並んだ菓子へ目を向ける。
「でしたら、焦がし蜜のミルファパイはいかがでしょう」
「焦がし蜜のミルファパイ?」
指差された先を見る。
黄金色の丸い果実が、薄く切られて何枚も重ねられ、焼き上げた生地の上に並べられている。
「甘く煮たミルファを薄い生地に重ね、表面に蜜を塗って香ばしく焼き上げたものでございます。焼くことで蜜の甘みにわずかな苦みが加わり、ミルファの瑞々しい甘さを引き立てておりまして、非常に美味でしたよ」
「へえ……美味しそうですね」
アップルパイに近い感じだろうか。
聞いたことのない果物だが、見た目が美味しそうだし、何よりゲオルグのおすすめは信頼できる。
「じゃあ、それにします」
「かしこまりました」
「あ、それと……」
俺は並んでいる木苺のタルトへ目を向けた。
「持ち帰りで、木苺のタルトもお願いできますか?」
「もちろんでございます。いくつご用意いたしましょう」
「ティナとカイトと……マルルゥの分もお願いします」
シエルにも買っていこう。
昨日の菓子も気に入っていたみたいだし。
「それと、シャロンの分も」
「承知いたしました」
特にマルルゥには、少しでも元気になってほしい。
甘い物を食べれば何でも解決するわけではないだろうけど、美味い物を食べれば多少気分も変わるかもしれない。
注文を待つ列は思っていたより長かった。
だが、待っている間、ゲオルグから街にある菓子店や、それぞれの店で人気の菓子について色々教えてもらえた。
今度ティナたちとも行ってみよう。
そんなことを考えながら話しているうちに、ようやく注文を終える。
俺たちは並んでテラス席へ戻った。
そして──。
「あれ?」
足が止まった。
リリアの席に、一人増えている。
奇妙な形の兜と鎧、見覚えのある姿だった。
フィアだ。
「あっちの露店で売ってた、おっきい飴を買ったんだけどさぁ、全然駄目だったよ~」
俺たちにはまだ気づいていないらしく、フィアは楽しそうにリリアと話している。
テーブルの上には、大きな袋が置かれていた。
「何か変な草が入ってて、甘いのに苦いんだよ。美味しくないの」
「美味しくないのですか?」
「うん」
「それなのに、こんなに買ってしまったんですの?」
「見た目は美味しそうだったんだもん」
フィアが悪びれもせず答え、その袋をリリアへ押しつける。
「だから、リリアちゃんにあげる。ほい」
「えぇ!? でも、美味しくないんですのよね?」
「ちっちっちっ」
フィアが指を左右へ振る。
「私には美味しく感じなかっただけだよ。この世界は広いんだから、もしかしたら美味しいって思う人もいるかもしれないじゃん」
「そういうものでしょうか……」
「そういうものだよ」
適当だなぁ。
「ほら、ロイドおにーさんも食べてみてよ」
フィアが袋から飴を一つ取り出し、ロイドへ差し出す。
「いえ、私は護衛中ですので、お構いなく!」
「んもー、固いなぁ」
フィアが不満そうに頬を膨らませる。
「前みたいに普通の喋り方してた方が似合ってるよ~」
「そ、それは……」
ロイドが一瞬言葉に詰まる。
「まあ、いいや」
フィアはあっさりロイドを諦めた。
「美味しくない飴食べちゃったから、木苺のタルト食べて口直ししよ~っと」
「ええ、今日は一緒に食べましょう!」
「うん、そうしよ~」
随分仲良くなってるな。
「お待たせしました」
俺とゲオルグが席へ近づく。
フィアがこちらへ顔を向けた。
「こんにちは、フィアさん。先日ぶりですね」
「…………」
返事がない。
フィアが俺をじっと見ている。
さっきまで笑っていたのに、何故か固まってしまった。
「フィアさん?」
「……君」
小さく声が漏れる。
フィアの視線は、俺の顔──いや。
目?
「……その瞳、綺麗だね」
「え?」
「すごく綺麗な緑色」
「あ、ありがとうございます」
急にどうしたんだ?
フィアはまだ俺の目を見ている。
やがて、少しだけ首を傾げた。
「……君って、この間のローブの人、だよね?」
「ああ、そうですよ」
やっぱり声で分かったのだろうか。
「いつもフードを被っていたから、こうして顔をお見せするのは初めてですね」
「……そっか」
フィアが小さく呟く。
「名前、なんていうの?」
「私ですか?」
「うん」
「アウラです」
「……アウラ」
何故か、名前を確かめるように繰り返された。
「そういえば、そうですわね!」
リリアが会話へ入ってくる。
「フィアさんは、アウラのお顔を見るのは初めてなのですわね!」
「うん」
「アウラはいつもフードを被っていますもの。でも、今日はお化粧をして、いつもとは違う見た目なんですの!」
「ちょっ──」
リリア!?
「アウラは元々かわいいのですから、もっとお顔を出した方がいいと思いますわ!」
「リ、リリア様……」
「なんですの?」
ちょっとおおお!?
わざわざ、いつもと違う見た目だって教えなくてもいいんですけど!
これじゃ変装してるって気づかれるだろ!
……そういえば、変装していることを人に言わないでほしいとは、ちゃんと伝えてなかったかもしれない。
リリアからすれば、いつもと違う化粧をしている程度の認識だったのだろうか。
「……へぇ」
フィアが、もう一度俺の顔を見る。
「変装なんだ」
「あ、はい。ちょっと試してみようと思いまして」
「ふ~ん……」
何だろう。
さっきから妙に俺の顔を見られている気がする。
変装が気になるのだろうか。
その時だった。
「フィ、フィアさぁん!」
少し離れた場所から声が聞こえた。
パタパタとこちらへ走ってくる少女がいる。
「やっと見つけましたよぉ……!」
俺たちの前まで来ると、少女は膝へ手をつき、大きく息を吐いた。
「もー……どこかに行く時は、ちゃんと行き先を教えてくださいよぉ……」
「え~?」
「え~? じゃありません! 勝手にいなくなると、ドルガさんに怒られるの、私なんですから……」
「だって、お菓子食べたかったんだもん」
「だからって黙っていなくならないでください!」
大変そうだな。
「お知り合いですの?」
リリアが尋ねると、少女はようやく俺たちがいることに気づいたらしい。
「あっ、す、すみません!」
慌てて姿勢を正す。
「ええと……フィアさんの仲間の、リゼットと申します」
リゼットという少女は、ぺこりと頭を下げた。
「フィアさん、いつもお菓子を見つけると、ふらふらどこかへ行っちゃうんです。いっつも私が探すことになるんですよぉ……」
「まあ、それはいけませんわ!」
リリアが真剣な顔になる。
「私も、お出かけする時はちゃんとお父様たちにお伝えしていますの。その方がお互いに安心できますもの」
「そうですよねぇ!」
リゼットが勢いよく頷いた。
「ほら、フィアさんも聞きました?」
「聞こえてるよ~」
「もう……」
リゼットが疲れたように肩を落とす。
リリアはそんな二人を見てから、そういえば、と姿勢を正した。
「申し遅れました。私はリリアと申します」
そして、小さく頭を下げる。
「リリア……?」
リゼットが顔を上げた。
少し考えたあと、何かに気づいたように表情が変わる。
「あ、あの……もしかして、ブルム家の……」
「はい」
リリアがにこりと笑う。
「リリア・ヴァル・ブルムと申します」
「えっ」
リゼットの顔が引きつった。
「ブ、ブルム家のリリア様……?」
「はい!」
「も、申し訳ございません!」
突然、勢いよく頭を下げた。
「そうとは知らず、ご無礼を……!」
「え? 別に何も失礼なことはされていませんわよ?」
「そ、そうでしょうか……」
「はい!」
リリアはまったく気にしていない。
むしろ、何故謝られているのか分からないといった顔だ。
「ほ、ほら、フィアさん。そろそろ行きましょう」
リゼットがフィアへ顔を向ける。
「そういえば、ネグロスさんも到着したみたいですよ。傷も、もう大丈夫みたいです」
「……そっか」
ほんの一瞬。
フィアから、さっきまでの軽い雰囲気が消えた気がした。
だが、それも一瞬だけだった。
「じゃあ、行かなきゃね」
フィアが椅子から立ち上がる。
「え?」
リリアが残念そうな顔をする。
「今日も、一緒に食べられないんですの?」
「……うん」
フィアがリリアを見る。
少しだけ間を置いてから、小さく笑った。
「リリアちゃん、ごめんね」
「残念ですわ……」
「うん……本当にごめん」
フィアはそう答えたあと、俺へも視線を向けた。
また一瞬だけ、俺の目を見た気がする。
「じゃあ、またね。アウラ」
「はい、また」
リゼットも俺たちへ何度も頭を下げる。
「それでは、失礼いたします! ほら、フィアさん、行きますよぉ」
「分かった」
二人はそんなやり取りをしながら、人の行き交う通りへ歩いていった。
やがて、その姿も街の雑踏に紛れて見えなくなる。
「残念ですわ……」
リリアがぽつりと呟いた。
「せっかく今日は一緒に木苺のタルトを食べられると思いましたのに」
「また会えますよ」
「そうですわね!」
すぐに元気を取り戻したリリアが、笑顔で頷く。
俺も自分の席へ腰を下ろした。
ふと、テーブルの上へ目を向ける。
そこには、フィアから押しつけられた大きな飴の袋が、そのまま残されていた。